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復活する米国の製造業

2012年12月26日(水曜日)

1. 増える米国の製造業雇用

去る12月初旬、OECDの鉄鋼委員会に出席した折、米国の鉄鋼企業や業界団体の幹部と話をする機会があった。皆、米国の製造業の将来性に明るい見通しを持っており、米国は今、先進国の中では一番元気が良い。オバマ大統領は製造業の雇用拡大には特別の配慮を払ってきており、輸出倍増計画に加えて自動車産業の救済や再生可能エネルギー企業への支援など、米国内でも反対があった政策を進めてきた。その結果かどうかは更なる検証が必要だが、米国の製造業雇用が長年の減少傾向から増加に転じ始めた。(【図1】)

なぜ、このようなことが起こっているのか? 理由は大きく言って2つある。第1は、中国やアジアの新興国で賃金の上昇が加速しており、相対的に米国の競争力が高まっていること、第2に、米国内でシェールガス、シェール石油が相次いで発見され、エネルギー価格、特にガスの価格が下落していることである。

【図1】米国の製造業の雇用
【図1】米国の製造業の雇用

2. 急上昇する中国の賃金

中国における賃金の上昇は確かに加速している。2000年以降、毎年ほぼ2桁の上昇を続けており、特に2000年代後半になって、その勢いは強まっている。2011年までの10年間で民営企業の賃金は3.3倍だ。これに人民元の対ドルレートの上昇を加えれば、4.3倍になる。他方、米国での賃金上昇率は1.4倍、日本は円高もあり1.5倍だ。中国における賃金上昇率がいかに速いかが良くわかる。賃金の水準そのものは福利厚生費用など、比較しにくい要素が少なくないが、スイス銀行が毎年行っている国際比較では、ニューヨークを100とすると北京は18となっている。北京の賃金水準は大体6分の1だが、中国の賃金が第12次五か年計画にあるように5年間で2倍になるとすれば、5年後には格差は3分の1にまで縮小する。

この結果、起こることは、製造業の米国内への国内回帰だ。今から数年前、米国では大企業が製造工程や事務作業など、事業の一部をアジアにアウトソースすることが流行り、米国の雇用が失われる、との批判が高まった。それに対して企業側は、競争力を維持するためにはやむを得ざる措置であり、そうすることで、米国内で新たな雇用が生まれている、などの反論を行った。だが、そのような動きも2008年の世界経済危機を境にして峠を越え、最近になって逆の動きが目立つようになってきた。ボストンコンサルテインググループ(BCG)は昨年から、遠からず米国製造業の国内回帰が始まる、との見通しを発表している。筆者自身、最近新聞紙上などで、アップルやGEなどの有力企業が生産活動を米国に移す動きを始めている、という記事を読んだ。

重要なことは、製造拠点の決定が単に賃金やその他のコストだけで決まるのではなく、製造拠点の国内回帰には顧客との距離を短縮し、設計と製造部門の意思疎通を良くするなど、すぐにはコストに換算できないような重要な優位性があることに米国の製造企業が気づき始めている、ということである。製造現場で発生する問題を、設計や原材料調達の工夫で解決することは、関連する部門が近接して始めて可能になる。わが国でもパソコンなど、最も海外に移転しやすい部門で、日本国内で組み立て工場を拡大するなどの動きが見られる。顧客のいる所で製造することにより、より迅速かつ適切に顧客対応ができることが次第に認識されるようになってきた。

賃金は安くても、ようやく仕事を覚えたらすぐに転職してしまうようでは企業経営はできない。技術流出などの問題も一般的には新興国の方が可能性が大きい。インフラや電気、ガスの供給なども不安定だ。他方、かつて米国の製造業を悩ませた労働組合による強固な既得権、硬直的な雇用慣行、高いレガシーコストは、今世紀に入って次第に過去のものとなりつつある。逆に、2008年から中国では労働契約法が施行され、労働者の保護水準が高まり、労働者の雇用、解雇に様々の規制が加わるようになった。賃金格差が大きければ、これらの不利を乗り越えても新興国へ進出することの合理性もあるが、昨今のように賃金の優位性が急速に失われるとなれば、経営者は再度、海外戦略を見直すことになるのは当然だ。

このような国内回帰はすべての製造業で起こっているわけではない。繊維や雑貨など労働集約度が高い分野では、依然として安い海外の労働力を使うことが理にかなう。しかし、顧客ごとに求める性能や仕様が異なったり、長期にわたってメンテナンスが必要な資本財では、米国内、あるいは顧客に近い所での生産のメリットが、米国の高い賃金による不利性を上回ることが少なくないようだ。BCGはこのような分野として、輸送機器、家電、家具、プラスチック・ゴム製品、機械、金属、コンピューター・電子機器の7分野を挙げる。中国からの製造拠点回帰ならびに輸出増加により2015年までに工場建設や物流など間接部門も含め、200~300万人の雇用創出の可能性があると予測している。

3. シェールガス、石油のもたらす広範な恩恵

米国の製造業を元気づけているもう1つの要因は、シェールガス、シェール石油など、新たなエネルギー源が大量に発見されたことである。現在、米国における天然ガス価格は国際価格の4分の1程度である。米国は原油や天然ガスについては輸出許可制を取っており、自由には輸出できないため、国際価格より大幅に安い状況が続いている。その結果、石油を原料としていた石油化学や肥料企業は原料をガスに転換することで競争上の優位性を高めている。このような企業がアジアや中東に建設していた工場を一部、米国内に移している、と言われ、米国内での雇用が復調している。日本企業の中にも生産基地を米国に移す動きが始まっている。

シェールガスの影響はさらに広まっている。ガスや石油の掘削には油井管と呼ばれる長いパイプが必要だ。パイプラインを敷設するとなれば、さらに大量のパイプが必要となる。米国はこのような鋼管を多く輸入に頼ってきた。ところが、近年、鉄鉱石をガスで還元する技術(DRI)が普及し、石炭で還元するのに比べて、トン当たり100ドル、大体2割程度安く鉄鋼製品が生産できるようになって、米国の鉄鋼業は競争力を取り戻しつつある。米国鉄鋼業にとってのもう1つの優位性は鉄スクラップの供給が潤沢になり、鉄鉱石によらない鉄鋼生産が普及している。スクラップからの鉄鋼生産(電炉)は鉄鉱石利用に比べてエネルギーコストは4分の1と、圧倒的に安いが、その分スクラップ価格は高く、先進国では製造コスト全体としては電炉がやや優位といったところである。しかし、経済発展の初期段階にある若いアジア諸国では、スクラップの供給は少なく、大半を鉄鉱石に依存せざるを得ず、大量の原料炭を購入しており、賃金の安さではカバーできない不利性に直面している。したがって、米国の鉄鋼市場では国内のスクラップやガスを利用した鉄鋼生産が拡大し、製品輸入は減少していくことになろう。

先日のOECDの会合で行われた某調査会社の発表によると、今後、米国では従来の高炉が閉鎖されて、電炉とDRIによる鉄鋼生産が急速に伸び、それとともに米国鉄鋼業が再び競争力を増す、と予測している。同様なことは銅やアルミ精錬などにも当てはまる。これらの産業ではスクラップのリサイクリングが進み、先進国における資源産業の競争優位性が高まる。米国はその先端を走っていると言えよう。米国の鉱工業生産指数を見ていると、リーマン・ショック以降、最も顕著に立ち直ったのは石油・ガス関連、非鉄金属、金属加工、石油化学など、エネルギーや素材関連産業と半導体などの電子企業だ。

4. 日本も負けていられない

翻って、わが国製造業が日本国内に回帰するという動きは起こらないか? 2008年のリーマン・ショック以降の円高で、日本企業は海外展開を志向してきた。この流れはしばらく続きそうである。しかし、円高はどうやら峠を越えたようである。貿易収支はすでに赤字に転じ、経常収支の黒字幅もかなり縮小している。財政赤字もかなり長期にわたり高い水準で続くと考えられるので、円は今後、安くなる可能性が高い。すでに述べた米国経済の再生も円安圧力になる。他方、中国やアジアの賃金上昇は今後とも止まりそうにはない。コスト面からも国内生産の相対的優位性は高まるであろう。わが国企業が強いとされる「現場力」を発揮できるような産業であれば、ある程度の水準の生産活動を国内で維持することは可能ではないか。

このような産業は「製造段階ですでに顧客の顔が見えている商品」であると、筆者は感じている。逆に言えば、薄型テレビのような規格大量生産型商品ではなく、水や電力、交通インフラなど受注生産の資本財に多い。このような分野では、機器の使用条件や顧客の要望が1品ごとに異なり、そのたびに調整やチューニングが必要になる。顧客の要望を素早く汲み取り、商品設計に生かして行く応用力は日本国内の優れた技術者、作業要員がいて、初めて可能になる。これは日本企業の優位性を発揮する機会が高まることを意味する。

米国同様のシェールガス革命が日本で起こるとは考えにくい。だが、自由な国際貿易が確保されていれば、すべての需要家は基本的に同一価格で入手できるはずだ。米国の原油、ガスの輸出規制は中国のレアアースの輸出規制同様、国際ルール違反と筆者は考えているが、自由貿易協定があれば、輸出は認められるので、わが国としてはできるだけ国際価格で調達できるよう、TPPへの参加など、様々の努力をすべきだ。スクラップの蓄積は着実に進んでおり、このところ毎年5百万トンを越えるスクラップを輸出している。他方で電炉による鉄鋼生産の割合は4割程度と、欧米の6割に比べて日本の鉄鋼生産は高炉による鉄鉱石の還元方式が中心であり、先進国の中では珍しい、と言えよう。一般的には優れた鉄鋼の生産のためにはスクラップ利用は難しい、と考えられるが、米国のようにミニミルやDRIの技術がさらに進化した場合、わが国企業の競争優位性が失われる可能性なしとも言えない。わが国鉄鋼企業も高炉と電炉、DRIのバランスを再度見直すべき時が来ているのではないか。

米国企業の競争力が高まるならば、円高が続いているうちに米国企業を買収するのも検討すべき戦略だ。すでに資源やエネルギー関係のプロジェクトに日本企業が数多く参加している。中国企業も先進国の企業に買収攻勢をかけているが、中国に対しては米国や豪州政府は警戒心を有しており、なかなか話は進まない。ヨーロッパ企業は今、域内の問題で手一杯で、国際市場からはむしろ撤退気味だ。条件の良い掘り出し物が結構売りに出ている。資金が潤沢で円も高い今は、日本企業にとっては特にタイミングがいい。今回の円高局面をどう利用するかで、その後の日本企業の競争力は決まってくるといっても、言い過ぎではない。

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根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2010年 経済研究所エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など