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個人の“思い”が企業と政府を超えていく日

2012年5月14日(月曜日)

「社会」という言葉は古くは漢語に存在しますが、日本では「Society」の訳語として明治以降に定着しました。ただし、定着する課程において、明治の有識者たちは試行錯誤で翻訳をしていることが『翻訳後成立事情』(柳父章著、岩波新書)に記されています。数多くの外来語を翻訳した福沢諭吉も「Society」について「人間交際」という言葉を用いて表現しています。概念上、日本語には存在しなかった言葉であり、先進国から来た舶来の上等な言葉として、意味が乏しいまま好意的に受け入れられた言葉であるようです。むしろ、意味的に曖昧であったが故に多用されたと柳父は指摘しています。当時の時代背景を見れば、士農工商の封建制度が崩壊し、人と人、組織と組織の新たな関係性が構築されていくプロセスを肌で感じていた明治の人々が、言葉では捉えきれない身の回りで起こった変化を「社会」という言葉に投影したのではないでしょうか。

翻って、昨今「ソーシャル(社会的な)」を用いた言葉・事象がトレンドになっています。CSR(Corporate Social Responsibility)に始まり、Social Innovation、Social Entrepreneur、Social Mediaなど、いずれも欧米から入ってきた言葉です。明治期と同様、曖昧ですが、「なにか良いこと」というイメージが我々の認識には包含されているようです。これは、明治の人たちが肌で感じたような構造の変化が、極めて不明瞭な形ではありますが、今まさに進行していることを我々が感じ、これらの言葉に共鳴しているということではないでしょうか。

産業革命以降、政府や企業が社会・経済を動かす行為主体であり、規模の拡大、量産、つまり大きいことが強く優れているという構図が定着してきました。しかしながら、ICTの進展により、構図は大きく変化しています。世界を跨いでの行動や、情報収集、情報発信は、今までは一握りの大組織(政府や大企業、マスメディア)でしか適いませんでしたが、今では、個人の思いを嚆矢に、世界中の人々が連携し、具体的な行動にまでつなげることが可能になっています。この点についてみれば、個人と法人や政府の関係は極めて対等なものへと変化してきています。ソーシャルメディアを介しての一個人の発言が、社会全体を揺り動かすことが普通に起こる時代に入ったのです。

「ソーシャル」のブームは、大きな構造の変化を無意識に我々が捉えていることの表れであるならば、企業、政府は、自らのポジショニングが大きく変化していることを認識し、多数の個人と対等な一存在であることを前提に、社会の中で行動することが求められる時代に突入したといえるでしょう。

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大屋 智浩(おおや ともひろ)
株式会社富士通総研 経済研究所 上級研究員
2003年 慶應義塾大学商学部卒業、大阪中小企業投資育成株式会社入社、
2011年 シンガポール国立大学大学院 Lee Kuan Yew School of Public Policy 修了、
2011年株式会社富士通総研 経済研究所入社。
専門領域は、イノベーションとソーシャルキャピタル、中小企業論、公共政策。