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消費者物価指数(CPI)と生産者物価指数(PPI)から見る経済構造の変化

2012年10月19日(金曜日)

一般に物価といえば「消費者物価」、すなわち、消費者がモノやサービスを購入するために支払う価格の加重平均値を指すことが多い。生活が良くなったかどうかを見るときにも、所得の変化率から消費者物価の変化率を差し引いた、実質所得に注目する。中央銀行が物価の安定という場合にも、消費者物価指数(Consumer Price Index, CPI)の安定を指している。例えば、日本銀行が1%程度の物価上昇率を目標とする、というのはCPIのことである。だが、実際にはCPI以外にも生産者物価指数(Producer Price Index,PPI)、輸出物価指数、GDPデフレータなどがあり、それぞれの目的に応じて使い分けられているが、ここではいくつかの主要国について、CPIとPPIの動きから、それぞれの経済の発展段階や構造問題を考えてみたい。

1. かつてはCPIの上昇率はPPIよりも高かった

日本の物価変動をCPIとPPIの2つの指数の年間変化率で表したのが【図】の(1)である。日本経済の構造変化を覗わせる変化を見て取ることができる。第一に、2000年前後を境にして、CPIとPPIの上昇率が逆転したことである。わが国の場合、1960年代の高度成長期以降、2000年頃までの長期にわたり、PPI(2000年以前は卸売物価指数(Wholesale Price Index、WPIと呼んでいた)は基調的にCPIの上昇率を下回っていた。1970年前後の高度成長期においては、PPIは年率2~3%、CPIは5~6%と、今日から見ると、かなりのインフレ経済であった。インフレは高度成長に伴う不可避のコストと理解され、ある程度容認されていたように思う。

【図】PPIとCPIから見る経済発展
【図】PPIとCPIから見る経済発展

なぜCPIはPPIよりも上昇率が恒常的に高かったのか? 経済官庁の実務家やエコノミストの間でも様々な議論が展開されたが、主なものとしては以下の3つの理由が挙げられる。

第1の理由は、サプライチェーンにおけるどの段階での価格を捉えているかの違いである。PPIは基本的に製造業者が流通業者や顧客に売却するときの価格で、工場から外へ出る時点での価格である。これに対して、CPIは最終消費者が購入する段階で支払う価格で、当然、流通段階で発生する様々のコスト、たとえば卸業者や小売業者のマージン、倉庫や配送コストなど、様々な経費が加算され、同じものでも工場出荷価格の3倍くらいの価格になる。工場の出荷価格は生産性向上の効果で安定していても、流通段階での合理化が遅れて、流通コストが上昇すればCPIは上昇することになる。

第2の理由は、CPIには「モノ」だけでなく消費者が購入するサービスもカバーされる。医療、教育、交通、通信、文化、娯楽、外食など、PPIには含まれない様々な種類のサービスの割合は経済発展とともに上昇すると言われ、現在、日本のCPI構成品目のうちサービスのウェイトは51%、米国では56%にもなる。サービスの価格はかなりの部分が人件費であるから、高度成長期のように賃金が恒常的に上昇するような経済であれば、CPIは当然PPIよりも上昇率が高くならざるを得ない。他方で、工場で使う原材料や製造設備はPPIには含まれるが、直接に消費者が購入するわけではないので、CPIには含まれない。

第3の理由は、製造業と流通サービス産業の生産性上昇率の違いである。高度成長期にあっては製造業部門で生産性の上昇は顕著であった。技術は海外から輸入することは容易であったし、生産規模が拡大すれば規模の経済性や学習曲線効果が効いてくる。さらに日本特有の弛まざる改善努力で一層生産性は改善する。生産性が上昇すれば価格が下落し、市場がさらに拡大し、それがまた次の生産拡大、生産性の向上、という好循環を生み出した。貿易自由化、資本自由化など、開放経済体制に向けての政策転換もこのような企業努力を後押しした。

だが、このような好循環は製造業を中心にしたもので、流通やサービス産業など第三次産業では起こらなかった。技術革新そのものが起こりにくかったのと、国際貿易が無いため、外国企業との競争に迫られることもなかった。加えて様々な規制や既得権者の圧力などにより、新規参入や新しい事業開発が制限されるなど、生産性向上が進まない環境が90年代後半まで存続した。こうして第二次産業と第三次産業との間で生産性上昇率に大きな格差が生じることになった。

以上がCPIとPPIの生産性に格差が生じる理由だが、わが国の高度成長期にこのような第二次産業と第三次産業の生産性上昇率の格差が広がった一方で、賃金の上昇のテンポは産業間でそれほど大きな差はつけられないため、結果として第二次産業と三次産業間での単位労働コスト(賃金上昇率-生産性上昇率)の上昇率に大きな差が出ることになり、ひいてはPPIとCPIの格差となって表れたのである。当時の一般的な考え方は、人間の労働の価値が「モノ」よりも高くなるのは良いことであり、CPIがPPIよりも速く上昇するのは結構なことである、と考えられていたし、またこのような傾向は永遠に続くものと誰もが考えていた。 

2. CPIとPPIの上昇率は逆転。理由は規制改革、IT、非正規雇用

だが、【図】から明らかなように、この2つの物価指標の動きはこの10年間逆になった。なぜか? かつてCPIの上昇率がPPIよりも高くなる理由とされたことが、すべて逆に回り始めたからである。

まず、サービス産業の生産性が上がり始めた。その要因の1つはサービス産業における規制改革と競争促進政策である。流通では大規模小売店舗の自由化が進み、新規参入を通じて流通の効率化、コスト削減が可能になり始めた。大規模スーパーやコンビニなど新たな事業も次々と生まれ、かつて流通業の中核を形成していた零細小売店や百貨店に取って代わった。タクシーや宅配業なども新規参入が認められ、物流合理化は大いに進んだ。複雑な卸・小売経路を飛ばして直接生産者から買い付ける小売業者も現れた。長いことメーカーの支配下にあった家電機器も、いまや家電販売の専業企業で売られている。こうした流通業の変化により、かつてはCPIとPPIの差の元凶であった高い流通コストの大幅引き下げが可能となった。

同じく流通やサービス産業の生産性を上げることに寄与したのは、情報技術(IT)の進歩である。低価格の情報機器とインターネットの登場により、ITはすべての事業者が安価に使える技術となり、事務コストの削減やスピード・アップ、サービス内容の向上、作業の効率化を可能にした。このように規制緩和とITにより、第三次産業でも生産性向上が可能になり、CPIを押し上げる要因が消えたのである。

わが国の場合、CPI上昇率の低下をもたらしたもう1つの要因がある。それは特にサービス分野における賃金の下落だ。賃金統計を見ると、わが国の全産業平均の賃金は1998年をピークに下落が続いているが、特に下落が顕著なのは、流通・サービス産業分野だ。ここでは労働力を正規労働者から賃金の安い非正規労働者に転換させ、労働コストを圧縮することが長期にわたり続いている。製造業でも同様の傾向は見られるが、その度合いはサービス産業ほどではなく、全体としてみれば、流通・サービス産業における賃金削減は製造業以上に進み、CPIの下落の一因となった。中国やアジアからの安い商品の輸入が増えているから賃金は上げられないのだ、という主張は事実として正しくない。わが国の賃金は国際競争に晒されている製造業よりも、貿易に関係しない非製造業で大きく低下している。

3. 先進国で進むCPIとPPIの逆転傾向

このようなCPIとPPIの逆転傾向は他の先進国でも見られる。米国とドイツの様子はそれぞれ【図】(2)、(3)に示しているが、2003年を境にして、それ以前の傾向が逆転し、PPIの上昇傾向がCPIを上回っている。2009年の急激な下落はリーマン・ショックによるもので一時的なものと考えてよいだろう。ということは日本で起きたのとほぼ同じことが他の先進国でも起きた、ということになる。ITとインターネット利用の普及は世界中ほぼ同時に起きたし、わが国ほどではないにせよ、雇用の流動化と非正規化により、賃金上昇率は米国やドイツでも顕著に下落している。

他方でPPIの上昇率が先進国に共通なのは、2003年頃を境にして、それまで安定していた原油価格を始め、資源、穀物の価格が上昇に転じたことが理由である。その結果、製造業にとっての原材料が広範囲にわたって値上がりし、それが価格に転嫁されることでPPIの上昇が引き起こされた。なぜ今世紀に入って急に国際的な資源価格が上昇し始めたのか? 中国の経済発展が2001年にWTOに加盟した後、急速に加速し、資源・食料を大量に国際市場から購入するようになり、価格を世界的に吊り上げたからである。もちろん中国だけではない。東南アジア諸国、インドなど、工業化が本格化するにつれて、価格の上昇傾向は強まった。この結果、工業製品の価格が世界的に上昇したが、今後ともCPIよりもPPIのほうが速いテンポで上昇していくという傾向は続く可能性が高い。

4. 新興国も同じパターンを辿るのか―中国、インド、韓国の動向

新興国も先進国と同様な進化の経路をたどるのかどうか。【図】の(4)、(5)、(6)に中国、インド、韓国のグラフを示しているが、共通しているのは、先進国に比べて2指数の上昇率は先進国よりも高く、高度成長期における日本と同様、インフレに対する許容度は高そうだということである。実質所得が伸びている限りは多少のインフレは我慢するということであろう。逆に所得の伸びが期待できなくなると、インフレに対してはより厳しい政策が求められることになる。

中国はこのところ多少減速しているとはいえ、世界的に見れば依然として高度成長が続いているが、わが国の高度成長期とは異なり、PPIの上昇率がCPIより高い。これについては以下のいずれかが考えられる。

  1. 急激な工業化の結果、輸入品も含め、原材料の価格など製造業のコストの上昇率が著しく高い。
  2. 製造業の生産性向上テンポが流通・サービスより低い。
  3. 賃金の上昇率が流通・サービス産業で製造業より大幅に低い。

このうちⅱ.は現実的に考えにくいが、ⅰ.とⅲ.はいずれもあり得る。後者については中国ではこのところ賃金が平均して15~20%という速さで急上昇しているが、他方で各種のサービス価格の過去1年間の上昇率を見ると、いずれも2%に満たない。サービス価格とサービス・セクターでの賃金との間には高い相関度があるので、平均よりも遥かに低賃金の労働者がサービス分野で多数雇用されているのではないか。

インドは1991年に改革・開放路線に転向してから、中国や近隣アジア諸国からの安い工業品の輸入が増え、インフレのスピードは急速に下落したが、それでも先進国に比べるとインフレ率は高く、最近では再び物価上昇が加速している。国際収支も悪化しているため、政府は成長促進に向けて金融緩和措置が取れないでいる。過去数年ではCPIがPPIを上回るスピードで上昇しているが、インド政府は小売業を含め、流通業の外資規制を撤廃して、外資による流通合理化を進めることで、インフレ、すなわち消費者物価の上昇を抑える政策を採ろうとしている。このような動きは各国から評価されているが、国内では抵抗も強く、経済改革に向けて最大の政策イシューになっており、インドにおける経済改革の真剣度のテストケースになっている。

韓国ではCPIは比較的安定している。PPIは資源やエネルギー源の国際価格や為替レートの急変などで大きく変動するが、大きく見れば2000年以前の日本と同様、CPIの上昇率がPPIを上回っている。だが、韓国においてもサービス・セクターにおいて非正規雇用増大による賃金抑制がさらに進めば、CPIの上昇率が低下し、他の先進国同様、CPIよりもPPIの方が速いスピードで上昇することになる可能性は十分あろう。

5. 物価安定の裏にある問題―低賃金労働の蔓延

物価変動のパターンの良し悪しを一般的に議論することは難しい。だが、日本、米国、ドイツなどの先進国でCPIとPPIの上昇率の逆転という共通の傾向が見られることは、経済発展を続ける新興国も遠からず同じような調整圧力を受ける可能性が大きい、ということを物語っている。規制改革とIT活用により流通・サービス産業では生産性は上がるものの、賃金上昇は難しくなろう。非熟練労働力は低賃金のまま据え置かれ、単純労働の価値は相対的に「モノ」よりも下がることになる。先進国では第三次産業における雇用が全雇用の8割、新興国でも5割近くになるが、この分野で低賃金が蔓延するようになれば、それ自体が看過できない問題であろう。

国際的な資源・エネルギー、食料品価格の上昇があっても、それが一般的な物価上昇には繋がらなくなりつつある。これは1973年の石油危機を思い起こせば、すぐ理解できる。このとき原油価格は1バレル2ドルから8ドルに4倍増し、日本国内では狂乱物価とトイレット・ペーパーや洗剤の買い占めなどのパニック行動が広まった。翌年のCPI上昇率は21%と暴騰した。2002年から2008年の間に原油価格は25ドルから100ドルに、石油危機時と同じ4倍になったが、CPIはほとんど上昇しなかった。多くの消費者にとってはガソリンや灯油の価格が僅かに上がった以外は、ほとんど何の影響もなかったと言ってよい。流通段階で吸収されてしまったのである。

先進国で起こっている物価の長期安定の裏に、低賃金問題と、それによる需要不足の広まりがあることを忘れてはならない。OECDの調査によれば、Gini係数(*1)で見た所得格差はほとんどの先進国で拡大しているが、所得格差は需要面から経済成長の阻害要因になる。政府による再配分政策が成長戦略の重要な要素になっていくであろう。

注釈

(*1)Gini係数 : Gini coefficient 主に社会における所得分配の不平等さを測る指標

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【調査・研究】


根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2010年 経済研究所エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など