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中国的「国民所得倍増計画」を検証する

2012年11月22日(木曜日)

中国共産党は、第18回党大会で2020年にGDP総額が2010年比で倍増し、同時期に国民の1人当たりの収入を倍増させる目標を打ち出した。これは、2020年に「小康社会」(いくらかゆとりのある社会)の実現という国家目標を完成させる経済的な基礎整備とも言える。実際、中国国家統計局は、「小康社会」の姿を、経済発展、社会発展、生活質、民主法制、文化教育、資源環境という6つの軸から23の指標によって定量的に評価している。これら指標は、政治、経済、社会、文化、自然など多方面に及んでいるが、定量化が難しいため、第18回党大会の「活動報告」では、GDPと1人当たりの収入だけが数字目標として掲げられている。

日米欧先進国経済成長の不確実性が高まり、中国自身の経済成長鈍化も鮮明になっており、また深刻な所得格差や汚職蔓延の状況の下で、中国のGDP・国民所得倍増目標の実現可能性が議論の焦点になっている。

1. 日本の「国民所得倍増計画」との相違

そもそも、中国的「国民所得倍増計画」における国民所得、あるいは「活動報告」で言うところの「都市住民と農村住民の1人当たりの収入」が何を指すかを確認する必要がある。

胡錦濤前総書記が行った「活動報告」の文面や、その後の高官による記者会見、国有メディアなどの報道を総合すると、「国民1人当たり収入」とは、国民1人当たりの可処分所得を指していると考えられる。現在、中国の公式統計では毎年、都市住民1人当たりの可処分所得と農村住民1人当たりの純収入を公表しているので、この2つの指標を検証するのが有意義であろう。また、その可処分所得と純収入は、物価上昇を除く実質収入で評価しないと意味がないため、中国の国有メディアやコメンテーターも一様に実質収入の倍増を解説している。

1960年代日本の池田内閣で打ち出された「国民所得倍増計画」での指標は、国民1人当たりの収入ではなく、マクロ経済指標としての国民総生産GNP(Gross National Product)であった。現在よく使われているGDPと差し替えてもよい指標だった。実際、日本の「国民所得倍増計画」と同じように、中国では10年間でGDP倍増計画は1980年代から続けてきた。鄧小平の経済倍増構想を具体化した中国共産党第13回大会(1987年)の「活動報告」では、2000年の実質GDPを1980年の4倍にすることや、第15回大会(1997年)の「活動報告」で打ち出した2010年の実質GDPを2000年の2倍にすること、さらに第16回大会(2002年)の2020年GDPを2000年の4倍にする計画が日本の「国民所得倍増計画」に当たる。

さらに、中国共産党は第17回大会で、人口増の要素を考慮した2020年の1人当たりGDP(実質)を2000年の4倍にすると、目標の難易度を引き上げた。今大会では、10年間でのGDP倍増計画を再度コミットするとともに、国民がより実感できる「国民1人当たり収入の倍増計画」も打ち出された。つまり、中国当局は、経済目標のハードルを自ら高めさせたのである。日本の高度成長期において作ったことのない経済目標に中国当局はチャレンジしようとしているのである。

日本の「国民所得倍増計画」の目的は、安保闘争での政府に対する厳しい批判を官民協力による経済成長に転換させようとしていたと言われたが、中国の「国民1人当たり収入の倍増計画」の目的は、格差の拡大、不動産価格の高騰、汚職蔓延などに伴う国民の不満を和らげ、経済成長の恩恵を国民ひとりひとりに行き渡るよう意図されたものと理解されよう。

2. 前提となる経済成長の持続性は維持されるのか

そもそも、池田内閣の「国民所得倍増計画」を打ち出した時期は、日本経済の高度成長期のさなかに重なり、国民所得倍増目標は3年前倒しで実現できたが、30年にわたり約10%の高度成長を続けてきた中国が国民1人当たりの所得を倍増させるのは言うまでもないが、GDP倍増自体も至難の業と言わざるを得ないだろう。

筆者は10月29日のオピニオンに掲載した「中国経済減速の深層を読む」で、「習近平政権は7%前後の安定成長を目指す」と論じたが、第18回中国共産党大会で掲げた2020年のGDP倍増目標を実現するには、2011年から年平均7.2%の成長が必要となる。2011年のGDP成長率9.3%と2012年の約7.5%を合わせて考えると、2013年からの今後8年間は年平均で約6.5%が必要である。残りの問題は、この年平均6.5%の成長を保障する成長力がどこに求められるかが議論の的となる。

【図表1】中国のGDP寄与率と寄与度の推移
【図表1】中国のGDP寄与率と寄与度の推移

【図表1】が示すように、GDP成長を支える消費、純輸出、投資からなる需要サイドから見れば、最終消費のGDP成長寄与度は、2001~2011年の平均で4.5%となっており、近年の民生重視政策を反映して消費のGDP成長への寄与率は2008年の44%(GDP寄与度4.2%)から2011年の55%(同5.2%)まで高まった。内需主導、特に消費主導の経済政策へのシフトにより2020年までの今後8年で最終消費のGDP成長寄与度が4.5~5.0%には達成されよう。次に、純輸出も中国にとっては最終消費に当たるが、GDP成長への寄与度はプラス、マイナスに変動するファクターとなっている。2005年のGDP寄与度は2.6%と大きくなったが、世界金融危機の影響で2009年では一転して-3.5%となってしまった。今後、中国は、輸出主導ではなく輸出入のバランス政策を図っていくと表明しており、外需のGDP寄与度は0%近辺で動くと考えられる。実際、80年代から一貫して上昇し続けてきた輸出額/GDP比は、2005年の36%をピークにして2009年以降26%前後に低下し、安定している。

【図表2】安定しつつある民間投資
【図表2】安定しつつある民間投資

さらに、資本形成(投資)のGDP成長寄与度は、2001~2011年の平均で最終消費の寄与度より大きい5.4%となっている。投資の拡大は消費や輸出拡大という最終需要と連動して初めて経済成長に健全に寄与するが、最終需要を超えた過剰投資となれば、経済成長の持続性にマイナスとなってしまう。2000年代における中国の過剰投資状況は、1998年に生じたアジア通貨危機と2008年に発生した世界金融危機へ対応するための要因とともに、2003年頃からの不動産バブル等とも深く関わっている。2006年頃からの過剰投資に伴うバブル退治政策も2008年に生じた世界金融危機へのオーバーシュートとなった投資拡大策によって台無しとなってしまった。2010年以降、中国は再びバブル退治に躍進し、経済成長のソフトランディングを図っているが、その可能性は投資のソフトランディングができるかどうかにかかっている。

今後も、過去に行われた過剰な設備投資や商業不動産投資は引き締めざるを得ず、公的投資も道路などのインフラから社会保障等のソフト整備に回すため、固定資本形成の伸び率は低下していくと考える。ただし、低所得者向け住宅整備や都市インフラ、都市防災、環境保護・省エネルギー、生産量的能力を伴わない産業高度化や新規産業への投資は増やされるので、適切な投資伸び率は確保されよう。むしろ、資本形成のGDP成長寄与度は、2000年代の半分近くの2.5%前後に低下していくのは中国にとっては健全であり、そして安定していくのは可能である。実際、全国固定資本形成の6割以上を占める民間投資の伸び率は35%前後から25%前後に低下し、安定しつつある。公的投資を含む総投資の伸び率も25%前後から20%前後に低下し、安定し始めている。

総じて、2020年までに消費、投資、外需のGDP寄与度はそれぞれ、4.5~5.0%、2.5%前後、0%前後で推移し、7.0~7.5%前後のGDP成長は確保されよう。以上のような推定を前提とすれば、中国のGDP倍増計画は控えめであり、超過して達成することになろう。

3. 「国民1人当たり収入の倍増計画」を実現する可能性と残された課題

上述したGDP倍増目標はパイの拡大を目指すものであるのに対して、「国民1人当たり収入の倍増計画」は、この拡大されたパイを必要とする一方、このパイを国民ひとりひとりに分配する制度とも関わっている。もちろん、国民所得の向上は逆に消費拡大に伴う性経済成長を支える有力な要素にもなる。GDP倍増目標が達成可能とすれば、経済活動で生まれた富みを、資本や政府よりも労働者をはじめとする個人に、より多く配分することによって実現可能性は高まってくる。

【図表3】都市住民可処分所得と農村住民純収入の伸び率の推移(実質)
【図表3】都市住民可処分所得と農村住民純収入の伸び率の推移(実質)

中国国家統計局によると、2010年全国民の1人当たりの可処分所得額(2000年価格)は約10,046元であるので、所得倍増目標として2020年は20,092元となる。つまり、GDP倍増と同じように、所得倍増計画を実現させるためには2011~2020年の10年で年平均の7.2%増加が必要となる。他方、国連の人口推定によると、2020年の中国の総人口は13億8,779万人に達するので、2010年の13億4,134万人より4,646万人多くなる。したがって、国民1人当たり所得倍増計画の実現はGDP倍増計画よりも困難を伴うと考える。

【図表3】が示すように、1979~2010年の中国の都市部住民の1人当たり可処分所得(実質)と農村住民の1人当たり純収入(実質)の年平均伸び率はともに7.3%に達したが、同時期の年平均GDP成長率の9.9%を下回った。配分法で中国のGDPを労働者、資本、政府のそれぞれの取り分に分解してみれば、1990年代後半から労働者への配分は急速に低下し、資本や政府への配分が急増したのである(【図表4】参照)。一次配分においては、給与増加の確保や社会保障の厳格化、減税などの政策実施によって労働者配当率の向上を急がれる。

【図表4】分配(所得)法GDPにおける各主体のシェア
【図表4】分配(所得)法GDPにおける各主体のシェア

他方、80年代、90年代、2000年代に分けてみると、都市部住民の可処分所得の伸び率はそれぞれ4.5%、6.8%、9.7%と、次第に拡大してきたが、同時期、農村住民の純収入伸び率はそれぞれ8.4%、4.5%、7.0%となっており、1990年代以降、都市部住民を下回った。したがって、所得倍増計画のもう1つの中心課題は、都市住民よりも総人口の約5割を占める農村住民の収入向上にある。中でも、戸籍制度改革による2.5億人ともいわれる出稼ぎ労働者(「農民工」)の所得向上が急がれよう。

さらに、中国では、50%を超えたばかりの都市化政策の加速によって農村住民の所得向上政策も図られている。【図表5】が示すように、農村住民についても、個別農家の農業専業より、営農規模の拡大による専業や兼業による賃金収入の拡大政策が推進されている。また、都市住民の所得向上では、賃金収入の底上げとともに創業の自由化による経営収入や資本市場の整備などに伴う財産収入のシェア向上も図られるべきであろう。

【図表5】都市住民と農村住民の収入構成
【図表5】都市住民と農村住民の収入構成

以上で見てきたように、中国的な「国民所得倍増計画」はGDP倍増計画より難しい目標となっており、マクロレベルの分配制度改革や創業などの規制緩和により、総じて達成される可能性は高い。

しかし、中国国民の不満は、マクロ統計の意味での「国民1人当たり収入の倍増計画」自体よりも、地域間格差や階層間の所得格差の解消や、権力の不公正な行使や汚職による蓄財の取り締まりに向けられている。また、折角、所得倍増になったとしても、インフレの高騰で購買力の向上が相殺されてしまうと、所得倍増の実質的な意味も薄れてしまう。したがって、中国当局は、マクロ経済運営においてインフレを適切なレンジに収め、格差解消や汚職撲滅を成し遂げた上での「国民所得倍増計画」を実現させなければ、「小康社会」の目標は達成されたとは評価されないだろう。中国共産党の力量が問われる。

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【調査・研究】


金 堅敏(Jin Jianmin)
株式会社富士通総研 経済研究所 主席研究員
【略歴】
中国杭州生まれ。1985年 中国浙江大学大学院修了、97年 横浜国立大学国際開発研究科修了、博士。専門は中国経済、企業戦略論。1998年1月富士通総研入社。
【著書】
『自由貿易と環境保護』、『図解でわかる中国有力企業と主要業界』(日本実業出版社)、『中国世紀 日本の戦略 米中緊密化の狭間で』、『華人エコノミストの見た中国の実力』(共著)、日本経済新聞「中国のミドル市場開拓戦略」(「経済教室」)他。