GTM-MML4VXJ
Skip to main content

English

Japan

  1. ホーム >
  2. コラム >
  3. オピニオン >
  4. 潜在成長率はさらに低下した?~エレクトロニクス凋落の3つの帰結~

潜在成長率はさらに低下した?

~エレクトロニクス凋落の3つの帰結~

2014年3月28日(金曜日)

はじめに:エコノミスト達の2つの誤算

日銀黒田総裁の「異次元金融緩和」導入から約1年、この間、多くの民間エコノミストにとって最も大きな誤算だったのは、大幅な円安にもかかわらず貿易赤字幅がむしろ拡大したことと、消費者物価の上昇率が予想以上だったことの2点であろう。実際、日経センターが民間予測機関の経済見通しをまとめているESP調査を見ると、昨年3月時点では7割以上の機関が貿易収支は「数年以内に黒字転換する」と見ていたが、今年3月の調査では3分の2が「数年内に黒字転換しない」との答えに変わった。また、13年度の消費者物価(除く生鮮食品)上昇率見通しの平均は、同じ期間に+0.3%から+0.8%まで大きく上方修正されている(*1)

1. 第1の誤算=円安下での貿易赤字の拡大

このうち、貿易赤字の拡大については、以前の本欄でも指摘したように、(1)世界経済の回復テンポが鈍いことと、(2)多少の円安でも、日本企業の海外生産拡大の流れは変わらないこと、(3)一部産業では国際競争力自体が劣化していることの3点が影響しており、筆者自身は暫く前から「今回は円安の割に輸出は伸び難い」と見ていた。しかし、現実には筆者の見通し以上に輸出は伸び悩んでおり、もう少し補足的な説明が必要だと思う。第1に、世界経済の回復テンポが鈍いと言っても、とくに目立つのは投資の回復の鈍さであり、それが投資財輸出国としての日本にとってマイナスに働いているということだ。第2に、企業が海外生産を拡大しても、以前なら海外拠点に向けて資本財や部品の輸出が増加する(これを「誘発輸出」と言う)ため、輸出全体としてはあまり減少しなかった。それが、今回はこの誘発輸出の動きが殆ど見られないのだ。現地で調達できる機械や部品類の品質向上によって、ローカル・コンテンツが大幅に上昇しているのだろう。これは、わが国企業のグローバル化の段階が1ステップ先に進んだことを意味するものと理解できる。

第3の産業競争力に関しては、【図1】で品目別の通関貿易収支を見ると、貿易収支の赤字転化には、確かに原発停止等に伴う鉱物性燃料の輸入増加の影響も大きいが、円安になっても輸出の増加が鈍いことが改めて確認できる(この図は円ベースのため、円安で輸出が水脹れしている点に注意)。中でも、かつて日本の2大輸出産業と目されていた輸送用機器と電気機器のうち、電気機器の輸出が趨勢的に弱まっている点が印象的だ。言うまでもなく、薄型テレビやスマートフォンなどに象徴される日本製エレクトロニクスの競争力の衰えの反映である。2大輸出産業の一角で、円安にもかかわらず輸出が伸びず、輸入が大きく増加するようになったことの影響は大きいと言わざるを得ない(*2)

【図1】通関貿易収支の推移(兆円) 【図1】通関貿易収支の推移(兆円)

2. 第2の誤算=予想を上回る消費者物価の上昇

次に、消費者物価の上昇に眼を転じると、物価押し上げに最も大きく寄与しているのは、当然、円安に伴うエネルギーや食品の値上がりだ。しかし、その影響は誰にも分かっていた筈であり、民間エコノミストが「予想を外した」理由にはならない。確かに、昨年3月時点からさらに円安が進んだのは事実だが、「異次元金融緩和」で1ドル=100円台に達した後のESP6月調査でも13年度の物価上昇見通しは+0.3%であったから、やはり円安だけでは説明できない。エコノミスト達が予想できなかったのは、食料・エネルギーを除いたベースでも、消費者物価が着実に上昇してきたこと(今年2月で+0.8%)だろう。

それでは、これは政府・日銀が言うように「デフレ脱却機運の顕われ」なのだろうか? 消費者物価指数のうち、価格上昇品目の数が下落品目を上回るようになってきたことなどを踏まえると、そうした面がないとは言えない(ただし、原油価格上昇などと比べ、円安は影響を及ぼす品目数が多いという面もある)。しかし、物価指数の動きを素直に見た時(【図2】)、筆者にとって最大の驚きはテレビやパソコン等のハイテク製品を含む耐久消費財が足もとで前年比プラスに寄与していることであった。かつて日本のエレクトロニクス産業が世界のリーダーだった時期は、これらハイテク製品が生産性向上と厳しい価格競争を反映して、消費者物価を一貫して大きく引き下げてきたからだ。それが、輸入品のシェア増加等を背景に、円安が耐久消費財価格を押し上げるようになってきたのである(*3)。この見逃された構造変化によって、エコノミストの予測外れの大部分を説明できると思う。

【図2】CPI上昇率の推移(%) 【図2】CPI上昇率の推移(%)

こうした変化を踏まえると、円安が消費者物価に与える影響は過去の経験則に比べてかなり大きく、かつタイム・ラグも長くなっていると見るべきだろう。だとすれば、今後一層の円安進行がなくとも、消費者物価の前年比は暫くの間(消費税の影響を除いて)1%超で推移する可能性が高い(*4)。このように、輸出の伸び悩みと消費者物価の上昇というアベノミクスの成否にとってマイナス/プラス相反するかに見える2つのサプライズは、実はエレクトロニクス凋落の盾の両面だったのではないか。そう考えると、足もとの円安自体、安倍首相による「大胆な金融緩和」の強調、黒田日銀総裁による市場の期待を上回る「異次元金融緩和」導入がきっかけとなったのは間違いないとしても、その背後で進んでいたわが国産業競争力の低下、貿易収支の基調的な赤字化といった大きな構造変化が影響している可能性が高い(*5)

3. 第3の帰結=潜在成長率の低下?

さて、以上はすでにデータに表れた事実であり、一部識者のコラムなどにも筆者と同様の理解が示されるようになってきている。しかし、仮に上記の2つを日本製エレクトロニクス凋落の帰結として受け容れるならば、筆者には第3の帰結として不吉な仮説が浮かび上がって来る。それは、「日本経済の潜在成長率がさらに低下しているのではないか」というものである。

成長会計として知られているように、経済成長は労働投入、資本投入とそれ以外の生産性=全要素生産性(total factor productivity、以下TFP)上昇の寄与に分解することができる。人口が減る日本では、(女性や高齢者の労働参加率を高める工夫が重要ではあるが)簡単に労働投入を増やすことはできないし、資本ストックも短期間には増やせない(しかも、わが国の資本の生産性の低さを考えると、安易に増やすことが良いのかも疑問)ので、注目すべきはTFPの伸びである。これを産業別に見ると、これまで日本のTFP上昇に最も大きく貢献してきたのは電気機器であった(国際競争力の面では、自動車の強さが際立つが、自動車のTFP上昇率は思いのほか高くない)。【図3】に示したのは、一橋大・深尾教授、学習院大・宮川教授らによって開発されたJIPデータで2000~2010年の10年間のTFP上昇率を見たものだが、やはりエレクトロニクス関連が圧倒的に高いことが分かる(*6)。現時点で直近の産業別TFPを知ることはできないが、貿易の動きなどから容易に推察されるのは、電機のTFP上昇率が大幅に低下している可能性である。

【図3】2000~2010年の産業別TFP上昇率(年率、%) 【図3】2000~2010年の産業別TFP上昇率(年率、%)
(出所:経済産業研究所「JIPデータ・ベース2013」)

さらに注目すべきは、現状、アベノミクス第2の矢=公共投資の大幅な増加が景気回復のリード役となっているが、建設業は以前から生産性の面では劣等生だったことだ(*7)。この両者を考え併せれば、従来から0.5%程度と言われてきた日本の潜在成長率は、足もとでTFP低下により一段と下がっている可能性がある。その1つの傍証として、昨年10~12月の実質GDPの水準はリーマン危機前のピーク(08年1~3月)を僅かながら下回っているにもかかわらず、今年2月の失業率は3.6%と、当時のボトムに並んだことが挙げられよう。この間に潜在GDPが着実に増えていたのなら、6年前と同じGDP水準では需給ギャップが拡大し、失業率が上昇する筈だから、この事実は潜在GDPがほとんど増えなかったことを示唆している(*8)

仮に、こうした仮説が正しいとすると、「低成長でも需給ギャップは縮小し、物価は上がり得る」という意味ではデフレ脱却に好環境とも言えるが、それは本来アベノミクスが意図した姿ではあるまい。特に心配なのは、財政の持続可能性との関係である。政府は2020年度のプライマリー・バランス黒字化を目標に掲げているが、今年1月に出された『中長期の経済財政に関する試算』では、「経済再生ケース」でも20年度に名目GDP比2%近いプライマリー・バランスの赤字が残るという(=「政府の目標は達成できない」と政府自身が宣言する)驚くべき試算が示されている。しかも、その前提は消費税を10%に引き上げたうえ、ほとんどの年で実質2%以上の高成長が続くという超楽観的なものだ。より現実的な前提で計算し直せば、赤字幅は大きく拡大するに違いない(*9)。であれば、いつまでも消費税引き上げを先送りしたり、公共事業に頼るのではなく、第3の矢=成長戦略を早急に打ち出して、潜在成長力を高めて行く方向に邁進することが求められよう。

注釈

(*1) : ちなみに、13年度の実質GDP成長率の見通しについては、昨年3月の2.2%から8月には2.8%まで引き上げられたが、今年3月の見通しは2.3%に戻っており、結果的には「予想通り」だったことになる。

(*2) : 【図1】では、通関統計の「電気機器」に「一般機械」に分類されている「電算機器(含周辺機器)」と「電算機器の部分品」を加えて、「(広義)電機」としている。
 なお、大手電機メーカーの13年度業績は大幅な改善が見込まれているが、これは円安の恩恵に加え、各社が(1)重電等の社会インフラ事業に軸足を移す、(2)ソリューション・ビジネス等のサービス部門に軸足を移す、(3)思い切ったリストラによってコスト削減を図る、といった対応を進めた結果である。

(*3) : 以前は、テレビやパソコンなどは年率20%以上下落するのが当たり前だった。この結果、耐久消費財の消費者物価への寄与はしばしば-0.3~0.4%に達したが、過去15年あまりの日本の「デフレ」は平均で1%未満であったから、その少なからぬ部分が耐久消費財の価格下落によるものだったことになる。
 なお、日経センターの愛宕伸康氏は2月28日付けの日経新聞『経済教室』で、パソコンやテレビについて(国産品だけを含む)国内企業物価の上昇率より(輸入品も含まれる)消費者物価の上昇率が高いことを指摘し、円安の影響が大きいことを示唆している。

(*4) : 為替変動が消費者物価に及ぼす影響のタイム・ラグは品目によって異なる。例えば、ガソリンなどは原油価格や為替の影響がほとんど即時に表れるが、食料品の場合、輸入麦の政府売渡価格制度の存在などにより、半年程度のタイム・ラグがある。耐久消費財の場合、タイム・ラグはさらに長い可能性がある。
 この事実に気付くまで筆者は、消費者物価前年比は今年初め頃をピークに頭打ちになるだろうと考えていた。最近、金融市場では早期の追加金融緩和観測が後退してきたと言われる(年初までは、この1~2月にも追加緩和との見方が根強かった)が、その背後には、こうした物価の見方の変化が影響していると見られる。

(*5) : なお、為替相場の転換点は2012年11月頃だったが、マーケット側から見ると、この時期は同年夏頃まで続いた欧州債務危機が一段落し、その安心感が円安のきっかけとなったと言われている。ちなみに、国際金融市場で日本円は、膨大な対外純資産を裏付けにして安全資産と見なされている。このため、市場に緊張が高まると(市場用語で「リスク・オフ」と呼ぶ)、円が買われて円高となりやすい一方、緊張が解けると(「リスク・オン」)円安になりやすいというパターンが観察される。

(*6) : 日本の場合、米国などとは異なってICT革命の生産性効果がユーザー産業に十分及んでいないため、TFP分解を行うと、ICTの生産者であるエレクトロニクスの高さが突出する結果となる。こうした点については、宮川努『日本経済の生産性革新』(日本経済新聞社、2005年)、深尾京司『失われた20年と日本経済』(日本経済新聞出版社、2012年)などを参照。

(*7) : この点が最も顕著に見られたのは、大規模な公共投資が景気対策として実行された1990年代であろう。当時、都道府県別に1人当たりGDPと1人当たり公共投資額をプロットすると、明確な負の相関が見られ、公共投資が所得再分配政策として実行されていたことが分かる。公共事業が増えれば、当然、建設業での雇用が増えるが、主な産業で労働生産性上昇率の一番低いのが建設業だった。つまり、貧しい地方ほど多くの公共事業が配分され、その結果、長い眼で見ると一層貧しくなるという「公共投資の罠」が働いていたと考えられる。

(*8) : 日銀短観の雇用判断DIの動きなども含めて常識的に考えれば、3.6%の失業率は概ね完全雇用水準と見られる。にもかかわらず、内閣府は昨年10~12月のGDPを1.6%の供給超過としている(リーマン危機前は需要超過)。もちろん、細かく言えば労働参加率や労働時間の問題などもあろうが、これは基本的には資本ストックが過剰だと判断していることになる。しかし、例えばリーマン危機で陳腐化した設備や再稼動の困難な原発なども資本ストックに計上されることで、潜在GDPが過大推計されている疑いもある。

(*9) : 労働人口が年率1%近く減る国で実質2%というのは、極めてchallengingな目標である。実際、労働生産性を年率3%以上持続的に上げている先進国は存在しない。もちろん、極めて有効な成長戦略が打ち出されれば、2%成長も絶対に不可能とは言えないから、高い目標を掲げること自体は否定しない。
 しかし、法政大学の小峰隆夫教授が強調されるように、「目標」と「前提」は全く違う。会社員が社長になることを目標にするのは結構だが、社長の収入が得られることを前提に日々の暮らしを組み立てるなら、その帰結は生活の破綻だろう。

関連オピニオン

『異次元金融緩和』とアベノミクスの行方

アベノミクスの先に待つ課題 -金融緩和の後始末と財政再建-

岐路に立つアベノミクス:構造改革の道を進め

日本経済の先行きは短期楽観、長期悲観?

春闘に望む

関連サービス

【調査・研究】


早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。