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今後のヘルスケアサービスの基盤となるEHRの普及展開に向けて

2013年6月24日(月曜日)

1. EHRの重要性

EHRとはElectronic Health Recordの略語で、直接的には「電子健康記録」「生涯医療記録」と訳されますが、意味合いとしては、個人の医療・健康等に係る様々な情報を蓄積し、参照・活用・共有等を行う仕組み(政府では「医療情報連携基盤」や「健康情報活用基盤」等と表記)を指します。

今後の医療・健康等ヘルスケアサービスにおける1つの進展の方向として、個々人に合ったサービスの提供(パーソナル化)があります。その代表例として、遺伝子の差異等による症状のあらわれ方や薬の効き具合等の違い(個人差)に配慮し最適な投薬や治療を行うテーラーメイド医療(個別化医療)が挙げられます。このような個別サービスの提供には一人ひとりの診療情報や生体情報(ゲノム情報や健康情報等)が前提となりますし、そのための革新的な薬や治療法の開発にもこれらの情報の蓄積・活用が必要となります。

このように、個人の医療・健康等に関わる様々な情報は多様な活用の可能性があることから、医療・健康等ヘルスケアサービスの向上や効率化はもちろんですが、それに伴うICTの技術革新や活用拡大、さらにはこれらを含めたヘルスケア分野での経済成長が見込まれています。そのため、政府でもIT戦略や成長戦略の柱に位置づける等、重点的に取り組まれています。昨年6月の「医療イノベーション5か年戦略」では、個別化医療や個別化予防を主な施策として推進しているほか、2010年からの「新たな情報通信技術戦略」では、「どこでもMY病院」構想(自己医療・健康情報活用サービス)の実現に向け電子的医療・健康情報の整備等を推進しています。

2. EHRの進展状況

「どこでもMY病院」構想は、全国どこの医療機関にかかっても、そこで自身の医療・健康情報を活用し、最適なサービスが受けられることを目指しています。現時点では、全国民による全国での情報蓄積・活用までの道のりはまだ長いものの、特定の地域内、あるいは特定の関係機関間(医療機関・薬局・介護事業所等)での情報共有は全国各地で進みつつある状況です。政府はこの状況を踏まえ、まずは2018年までに都道府県等一定の地域内で情報共有が可能な環境の整備を目指すこととしています。

これまでに情報共有・活用が進んだ所は、例えば地域連携クリティカルパスにおいて連携関係(病診連携・病病連携等)となった医療機関で電子カルテ情報を共有(地域医療連携システム等)し始めるように、各地域での医療提供体制の整備に関連して進んできている場合が多く、まだEHR単体で導入・普及するまでには至っていません。

そのため、システムの導入・利活用の拡大に向け、総務省等各省庁によりモデル事業や実証事業等が為されてきました。EHRとしての実証事業は平成20年より継続的に実施され、これまでに7フィールドで医薬連携、医療・介護連携、健康管理、救急医療、防災等各分野でのEHRの活用を試行、効果検証や課題整理等が為されています。例えば医薬連携では、複数の医療機関の医師や薬局の薬剤師が、プライバシーに十分配慮した中で、共通の患者に関する様々な情報を共有することにより、重複投薬を回避したり、薬の飲み合わせに気を付けたりすることが可能になりました。また、健康管理では、集団のデータを解析すると、その集団の疾病の特徴・傾向等が明らかになるほか、個人単位で解析すると個人の健康状態が明らかになる等、健康情報の蓄積と解析により、健康づくりの取り組みの有効性の検証が集団単位や個人単位で可能となりました。

3. 医療現場でICTによる情報共有・活用が進みにくい原因

前述のように大きな可能性・メリットのあるEHRですが、その普及は前項に示したようにあまり進んでいません。医療現場でのICTの導入・利活用における障害・阻害原因としては、制度面や技術面、導入・運用費用の負担、企画・推進・運営体制の未整備(あるいは脆弱)、医療者等の情報リテラシー、多忙な現場での利用・運用上の負荷等、様々な要因が挙げられます。前述の各省庁からの事業では初期費用面での負担解消にはつながるものの、それ以外の複数の要因も絡むために、地域・地区単位等ではなく、ICTに比較的明るく、医療・介護サービスの向上に意欲的な一部の医療者等だけが新たなツールを積極的に採り入れ、活用しているケースが少なくありません。

また、これまでの知見・経験から、医療現場の特殊性も大きな阻害要因の1つと考えます。現場の各臨床医がそれぞれ最も力を持っているため院内のIT部門や事務部門のガバナンスが働きにくいこと、出身大学の医局や地元の医師会等医師個人のネットワークが推進体制や診療連携のベースとなること、診療科・疾患・医師の技量等により最適なICTツールが異なること等、このような医療現場の特殊性に十分配慮することが円滑なICT導入・活用には不可欠と考えます。

加えて、情報共有・活用は医療者等にとっては顧客である患者を、そして自らの技量・ノウハウ等を同業者等に開示することを意味するため、参照はしたいが開示はしたくない、あるいは他院の検査結果等はその信頼性に対する疑義のため(連携先の技量を知らず信頼関係のない中では)や自ら検査した方が儲かるために共有・活用しない等、EHRは医療者等にとってある意味ディスインセンティブとなるような側面もあります。したがって、意欲的で意識の高い(患者サービスの向上のためにはこのようなディスインセンティブを気にしない)医療者等による推進・参加拡大に依存しなければならない弱点もあります。

さらに、以上からもわかるように、まずは医療現場等における実際の人的なつながり・コミュニケーション等があっての情報共有・活用でなければ進まないという実態があるにもかかわらず、省庁等の事業活用によるICT先行・ICTありき(それのみ)で情報共有・活用のための連携体制を構築しようとしてうまくいかないことも少なくないようです。

4. EHRの普及展開のポイント

EHRの利点について疑問の余地は薄いものの、前述のような各種要因等により現段階ではまだ導入・活用は一部地域等に限られている状況です。この状況を変え、全国各地で普及展開を進めるためには、EHR事業の推進・運営主体(自治体や医師会、地域の中核病院等多様な主体が考えられる)が大きな負担なく比較的容易に導入できるような低廉な標準システムや運用体制等、事業の持続可能なモデルを示していく必要があると考えます。

富士通総研では、これまでの様々な医療ICT関連事業での調査分析経験等も踏まえ、今後、多くの地域でEHR事業が普及展開していくためのポイント(普及展開上の課題・障害への対応策)として、EHR事業進行の各段階において大きくは次の5項目が特に推進上重要なポイントになると考えます。具体的には、まずはEHR事業の立ち上げ・円滑な推進のために必要な体制のあり方、次いでEHRによる情報共有・活用に参加する医療機関や患者の集め方や、参加者増に備えた情報共有・活用への本人同意の取得方法、そして情報共有・活用の基盤(ネットワークやシステム)構築に当たっての留意点、導入時・運用段階それぞれでの費用負担のあり方となります。

今後は、これらそれぞれにおける留意点等を踏まえた事業展開が重要になってくると考えます。

【図表】「普及展開のポイント」の項目
【図表】「普及展開のポイント」の項目

5. おわりに

数年前には、いわゆる「医療崩壊」という言葉がはやり、各地域で地域医療提供体制の確保に向け、地域医療再生計画等による取り組みが進められています。

地域医療連携システムやEHRといった地域住民の医療データ・カルテ等の共有やバックアップ、遠隔地からの医療支援(遠隔医療システム)といった医療現場でのICT利活用は、限られた医療資源の効率的な活用と地域住民への医療サービスの向上、つまり地域医療再生にも大きく貢献するツールと言えます。

本稿にて説明したように、これらのツールはそのメリットは明らかなものの、様々な障害・理由等から必要とされるべき所で未導入ということが少なくありません。

富士通総研では、本稿で紹介したノウハウも含め、これまでの豊富な医療ICT関連事業での知見・経験を活かし、必要とされるべき地域での導入支援に貢献していきたいと考えております。

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東 史人

東 史人(ひがし ふみひと)
株式会社富士通総研 公共事業部 マネジングコンサルタント
1997年東京大学経済学部経済学科卒業、富士通株式会社に入社し、株式会社富士通総研へ出向。
主に、中央官庁及び地方自治体等を対象とする行政改革・業務改革、都市計画、総合計画、ICT政策、保健医療政策、産業振興及び地域活性化に関するコンサルティング、調査・検討業務に従事。
近年では、厚生労働省出向時における医療・介護・健康分野の制度改革の設計・施行の経験を活かし、同分野での受託調査研究・コンサルティングを多数実施。