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新規事業開発の新たなコンセプト:リーン・スタートアップ

2012年4月5日(木曜日)

クラウドコンピューティングは、ITサービスの開発、マーケティング、販売といったビジネスのすべてに影響を与え、その結果、非常に低コストで新たなビジネスを創出することが可能になった。このことは、起業のあり方を大きく変えようとしている。

こうした時代に注目されているのが「リーン・スタートアップ」というコンセプトである。これは、徹底的に無駄を省いて新規事業を開始することを指すが、具体的には、ビジネスを小さく始め、顧客の声を聴いて修正を加えながら拡大させるタイプの起業をいう。こうしたコンセプトでビジネスを開始する起業家は増加しており、すでに多くの成功事例を生んでいる。

一般に大企業は、リスクをとって新たなビジネスに挑戦することを回避しがちである。これは当然のことであるが、ITビジネスにおける新規事業の考え方は大きく変化しつつあるので、リーン・スタートアップのコンセプトから新規事業を検討してみてはどうだろうか?

1. 起業環境の大きな変化

急速に進展したクラウドコンピューティングは、インターネットビジネスにおける起業を容易にした。例えば、グーグルやアマゾンなどが提供するクラウドサービスを利用すると、開発コストは劇的に低下する。そして、Facebookやtwitterのようなソーシャルメディアを用いれば、マーケティングコストは不要であり、スマートフォンやタブレット向けにアプリケーションを提供するビジネスは、アップルやアンドロイドのマーケットを活用するために流通コストもほとんど必要ない。

例えば、2007年に創業した個人向けストレージサービスを提供するDropboxはアマゾンのクラウドで開発を行い、ユーザーが友人を誘うと使用容量が増加するというキャンペーンをソーシャルメディアで展開したのみであるが、すでに5,000万人以上のユーザーを抱え、1億ドル以上の売上を計上している。Dropboxはまだ未上場企業なので、正確な調達金額は明らかではないが、創業時にStartup Acceleratorからわずか20,000ドルを調達した後、しばらくは、主に個人投資家からのファイナンスのみで運営されてきた。

こうしたことは、新規事業を始める際の長い開発期間、最初の顧客を獲得するまでの高いコスト、巨額のファンドをもつベンチャーキャピタル(VC)が、ベンチャーに数百万ドルを投資するVCの投資モデル等すべてが、大きな転換点に差し掛かっていることを意味する。このようなことから、新たなプレイヤーも現れている。(*1)

2. リーン・スタートアップ

このように起業が容易になった時代、起業家の間で現在最も注目されているのが「リーン・スタートアップ(Lean Startup)」というコンセプトであろう。“Lean”とは、「ぜい肉の少ない」という意味で、端的には徹底的に無駄を省いて新たなビジネスを興すことを指す。この意味ではトヨタのリーン生産方式と同様である。より具体的には、ビジネスを小さく始め、顧客の声を聴いて修正を加えながら拡大させるタイプの起業を指すと考えればよいだろう。今や、起業の初期段階に大規模な開発投資やマーケティングを行うのではなく、小さく始めて大きく育てることが重要な時代になった。

リーン・スタートアップのコンセプトを理論的に支えるのは「顧客開発モデル」といわれる、新規事業開発の新たな考え方である。これは、シリアルアントレプレナーのスティーブン・ブランクが、著書“The Four Steps to the Epiphany”(邦訳:「アントレプレナーの教科書」)で提唱したものであり、彼の著書はUCバークレーやスタンフォードの起業家教育のコースで使用され始めている。

顧客開発モデルとは、顧客と共に製品開発を行うモデルであり、これまでのように、市場に投入する以前に様々なアルファ/ベータテストを入念に繰り返して行った後に、はじめてサービスを開始するのではなく、素早くベータ版をリリースし、顧客と共に製品を改良していくモデルのことである。

このモデルは、いつまでにどのような機能を実装してリリースするかという“マイルストーン”の達成や、それをスケジュール通りに行うことを重視する従来の製品開発の方法論とは一線を画す。重要なのは、ユーザーに望まれる機能と望まれない機能を学ぶための学習を短期間に数多く繰り返すことである。

リーン・スタートアップの理論的背景である、この顧客開発モデルは、先に述べたクラウドコンピューティングの時代にこそ可能な方法論だといえよう。既存のクラウドサービスを活用することで、顧客開発モデルを実行することは容易になり、その結果としてリーン・スタートアップが注目されていると捉えられる。

例えば、2004年にサービス開始したFacebookは当時100万ユーザーを達成するのに10か月を要している。しかし、2010年にサービスを開始した写真共有サービスのInstagramや昨年サービスを開始した無料通話アプリのLINEは、わずか3か月で100万ダウンロード数を記録している。これは、この数年間でユーザーを獲得することが非常に容易になっている例である。こうしたケースから考えれば、顧客開発モデルで新事業を構想することが理にかなっているといえよう。

3. 大企業にとってのリーン・スタートアップ

米国では投資家も、ビジネスモデルよりもユーザーを短期間に増やすことを重視するようになった。グーグルやアマゾンの成功によって、ユーザーが増えれば後からビジネスモデルの修正が容易なことが理解され始めている。開発・流通コストが安価になったということは撤退するコストもさほど問題にならないことになる。この結果、ITビジネスにおける起業はカジュアル化しつつあり、顧客開発モデルに基づいたリーン・スタートアップの考え方は重要になっている。

一般に大企業は、リスクをとって新たなビジネスに挑戦することを回避しがちである。特にインターネットビジネスは通信環境とセットで考えなければならないことや、ビジネスモデルが確立しづらいことから、基本的に大企業にとっては高リスクなビジネスである。これまでも、通信環境も保障しづらく、本当に儲かるのかどうかも分からないビジネスに賭けることができなかった。これは、海外のIT企業にとっても同様である。事実、現在のITビジネスを牽引しているのは、インターネットの普及以降に生まれたベンチャーだ。

しかし、通信環境も含め、新規事業を開始するための環境は大きく変化した。起業がカジュアルになりつつある今、大企業も成長分野での新たなビジネスに、リーン・スタートアップのコンセプトで挑むべきではないだろうか。

注釈

(*1) : 「Startup Acceleratorの出現から考えるイノベーション」

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【調査・研究】


湯川 抗(ゆかわ こう)
(株)富士通総研 経済研究所 主任研究員
2005年東京大学工学系研究科博士課程修了(Ph.D.)。1996年コロンビア大学大学院 修了(MS)。1989年上智大学法学部卒。
現在、SBI大学院大学教授、玉川大学経営学部非常勤講師、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、国際大学GLOCOM客員研究員などを兼任。
著書に、「進化するネットワーキング」(共著、NTT出版)、「起業の教科書」(共著、東洋経済新報社)など。