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安倍発言の評価とデフレ脱却の道筋

2012年12月3日(月曜日)

安倍発言をきっかけとして金融政策をめぐる論議が起こり、金融政策が総選挙の争点の1つに浮上している。以下では、ゼロ金利下での金融政策運営の難しさについて改めて整理した上、今後の金融政策の方向性、デフレ脱却の道筋について考えてみたい。

1.ゼロ金利下での政策運営

ゼロ金利下での金融政策運営の難しさは、名目金利がゼロ近傍に達すると、それ以上、下げられなくなるため、実質金利が高止まり、景気を刺激することが難しくなるという点にある。この点を詳しく説明すると以下のようになる。

市場名目利子率から期待インフレ率を引いたものが市場実質利子率であり、これが自然利子率を上回る状態にあると、金融は引き締められた状態になる(ⅰ式)。自然利子率とは、一国の経済において貯蓄=投資という均衡を達成させる実質利子率を意味する。不況時には、自然利子率を下回るまで、市場の操作変数(政策金利)である市場名目利子率を引き下げる必要がある(ⅱ式)。

  1. 市場名目利子率-期待インフレ率>自然利子率 →金融引き締め
  2. 市場名目利子率-期待インフレ率<自然利子率 →金融緩和

しかし、市場名目利子率がゼロ近傍になると、それ以上は引き下げられなくなるため、市場実質利子率は高止まり、金融は引き締められた状態になる。日本経済はバブル崩壊後、断続的に金融緩和を行い、ついにはこの制約に直面した。しかも、日本の場合、バブル崩壊後、過剰設備・過剰雇用の重石に悩まされ、さらには少子化により人口減少局面に入り、また中国をはじめとする新興国が台頭したことで、国内の有望な投資機会が失われる事態に直面した。この結果、貯蓄が投資を上回る状態が通常となった。これは企業部門だけとってみても、キャッシュフローが投資を上回る状態になったことに象徴される。こうした状態は、自然利子率がマイナスの領域に入ったということを意味する。マイナス金利にならなければ国内の投資は喚起されず、貯蓄=投資という均衡が達成されないことを意味する。

このようにバブル崩壊後の日本経済は、長期不況に見舞われる中で、市場名目利子率を引き下げられない上、自然利子率がマイナス領域に入り、(ⅰ式)の状態が続いてきたと考えることができる。

2.クルーグマンの提案と日銀の政策

こうした状態を解消するためには、期待インフレ率を引き上げることによって市場実質利子率をマイナスとし、自然利子率を上回るようにするのが一案である。もう1つは、構造改革、イノベーションの実現などによって国内に有望な投資機会を創出することで、自然利子率を引き上げるというものである。

前者に即した提案が、クルーグマンが1998年の論文で述べた「4%のインフレを15年間続ける」といった、期待インフレ率を大幅に高める大胆な金融緩和である。これは当時としては衝撃的で、今でも奇異な提案であるように捉えられがちであるが、市場名目利子率がゼロとなり、自然利子率がマイナス領域に入った経済を回復させるために、理論的に整合する提案である。

これに対し、後者は正攻法とは言えるが、前述のように日本経済は過剰設備・雇用、人口減少、新興国の台頭により、国内の投資機会が失われる状態が続き、自然利子率を引き上げることが困難な状態が続いた。

前者については、現実の金融政策の中に部分的に取り入れられた。クルーグマンの提案は、将来にわたって金融緩和の継続を約束することで、現在の金融緩和状態をより強化することを狙ったものにほかならず(時間軸効果)、日銀が現実の政策で採用した。ただし、クルーグマン提案のようなアグレッシブなものではなく、当初は消費者物価上昇率が0%に達するまで、最近では1%に達するまで金融緩和を継続するというもので、コミットメントのトーンは徐々に強めたものの、一方では、景気が少しでも好転すると金融引き締めに転ずることを繰り返した。

3. デフレ長期化の要因

現在に至るまで日本経済はデフレから脱却できたと言える状況にないが、デフレが長期化した要因としては、(ⅰ式)のような状態が続いたほか、デフレが続く中で先行きのデフレ期待が常態化したこと、趨勢として円高が続いたことにより、先行きの円高期待が常態化したことなどが挙げられる。

デフレ期待の常態化は、ゼロ金利に達し、実質金利が高止まる中で、需要が低迷し、それが物価を引き下げ、さらに引き締め状態となり景気が悪化するという悪循環が続き、先行きのデフレ期待が高まっていくというものである。デフレが継続する中では、企業は戦略として、コストを削減して低価格の商品投入を行うことが通常となり、これが物価や賃金をさらに引き下げ、デフレの悪循環に拍車をかけることにもなる。

一方、円高が続き、将来もさらに進むとの予想が支配的になった場合、企業は常に円高対応のためコスト削減を要求され、給与も引き上げにくくなるが、これがデフレをもたらす要因になる。また、円高予想に基づく企業の生産性向上努力は、円高対応力を高めるが、この結果として貿易黒字は減らず、さらに円高が進展する要因となる。このように、先行きの円高期待が自己実現していくことになる。

このように、先行きのデフレ、円高期待が高まる中で、そうした予想が自己実現するという状況が続いたことが、デフレが長期化する要因になった可能性がある。

4. 安倍発言のインパクト

デフレから脱却するためには、繰り返しになるが、期待インフレ率を高めるか、構造改革によって自然利子率を高める必要がある。これまでの日銀の政策は、期待インフレ率を高めることについて徐々に踏み出してきた。構造改革については少しずつ進展してきたとはいえ、過剰設備・雇用を解消しても、その後の少子化、新興国の台頭は日本経済にとって困難な課題であり、現在に至るまで国内における有望な投資機会を創出できずにいるのが現状である。

構造改革は正攻法であり、企業、政府も決して手をこまねいていたわけではないが、それを進めていくには時間がかかるということは、これまでも将来においても変わりそうにない。日銀は、確かに金融緩和のコミットメントを徐々に強めてきたが、構造改革の困難さを考慮すると、さらに踏み込む余地があったかもしれない。デフレ期待、円高期待の常態化については、こうした期待が定着することを防ぐためには、より大胆な金融緩和が必要だったという感も強い。

こうした観点から安倍発言を評価すると、2~3%のインフレ目標の設定、国債の日銀購入という大胆な発言は、確かに危うさもあるが、市場の反応を見ると、為替安、株高をもたらし、先行きの期待を変化させるという点で大きなインパクトがあったと見ることができる。総選挙後の政策運営でも、金融緩和強化の道筋が見えれば、先行きのデフレ期待、円高期待を払拭できる可能性が出てきているように見える。

物価目標については、日銀は現在、1%としているが、今後、消費者物価上昇率のプラス転換が次第に明確化していった場合、次のステップとして目標を2%に据えることは、日銀にとっても規定路線であり、違和感はないと思われる。日銀は早期に2%の目標を打ち出すことで、先に長期金利が上昇することを警戒していたが、安倍発言によって長期金利は上昇していない。

国債の日銀購入については、現在の日銀は銀行券ルール(長期国債の保有を銀行券の発行残高内に抑える)とは別枠に、資産買い入れ基金による国債購入を行っており、すでに全体の購入量は銀行券発行残高を超えている。マネタリーベースの拡大手段として、国債購入をさらに増やすことは日銀にとっては、従来から選択肢の1つである。日銀による国債購入の増額が、財政規律の喪失を連想させれば長期金利の上昇につながるが、すでに述べたようにその兆候はない。

安倍発言は一見危ういように見えるが、冷静に捉えれば、これまでの日銀の政策の延長線上にあり、特に大きく踏み出しているというわけではない。それにも関わらず注目されるのは、インフレ目標や日銀の国債購入にはっきりと言及したことにより、市場が明確に反応したことである。これは、安倍氏の金融緩和強化に対する本気度が信じられたということにほかならない。

もし、安倍氏が首相に就任し、その金融政策が実現されるのならば、クルーグマンが14年前に提案した政策に多少なりとも近づくことになる。クルーグマンは「4%のインフレを15年間続ける」と言ったが、日銀が行ってきたのは、目標は「0%ないし1%のインフレ」であり、それも継続して行ってきたわけではなかった。その結果は、未だにデフレから脱却できず、なおかつデフレ期待が常態化している状況にある。

5. 日本の競争力喪失と円安反転

もっとも、安倍氏の発言のみで市場が反応したわけではない。円安に素早く反転したことについては、経常黒字が縮小する中で、実需面で円安の素地が出ていたという面もある。このほか、アメリカ経済がバランスシート調整から脱しつつあり底堅く推移している点、ユーロ圏経済の混乱が収まってきた点も、円高修正が行われやすい環境を形成している。

とすれば、長期にわたるデフレによって日本経済が疲弊し、ようやく日本の競争力が衰えたことで、これまでの円高トレンドが修正され、今度は逆に円安によって競争力回復やデフレからの脱却ができる段階に、日本経済が入ったことを意味する。

こうした環境変化をベースとしつつ、金融政策をより一層拡大することによって、デフレから脱却する道筋が、ようやく見え始めたというのが現在の状況と捉えることができる。

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【調査・研究】


米山 秀隆(よねやま ひでたか)
(株)富士通総研 経済研究所 上席主任研究員。
【略歴】
1989年 筑波大学大学院経営・政策科学研究科修了、(株)富士総合研究所を経て、1996年 (株)富士通総研入社、2007年~2010年3月 慶応義塾大学グローバルセキュリティ研究所客員研究員
【執筆活動】
「デフレの終わりと経済再生」(ダイヤモンド社、2004年)、「世界恐慌─日本経済最後の一手」(ダイヤモンド社、2002)、「空き家急増の真実」(日本経済新聞出版社、2012年)、「 少子高齢化時代の住宅市場」(日本経済新聞出版社、2011年)ほか多数