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  4. ICT企業のインクルーシブ・ビジネス(IB) 成功のポイント

ICT企業のインクルーシブ・ビジネス(IB) 成功のポイント

2013年9月17日(火曜日)

1. はじめに

先進国経済が成熟段階に入り、今後の大幅な成長が見込めない中、各国企業は東南アジア、アジア、アフリカ諸国などを次なる成長市場と位置づけ、ビジネスの展開を進めています。しかしながら、未だ多くの同地域消費者はBOP(Bottom of Pyramid) と呼ばれる層(年間世帯所得が3,000米ドル以下)が大部分を占め、全体としてのボリュームは大きいものの、同領域で、安定的に収益が上げられるビジネスモデルの構築は容易ではありません。また、各国の経済成長に伴い、BOP層が将来中間層へとシフトし、可処分所得が増えることに期待してのマーケティングを企図した進出も見られますが、この場合、中・長期的な企業の経営戦略の文脈に沿って事業が展開されなければ、投資の失敗または単なる慈善活動にとどまってしまう可能性もあります。本稿では、BOP市場に進出する際に注目されるインクルーシブ・ビジネス(IB)(*1)とIB促進に重要な役割を果たすICT(*2)企業の関わりについて方向性を提示します。

2. BOP市場への4つのアプローチ

ICT企業のBOP市場へのアプローチは、それぞれの企業戦略やビジネス領域に合わせ、4つのパターンが見られます。即ち、 (1)既存ビジネスの応用型、(2)啓発→市場創出型、(3)対現地政府のシステム案件開発型、(4)新規事業立ち上げ型の4つです。いずれも単独でのビジネス展開ではなく、事業の特性や必要に応じて、現地企業やNPO、NGO、政府とのパートナーシップを構築しています。また、パターンによって、企業にとっての利益獲得の機会をどの程度の時間軸で捉えるか、またリスクをどの程度許容してビジネスを進めるかが異なります。以下にそれぞれのパターンの特徴を提示します。

(1)既存ビジネスの応用型 (既に保有する製品、サービスを提供するパターン)

<概要>
 ヒューレット・パッカード(HP)は、アフリカ諸国を対象に立ち上げられたmPedigreeという事業において、クラウドインフラとセキュリティシステムを納入しています。mPedigreeは正規医薬品を判別して、消費者が偽物の医薬品を購入してしまうのを防ぐことを目的としたIBで、mPedigree NetworkというNGOが立ち上げています。医薬品を購入する個人が携帯電話からショートメッセージサービス(SMS)で店頭に並んだ医薬品の商品コードを送信すると、製薬会社によって登録された正規医薬品データと照合され、結果がSMSで通知されるサービスです。偽物の流通により損失を被っている複数の製薬会社が共同で本事業に資金を提供しています。

<ポイント>
 HPにとっては、製薬業界から資金の拠出がなされており、資金が確保されている事業に既存の製品を納入するので、確実に収益が見込める案件です。mPedigreeはその後インドでも事業展開し、その際もHPがシステムを納入しています。従って、既存の製品・サービスを新しいステークホルダーとの協業により上手にBOP市場に展開している例と言えます。

このように、ICT企業が既存ビジネスの応用でIBに参入するためには、mPedigree Networkのように、ステークホルダー(地域住民、製薬会社等)に大きなメリットを与え、資金提供を引き出すことのできるNPO等の事業主体の特定が重要です。従来の顧客との関係性だけでなく、現地の社会課題に取り組むNGO等との連携、情報収集のための人的ネットワーキングの構築が求められます。

(2) 啓発→市場創出型(中・長期的なマーケティングの導入として進出するパターン)

<概要>
 IBMは、インドの遠隔地への商品・サービスの流通を、ICTによって効率化するDrishtee社の事業を、技術者等の人材派遣や資金援助によって支援しています。これは、農村部における農業関連の情報、製品、教育、サービスの提供や、農村と都市の市場を直接つなぐサービスの構築などの事業拡大を目指すものです。派遣されたIBM職員は、ボランティアで技術プラットフォームとソフトウェアの開発、市場調査、事業管理および運営体制の整備等を行っています。

マイクロソフトも同様に、農村で作成された手工芸品等をe-コマースによって販売する事業をDrishtee社と立ち上げています。具体的には、商品を販売サイトに掲載する役目のキオスク経営者に、端末(タブレット型PC)の提供や操作方法および手順についての教育や指導を行っています。

<ポイント>
 IBMやマイクロソフトにとって、上記の支援事業等における投資は少額であり、資金面でのリスクは軽微です。反面、実際の収益獲得の機会の実現には時間を要します。したがって、本件は未開拓市場での長期的なブランディングや、ICTのインフラおよびe-コマース導入の実績のないインド農村部における自社ビジネスの需要掘り起こしを企図するものと言えます。

このような市場創出・潜在需要の喚起に向けた支援事業の実施は、資金的な負担額は少額ではあるものの、単なる慈善活動に陥る可能性もあります。したがって、すでに成功したIBモデルを持つ事業主体を特定し、その理念を共有した上で、戦略的に自社の将来の事業機会創出につながるサービスを見極めることが必要です。

(3) 対現地政府のシステム案件開発型(現地政府のシステム開発案件を受託するパターン)

<概要>
 途上国の中央および地方政府においても、ODAや国際機関の支援を受けながら、政府の電子化が推進されています。開発規模は1件あたり数億~数十億円に上ります。政府業務の効率化や、フリーアクセス、政府プロセスの透明化に加えて、外国企業からの直接投資を呼び込むために政府主導でICT基盤の構築を推進する等、各国政府における行政の電子化の政策的優先順位は高くなっています。ICT企業にとっては、プロジェクト単体の受注だけでなく、政府のプロジェクトに参加することで実績を重ね、その後の同国内でのビジネス展開に寄与させることも期待できます。

<ポイント>
 開発案件が海外から融資を受けるプロジェクトでは、国際競争入札により機材の納入業者やシステムの開発業者が選定されることが一般的です。応札企業を調べてみると、現地企業やインドのシステム開発企業など、開発者の人件費が低く抑えられる企業による応札・落札が多く見受けられます。

IBMやHP、シスコ、オラクルなどの企業は、ローカルベンダーとの提携により自社ソフトウェア、製品を販売しており、直接受注する例はあまりありません。発展途上国においても、自国におけるソフトウェア技術者の確保が進んでおり、大手企業はいわゆる「手離れのよい」ソフトウェアや製品の提供によりリスクを低減し、着実に収益を上げるビジネスモデルを構築することが重要になります。また、ODAにより、日本政府が仲介するような案件においては、開発とその後の運用に参画する人材をいかに低コストで確保するかという課題があります。

(4) 新規事業立ち上げ型(現地のニーズに合わせたサービスを自ら立ち上げるパターン)

<概要>
 IBモデルやその実施・運営体制を、ICT企業が自ら主体となって一から構築するパターンのIBは、多くの場合、現地のICT企業によって構築されています。インドのタタ・コンサルタンシー・サービシズによるmKrishiやITC Ltd.によるe-Choupal(いずれも農村を対象とした情報配信等のサービス事業)等が成功事例として挙げられます。また、Vodafoneのケニアの子会社Safaricomによるモバイルバンキング事業「M-PESA」のように、グローバル企業の現地子会社が事業を行うケースもあります。

参入する企業の目的は、これまでビジネスの対象としていなかったBOP層を中心とした潜在顧客を、新しいビジネスモデル構築によって獲得することにあります。多数の顧客を得るため、ターゲット層にとって最もインパクトの大きな社会的価値を与えるビジネスモデルを構築する必要があります。

<ポイント>
 このようなIBを継続・拡大するには、計画段階だけでなく実施段階においても、サービス内容やその提供方法を改良するなど、常に現地のニーズへのきめ細かい対応が必要になります。そのために、現地の声を的確に収集できるネットワークが不可欠です。さらに、暫時、サービスの改良を進めていく必要もあり、事業の運営を担う現地人材の確保、育成も事業の継続・拡大の成否を左右する重要なポイントです。

3. 各パターンにおけるICT企業の狙いと参入要件

ここまでは、各パターンにおけるICT企業の狙いやIB参入の要件について提示しました。次に、IBにおけるICT企業の戦略を俯瞰するため、リスクと利益獲得のタイミングという2つの指標で各パターンを評価します。下図に、これらの指標に基づく各パターンの位置づけを示します。

【図1】リスクと利益獲得を指標とした各パターンの位置づけ リスクと利益獲得を指標とした各パターンの位置づけ

(1)の場合、ICT企業は別の事業主体が立ち上げたIBに既存ビジネスで対応するため、リスクは低く短期で利益を上げられます。さらに単発の製品納入で終わるのではなく、他の地域への事業拡大や、この実績によって将来的に(3)のようなビジネスへ進出することも視野に入れて戦略を練ることができれば理想的です。

(2)の場合、既存のIBをベースとして、事業領域の拡大に向けた小規模での資金提供や人材派遣による支援を行うため、ICT企業が負う資金的リスクは低くなります。しかし、市場創出を目指し、潜在的な顧客のICT教育から始めるため、事業化が実現したとしても利益を上げるまでに長期間を要する上に、投資とリターンの直接的な因果関係は比較的薄いものになります。一方で、支援事業が成功すれば、潜在需要を掘り起こすことができます。中・長期的展望に立ち、参入する市場の選定や市場創出の見込みがついた後のアクション等、ビジネスの各段階の戦略を立て、その一環として位置づけることが重要です。

(3)の場合も、(1)と同様に既存ビジネスで対応できるという点でリスクは低いですが、事業を行う国によっては政治・経済・社会的なリスクが存在します。すでに、人件費の安い国々の企業が受注競争をしており、日本のシステム・インテグレーターが、国内開発により受注を目指すには採算面での課題が残ります。また、開発後も継続した保守・運用業務が必要になりますが、それを担う現地での人材の確保や収益モデルの構築も同時に考える必要があります。

(4)の場合、自社の投資により一からIBモデルを構築するため、事業収益に対するリスクも自ら取ることになります。社会的価値と利益を実現するためには現地のニーズをきめ細かく吸い上げることが不可欠ですが、現地に根ざした企業でなければ、そのために多大な時間、労力、資金、人的リソースを割くことになると考えられます。新規参入を狙うICT企業は、(2)のような活動を通して現地での基盤を築くか、M&Aを行うなどして、現地企業のリソースやネットワークを活用できる状況を整備する必要があります。

4. 成功のための3つのポイント

<現地との連携>
 今回は、4つのパターンに分類し、ICT企業のIB市場への参入のパターンを俯瞰しました。いずれも形は異なりますが、通常のビジネス・パートナーや代理店という狭義のビジネス上の関係だけでなく、現地が抱える社会課題に取り組む政府機関、国際機関、NGO、NPOなど、幅広い機関との日常的な意見交換を通しての情報収集・信頼関係構築が参入のベースになっていると言えます。そうした関係性を起点にプロジェクトを組成することで、ビジネスの機会を狙うことができます。

<課題を起点に活動する組織との連携、非公式な人的ネットワークの形成>
 IBの領域には、地域の枠を超えて、世界規模で社会課題解決を推進する団体が存在します。国連や、世界銀行、アジア開発銀行等の国際機関だけでなく、各種基金や財団が社会課題の克服を掲げて活動をしています。こうした非営利の活動でありながら潤沢な資金を背景に活動している団体との連携を推進し、IBの需要がある市場へ着実に入り込むための足掛かりを世界規模で見つけることが重要です。例えば、ダボス会議等への出席や、国際会議での非公式なセッションへの参加は、IBの領域での人的ネットワーク構築に有効と考えられます。また、自社による支援やビジネスモデルにより社会課題の解決を表明する際には、自社単独の声明ではなく、国際機関や会議の総意として発信していくことが重要です。これにより、自社のIB推進を大枠の中に位置づけることができます。

<長期的な戦略との整合性>
 今回提示した4つのパターンにおいて、各ICT企業はリスクとリターンのバランスを考慮し、自社のリソースやビジネスで対応できるパターンを見極めた上でIBに参入しているといえます。また、どのパターンにおいても、将来的なビジネス拡大へ繋げることを視野に入れた長期的な戦略の上で実行されていることが重要です。ここで取り上げた事例は、いずれもその戦略に基づいたIB市場参入の1つのフェーズであると言えます。日本のICT企業がIBに参入する際には、自社が持つリソースや取り得るリスク、目指す利益規模の大きさ等に加え、長期戦略とのつながりを考えてビジネスモデルを見極めることが不可欠であると言えます。

注釈

(*1)インクルーシブ・ビジネス(IB) : BOP層を消費者、生産者、流通業者、あるいは小売業者として位置づけてバリューチェーンに組み込んだ、ビジネスとして成立し、かつ規模を拡大できる事業モデルのことを指す。慈善事業や社会的責任活動(CSR)と一線を画し、企業の本業としてビジネスを行うモデル。(出典:世界銀行グループ 国際金融公社 「インクルーシブ・ビジネスの成功例」)

(*2) : ここでは、ICTを広義に捉え、情報通信機器、PC等端末開発、ソフトウェア開発、システムインテグレーション(SI)、ITソリューション等を幅広く指す。ICTの活用により、今まで市場経済・情報社会に接続されていなかった層がつながり、伝統的な経済発展段階を経ずとも、バリューチェーンにつながることが可能になる。

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【調査・研究】


大屋 智浩(おおや ともひろ)
株式会社富士通総研 経済研究所 上級研究員
2003年 慶應義塾大学商学部卒業、大阪中小企業投資育成株式会社入社、
2011年 シンガポール国立大学大学院 Lee Kuan Yew School of Public Policy 修了、
2011年株式会社富士通総研 経済研究所入社。
専門領域は、イノベーションとソーシャルキャピタル、中小企業論、公共政策。


加藤 望(かとう のぞみ)
株式会社富士通総研 経済研究所 上級研究員
2005年 米国デラウェア大学大学院修士課程修了(エネルギー・環境政策学)。NPO法人環境エネルギー政策研究所、公益財団法人 地球環境戦略研究機関を経て、2012年 富士通総研入社。