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先送りされた技術・技能伝承「2012年問題」

2012年4月26日(木曜日)

1. はじめに

2007年問題から5年。団塊の世代が雇用延長により65歳を迎え、会社から引退する人材が増加する2012年問題が顕在化している。この5年間、マニュアル作成や動画撮影などの伝承対策は講じているものの、多くの企業で思うように進んでいないのが実態のようである。慢性的な人材不足と高齢化が進む建設業のように構造的課題を抱える業界では、特に問題が深刻である。

本来、技術・技能伝承は、人材育成や事業継続、付加価値向上のための取り組みの一環として活動するなどして目的を明確化しないと活動自体が形骸化するが、実態は目先の事業を優先し、先送りされているのが現状である。そこで本稿では、これまでの経験と現状の実態を踏まえ、今後、技術・技能伝承を進める上で取り組むべき課題とその対応策について提言を行う。

2. 技術・技能伝承を取り巻く5つの誤解(2007年問題)

2007年以来、技術・技能伝承が思うように進まない背景には、雇用延長や再雇用などの小手先の対応だけでなく、技術・技能伝承における「5つの誤解」が弊害となっている実態がある。特に、中堅・中小企業はこの状態が顕著だ。これらの5つの誤解は、企業により、その状況と対応策が異なるが、確実な技術・技能伝承の実施には、これらの対応策を組み合わせた複合的な取り組みが必須となる。この5つの弊害を通常業務の中で解決しつつ、技術・技能伝承を遂行できるような工夫が必要だ。また有効な技術・技能伝承には、この5つの誤解とその対応策を検討することから開始すべきなのである。弊社の支援経験に基づき、この5つの誤解とその対応策を紹介する。

  • 誤解(1) 経験を積めば、誰でもノウハウを継承できる
    経験がない作業では、熟練者の行っていることを継承者は理解できない。習得に時間が掛かったり、習得そのものを諦めてしまうケースもある。つまり、熟練者から若手への一足飛びの伝承は難しく、中堅社員でワンクッションするなど、段階的な伝承が必要となる。また、継承者である若手が不足している点や習得する重点ポイントを事前に認識させることが必要で、組織構造(年齢・人員構成)や技術・技能体系を踏まえて、いつまでにどのようなことをどのようにして伝承するのかを明確にしておくことが重要である。
  • 誤解(2) 熟練者は積極的に伝承を支援してくれる
    団塊世代は、自らが技術や技能を習得する際に先輩から教えられた経験が少なく、若手へどのように教えていいのか分からない。また、熟練者が自分のノウハウを教えることにより、自分自身の仕事が無くなるという不安感もある。このような状態に陥らないためには、熟練者に対して若手へ伝承することのメリットを十二分に理解させ、保身に陥らないような対策をしたり、熟練者をサポートするアドバイザーを設置するなどの工夫が必要である。
  • 誤解(3) 若手は意欲的にノウハウを吸収する
    若手は自分自身に自信が無いのは分かっているが、何が自分に欠けているかが分からない。この状態では、著しく伝承スピードが落ちるばかりかモチベーションも上がらない。これは若手が自分自身の将来像を描けないことが原因の1つとなっている。そのため、若手へ伝承すべきコア・ノウハウを技術・技能マップから抽出し、誰に何を、どのようにして継承するかを明確にして、若手に自分の未来像を抱かさせることが必要となる。
  • 誤解(4) 仕組みを作れば、後はうまくいく
    仕組みを作れば、後はなんとかなると考えているケースが多い。そもそもマニュアル類は作成した段階から陳腐化が始まるし、ナレッジのような仕組みも情報の収集と利活用を活性化する取り組みがないとすぐに形骸化する。このようなことを防ぐには、仕組みを作る以前に会社や職場内で熟練者や若手を問わず、自然にノウハウを共有し、教え合う環境づくりが必要である。経営者や部門管理者の責任が大きい。
  • 誤解(5) 職場は、伝承の取り組みをサポートしてくれる
    部門管理者にとっては、目先の業務遂行が最優先事項であり、伝承は後回しになり、部門管理者が一番の抵抗勢力となっているケースがある。これを防ぐには会社の制度や業務の中に伝承の仕組みと人事評価の仕組みを組み込む必要がある。また、熟練者と若手、第三者のアドバイザーなどによる振り返り会を定期的に実施し、コミュニケーションの活性化と新しい気づきを得る機会(場)を創出するといった工夫が必要となる。

3. 技術・技能伝承の新しい取り組み(2012年問題)

2012年現在、我が国ではますますグローバル化が進展し、また少子高齢化も加速している。複数の熟練者に対して、ノウハウを受け継ぐ若手が1人という状況は目前に迫っており、また海外へのタイムリーな技術移転の重要性も増大している。このような状況において、国内に残しておくコアの技術・技能と、海外へ移転しても問題がない技術・技能を見極め、いかに効率的に伝承や移転を進めるかが喫緊の課題となっている。現場力向上に向け、2007問題に加えて2012年の現在に取り組むべき3つの方向性を紹介する。

  1. ICTを活用した技能の技術化
    属人的作業の7~8割は、自動化(形式知化)することが可能な「技術的な作業」で、残りの2~3割は人間が判断を行いながら作業を行う「技能的(暗黙知的)な作業」である。技術的な作業でも、投資対効果の関係から自動化の取り組みが遅れていた作業が、最近のICT技術の発展で実現しつつある。例えば、携帯端末に作業マニュアルや図面、閾値などを予め登録し、遠く離れた場所で、その携帯端末を使って作業を行い、必要に応じて本社や事務所と製品情報をやり取りする…といったICT技術を活用したワンストップでの作業環境がすでに実現しつつある。
    また、Big Data関連技術や新しいICT技術を活用し、作業手順や品質などの現場作業情報をグローバルで集約して日本から世界の生産をコントロールしたり、ノウハウを機械化(システム化)して内部をブラックボックス化するといったことも可能となる。海外進出時の技術・技能の見える化への危惧に対して、技術・技能伝承のバリエーションを備えるのである。
    このようなICTを活用することで技能の技術化が可能となり、作業水準の向上(作業の効率化)や若手への技能伝承の負担軽減、高品質作業の維持・向上など、現場力向上に寄与することができる。
  2. 応用力を醸成する伝承の仕組み
    ICTを活用した技術化を進めたり、ノウハウなどをナレッジとして蓄積していっても、昨年の東日本大震災やタイの洪水のような想定外の事態に際して、生産移転などに効果的に活用できなければ効果は限定的となる。それらの仕組みをより効果的に活用するためには、それを活用できるゼネラリスト(開発や製造現場、IT部門など複数の業務経験者)を育成し、技術や技能に明るい人材を計画的に育てておくことが大切だ。これからの現場力向上には、環境変化や時代に応じ、既存の仕組みをベースに新たな価値やノウハウを生み出す応用力を醸成する技術・技能伝承の仕組みが重要となる。
  3. 技術・技能伝承のフレームワーク整備
    多くの企業では技術・技能伝承の必要性を認識しつつも、日々の業務に追われ、有効な対策がとられていない。一方、企業を退職したが、まだ働ける団塊世代の技術者や技能者も多く存在している。このような企業や退職者のニーズを把握し、伝承コーディネーターと退職した技術者や技能者をチームで国内外の企業に派遣し、技術・技能レベルの向上を支援するようなフレームワークの整備が求められる(【図1】参照)。ICT技術を活用した技術・技能伝承へのサポートも可能となる。
    技術・技能の喪失は企業にとって死活問題であり、多くの企業でそのような状態が続けば、産業全体にとってもいずれは衰退への道を辿ることを意味する。企業グループや業界団体などにより人材クラウドを整備し、実効力のある技術・技能伝承支援のフレームワーク整備が求められる。

【図1】技術・技能伝承スキーム 【図1】技術・技能伝承スキーム

4. おわりに

グローバル化が進展している我が国では、グローバル的な観点で企業DNAを次世代へ継承することが重要なテーマとなっている。海外での人材育成や技術移転では、日本の慣習である「阿吽の呼吸」などは通用しない。熟練者と若手がペアとなりマンツーマンで行う伝承は、日本人の場合は伝承者な視点(教えてあげる)からの伝承でも対応できるが、海外では通用しない。海外では、継承者な視点(いかにして学ばせるか)でのアプローチでないと技術移転はスムーズにいかない。日本国内に継承者を招き、日本の生活習慣を学ばせるといった工夫も必要となる。

本稿では2012年問題で課題が顕在化しているテーマを取り上げた。今後も富士通総研では、これらの課題に対して、提言だけでなく過去の実績や支援ツール類を活用し、技術・技能伝承コンサルティング支援を実施していく。本稿が製造業をはじめとする多くの企業の事業継続と効率的な技術・技能伝承の一助になれば幸いである。

関連オピニオン

技術・技能伝承への取り組み

関連サービス

サービスカタログ「技術・技能伝承コンサルティングサービス」

事例「教材型の技術・技能伝承を体系化し、2007年問題の解決期間を短縮」

参考文献

「製造業における技術技能承継の取り組み」

『中堅中小企業のデジタル化によるモノづくり基盤の強化』 (財)機械振興協会経済研究所2008年3月


野中 帝二(のなか ていじ)
(株)富士通総研 産業事業部 マネジングコンサルタント
製造業のお客様を中心として技術・技能伝承、業務プロセス革新、情報化構想立案などのコンサルティングに従事。生産現場経験を活かした現場視点での改革やIT化構想への展開を得意とする。