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日本企業の新アジア戦略

2013年5月16日(木曜日)

1. 急速に高まるアジア規模の市場性

先進国経済成長の不確実性が高まる中で、台頭するアジア地域がますます注目されています。人口ボーナスのメリット、人材の豊富さなどからアジア新興国・途上国は、欧米市場停滞の影響を受けながらも比較的高い経済成長を続けています。

【図表1】が示すように、日米欧の先進国経済成長が2%前後であるのに対して、アジア新興国では7%前後と、安定成長が見込まれます。また、金融危機前に急成長した中国とインドの経済もASEAN経済とともに、比較的高い安定成長に収斂しつつあります。

このような世界経済構造の地殻変化が継続する中で、先進国市場と比べ、これらアジア諸経済の絶対的な購買力はなお低いものの、中間層の拡大、都市化の進展、IT・ネットの普及による知識・技術や生活様式の加速度的な伝播などによって購買力は急速に形成され、拡大しています。その市場性は、中国から東南アジア、そしてインドを中心とする南アジアへと、アジア規模に高まってきています。アジア市場はもはやグローバル企業による市場競争の主戦場になってきています。

【図表1】関係国のGDP成長率の推移 【図表1 関係国のGDP成長率の推移】

他方、多様性に富んだアジアの地域市場統合のプロセスも加速されています。2010年1月には中国/ASEANのFTA(ACFTA:中国ASEAN自由貿易協定)が完成し、2015年にはASEAN地域経済共同体が形成されます。また、アジア域内包括的経済連携(RCEP)、政治対立と切り離した日中韓FTAの交渉も開始され、東アジア市場は自発的統合から制度的統合へ前進しています。国境障壁が低くなり、生産・流通、消費に関する制度的なハーモナイゼーションも図られ、市場インフラも急ピッチで整備され、グローバル・ネットワーク経営体制の構築に大きなプラスになります。

しかし、近年アジア域内で収束してきた領土紛争が再び発生し、地政学リスクあるいはカントリーリスクが増してきています。特に、間欠泉のように生ずる日中間の緊張関係は、日本企業のアジア戦略に大きなインパクトを与えています。また、インドの日系企業で生じた大規模な衝突のような労使紛争の激化、タイ大洪水のような自然災害の多発、散発するテロや拉致などのアジア新興国リスクも再認識させられています。

【図表2】が示すように、日本企業の対アジア新興国直接投資も、大きく振れています。中でも、反日デモが生じる度に、いわゆる「China+1」戦略が提起され、生産拠点に関する「China+1」戦略から市場開拓に関する「China+1」戦略まで内容が拡大されています。

【図表2】対アジア新規直接投資における関係国のシェア(フローベース) 【図表2 対アジア新規直接投資における関係国のシェア】

しかし、「China+1」戦略はあくまでリスクヘッジの意味で考えられている戦略で、中国とASEAN、インドとの相乗効果を想定するプラス意味での「China+1」戦略にも大きな意味があります。したがって、日本企業には、リスクマネジメントを含む企業のグローバル経営力の進化が求められます。

2. 課題解決ノウハウの移転と成長力共有の同時達成

また、アジア新興国には経済成長の可能性が高い一方、上述したリスクも並存するとともに、持続的な経済成長を維持していく上で数多くの課題も残されています。

まず、成長に必要な安定した政治・社会環境が必要です。汚職の撲滅、格差の是正、市民参加型の意思決定メカニズムの確立などのガバナンス能力が求められます。次に、成長に必要な資金、技術、マネジメントノウハウを導入するために、外資にとって魅力的で安定した経営環境が欠かせません。さらに、コスト上昇や資源・エネルギー制約を克服するための生産性向上が図られなければなりません。

【図表3】が示すように、よく言われる「コピー天国」中国は、技術開発に力を入れ、生産性の向上も図られ、成果も収めつつあります。その他の新興国では、技術力や生産性の向上に大きな進歩は見られません。この意味で、社会を営むシステムも経済も産業技術も成熟した日本の経験にアジアから熱い視線が注がれているのも不思議ではありません。日本は、制度や技術、ノウハウを内包したソリューションの移転(商業ベースで)によりアジア地域の持続可能な成長をサポートすることができます。

【図表3】アジア関係国の技術力と生産性 【図表3 アジア関係国の技術力と生産性】

他方、裏返せば、成熟した日本は「若い」アジア新興国の成長力を共有して(Share)活力を取り戻す必要もあるでしょう。無理して押しつけるのではなく上述したアジア新興国の求め(ニーズ)に応えていくプロセスで、成長力共有の目的は達成されるでしょう。

もちろん、課題解決ソリューションの移転と成長力共有を同時達成するためには、有効な戦略やガバナンスの仕組みが欠かせません。かつ、生産拠点、市場開拓、そしてナレッジ活用へと、アジア戦略を革新して高度化させていかなければなりません。

3. 市場開拓のための「新アジア戦略」

このように、世界経済構造の変化や経営環境の変化を踏まえて、これまで専ら経済大国化する中国に向いていた日本企業の目線も、生産拠点から市場へと変身する東南アジアへ、そして市場の魅力も増しつつあるインドを含む南アジアへと、アジア規模に広がっています。したがって、日本企業には、地域全体を俯瞰する「新アジア戦略」が求められます。

これまで、日本企業のアジア戦略は、B2C中心の消費者ビジネスを前提に国境を仕切りとして国単位で考えられてきました。発展段階に大きな格差があり、規制や文化もかなり異なる消費環境、ネット技術の普及も遅れている状況を考えれば、合理性はあったでしょう。しかし、工業化、都市化、情報化が進展し、市場統合も進み、B2Cに加え社会インフラなどのB2BやB2Gビジネスも膨らみ、ネットワーク経営体制も構築可能になっています。したがって、これからの「新アジア戦略」構築に当たって、以下に3つの提言を行いたいと思います。

【図表4】グローバル経営のネットワークモデル 【図表4 グローバル経営のネットワークモデル】

まず、【図表4】が示すように、経営体制は、日本を中心とする国別の「Hub&Spokeモデル」から「Networkモデル」へとシフトさせるべきです。タイでの洪水被害や中国での反日デモなどのような一時的なリスクに対応できるとともに、これまで注目されていなかった中国とASEAN、中国とインド、ASEANとインドのような日本を経由しないビジネスも可能となります。実際、中国とインド間の貿易額は日本とインド間の貿易額を遥かに超えており、ビジネスの潜在性は大きいのです。また、ネットワークを通じてアジア各国に散在している経営資源(人材、生産拠点、研究リソースなど)の相互活用も可能となります。

次に、【図表5】が示すように、社会インフラ分野での市場開拓に当たって、B2C分野で慣れ親しんだ製品ビジネスモデルからサービスベンダーモデル(つまり「モノ作りモデル」から「コト作りモデル」)へシフトさせる必要があります。実際、社会インフラ分野では、商品性能からシステム効率(ハードからソフト運営まで)が求められ、供給者は、商品供給者(モノのサプライヤー)からサービスの供給者へと変質していきます。したがって、企業は、あらゆる経営資源を調達、組み合わせ、機能させる能力が求められるようになります。

【図表5】サービスベンダーの概念図 【図表5 サービスベンダーの概念図】

さらに、在来のB2C分野においては、統合された所得別セグメント戦略が必要です。先進国では、所得別のセグメント市場は基本的に安定していますが、成長の著しい新興国市場において、概念的に分類したハイエンド市場、ミドル市場、低所得者市場に所属する消費者は、所得構造、消費環境、市場インフラなどの変化によって激しく上位所得層へ移動しています。例えば、低所得者ビジネスを中間層ビジネスの、中間層ビジネスを高所得者ビジネスの前哨戦と捉えるべきでしょう。したがって、日本企業は、顧客を、自社が得意で利益率も高いとされる上位所得層へ誘導し、移動する消費者が他社に流れていくのを防ぐために、需要の粘着性(ロイヤルティ)を高めなければなりません。

【図表6】所得セグメント戦略の概念図 【図表6 所得セグメント戦略の概念図】

このように激変する経営環境の下で日本企業には、アジア新興国市場の性質・可能性やリスクを客観的に評価し、その対応策を練った上で地域全体を俯瞰する「新アジア戦略」の構築が急がれます。

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【調査・研究】


金 堅敏(Jin Jianmin)
株式会社富士通総研 経済研究所 主席研究員
【略歴】
中国杭州生まれ。1985年 中国浙江大学大学院修了、97年 横浜国立大学国際開発研究科修了、博士。専門は中国経済、企業戦略論。1998年1月富士通総研入社。
【著書】
『自由貿易と環境保護』、『図解でわかる中国有力企業と主要業界』(日本実業出版社)、『中国世紀 日本の戦略 米中緊密化の狭間で』、『華人エコノミストの見た中国の実力』(共著)、日本経済新聞「中国のミドル市場開拓戦略」(「経済教室」)他。