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TPPと東アジア自由貿易圏構想

2012年6月13日(水曜日)

TPP交渉参加に向けての足取りが遅れています。野田総理は4月30日のワシントン訪米では正式な意図表明をあえて避けました。民主党内での反対や、消費税引き上げ、原子力発電所再稼働など難しい問題を抱え、解散総選挙の可能性も囁かれる状況で、これ以上反対勢力を勢いづけるような問題は増やしたくない、と考えたものとみられます。昨年11月のAPECハワイ会合で、「交渉参加に向けて予備的な協議を開始する。」と表明してからほぼ半年経ちますが、日本政府としては次の一歩が踏み出せないでいます。

1. 見えてきたTPPの着地点

しかし、この半年が全く無駄に経過したわけではありません。TPP交渉の中身がだいぶ見えてきました。オバマ大統領自ら自動車、牛肉、保険の3つが特に重要な関心事項だとしていますが、逆にこれ以外は大した問題はない、と見てよいでしょう。実はこの3項目とも1990年頃から両政府間で議論されてきた古い課題で、米国としてはとりあえず注文を付けておこう、といった程度の話に過ぎません。日米双方とも交渉担当者レベルでは「着地点」は見えています。正式な交渉には入っていないにもかかわらず、日本について言えば、実はかなり決着に近づいているというのが実態ではないでしょうか。

このうち保険については『カンポ生命保険』が、がん保険など外国企業が開拓した事業分野には参入しない方針を明らかにしたことで問題は解消しました。完全民営化の方針が変わり、政府による株式保有が今後も続きそうなので、公正な競争条件を確保するための措置です。この分野はすでに日本の民間企業も参入しており、外資独占ということにはなりません。牛肉の問題は生後20か月以内の若い牛しか輸入できないとする日本の規制を国際的な30か月まで、と緩和する方針であることを日米首脳会談以前に米側に伝えてあり、これも決着済みです。自動車については、日本市場には以前からドイツ車を中心に外国車は市場の1割近く入っており、日本市場が閉鎖的であるとする米国の主張は根拠不明であり、TPP交渉の場で米側に説明を求めるべきです。TPPはマルチの交渉であり、米側が理不尽なことを言っても各国が賛成しなければ通りません。また自動車で二国間取引をすれば欧州が黙っていません。

意外なことに、米国はコメについては何も言っていません。それどころか、「どこの国にも自由化が困難な問題はある。」と物わかりの良いことを言い、事実上コメの自由化は求めない、とも受け取れるかのようです。しかし、この裏には米側のしたたかな計算があるのです。現在コメには777%という高関税の見返りに、ミニマムアクセス米として日本市場の4%に相当する36万トンを毎年米国から無税で輸入しています。仮に日本がコメを自由化すれば、日本市場で安いアジア米と競争することになり、米国米は売れなくなります。それよりは、今のままの方が良いということです。米国にも砂糖のように自由化できない品目があるので、各国とも1つくらい例外品目があっても仕方ないだろう、と米国は考えているのではないでしょうか。

TPP交渉参加国の中では、オーストラリアとニュージーランドはまだ日本の参加にOKを出していません。この2か国は日本との間で牛肉や乳製品を巡って長年交渉を続けてきましたが、日本側が真面目に相手をせず、何回も煮え湯を飲まされてきました。この機会に確たる自由化の約束を取り付けようと手ぐすね引いて待っているでしょう。TPPをやるからには、最終的にはゼロ関税を受け入れなければなりません。交渉の焦点はどの程度の移行期間を認めるかですが、両国ともこの点では弾力的に出てくると思われます。現在、牛肉の関税率は38.5%ですから、それがゼロになることで小売価格は1割程度安くなるでしょう。豪州産牛肉の小売価格は和牛の3分の1程度ですから、1割程度の値下がりが国産牛肉の売れ行きに大きな影響があるとは思えません。ニュージーランドが関心を持っている乳製品は200~300%もの関税がかかっており、国内生産者には相当の影響があるかもしれません。しかし、国産品の価格競争力を高めたり、オーストラリア、ニュージーランドに比べて消費地に近いメリットを生かして差別化したりすることは可能なはずです。

2. 影を潜めたプロパガンダ

この半年で明らかになってきたことはほかにもあります。2010年秋に菅前総理がTPPに前向きの発言をして以来、TPPに関する誤ったプロパガンダが反対派から繰り返しなされてきました。例えば、我が国の国民皆保険制度が崩壊する、単純労働者が大挙移民してくる、国家主権が失われる、といった議論です。事前協議を通じてこのような主張は根も葉もないことがはっきりし、このようなプロパガンダは姿を潜めたようです。

しかし、TPPに反対する勢いは決して衰えてはいません。TPPによって確実に損をする人がいるからです。それは、今、誰が一番強く反対しているかを見ればわかります。農協、医師会などの既得権者と、彼らの票と金で選ばれた政治家です。彼らにとっては日本国の将来よりも次の選挙で当選することが、遥かに重要です。残念なことに、日本の国政の場において一般消費者の利益を代弁してくれる政治家は多くありません。ですから、農産物の輸入自由化で国民が安い食料品を手に入れることにつながるTPPを積極的に支持する政治家もいません。彼らは引き続き米国の要求がはっきりしない、などを理由に反対していますが、米国の要求ははっきりしています。

3. TPPで進む東アジアでの自由化交渉

アジア経済の将来性を考えれば、将来的には東アジアでの自由貿易圏の実現の方が日本にとっての意義は大きそうです。これらの諸国に向けては自動車や家電のような完成財を賃金の高い日本国内で生産して輸出するという形態ではなく、現地に生産基地を建設し、そこで日本の技術やノウハウ、ブランドなどを駆使して生産したものを販売する、という形を取ることになるでしょう。したがって、関税撤廃などモノの自由化よりも、投資の自由化や知的財産の保護などがより重要になってきます。しかしながら、アジアの国々は経済発展の初期段階にあり、モノ以外の自由化も含めた全面的な市場開放には警戒感が強く、1年前までは東アジア経済連携構想は、掛け声だけでほとんど進んでいませんでした。

しかし、野田総理がTPP参加の意思表明をした途端に中国と韓国の姿勢が変わり、話が動き始めました。中国にとっては、日本やマレーシア、ベトナムなど、東アジアの有力国が米国を中心とするTPPに取り込まれ、中国が埒外に置かれることに不安があるのでしょう。具体的には、去る3月に日中韓の3か国の間で投資協定が実質合意され、これらの国の企業が進出してきた場合、自国企業と同様に扱うことが約束されました。これで技術移転を強制されたり、予期せざる事業妨害は避けられるはずです。さらに日本が主張してきたASEAN諸国と日中韓、オーストラリア、ニュージーランド、インドを加えた広域の東アジア経済連携協定の交渉も年内に始まることになりました。日中韓の自由貿易構想についても、長年慎重だった韓国から前向きの発言が目立つようになっています。

これから日本としてはTPPと東アジア経済連携を並行して進めることになりますが、2つの交渉が互いに干渉し合いながら前進していけば、日本にとっても好ましい状況が生まれるでしょう。TPPの前進は東アジア経済連携を進める上でも必要なのです。

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根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2010年 経済研究所エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など