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2014年の日中関係の行方

2014年1月29日(水曜日)

 2012年の秋、尖閣諸島(中国語名:釣魚島)の領有権を巡る日中両国の対立が激化し、それを受けて中国の主要都市で大規模な反日デモが発生した。中国人の若者は日本製品のボイコットを呼びかけ、その結果、日本の自動車メーカーの売り上げは大きく落ち込んだ。それから約1年間、日中双方の努力で日本企業の中国での売上はデモ以前の水準に回復しつつある。同時に、途絶えていた中国人観光客も日本に徐々に戻ってきている。もちろん、日中のビジネスは回復しても、両国の国民感情は簡単に改善しない。一番の障害は両国の政治不信である。

日中関係を考察すると、1つ不思議な現象が見え隠れする。それは国と国の関係が歴史認識の問題や領土領海の領有権を巡る対立で大きく揺るがされても、個人の付き合いというレベルでは、こうした大きな問題に左右されることなく、いつも通りの付き合いが続くことである。おそらく個別の日本人あるいは中国人は、こうした大きな問題は自分と無関係と思っているからに違いない。しかし、マスコミは顕微鏡のような役割を果たし、歴史認識の問題や領土領海の領有権の問題を拡大させ、個々人はすぐさま国の構成員になるため、相手国に対する義憤が募ってしまう。

日中両国では高齢化が急速に進展している。現役世代のほとんどは戦争を知らない。しかし、戦争を知らない世代は戦争を忘れるとは限らない。否、二度と戦争が起きないように、戦争の歴史を忘れてはならない。それは戦争を行うための記憶ではない。ユダヤ人はナチの犯罪者を一刻も忘れていない、というのはその好例である。ユダヤ人と比較して中国人の記憶力はレベルがいくらか低いかもしれない。東アジア諸国のなかで反日感情を比較すれば、一番強いのはおそらく韓国人であろう。その次は中国人であるかもしれない。中国では、反日デモが大規模化するのは中国人の日本人に対する嫌悪感に加え、普段はデモなどの抗議活動が政府によって厳しく制限されているからであろう。中国人は戦争のことを忘れているわけではないが、日本とは前向きな関係を築いていこうと考える者が多いはずである。

1. 歴史認識の相違と被害者への配慮

筆者はたまたま南京で生まれた。日中の歴史において南京は特別な意味を持つものである。国民党時代の首都は南京だった。日本軍は首都南京を侵攻し占領したとき、たくさんの中国軍捕虜と市民を殺害した。これがいわゆる南京大虐殺という南京事件である。南京大虐殺の犠牲者を巡り、両国の歴史学者と評論家の間で意見の相違がある。南京大虐殺記念館の壁には虐殺の犠牲者が300,000人と書かれている。当時、内陸から避難してきた避難民のほとんどについて戸籍管理が行われていなかったから、この犠牲者の人数は実数ではなく、シンボリックなものであるはずだ。中国的な考え方では、たくさん殺されたという意味で300,000人が犠牲になったとされている。それに対して、日本人の歴史学者と評論家はそんなに殺していないと主張する。しかし、実際の犠牲者人数は別として、口で表現できないほどひどいことがされたのは事実である。それが戦争というものである。オランダの歴史学者イアン・ブレマーは、「世の中には正しい戦争など存在しない」と言う。繰り返しになるが、今になって犠牲者の人数に関する論争を展開しても何の意味もない。仮に、中国が日本に対して戦争賠償を求めるならば、犠牲者の人数を明確にしないといけない。1つの事実は、日本軍は南京を平和裏に侵攻し占領したものではないということである。

1960年代、アメリカがベトナムを侵略したときの口実は、南ベトナム人を「救う」ためだったと言われている。しかし、その「救い」の行為はたくさんのベトナム人を皆殺しした虐殺となった(ノーム・チョムスキー)。とりわけ、米軍が飛行機でたくさんの枯葉剤を撒いた行為はベトナム人を救うためのものとは言い難い。その悪影響は今でも残っている。 

同様に、日中戦争は中国を白人の支配から解放するためのものだったと一部の日本人歴史学者によって主張されているが、実際に戦場で起きたことは中国人を解放するための行為とは認められない。その史実は当時の日本の新聞報道からも垣間見ることができる。

戦争の歴史を忘れてはならないが、前向きな日中関係を築く障害になるのもよくない。しかし、この40年間の日中関係を振り返れば、歴史認識の相違がいつも障害になっている。日本の一部の政治家と評論家は、日中関係の悪化が中国共産党の愛国・反日教育のせいであると主張する。中国で愛国・反日教育が行われているのは事実である。しかし、それは今に始まったものではない。筆者が小学校と中学校教育を受けた1970年代にもすでにあった。中国の歴史教科書を見れば、抗日戦争の歴史のみならず、アヘン戦争や(義和団事件の際の)八カ国連合軍の侵略史も詳しく記されている。このこと自体は何の非もないはずである。

もちろん、中国の歴史教科書に偽りがあることも事実である。例えば、抗日戦争に最も貢献したのは共産党の八路軍と新四軍と言われているが、実際は八路軍や新四軍の勢力は弱小で国民党軍が前線で大きな勝利を収めた。そして、抗日戦争の歴史ではないが、朝鮮戦争の歴史に関する記述も間違っている。中国の歴史教科書では、朝鮮戦争は南の北への侵略によって引き起こされたものと記されているが、実際は、北が南を侵略したのである。

歴史を振り返るときに、いったい何が本当だったのかという迷いもあるが、基本的な史実をはっきりさせる必要がある。その上で、戦争の被害を清算するのではなく、戦争の被害者に対する配慮が求められている。

2. 安倍首相の靖国神社参拝

昨年の暮れ、安倍首相は突然、靖国神社を参拝した。それについて多くの人は理解不能に陥ったに違いない。安倍首相は自らの靖国参拝について個人的な信条に基づくものであり、外国政府にとやかく言われる筋合いがないと言っている。確かに、日本の首相が自国の神社を参拝することは国際法にも国内法にも抵触しない。法によって禁止・制限されていない言動は法によって守られるはずである。しかし、同時に、靖国神社の特殊性を認めなければならない。そこに戦犯が祭られていることは周知の事実である。

日本国内では、戦犯を裁いた東京裁判の公平性に異議を唱える論調がある。確かに、東京裁判の裁きはアメリカが主導したものであり、日本にとって100%公平だったとは言えない。同時に、日本が国内法で戦犯を裁かなかったのも問題だったのかもしれない。いずれにしても戦争の責任を否定してもよい理由にはならない。安倍首相としては、戦争被害者に対する配慮をもっと払うべきではなかろうか。

もしも安倍首相の靖国参拝に何か意味があるとすれば、それは薄くなりつつある両国民の戦争に関する記憶を再び呼び起こしたことにある。戦争の直接な参加者はいなくなりつつあるが、若者同士の恨み合いを誘発する政治指導者の言動は賢明とは言えない。一国の首相といえども個人の信条は両国の国益を凌駕するものであってはならない。今回の靖国神社参拝で安倍首相は国交回復後の総理大臣として中国を公式訪問できない初めてのケースになるかもしれない。これからの日中関係を真剣に心配している。

戦後の日本は確かに平和な道を歩んできた。これから日本が再び侵略戦争を引き起こすことも考えにくい。しかし、それは戦争の被害者の心を傷つけてもよい理由にはならない。終戦から70年以上経過した。日中両国はそろそろ戦争の負の遺産を処理して、それに蓋をする時期に来ているはずである。安倍首相の使命はこれに貢献することである。

ギリシャの歴史家ツキディデスはペロポネソス戦争の歴史を総括したときに、「人間性が不変であることから、将来、類似したことが起こる」と、戦争の危険性について警鐘を鳴らした(E.ハミルトン)。日中はこれから戦争に突入するとは考えにくいが、日中関係悪化のスピードから、その危険性が心配でならない。ツキディデスの予言が当たらないように祈るばかりである。

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柯 隆

柯 隆(カ リュウ)
(株)富士通総研 経済研究所 主席研究員
【略歴】:1994年3月 名古屋大学大学院経済学修士取得。 1994年4月より (株)長銀総合研究所国際調査部研究員。1998年10月より現職。専門領域は開発金融と中国経済論。
【著書】:「中国が普通の大国になる日」日本実業出版社 2012年10月、「チャイナクライシスへの警鐘 2012年中国経済は減速する」日本実業出版社 2010年9月、「2010年中国経済攻略のカギ」PHP研究所『Voice』編集部 2010年1月、「華人経済師のみた中国の実力」日本経済新聞出版社 2009年5月、「中国の不良債権問題」日本経済新聞出版社 2007年9月