皆様ご承知の通り、金融庁から、2013年2月5日付けで、「ABL(動産・売掛金担保融資)の積極的活用について」が公表されました。金融円滑化法の出口を睨み、「ABL(動産・売掛金担保融資)の積極的な活用を推進することで、中小企業等が経営改善・事業再生等を図るための資金や、新たなビジネスに挑戦するための資金の確保につながるよう、今般、金融検査マニュアルの運用の明確化を行う」方針とのことです。
「金融検査マニュアルに関するよくあるご質問(FAQ)別編《ABL編》」等が追加され、これまで不明確だった、動産担保および債権担保を一般担保として取り扱うための要件が明確にされています。その中でも、「継続的モニタリング」が要求されている点は、非常に重要です。
地域密着型金融の推進は引き続き重要であり、組織的・継続的な実践として、限界的な資金供給と本業支援を行うためには、ツールとして「実態把握」が不可欠です。極論すると、実態把握するためにABLを実行する、ということも、大いに有り得ると考えます。そして、一定以上の規模で、組織的・継続的に実態把握を行うためには、ITの利用が不可欠になります。
ABL(Asset Based Lending)とは、(1)動産および(2)売掛金を担保とする融資方法です。不動産担保に過度に依存しない融資として、地域密着型金融のひとつのツールと位置づけられています。2003年11月25日には、「債権譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律の一部を改正する法律」(動産登記特例法)が成立し、制度的な手当てがなされました。
日本のABLの残高は、例えば平成23年度で4,400億円程度です。(出典「ABLの普及・活用に関する調査研究報告書」) 我が国の企業向け融資におけるABLの割合は、微々たるものに過ぎません。
業績悪化に陥った企業、不動産担保に余剰の無い企業等にとって、資金化できる残り少ない資産として在庫や(手形を除く)売掛債権、機械設備等の動産を加えたことに意味はあったものの、ABLの残高は大きく伸びることはありませんでした。ABLには、融資商品として本質的な課題が存在することを示しています。
一部の特殊な製商品を除いて、ABLの担保効果は極めて限定的で小さく、単なる担保融資として推進する限り、今後もABLの拡大は限界的である、と考えています。
金融検査マニュアル等の改定は、金融円滑化の出口戦略の一環として、ABLを後押しするものです。ABL推進のために、以下のようなガイダンスがなされています。
当然ながら「担保」に関する記述が多いのですが、新設された「金融検査マニュアル」ABL編のFAQで特に重要なのは、動産担保を一般担保する場合の要件における「数量および品質等の継続的モニタリング」と、債権担保を一般担保する場合の要件における「第三債務者の財務状況の継続的モニタリング」あたりだと考えます。
ABLは、一般に、評価→設定(実行)→モニタリング→換価(処分)のプロセスで実施されます。対抗要件や評価、換価手段等の手続きについては、担保として当然満たすべき要件ですが、重要なのは、(1)動産担保の数量および品質等や、(2)債権担保の第三債務者の「継続的モニタリング」です。これは、いわゆる企業経営に対する「実態把握」の主要な部分に相当します。
なお、実態把握は、すでにABL実行済みの取引先だけに有効な手法ではありません。例えば、無担保貸出があり、かつ信用リスクの拡大しているような取引先にも、当然ながら有効な手法です。可能であれば、これらにも適用を検討することが望ましいです。ただ、単純な導入には取引先の抵抗が有り得るので、従来の無担保融資の継続に際してABLへ移行するなどし、実態把握を行うことが考えられます。
このような方向であれば、従来と異なり、金融機関がABLを積極的に活用する可能性も出て来るでしょう。リスク管理と貸出の拡大が両立し、それらの適正化がなされることになります。
FAQでは、継続的モニタリングの方法については、具体的に記述していません。以下は筆者の考えた、仮説的な方法論のイメージです。
例えば、非常に単純化すると、販売会社では一般に「仕入→在庫→販売」というビジネスプロセスがあり、その外側に「仕入先→自社→販売先」という(いわゆるサプライ・チェーン)関係が存在します。動産担保の要件における「数量および品質等」は、このようなフローにおける「在庫」の数量等を把握することを要求しています。これは、単に、ある時点の在庫を静的に数えれば足りる、というものではありません。
【図1】実態把握の対象イメージ
在庫は、仕入/販売に伴って、随時、入れ替わります。フローとして、動的(ダイナミック)にモニタリングする必要がある訳です。移動や入れ替えがない場合、むしろ不良在庫の可能性があります。
つまり、仕入(買掛/原価)→在庫→販売(売掛/売上)という関係を前提に、一方でモノの流れ(物流)として現物の数量・品質等を把握するとともに、他方、買掛債務/在庫/売掛債権というB/S項目と売上/原価というP/L項目をウォッチします。具体的には、在庫のほか、売上/売掛債権、買掛債務等の主要明細数値を、最低でも月次レベルでサイクル的に取得して、その増減や前年比等を分析することになります。
金融機関は、従来から「カネの流れ」に関する方法論を有しており、実態把握という作業は目新しいものではありません。現在の決済等の実情やビジネスの仕組みに合わせ、カネの流れの把握を、より精緻に、現代化し、また「モノの流れ」にも拡張して、実施することになります。
ABLの取り扱いが、現状のように金融機関全体で数十件程度であれば、Excel等による本部担当者等によるハンド管理が可能でしょう。ただ、ABLを推進し、実態把握や継続的モニタリングが拡大するのに伴い、例えば数百件規模以上になると、ハンド管理では苦しくなります。情報入手や入力・整理の作業に追われると、より重要な実態把握の分析作業の方が疎かになりかねません。
財務諸表等については、未だに訪問等により、作成からかなり遅れたタイミングで紙ベースで取引先から入手し、更に入力しなおす、というようなプロセスが、多くの金融機関で運用されています。ABLでは、実態把握のタイミングの遅れや漏れが実損に直結する場合があることは、金融機関の実例からも明らかです。
企業は自社の業務を遂行するため、ERP等の業務システムを持ち、在庫等のデータを日々把握しています。モニタリングでは、そのデータを活用することが、まずは考えられます。債務者と銀行が、お互いに手間と負担を軽減できる下地はある訳です。
おそらく企業側には、銀行に自社の内情を開示したくない、という心情が大いにあると思われますが、ABL実施により、それを乗り越えることも求められます。
なお、銀行側は必要以上にデータの精緻化を要求せず、また、すべてを自動化することに拘らず、手作業と上手く組み合わせすることも重要です。つまり、「実態把握」するに十分な精度に、緩く仕組化することが、おそらく実態把握のシステム化における最大のポイントになるでしょう。
ABLに伴う継続的モニタリングによって企業実態を把握することは、資金供給はもとより、企業の本業支援やコンサルティング機能の発揮にも欠かせません。実効性ある実態把握のためのABL積極的活用により、地域金融機関による資金供給と本業支援という二本柱が適切に機能させることが重要でしょう。
【金融】
富士通総研の金融コンサルティングは、「経営・リスクマネジメント」、「顧客チャネル改革」、「IT戦略策定」という重要経営課題に対して、豊富な実績に基づき、金融機関の競争力強化を支援します。
金高 篤(かねたか あつし)
株式会社富士通総研 金融・地域事業部 シニアマネジングコンサルタント
現在、銀行やノンバンク向けを中心に、地域密着型金融(リレバン)、
ABL活用、融資業務改革、IFRS対応などの調査やコンサルティングに
従事。
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