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この円安局面に解決すべき3つの課題:輸出価格の立て直し、デフレ、過大な外貨準備

2012年4月12日(木曜日)

このところ、昨年後半から較べると外国為替市場で円高がだいぶ緩和された。2011年10月末には75円台であったものが3月15日には84円になった。その後、やや円高に戻っているが、先行きを考えると、米国の景気回復や日本の貿易収支の悪化など、基調的には円安になっていく可能性が強い。かねてから高い法人税や電力不足と並んで「六重苦」にリストアップされていた円高が修正されつつあり、産業界は大歓迎だ。円高が是正され、多少余裕が出てきたこの機会に、日本として行うべきことを3点にまとめて述べてみたい。

1. 目立つ日本の内外価格差

第1は、日本企業の輸出品価格の立て直しだ。【図1】は為替レートなど、いくつかの経済指標の動きを示しているが、これから日本企業の価格政策の特異性が明らかになる。すなわち、輸出価格と国内価格の格差だ。過去30年間、円建てで見た日本の輸出品の価格はほぼ一貫して下落したが、国内向けの出荷価格はほぼ横ばいであった。その結果、2つの価格の格差が拡大した。一昔前ならダンピングとして欧米から非難されたであろう。これは円高が進む中で輸出先市場での現地通貨建て価格は上げないという日本企業の戦略の表れである。米国やドイツ、スイスなど他の先進工業国企業は、自国為替レートが上がれば、輸出先での価格も引き上げるのが普通であり、このような格差は見られない。

このような内外価格差はなぜ起こるのか? 日本の主力輸出品のひとつである電子電機機械産業において、韓国や台湾、中国などとの競争に晒され、価格を下げなければ輸出を維持できなくなったことが理由である。欧米企業は新たな競争者が現れた時に利益を犠牲にしてまで価格を下げることはしない。むしろ撤退して新たな分野に経営資源を移転する。日本企業は雇用の問題もあり、簡単には撤退できない。生産水準を維持するため、価格を下げるという方針を取らざるを得なかった。そのため、企業収益や賃金の低迷といったデフレ的体質が長期にわたり続くことになった。

【図1】輸出物価、国内企業物価、為替レートの動き
(日銀統計、BISより富士通総研作成) 【図1】輸出物価、国内企業物価、為替レートの動き

2. 問題は半導体関連産業に限定される

だが、そのような対応も限界に近づきつつある。今年に入って薄型テレビや半導体で工場閉鎖や外国企業との提携など、縮小、撤退の動きが明らかになった。筆者の見るところ、このような問題は半導体やそれを利用する産業に顕著に起こっている。薄型テレビの中核部品である液晶パネルはガラス基板の上に半導体回路を焼き付けたものであり、そのほか、パソコン、携帯端末なども半導体を核にした商品である。先進国企業はこのような商品の生産は自国で行うことは止め、台湾や韓国企業に生産委託したり、アジアに工場を移して生産している。iPhoneを販売するApple社は最近、部品や原材料の調達先を公表したが、156社ある調達先企業はほとんどアジア企業である。日本企業も将来的には国内で設計や開発は行うものの、生産は海外に移転する方向に進んでいくことになるであろう。半導体の生産は製造技術さえ手に入れれば誰でも参入可能であり、差別化するのは難しいようだ。今、再生可能エネルギーとして注目されている太陽光発電も、中心になる発電パネルは半導体の塊であり、先進国企業は急速に中国企業に市場を奪われている。ハイテクだ、新エネルギーだといって、すべてが先進国にとっての成長産業になるわけではない。

3. 技術の特性と政府の政策が競争優位を決定する

だが、日本のものづくりがすべてダメになった、というのも悲観的すぎる。半導体を核とする産業以外の製造業はおおむね競争力を維持している、と筆者は考えている。精密機械や一般機械では円高にも拘わらず輸出価格の崩落は見られず、企業収益は堅調であった。面白いのは、電気産業の中でも冷蔵庫や洗濯機などでは日本企業はまだ頑張っている、ということだ。もちろん中国のハイアールや韓国のサムスン、LGなどに低価格市場は奪われているが、ハイエンドの市場では十分競争できている。欧米企業でもワールプールやエレクトロルックスなどの名門企業は未だに健在だ。エアコンになると日本企業の独壇場だ。これらの産業に共通しているのは、モーターを基軸とした産業であることで、日本企業が戦後長い時間をかけて蓄積してきたアナログ技術や暗黙知が引き続き競争優位をもたらしている。発電機などではドイツや日本など先進国企業が今でも強い。

これに対して、半導体はムーアの法則が当てはまる特殊な産業だ。半導体の集積度は18か月ごとに2倍になる、というインテルの設立者が見い出した法則が今でも当てはまる別世界だ。薄型テレビの価格はこの5年で40インチのものが40万円から4万円と、10分の1になっているが、これはほぼムーアの原則と一致する。すでに40年も前に言われたこの法則が今でも当てはまるのは驚きとしか言いようがないが、このような価格崩壊は技術的要因だけによるものではない。今、世界で半導体の生産が行われているのは日本、韓国、台湾、中国だけだ。これらの国の政府は半導体を戦略産業と位置づけ、税金や補助金など様々な政策的支援を与えている。その結果、過度な集積度競争と設備投資競争に走り、結果的に世界的な過剰設備をもたらし、収益性を下げてしまった。資本効率を無視した補助金競争、設備競争にあっては政府からの支援に多くを期待できない先進国の企業は、最終的に競争に勝てない。

円安になった今、日本企業は輸出価格を立て直す努力をすべきだ。2004年から2007年頃の円安時に日本企業はそのような努力をしなかったため、その後の円高局面で苦労することになった。日本企業は価格崩落が止まらない半導体の製造事業から撤退し、経営資源を価格コントロールが維持できる分野に産業構造の転換を図ることができれば、欧米企業同様に、円高になっても輸出市場での価格を上げ、企業の収益性、ひいては経済の成長力を取り戻すことができる。為替で苦しまないよう、新たな競争優位を再確立するため、現下の円安を最大限利用すべきだ。

4. デフレ・スパイラルを止める好機到来

円高が緩和したこの機会にやらなければならないことの2番目は、デフレの克服である。日本の消費者物価指数はこの13年間、下落傾向を辿ってきた。その原因の1つが円高と考えられている。自国の通貨が高くなれば、輸入品の価格は安くなり、一般物価水準も下落することになる。我が国の場合、原油や食料品などの輸入依存度が高いので、円高のデフレ的効果は少なからざるものがあったはずだ。だから、2月以降始まった円安傾向が今後とも持続するのであれば、デフレ脱却の良い機会になるはずだ。だが、円安になれば自動的にデフレが止まると考えることはできない。実は、リーマンショック以前にかなり長期にわたり円が下落する局面があったが、デフレは止まらなかった。賃金が上がらなかったからである。

2002年1月から2008年2月まで続いた戦後最長の景気拡大期が「実感なき景気回復」と呼ばれたのは、成長率が高かったにも拘わらず賃金が低迷し、国民生活が良くならなかったからだ。その結果、国内需要は盛り上がらず、外需依存度が高まり、リーマンショックで手痛い打撃を受けた。過去4年間、日本企業がこれほど苦しんだのは、大震災やタイの洪水など不幸な要因もあったが、基本的には今世紀に入ってからの誤った経済政策によるものだ。すなわち、成長の源を国内需要ではなく、米国や中国向け輸出に求めたことである。すでに経常収支が大幅黒字であった日本がさらに輸出拡大を試みても、それは円高を引き起こすだけに終わることは予見できたことであった。

円高を乗り切るため日本企業はコストカット、とりわけ賃金カットを進めてきた。雇用者所得は1997年をピークに減少し続けている。その結果、国民の購買力も低下し、売り上げを維持するため企業は製品価格を引き下げざるを得なくなり、それがデフレをもたらした。こうして、円高、賃金カット、デフレのスパイラルが10年以上も続いてきた。5年ぶりの円安はこのような悪循環を断ち切る機会である。幸い内需企業を中心に企業収益は決して悪くない。これから輸出企業についても円安の効果や海外事業からの収益が拡大すれば、すでに200兆円もの手元流動性がある企業の資金ポジションはさらに豊かになろう。

5. 目白押しのインフレ要因

円安は物価上昇につながる。加えて資源や食糧価格の上昇はガソリンなどの国内価格に影響し始めている。遠からず消費税も引き上げられるであろう。これからインフレに転じる要素は少なくない。デフレからの脱却という意味では結構な話だが、それには賃金も上昇し、実質所得が確保されることが不可欠だ。賃金が低迷したまま物価だけが上がるようなことになれば、実質経済成長率はさらに下がり、スタグフレーションに陥るであろう。前回の円安局面では賃金が上がらず、デフレはむしろ悪化した。もちろん企業自身が設備投資や研究開発に積極的に金を使うことも良い。現在、日本企業の設備投資の水準は現存する機械設備を維持するのに必要な額さえ下回っている。あるいは配当や自己株の買い取りなどで株主への還元を増やすことも消費者の購買力を増やすことになる。株主の発言力が弱い日本では、このような動きが起こりにくい。余剰資金が企業貯蓄という形で銀行に預金され、国債購入に回るという悪循環が断ち切られ、設備投資や個人消費など内需拡大の方向に向けて経済が回り始めれば、日本を苦しめてきたデフレ・スパイラルを是正することができる。円安はこのような好循環を生み出す機会になり得る。

6. 外貨準備高を減らし、かつ分散化せよ

円安の機会をとらえて果たすべき第3の課題は、外貨準備の適正化だ。日本には輸出企業を中心に円高を嫌う雰囲気が強く、日本政府は頻繁に外国為替市場で円売り・ドル買いを繰り返してきた。最近では2010年9月から11年10月まで、合計4回為替市場に介入している。為替介入が市場の乱高下を是正するためのものだとすれば、売りもあれば買いもあるべきだが、日本の場合1985年のプラザ合意の後のドル売り・円買いを除き、常に円売り・ドル買いという一方的な介入を繰り返し行ってきた。その結果、1兆ドルという膨大な金額の外貨準備が外国為替特別会計に溜まった。これは日本のGDPの2割に相当するが、このような多額の外貨準備を保有している国は中国のみで、先進国では見当たらない。そもそも為替介入も外貨準備も経済政策としては時代遅れで不健全という理解が一般的である。日本の外貨準備の大半は米国の財務省証券で保有されているが、当然これは為替リスクにさらされており、最新の財務省公表の資料では35兆円の評価損が生じているが、これは決して健全な姿ではない。リスク管理の視点から考えれば、外貨資産の水準は減らすべきであり、さらにドル以外の資産、ユーロやその他の外貨、金などに分散すべきだ。中国はすでにドル資産から別の通貨に切り替えている。だが、そのためには保有する米国財務省証券を処分する必要がある。

さらに問題なのは、為替介入の原資となる円資金を短期証券を発行することで調達したため、その残高が112兆円に上っているが、言うまでもなくこれは政府の借金である。日本の財政赤字がGDPの2倍にもなり、世界で最悪と言われる時にはこの金額も含まれている。したがって外貨準備を減らし、その金で短期証券を返済することは、財政再建の視点からも緊急の課題だ。今までこれができなかったのは、米国債を売却すれば円高になり、輸出産業にマイナスの影響になることと、為替差損が現実のものとなり、責任問題にもなりかねないからであろう。だが、さらに円安が進めば、輸出企業に対する悪影響や売却損をある程度の範囲に抑えつつ、外貨準備額を減らすことができるはずだ。日本には米国債を売ることをタブー視するような傾向があるが、円高になるかもしれない米国債保有額の縮小に米国政府が反対する理由は無い。

7. 85円を超えたら、ドル処分をすべき

筆者は、1ドルが85円を超えて円安となるようであれば、米国債の縮小に着手すべきと考える。ただし、米国債の途中売却ではない。毎年1000億ドル程度が満期を迎えるので、それを借り換えせず現金で返却してもらい、それを市場で円資金に転換し、短期証券を返済するのだ。これだけで肥大化した外国為替特別会計を資産と負債の両面で圧縮することができる。2005年以降で日本政府が最初にドル買い介入したのは、2010年9月15日で、その時の為替レートは1ドル85円であった。その程度の為替水準なら日本経済にとっても問題ないと考えていた、とみてよい。日本の輸出企業は、円は安ければ安いほど良い、というような安直な考えの経営者もいるようだが、それは大きな間違いだ。すでに原油や天然ガスなど日本にとって不可欠のエネルギー源の値上がりが2年前から顕著になっており、欧米経済にインフレ圧力を加え始めている。国際的なエネルギー価格の上昇の影響は円安とともに拡大されて一層深刻になり、そうでなくても原子力発電所の停止による追加的負担に苦しむ日本企業の競争力をさらに減殺させるであろう。極端な円高同様、行き過ぎた円安もまた日本のためにならない。すでにガソリンは相当値上がりしており、さらなる上昇は企業も消費者も苦しめることになる。日本政府としては、行き過ぎた円安をも阻止する覚悟が必要だ。急激な円安時における外貨準備の取り崩しは、為替レート、ひいては日本経済の安定的成長のためにも必要であり、そのことが外貨準備の適正化にも貢献するのである。

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【調査・研究】


根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2010年 経済研究所エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など