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シェール石油がもたらす米中再逆転(2)

2012年8月24日(金曜日)

1. 中国の原油輸入の見通し

中国の原油輸入はこのところ急速に増大している。すでに日本を抜いて世界第2位の輸入国になっているが、近い将来米国を抜いて世界最大の輸入国になることは確実だ。(【図1】)今後どれだけ原油輸入が拡大するかは、中国経済の成長のスピード、産業構造の変化など、多くの不確定要因があり、予測は難しいが、IEA(国際エネルギー機関)は2035年での中国の原油輸入量は13Mbpd程度と見込んでいるようだ。他方、国際石油会社のBPはガスや石炭も含めたエネルギー全体で2030年時点で19Mbpdと見ている。いずれの場合も中国の原油輸入量は米国の最大値であった2006年の輸入量に等しいか、それ以上になると見ている。国際石油市場に対して中国が最大の影響力を有することになるのは間違いない。

だが、筆者はこのような数字はかなり控えめであると見ている。いずれの見通しもGDPの成長率を長期的には7%程度、それに対してエネルギー需要は3%程度の伸びと想定している。エネルギーの利用効率が相当向上することを勘案してのことだ。実際には中国の原油輸入量は2001年から2011年までの10年間で1.1bpdから4.6Mbpdに4倍拡大した。もちろんこの勢いが2030年代まで続くとは考えにくい。だが、逆に原油輸入が急に止まり、全く増えなくなると考えるのも非現実的だ。中国の自動車販売台数は今や米国を抜いて世界一になった。それでも自動車の保有台数の人口比は1:20、つまり人口20人に1台程度であり、先進国の10分の1の水準である。中国のモータリゼーションは始まったばかりだ。13億の人口を抱えた中国が欧米や日本のような先進国と同じようなモータリゼーションを追い求めることはできないことは中国自体も認識しているはずだ。公共交通機関を充実するとか、また2008年からは自動車燃費規制も始めているが、それらの効果が出てくるのは10年先だ。他方、自動車各社は引き続き中国の自動車市場が拡大すると見て、それに備えて生産・販売体制を強化しようとしている。中国の消費者も自動車への関心は高く、それも先進国の省エネ車よりも効率の悪い大型車ほどよく売れるようで、ガソリン需要の伸びが落ちるような気配はない。とすれば、次の10年で原油輸入量は4倍とはいかなくても、それに近い伸びが続く可能性は高い。最低でも2倍くらいは増えると見てもよいであろう。その場合、10Mbpd程度の輸入量となり、現在の米国よりも大きくなる。

【図1】日本、米国、中国の原油輸入の動向
【図1】日本、米国、中国の原油輸入の動向

2. 日本の経験は中国に当てはまるか

日本は1960年代、現在の中国と同じように、年率10%程度の経済成長を続け、それに伴って原油輸入も急増した。だが、1970年代の2度にわたる石油ショックを経て、成長率は半分以下に下落するとともに、原油輸入量は1973年をピークに絶対量で下落し始めた。1973年から1993年までの20年間で日本の実質GDPは2倍になったが、日本の原油輸入は1割減少した。中国でも経済成長とエネルギー消費の decouple(切り離し)ができれば、世界中の原油を漁り回るようなことはしなくても済む。

だが、今の中国は1970年頃の日本と同じ程度の発展段階なのか? 様々な見方が可能だが、中国全体の所得水準は1人当たりGDPでは5000ドル、米国と比べて10分の1だ。1970年時点での日本の所得水準は米国の2分の1弱であった。現在、中国の乗用車の普及率は人口20人当たり1台で、日本など先進国に比べて10分の1だ。確かに北京や上海では欧米並みの豊かな消費生活を楽しむ人口が少なくない。しかし、13億の人口全体としてみれば、今の中国は日本の1960年代の初めに近い。とすれば、中国はあと10年くらい高度成長を続けない限り、国民全体として豊かさを実感できる水準には到達しないのではないか。特に筆者が問題視しているのは、人口の4割を占める農業人口だ。彼らは平均して0.2ヘクタールという極めて零細な土地で農業を営んでおり、戸籍法により自由に都市に移住して高所得の職業に就くことは禁じられている。彼らの所得水準は1000ドルに達するかどうかといったところではないか。今年に入って中国の成長率は8%を下回り、エネルギー生産量は前年同月比では2~3%程度の増加にとどまっている。だが、この低成長が今後の平均的な成長パターンとは誰も考えていないであろう。もし、中国が先進国並みの所得水準を求めながら、かつ原油需要を大きく増やさないことができるとすると、それは欧米や日本とは全く異なる経済社会構造を構築することが必要になる。だが、そのような構想は描けていないようだ。中国経済の成長にとって自動車が中核的な役割を果たすことは間違いなさそうである。

3. 中東では米国から中国への影響力交代が起こる

中国はこれだけの原油をどこから調達するのか? 中国は目下、アフリカや中南米、カナダなど、あらゆる地域の権益を広げつつある。だが、輸出余力がある中東からの輸入が最も重要な供給源になることは間違いない。米国がエネルギー自立を進める中で、中国が中東からの原油輸入を拡大すれば、中東地域で地政学的なヘゲモニーの交代が起こる可能性が大きい。世界最大の原油生産国サウジ・アラビアの事情は、これを物語っている。同国にとって最大の原油輸出先は長らく米国であった。だが、サウジから米国への輸出量は2005年の89百万KLから、2011年には69百万KLに下がり、米国国内での原油生産が増加するにつれて、今後とも徐々に下落していくものと見られる。他方、中国向け輸出量は同じ期間25から59百万KLに増加している。いずれ、米国を追い抜いて、サウジにとっての最大の顧客になることは間違いない。その間、日本はサウジにとって米国に次ぐ顧客として60~70百万KL程度の輸入を安定的に続けてきたが、それは米国がサウジ政府や王族との友好関係を維持し、その安定化のため様々の努力をしてきたからである。日本はさしたるコストを払うことなく、中東原油に依存することができた。

だが、サウジ・アラビアの原油輸出は重点が米国から中国に急速に移りつつある。温家宝首相は2012年1月に同国を訪れ、原子力を含むエネルギー、あるいはかつて日本が断った鉄道建設などの分野で協力関係の一層の強化で合意した。中東と中国の結びつきは今後深まっていくであろう。

このことはアジア諸国や日本にとっても複雑な意味を持ってくる。かつて日本でマラッカ海峡などのシーレーン防衛論が高まったことがあったが、中国が中東から東アジアにわたる原油の輸送経路を軍事的に守る、という動きに出るのは十分にあり得ることだ。それはインド洋や南シナ海における中国海軍のプレゼンスが高まることを意味しており、その海域に位置する諸国との一層の緊張関係をもたらすことになろう。だが、日本にとっての問題もある。日本の原油輸入は増えてはいないが、その中東依存は依然として8割に達しており、そのほとんどはホルムズ海峡経由となっており、過去30年間、供給先の多角化はほとんど進んでいない。今まで中東の安定は米国が一手に担ってきたが、米国が手を引くことになれば、依然として中東原油に頼らざるを得ない日本としてどうするのか、大きな課題となろう。仮に中国の原油需要がいっそう高まる場合、中東諸国は増産に応じるだろうか? 有限な石油資源であり、生産量は増やさない可能性がある。その場合、中東原油を日本と中国が奪い合う事態にならないとは言えない。

4. 大国中国のジレンマ

中東は人種や宗教などで複雑に分離、対立しており、中国がこれらの地域とどのように付き合っていくのかは興味のあるところだ。中国は米国と異なり、人権や民主主義、女性の地位向上など、中東諸国にとって機微な問題には口出ししないので、うまくやれるかもしれない。しかし、経済も政治も密接に絡んだ中東で、経済的権益だけ拡大することは容易ではないと思う。現在、火急の問題となっているシリア問題で、中国はロシアとともにアサド政権を支持しており、アサド政権の退陣を求める国連決議には反対してきた。だが、サウジ・アラビアはシリアの反体制派を支援している。宗教的に同じスンニー派だからだ。すでに中国とサウジはシリア問題で利害が対立している。中国はイランやパキスタンをも支援しているが、当然宗派の異なるほかの中東諸国にとっては面白くない話になろう。

中国は長年リビアのカダフィ政権の下で石油事業を営んできたが、昨年春、カダフィ政権が崩壊し、詳細は不明なるも、その権益はかなり失われたようだ。アフリカのスーダンでも多くの中国人労働者が石油をはじめ各種の資源開発プロジェクトで働いているが、経済的権益や労働者保護の問題が発生すれば、不本意ながら、介入せざるを得ない状況に追い込まれるかもしれない。ポール・ケネデイ著の「大国の興亡」にあるように、英国や米国はグローバルパワーになることにより、不可避的に世界中にコミットメントを広め、その結果、国力を浪費し衰退の道を辿った。大国となった中国が中東やアフリカで複雑な地域問題に巻き込まれることなく、石油資源だけをうまく手に入れることができるのか、現時点では確たることは何もない。

5. 米国は慢性的な経常収支赤字国から脱却し、ドルは強くなる

米国が2030年代のエネルギー自立に向けて原油輸入を減らしていくことになれば、米国の国際収支は大幅に改善される。ガスや石炭では輸出も拡大することになろう。現在、米国のエネルギー輸入金額はGDPの1.9%(2009年)に匹敵する。他方、経常収支の赤字は2.7%だから、エネルギーの輸入がゼロになれば、経常収支の赤字は1%以下に下落する。中東からの原油依存がなくなれば、アフガニスタンやイラクなどの紛争地域から撤退できるし、周辺の危険地域への関与も減らしていける。それは軍事費の節約を可能にし、財政赤字ひいては国際収支の改善をさらに可能にする。今まで米国は拡大する原油輸入の代金を支払うことはできず、ドルを世界中に垂れ流すことで、何とか辻褄を合わせてきた。これは米ドルが基軸通貨だからできたことであるが、逆に長期にわたりドル安が続いてきた理由である。

だが、米国の国際収支が改善すれば、当然ドルは強くなり、円高も修正されることになろう。米国には当面「財政の崖」と言われる、財政赤字の問題が残っており、年末に向けて更なるドル安の可能性はあるが、それを超えれば、中長期的にドルが強くなっていくと予想する市場関係者は少なくない。

他方、中国人民元はどうか? 中国政府は長年にわたり人民元の為替レートを管理し、その上昇幅をコントロールしてきた。2008年1月と比べると、本年夏まで米ドルに対して13%上昇しているが、米国政府は人民元はもっと上昇すべきであり、中国政府が為替レートを操作しているのは受け入れられない、として非難し、これが米中間の最大の経済問題となってきた。ところが、今年に入って人民元は対ドルで上昇しなくなった。中国の外貨準備が増加していないところを見ると、中国政府が為替市場に介入して上昇を止めているのではなさそうだ。今の為替レートが中国商品の競争力に相応のレベルになってきているのではないかと思われる。IMFは最近、人民元が「moderately undervalued」(わずかに過小評価されている)という見方を公式にしている。これは米国政府が主張する 「substantially undervalued」(大幅に過小評価されている)とは大いに異なっているが、筆者はIMFに近い見方をしている。中国の賃金は毎年10%を超える高いスピードで上昇してきた。また、為替レートもかなり上昇してきた。他方、米国では過去10年間、一般労働者の賃金はほとんど上がっていいない。その結果、中国商品の競争力は大幅に失われているのだ。中国の経常収支の黒字も2008年以降、減少気味だ。人民元がドルに対して下落したとしても不思議ではない。中国の第12次五か年計画では、所得水準をこの5年の間に倍増させることを目標にしているから、中国における賃金上昇が続くことは確実だ。とすれば、人民元の下落は驚く話ではない。

6. 中国の経常収支は赤字に転化する可能性あり

ここに原油輸入の拡大という更なる負担が中国経済に重くのしかかることになる。中国の原油・石油製品輸入額と経常収支の黒字額は2011年時点で、ともにほぼ2000億ドルだ。仮に原油・石油製品が過去10年間のテンポで拡大し続けると想定しよう。どういうことが起こるか? 現在4.6Mbpdの輸入量は9.2Mbpdに増大し、その支払い代金は原油価格が上昇しないと仮定しても2000億ドル増える。それ以外の経常収支黒字幅が現在のままとすれば、10年後には中国の経常収支は赤字に転じることになる。この予測には原油価格の上昇は織り込んでいない。今後、インドやアジア新興国での需要が高まるので、原油価格はさらに上昇すると見るべきであろう。とすれば、中国の経常収支の赤字転落はそれ以前にも起こるかもしれない。

中国の原油輸入はそのような勢いでは増えない、と主張することは可能だ。だが、IEAの見通しでは、2035年時点での中国の原油輸入量は13Mbpdに達すると予測している。2020年時点で9.2Mbpdという数字はIEAが描いているトレンドともほぼ合致している。中国はまだ若い経済であり、モータリゼーションは始まったばかりだ。産業構造の転換はそれほど容易ではなく、経済成長とエネルギー消費のdecouple(切り離し)は簡単には実現できそうにない。

7. 米中再逆転の現実味

すでに広く知られているように、中国は2015年頃を境に人口の高齢化が急速に進む。これは1970年代から始まった一人っ子政策の帰結だが、その結果、成長率は下落し、エネルギー需要も現在考えられているほど拡大しない可能性は十分にあり得る。その場合、中国は所得水準が先進国レベルに達する前に高齢化社会を迎えることになる。中国では年金制度も未整備であり、成長なしに社会福祉の財源を見い出すことは極めて困難だ。先進国並みの生活水準を求めて高度成長を続けるとすれば、原油をどこから調達するのか、その支払い代金をどう工面するのか、という問題に直面する。モータリゼーションを伴わない成長を求めるとすれば、それは人類の歴史上前例のない試みになる。低成長路線をとれば、所得水準が高くない国民に社会保障の負担を求めなくてはならない。どちらの道を選んでも、中国経済の将来設計は決して容易ではない。衰退する米国と勢いを増す中国というコントラストはエネルギー情勢の変化とともに早くも変貌しつつある。

シリーズ

シェール石油がもたらす米中再逆転(1)

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根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2010年 経済研究所エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など