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シェール石油がもたらす米中再逆転(1)

2012年8月23日(木曜日)

米中の力関係について言えば、これから中国の力が高まり、米国は次第に衰退していく、というのが一般的な見方であろう。中国の経済成長が今のペースで続けば2020年代にはその経済規模は米国を上回るであろうし、購買力平価で調整すれば、すでに中国が米国を上回っているという計算もある。しかし、エネルギー面からこの二大国の将来を考えると、事情は全く逆だ。米国はこれから急速に輸入依存度を減らしていくことが可能なのに対して、中国は経済成長に必要なエネルギーを確保するのに四苦八苦するようになる。そして、このようなエネルギー事情の変化は、国際経済、さらには地政学的にも重大な意味をもつ。2回シリーズでエネルギー面から見た米中の経済力バランスを論じてみたい。

1. シェールガス、シェール石油の恩恵

このところ米国でシェールガスの生産が急増し、米国経済に様々な恩恵をもたらしていることが伝えられている。現に、北米市場でのガスの価格は急落して3年前の5分の1になり、その結果、家庭用の燃料費は下がり、石油化学企業も原料をナフサからガスに切り替えることで競争力を回復している。それだけではない。ガスの掘削やパイプラインの建設のため、鉄鋼産業も活況を取り戻している。ガスは石炭に比べてカロリーあたりの二酸化炭素排出量は半分強で、ガスを利用することで、温暖化対策も進む。我が国も原発事故を契機に安い北米産のガスを手に入れようと様々な動きが出ている。米国の国際収支も改善すること間違いない。

しかし、米国のエネルギー事情を考えるうえで、本当に重要なのはガスではない。石油(原油)の需要と供給がともに大きく変化し始めたのだ。なぜ石油が重要なのか? 米国のエネルギー供給のうち、石油が占める割合は37%と、ガスの25%より高い。さらに重要なのは、石油の場合、その半分以上を輸入に頼っていることだ。そして、そのかなりの部分は中東産油国や、必ずしも親米的ではないベネズエラなどの中南米、アフリカ諸国、ロシアなど、不安定な国々からの輸入である。これが長らく米国の安全保障上のアキレス腱となってきた。これに対して、ガスの輸入比率は1割程度であり、ほとんどが隣国のカナダからパイプラインで運ばれるもので、供給面の問題はほとんどないと言ってよい。

2. 米国経済のアキレス腱―増大する原油輸入

米国は面積的に巨大な国であり、自動車や航空機などの交通機関を動かすためのエネルギー需要は大きい。交通分野は発電や産業部門と異なり、ガスや石炭、再生可能エネルギー、原子力など、石油以外のエネルギー源を利用することができない。唯一の例外はとうもろこしから出来るバイオエタノールで、大半を占める自動車用のガソリン、バスやトラックなどが使うデイーゼル油、航空機用のジェット燃料はいずれも原油を精製分離することで製造される。だから、いくらガスが出てきてもそれだけでは、交通分野の需要を満たすために輸入している原油の量を減らすことはできないのだ。現在、交通部門で消費されるエネルギー源の94%は石油製品である。

第二次大戦後、米国が世界中の紛争に関わってきたのは、自由と民主主義の守護神としての使命感もあるが、石油の輸入を確保するのもその大きな目的であった。1973年に第一次石油危機、正確に言うと、石油輸出国連盟(OPEC)による先進国向けの原油の輸出停止と価格の一斉値上げ、が起こると、米国は日本などほかの先進国に呼びかけてIEA(国際エネルギー機関)を設立し、消費国の団結を強化するとともに、国内的にはエネルギー自立計画(Project Independence)をまとめ、1985年までに石油輸入をゼロにすることを目標に動き始めた。しかし、自動車中心のアメリカ的生活様式は変わることはなく、米国内での油田開発も思うように進まないこともあって、米国の石油輸入は2006年まで増加し続けた。1980年の米国の原油輸入は 日量500万バレル(5Mbpd)だったものが、2006年には10Mbpdに倍増している。米国の原油の輸入が増え続けたのは、1980年代に入って、原油価格が国際的に安定どころか下落気味に推移し、バレルあたり20ドル近くにまで下落したからである。(【図1】)安ければ誰も節約しようというインセンテイブは働かない。

【図1】原油価格の推移
(WTI:West Texas Intermediate(原油先物価格)) 【図1】原油価格の推移

3. 中国の登場がすべてを変えた

だが、2000年代半ばから急に事情は変わり始めた。【図1】にあるように、原油価格が国際的に急に上がり始めたのだ。2000年には1バレル30ドルだったものが、2010年には100ドルに上昇している。戦争が起こったわけでもないのに、なぜこんなに急騰したのか? 理由は中国である。中国は2001年にWTOに加入して以来、急速に経済成長率を高め、それとともに原油の需要が急増した。中国では1960年代から国内での油田開発を進めてきた。その結果、大慶、勝利油田などの大規模油田の開発が進み、90年代の半ばまではわずかながらも輸出までしていた。日本も一時期、中国から原油を輸入していたことがある。

だが、90年代から経済が成長するにつれて国内生産では足りず、輸入国に転じ、2000年代に入って輸入は急増した。米国を中心に世界経済は2008年のリーマンショックまで拡大を続けたため、世界的に原油の需要が高まり、原油の価格が急騰することになった。2011年時点での中国の原油輸入は日量465万バレルで、日本を抜いて米国に次ぐ世界第2位の原油輸入国になっている。

中国に加えてインドやそれ以外のアジア新興国でも原油の輸入が増えている。特にインドは人口規模も大きく、製造業の拡大や自動車の普及が進むと見込まれる中で、国内での原油生産はほとんど期待できないため、輸入は急増するであろう。インドに次ぐ人口規模のインドネシアは原油やガスの一大生産国であるが、国内での石油需要が増えたため、今や純輸入国になっている。このように中国、インド、アジア新興国がいずれも巨大な原油輸入国になりつつある。これが、原油価格が長期的に値上がりし続けると考える最大の理由である。

4. 原油価格の上昇が非在来型の石油とガスの生産を促進

原油価格が上昇すれば、新たに油田開発を試みる誘因が高まる。ここで重要なのは、horizontal drilling(水平掘削)と、hydraulic fracturing(水圧破砕)という技術である。地層に沿って横に掘り進み、シェール(頁岩)から原油あるいはガスを分離して取り出す技術だ。いずれも以前から知られてきた技術であるが、コストが高く、利用されてこなかった。しかしながら、価格が1バレルあたり60~70ドルを超える水準になれば、この技術を使ってシェールから原油やガスを取り出すことも採算が取れるようになる。米国の場合、カナダと国境を接しているノースダコタ州でシェール石油の生産が急拡大し、3年前まで日量20万バレルだった生産量が、現在65万に達し、1~2年のうちに100万バレルになろう。それ以外の地域でも石油やガスを含んだシェール層が次々に発見されている。

実はシェール石油だけではない。メキシコ湾での深海での石油採掘や、従来は回収不能と考えられてきた既存の油田からも技術の向上で回収可能になり、原油の増産はこれから相当進むとみられるようになった。米国エネルギー省の情報局の見通しによれば、2006年の8Mbpdから堅く見積もっても2020年には12Mbpd、技術革新が進めば14Mbpdに増えるとみられる。

5. 自動車の燃費向上が鍵

原油、石油製品の価格上昇は需要面でも大きな効果をもたらす。最大の効果は自動車用のガソリン需要の拡大に急ブレーキがかかることだ。一般消費者が自動車の燃費を気にするようになり、ハイブリッド車など省エネ車が急速に普及し始めた。ガソリンは米国のエネルギー消費の中でも最大項目である。自動車の燃費が向上すれば、需要抑制効果は大きい。米国ではガソリン価格は消費動向全体に影響するほど重要な支出項目であり、1ガロン当たりの価格が4ドルを超えると政治問題になる、と言われる。事実2012年春に米国でガソリン価格が急騰したとき、オバマ大統領は本来供給がストップした場合にのみ使われるはずの戦略備蓄を取り崩して、ガソリン価格の安定化に努めたほどである。

だが、自動車の燃費向上は単に市場任せだけで進んだわけではない。米国政府は1970年代の2度の石油危機の後、環境対策および輸入石油への依存を下げる努力の一環として、自動車の燃費向上を法律を通じて進めてきた。CAFE(Corporate Average Fuel Economy)と呼ばれる、自動車の燃費規制だ。1978年から始まったこの規制は、当初1ガロン当たりの会社平均の走行距離18マイルと定められたが、その後、徐々に引き上げられ、1990年には27.5マイルに上げられた。その後、原油価格が下落気味に推移したため、そのままの水準にとどまっていたが、2007年、原油価格の更なる上昇と地球温暖化への懸念の高まりを受けて、燃費規制はさらに強化され、2020年までに35マイルをクリアすることが求められるようになった。それ以降についても議論が進行中で、2025年頃には54.5マイルを超える水準が必要になる可能性が大である。バスやトラックについても同様の燃費向上が法律的な義務となる。

燃費規制は米国では常に政治的には難しい課題であった。共和党の支持基盤である石油産業はガソリン需要の減少につながる燃費規制は反対であり、民主党にとって有力な支援母体である自動車労働組合は、燃費規制は輸入自動車に有利に働き、結果として彼らの雇用を脅かすことになる、として反対する。80年代半ばから約20年間ほとんど規制が強化されなかったのはそのためでもある。しかしながら、2008年に誕生した民主党のオバマ政権は地球温暖化対策には熱心であり、これから長期にわたり、米国の自動車の燃費効率は上昇していくことは間違いない。これは米国の原油輸入の増大を大いに圧縮することになろう。

燃費規制と平行して米国はとうもろこしから出来るエタノール燃料にも積極的に取り組んできた。政府の補助金や税の減免の効果もあり、E10と呼ばれるエタノールを10%含んだガソリンが広く販売されている。現在、交通部門で消費される燃料のうち4%はエタノールだが、今後とも拡大が見込まれ、2024年までにさらに1Mbpdのエタノール燃料が増える見通しだ。

6. 需要と供給の両面から米国の原油輸入量は減少する

米国は日本や欧州先進国に比べて、エネルギー価格が低く、省エネや再生可能エネルギーの利用には真面目に取り組んでこなかった。今後、原油価格の更なる上昇が見込まれるにつれ、エネルギー効率の向上の余地は大きい。そのため米国エネルギー省は2035年までの需給見通しにおいて、2~3%の経済成長を続けるとしても、GDP原単位をほぼ半減させることが可能と見ている。その結果として、原油の消費量も現在と同程度で推移するのみならず、2020年以降も自動車燃費規制がさらに強化されることになれば、原油消費量はむしろ減少すると予測している。

こうして米国の原油輸入は需要と供給の両面から減っていくことが確実な情勢だ。すでに2006年と比べて2011年では、13Mbpd(日量百万バレル)から8Mbpdまで減少している。これにはリーマンショック後の景気後退という一時的要因によるところも含まれるが、元の水準に戻ることは考えられない。中国やインドの原油輸入が傾向的に増加することは確実であり、原油価格が10年前の30~40ドルというような水準に戻ることはないからだ。

数年前まで米国の原油および石油製品の輸入は増大し続けると考えられていたから、このような顕著な減少は驚きである。米国エネルギー省の長期展望によれば、減少はさらに続き、燃費規制が一層強化され、また地中からの原油回収技術が向上すれば、2035年頃には2Mbpdくらいまでに減少させることができる、と予測している。以上は原油と石油製品に限った話だが、シェールガスの増産に伴うガスや石炭の輸出なども合わせれば、2035年頃には米国はエネルギー全体として純輸入ゼロ、すなわちエネルギー自立が見えてくる。米国の北側の隣国カナダでもシェール石油の増産が急ピッチで進んでおり、カナダはそれをパイプラインで精製基地のある米国テキサス州まで運ぶプロジェクトを提案している。オバマ政権は環境問題への懸念から、まだ許可を出していないが、北米全体で見れば、エネルギー自立はいっそう早まることになる。このことがもたらす米国経済、世界経済、さらには地政学的な意味は極めて大きいが、それについては次回議論する。

シリーズ

シェール石油がもたらす米中再逆転(2)

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根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2010年 経済研究所エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など