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繰り返すな、6年前の誤り(1)- 安倍新総理は賃上げに動くべきだ -

2013年1月29日(火曜日)

安倍総理は太平洋戦争直後の吉田茂を除けば、戦後総理では唯一、2回目のチャンスを与えられた総理である。1回目で失敗があるとすれば、それから教訓を学んで2回目に生かすことができる稀な総理だ。1回目は閣僚の不祥事が相次ぎ、最後はご自身の健康問題も出て、誰が見ても無様な退陣を遂げてしまった。しかし第1次安倍内閣を退陣に追い込んだ最大の要因は2007年7月の参議院選挙での大敗である。選挙で負ければ総理の政治生命は終わりだ。

1. 国民の関心は常に自分たちの暮らしぶり

なぜ安倍氏率いる自由民主党は、あの時点で選挙に大敗したのか? それを想い起すことは今の安倍総理にとって極めて重要である。先に結論を言えば、あの時、企業だけが豊かになり、国民の生活が良くならなかったからである。選挙で最大の争点は国、時代に関わりなく、いつも国民の生活ぶりだ。米国では “Are you better off ?”とか“It’s economy, stupid.”とか、大統領選挙戦中に吐かれた有名な台詞がある。前者はレーガン大統領(その時点では候補)のもので、「あなたの暮らしは良くなりましたか?」という意味だが、彼は現職のカーター大統領の弱腰外交を批判することで支持を勝ち取ったのではない。国民の生活に対する不満に訴えたのだ。後者はクリントン氏のもので、意訳すれば「国民にとって大事なのは経済だ。そんなこともわからないのか、このばか者」という意味である。対抗する共和党のブッシュ大統領(父)はイラク戦争で見事な勝利を収め、国民的人気も高かった。そのブッシュには勝てないのではないか、と質問されたときの彼の答えだ。いつの時代も選挙の結果を左右するのは経済、なかんずく国民生活だ。

安倍氏は7月には参議院選挙を迎える。経済を良くしておくことは勝利に向けての必須要件だ。彼は2006年9月に人気の高い小泉元総理から総理ポストを禅譲された。自ら勝ち取ったものではないから、翌年夏の参議院選挙はリーダーとしての資質を試す初めてのテストであった。結果は歴史的大敗となったが、この前後の日本経済をよく観察すると、なぜ選挙に負けたかだけでなく、今の状況が6年前と次第に似てきていることがわかる。いくつかデータを見てみよう。

2. 日本経済の絶頂期に崩壊した第1次安倍内閣

日本経済は2002年1月から2008年2月までの73か月、戦後最長の景気拡大を続けた。第1次安倍内閣の期間は2006年9月からの1年間で、その最も良い時期に該当する。景気回復を支えたのは円安であり、日本政府による大規模な為替介入もあって、円は1ドル100円から120円くらいと長期間下落し続けた(【図1】なお赤印は第一次安倍内閣の在職期間を示す)。折しも米国は住宅バブルの最中で需要が盛り上がり、また2001年にWTO への加入を果たした中国も経済成長が加速し、「中国特需」が盛り上がった。こうして日本は良好な外部環境の後押しもあって、2%を超える実質経済成長を続けることができた(【図2】)。内需が低迷する中で外需依存の経済成長が実現できたのは、小泉、安倍政権にとってラッキーであった。この裏には、日本政府の大規模為替介入を米国が黙認するという、強固な日米関係があったことは言うまでもない。昨年秋からの急激な円安に対してヨーロッパやアジア各国が懸念を表明するのに対して、米国が今までのところ表立った反対をしていないのも、6年前と似ている。

【図1】円・ドルレート
【図1】円・ドルレート

【図2】実質GDP成長率
【図2】実質GDP成長率

3. 絶好調でも良くならなかった国民生活

第1次安倍内閣の時期、企業収益も株価も持ち直した(【図3】、【図4】)。特に株価(日経平均)は前任の小泉内閣の初期に8000円割れしたものが、その後上昇を続け、2007年5月には18000円の大台に達していた。まさに選挙をやるには絶好のタイミングであった。だが、このような一見良好に見えた経済データの裏で国民の不満はむしろ高まっていた。何が起こっていたのだろうか?

【図3】営業利益
【図3】営業利益

【図4】日本の株価
【図4】日本の株価

この時期、日本企業の多くは1990年代のバブル崩壊の後遺症に悩んでいた。企業は成長することよりも、バランスシートの改善、言い換えれば不良資産の整理に必死であった。設備投資は抑え、正規職員を非正規に置き換え、賃金コストの圧縮に邁進した。拡大した企業収益は借金の返済に回され、あるいは内部に溜め込まれた。これでは需要は盛り上がるはずがない。それでも成長できたのは外需が堅調だからだ。【図5】はこの間の賃金の動向を示している。戦後最長の景気回復の期間を通じて、賃金は下落し続けた。非正規労働者の割合は高まり(【図6】)、労働分配率も下がり、ちょうど安倍内閣のときに最低水準に落ち込んでいる(【図7】)。国民は企業サイドの好景気を一方で耳にしながら、自分たちの生活が一向に良くならないことに不満を感じ始めていたのである。

その頃「実感なき景気回復」という言葉が流行ったのはこのような事情があったからだ。それでも小泉内閣の時代には郵政の民営化など、既得権と戦う姿勢も見られ、改革の効果がいずれ出てくるのではないかという期待もあった。しかし、安倍内閣になるに伴い、そのような改革への情熱は薄れ、代わりに安全保障など国民には必ずしも優先度の高くない課題に議論が移っていった。こうして一見絶好調の経済情勢にありながら、民意は離反し、選挙では歴史的な敗北を喫してしまった。

【図5】日本の賃金動向
【図5】日本の賃金動向

【図6】非正規労働者の割合
【図6】非正規労働者の割合

【図7】労働分配率
【図7】労働分配率

デフレ状況についても見ておこう。デフレとは消費者物価指数(CPI:Consumer Price Index)の傾向的下落、つまり前年同月比でマイナスの状態を指す。これをグラフに示したのが【図8】であるが、これから明らかなように、1999年以降、マイナスの年が多い。その中でも安倍氏が政権を率いた2006年から2007年は一時的にわずかながらインフレであった。だが、これは安倍内閣の功績ではない。国際石油価格が上昇したのと、円安によるもので、国内での需要が盛り上がり、需給が逼迫して物価が上昇するということではなかったのである。所得拡大を伴わないインフレは国民生活から見れば「悪いインフレ」で、決して評価されるモノではない。このところの円安に伴い国内物価の上昇が懸念される。6年前と同じ状況が今また起こり始めている。

次回はアベノミクスの限界とそれを克服し、より確実な経済成長を達成するために賃金引き上げが不可欠であることを説明する。

【図8】日本の消費者物価(CPI)
【図8】日本の消費者物価(CPI)

シリーズ

繰り返すな、6年前の誤り(2)

関連サービス

【調査・研究】


根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2010年 経済研究所エグゼクティブ・フェロー
【著書】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など