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岐路に立つアベノミクス:構造改革の道を進め

2013年10月8日(火曜日)

1. 安倍首相の「強運」

約1年前に自民党総裁へのカムバックを遂げて以降、安倍晋三首相が示してきた「強運」の数々には本当に驚くほかない。6年前の前回政権時には、自身の健康問題だけでなく、年金記録問題や閣僚の失言・不祥事など、必ずしも安倍氏の責任とばかり言えない不運に悩まされ続けたことを思い出すと、それはあまりにも対照的という印象さえ受ける。

まず第1に、自民党総裁選での安倍氏の勝利自体が多少なりともサプライズだったが、野田前首相の賭けにも似た衆院解散により、予想以上の早期に首相の座を手にすることができた。衆院選の地すべり的勝利にせよ、就任当初からの高い内閣支持率にせよ、後に「アベノミクス」と呼ばれる経済政策への評価も然ることながら、民主党政権下の「失われた3年」からの脱却への期待に負う部分が少なくなかったのではないか。政権交代直後、民主党には国民の熱狂的とも言える支持が寄せられたが、鳩山、菅両氏の失政を経て、国民の信頼はすっかり地に墜ちていた。また、「五重苦」、「六重苦」といった言葉が象徴するように、アンチ・ビジネス色の強い民主党の経済運営に対する経済界の不満には、とりわけ根深いものがあった。こうした失望の裏返しが、しかし、安倍氏にとっては幸運の基となったのだ。

第2は、6月末のオピニオン(「異次元金融緩和」とアベノミクスの行方)でも指摘した点だが、アベノミクス発動のタイミングが絶妙だったことだ。昨年のミニ景気後退の「谷」は11月だったし、ちょうどその頃には、欧州債務問題の落ち着きや日本の貿易赤字の予想以上の拡大などを背景に、為替市場でも多くの参加者が円安方向への潮目の変化を感じ始めていた。アベノミクスの登場が無くとも円安・株高や景気回復が自然に実現したとまでは言わないにしても、政策効果がこうした流れに乗ることで大きく増幅されたことは間違いない。

第3は、何と言っても2020年の東京五輪を引き寄せたことである。これは、基本的には前回の叶わなかった2016年招致から引き継いできた東京都をはじめとする多くの関係者の努力の賜物だろうが、やはりブエノスアイレスまで乗り込んで行った首相の「強運」を改めて印象づけるものであった。私自身はと言えば、以前から東京有利と信じてきたのだが、直前にマドリード優勢との報道が流れたことで、第一報を聞いた時の喜びは却って大きくなったように感じる。

一国のリーダーの「強運」は、国民にとってもやはり幸せなことだ。日本は、都市の清潔さ、安全さ(それらは五輪招致にも大きく寄与した)や、世界一の長寿など、成熟国として世界に誇るべき数多くの魅力を有している。しかし、長期にわたる経済的な停滞の下で、私たちは永らく前向きに夢を見ることを忘れていたのではないのだろうか。アベノミクスと五輪招致を機会に、国民が再び前向きの夢を語り始めたことは極めて大きな変化であり、それだけでも安倍首相の功績は大とせねばなるまい。

2. 消費税率引き上げ決断を巡る迷走

しかし、だからと言って、安倍首相の経済運営に諸手を挙げて賛成することはできない。毛利元就の教えは、もともと「3本の矢が揃って初めて折れない矢になる」ことだった筈である。それなのに、いつの間にか「第1の矢」、「第2の矢」ばかりが目立って、「第3の矢」の影が薄くなっていると感じるからだ。それを強く印象づけたのが、消費税率引き上げ決定を前に首相が「ゼロ・ベースからの再検証」を打ち出したことである。結局、来春の税率引き上げ自体は予定通りとなったが、唐突な慎重姿勢の演出を受けて、金融市場には「まさか先送りでは?」との緊張感が一時走った。正直に言って、この問題になぜあれだけの時間を掛けたのか、筆者には全く理解できない。

まず第1に、消費税率引き上げは法律で決まっていたことであり、景気条項があったとはいえ、経済指標は着実な景気回復を示していた。60人もの有識者を集めた集中ヒアリングでは、慎重論者が強調する97年の景気失速は、必ずしも消費税率引き上げの影響とは言えず、アジア危機や国内金融危機の影響が大きかった点を指摘する議論なども聞かれ、大半の参加者が予定通りの税率引き上げを支持したことは周知の通りである。「毎年1%ずつ税率を上げる」といった案も、実務的な対応のコストや、法律を書き換えること自体に掛かる時間やリスクを考えれば、現実的なものではなかった。そこからさらにひと月、なぜ日銀短観まで待つ必要があったのか。

第2は、「第1の矢」=金融緩和との関連だ。日銀が進める大量の国債購入が財政赤字のファイナンスと受け止められ、長期金利が跳ね上がるリスクを抑えるには、政府自らが財政再建に真剣に取り組むことが必要である。そのことは今年2月の政府・日銀の「共同声明」にも明示的に書かれており、消費税引き上げの先送りは、首相が自ら求めて実現した「大胆な金融緩和」の前提を掘り崩すことになる(日銀の黒田総裁は予定通りの引き上げを強く求めたと伝えられているが、それは全く当然である)。また、これも以前のオピニオン(アベノミクスの先に待つ課題 -金融緩和の後始末と財政再建-)で述べたことだが、(名目GDPが1%増えた時に税収が何%増えるかを示す)税収の所得弾力性について、3~4といった常軌を逸した数字を仮定しない限り(その誤りは、土居丈朗慶大教授が集中ヒアリングの場で説得的に示している)、わが国ではデフレ脱却さえ実現すれば財政赤字も解消するということにはならない。それどころか、2%インフレが本当に実現すれば、利払い費用の増加によって、むしろ財政赤字は大幅に拡大する。だから、時限を決めてインフレ目標を掲げるならば、それまでに財政赤字脱却の目処をも付ける覚悟が必要なのだ。

第3は、消費税論議を続けるうちに、「税率を上げるなら景気対策を」として、5兆円にも上る財政出動が行われる方向になったことだ。判断材料とされていた短観結果などからは、大型景気対策の必要性は認められなかったにもかかわらず、あくまで一時的だった筈の「第2の矢」がまたしても繰り出されることとなる。その一方で、「第3の矢」=成長戦略はどうなったかと言えば、第1弾として6月に公表された「日本再興戦略」は目標数字の羅列に止まり、国民や市場の期待に十分応えられなかった。これには、選挙直前で踏み込み不足も止むを得なかった面があり、だからこそ参院選後の第2弾が期待されていたのだが、その姿は未ださっぱり見えて来ない。実は、大胆な規制改革を議論するための貴重な時間を消費税論議に費やしてしまった結果、臨時国会開催の時期が迫り、雇用、農業、医療等の「岩盤規制」に大きな穴を開けるような成長戦略の早期実現は難しくなっているのだ。

3. 岐路に立つアベノミクス:構造改革の道を進め

こう考えてくると、五輪招致成功といった華々しい成果を上げ、首相は高支持率を強固なものとしたが、その裏側でアベノミクスは、今や重大な岐れ道に立たされていることが分かる。1つの道は、金融緩和と財政出動に大きく寄り掛かり、構造改革をスルーしてしまう道だ。この道を辿った場合、一時的な人気取りには成功するかもしれないが、結局は装いを変えた旧い自民党の復活にほかならず、そのことが明らかとなれば、いずれ国民の信頼を失うだろう。それ以上に心配なのは、構造改革に期待を掛けてきた市場の反乱である。株価の反落程度ならまだしも、長期金利が本格的に上昇することとなれば、政府・日銀にも打てる手は少ない。ポピュリズムのコストは、政府債務の累増に伴って年々高まっている点を忘れてはならない。

もう1つの道は、責任を持って財政再建に取り組む一方、構造改革を進めて潜在成長率≒自然利子率を高めることでデフレ脱却を確実なものとする道だ。もちろん、それは国民に痛みを求めるものだから、政治的困難が伴う。しかし、一段と大きく政治資本(political capital)を積み上げてきた今の安倍首相には、相当思い切った政策も実行できる筈であり、政治的困難は言い訳にはならない。あるいは、投資減税・法人減税=成長戦略という考えかもしれないが、わが国の資本の生産性が他の先進国に比べ著しく低いことを踏まえれば、資本コストを下げるだけではなく、規制改革等を通じて資本の生産性を上げることが重要なのだ。勇気を持って構造改革の道を進んで欲しいと思う(それとも、首相の本当の狙いはあくまで保守路線の推進にあって、アベノミクスも五輪招致も、そのための得点稼ぎに過ぎないのだろうか?)。

ただし、臨時国会、通常国会の時期が迫るにつれ、規制改革を本格的に検討するための時間的制約が厳しくなっているのも事実である。規制や制度は複雑に入り組んでいるため(制度的補完性:institutional complementarity)、一部の規制を変更することが予想外の結果を招くこともあるからだ。その際、1つのアイデアは、地理的に区域を限ってその中で規制改革の実験を行う特区の活用だろう。特に、五輪招致が決まった今、経済財政諮問会議の民間議員からも、そうした意見が出ていると聞くが、東京を国家戦略特区に指定して、大胆な規制改革の実験を行うというのは、魅力的な考え方である(特区=補助金を使った特定の「成長産業」誘致という発想は止めよう)。

実を言うと、五輪招致が決まった直後、「経済効果X兆円」という数字が飛び交い、建設株や不動産株が急騰したことに、筆者は強い違和感を覚えた。もちろん、五輪の開催には相応の経済効果があるだろうが、それはあくまで一時的なものに過ぎない(おまけに、五輪から生まれる需要には同時点・異時点の代替効果が働くので、それらを「新規需要」として積み上げる計算自体が間違いである)。確かに、1964年の東京五輪を機会に社会インフラの整備が進み、さらなる高度成長に繋がっていったことは鮮明な記憶であるが、それは1988年のソウルや2008年の北京と同様に新興国型の五輪だったからだ。

しかし、既にインフラも十分に整った成熟国=日本が開催する2020年の東京五輪が目指すものは違う筈である。例えば、日本が持つソフトパワーを世界にアピールする機会と考えるべきではないだろうか。特区構想に関しても、PFI(Private Finance Initiative)を使うことで財政資金を節約しながらインフラ整備を行う(とりわけ首都高速道路などの老朽インフラの改修)ことも大切だが、観光や都市計画、通信・放送、医療、教育等の面で日本が一段とソフト力を高める方向に活用することがより重要だと考える。

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早川 英男(はやかわ ひでお)
経済研究所エグゼクティブ・フェロー
1954年愛知県生まれ。1977年東京大学経済学部卒、日本銀行入行。1983~1985年米国プリンストン大学大学院(経済学専攻)留学(MA取得)。調査統計局長、名古屋支店長などを経て2009年日本銀行理事。日本銀行在職期間の大部分をリサーチ部門で過ごした後、2013年4月より現職。