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円高は競争力にどのような影響を与えたか

2012年3月28日(水曜日)

為替相場が円安方向に反転して80円台となり、輸出企業は一息ついている。しかし、2007年後半から4年以上にわたって継続した今回の円高局面は、スタート時点(120円台)から見れば、なお40円近くの円高となっている。また、現在は米景気の回復期待の高まりや日銀の追加緩和によって、やや円安方向に修正されているとはいえ、いつ円高方向に戻ってもおかしくはない。円高が進展すれば、競争力の喪失、さらには空洞化という見方が一般的であるが、そうした捉え方は現在においても妥当だろうか。本稿においては、この問題について改めて考えてみたい。

1.円高分をどの程度価格転嫁できるか

日本企業は1985年のプラザ合意以降、断続的な円高の進展に見舞われ、その都度、輸出企業は輸出を行いにくくなり、海外への生産移転を進めるなどの対応を強いられてきた。円高が進展した場合、輸出企業が円ベースの収入を目減りさせないためには、現地通貨建ての輸出価格を上昇させる必要がある。現地通貨建ての輸出価格を上げることで、円建て輸出価格の変化率をゼロにとどめることができるならば、円高が進展した場合でも同じ収入を維持できる計算になる。

ただ、値上げによって現地での売れ行きが鈍ることが予想される場合は、円高分を現地通貨建て輸出価格に転嫁することは難しくなる。つまりは、円高分を現地通貨建て輸出価格に転嫁することが可能な製品は、現地において競争力を持っている製品であり、競争力があるが故に現地通貨建て輸出価格を上げても売り上げが落ちるなどの心配が少ない製品であると言える。

日本の製品がこうした観点から見て、競争力を有しているかどうかについて確認するため、為替が1%円高になった時に円建て輸出価格が何%低下したかを計測してみた(40四半期(=10年間)のデータを用い、1年ずつずらして計測)。これは円建て輸出価格の為替弾力性を示す。

その結果によると、全体として円建て輸出価格の低下幅は拡大しており、日本企業の製品が次第に競争力を失っていることがわかる(【図表1】)。直近時点(2002~11年)の推計値は-0.45で、これは1%円高になった場合、円建て輸出価格は約-0.45%低下することを示し、1%円高になったことで、同じ製品を輸出しても円建ての収入が0.45%減少することを意味する。これに対し、今回推計した最初の時点(1980~89年)では、この値が-0.11であり、かつては円高分をかなりの程度転嫁できていたことを示している。

【図表1】円建て輸出価格の為替弾力性
(資料)日本銀行、BIS
(注:輸出価格(前期比)を輸出価格(前期比、3期ラグ)、名目実効為替レート(前期比、3期ラグ)、企業物価指数(前期比)で説明する関数を推定し、長期の弾力性を算出)
【図表1】円建て輸出価格の為替弾力性

【図表2】円建て輸出価格の為替弾力性(加工組立業種)
(資料)日本銀行、BIS
(注:輸出価格(前期比)を輸出価格(前期比、3期ラグ)、名目実効為替レート(前期比、3期ラグ)、企業物価指数(前期比)で説明する関数を推定し、長期の弾力性を算出)
【図表2】円建て輸出価格の為替弾力性(加工組立業種)

輸出産業の代表である加工組立業種について見ると、直近時点では一般機械、精密機械、電気・電子機器、輸送機械(自動車)の順で円建て輸出価格の低下幅が大きくなっていることがわかった(【図表2】)。これは、円高分を現地通貨建て価格に転嫁できるかどうかという観点から見た競争力は一般機械が最も高く、輸送機械が最も低いことを意味する。

計測期間中では、輸送機械は大きく低下した後、近年はやや上昇する方向に向かっていたが、直近時点では上昇度合いは鈍化している。精密機械については、今回の計測の最初の時点では0と、円高分を完全に転嫁できていたが、その後低下し、近年は上昇する方向にある。輸送機械や精密機械がいったん低下した後、上昇する方向に向かった要因としては、製品の高付加価値化を進めるなどして競争力を高め、値上げをしても現地で受け入れられる製品にシフトしたことなどが考えられる。

一方、一般機械については最初の時点から徐々に上昇し、現在まで安定的に推移している。近年は中国などで日本の高性能の建設機械などの需要が高まっていることに象徴されるように、この分野での日本の競争力は落ち込むことはなく、むしろ高まる方向に向かったことを示している。電気・電子機器についても比較的安定的に推移してきたが、最近時点では落ち込みが大きくなっている。

このように円高分を価格転嫁できるかどうかという観点から見た日本企業の競争力は全体として低下傾向にあるが、業種によってその動きは異なることがわかる。一般機械の競争力はほぼ落ち込むことなく推移し、精密機械は一時は低下したものの、なお他の業種に比べれば高い位置にある。この2つの業種の日本企業の競争力が高いことは、定性的にもしばしば指摘されるが、今回の分析によっても裏付けられた。一方、これらに比べ、やや競争力が低いのは、最近の落ち込みが大きい電機・電子や、計測期間中大きく落ち込んだ輸送機械である。

電気・電子の最近の落ち込みについては、近年におけるアジア諸国の激しい追い上げが関連していると思われる。自動車についても国際競争が激しく、競争力の維持が困難であったことを示している。今後、さらに円高が進展していった場合、これら2つの業種はより厳しい状況に追い込まれる可能性がある。

2. 海外直接投資の2つのタイプ

競争力の低下に対応する1つの方法は、輸出する際の為替リスクを回避するため現地生産に切り替えたり、現地工場からコストの安い原材料や中間製品を調達することで、国内における生産コストを引き下げることである。日本企業の海外直接投資、海外生産比率はこれまで上昇を続けてきた。

中でも海外生産比率の高い業種は自動車と電機である(2009年度で自動車39.3%、電機(情報通信を含む)20.0%、経済産業省「海外事業活動基本調査」)。ただ、この2つの業種の海外進出の理由は異なっている。2010年度の内閣府の調査(「企業行動に関するアンケート調査」)では、自動車の海外進出の理由は「現地需要の拡大」(46.4%)が最も多くなっており、電機は「労働力コストの低さ」(40.0%)が最も多くなっていた。これは直接投資の性格として、自動車は水平的直接投資、電機は垂直的直接投資の傾向が強かったことを意味する。

水平的直接投資とは、国内工場での最終製品の生産とは別に、現地工場で最終製品の生産を行い、これを輸出に代えることで現地需要に対応するというものである。これに対し、垂直的直接投資とは、国内で最終製品を生産するにあたって、一部の中間製品の生産を労働コストが安い国に移管することによって、これを輸入することで調達し、国内での生産コストを下げようとするものである。先の分析で競争力が高くなかった自動車、電機の2つの業種の海外進出の狙いはそれぞれ異なっていることがわかる。

これら2つの業種について、内外の収益性(1人あたりの売上高)を比較すると、自動車では国内と海外の違いは、国内/海外倍率が1.5倍程度であるのに対し、電機では2~3倍で推移している。水平的直接投資の性格の強い自動車では、現地工場が現地需要に対応する役割を果たしており、その収益力は相応に高いものとなっている。これに対し、垂直的直接投資の性格の強い電機では、海外工場は割安な中間製品を国内に供給する役割を担っており、そうした現地工場の性格から収益力は低く抑えられているように見える。

今後の両業種の戦略としては、自動車はおそらく変わらないと考えられるが、電機は2011年度の調査を見ると、海外進出の理由として「現地需要の拡大」(33.3%)が「労働力コストの安さ」(26.1%)を上回るようになっており、今後は水平的直接投資の性格を強めていく可能性がある。水平的直接投資の性格が強まっていけば、海外の収益性も相応に高まる方向に向かうと考えられる。

なお、海外進出の理由として、精密機械は「労働力コストの低さ」(2010年度69.2%)が圧倒的多数となっており、この点から、精密機械の場合は、海外工場から安い中間製品を調達することはあっても、最終製品の製造は国内で行うことに拘っていることがうかがえる。この背景には、先に述べたように精密機械の高い競争力がある。機械については、海外進出の理由としては「現地需要の拡大」(2010年度46.8%)のほか、「労働力コストの安さ」(同21.3%)もあり、精密機械と自動車の中間にある。機械については、先に挙げた建設機械のように競争力が高い分野もあるが、日本からの輸出に代えて現地工場で現地需要に対応している分野もあることを示している。

このように円建て輸出価格の為替弾力性と海外直接投資の性格を併せて分析すると、円高が進展した場合、最終製品の生産を国内に残すことのできる業種は限られ、国内で残るとしても海外からの調達(垂直的直接投資)が不可欠になっていることがわかる。これに対し、為替の価格への転嫁力が弱く、国内での最終製品の製造維持が難しくなっている業種については、輸出ではなく現地工場で現地需要に対応すること(水平的直接投資)が不可欠になっていることがわかる。電機の直接投資は、かつては垂直的直接投資の性格が強かったが、今後は水平的直接投資の性格を強めていく可能性が出てきている。

3. 円高は空洞化につながるか

円高はしばしば空洞化を招くと問題視されるが、円高と競争力、海外直接投資の関係はそう単純ではない。

確かに円高になった場合の価格転嫁力は趨勢的に低下し、日本企業の競争力は全体として低下しているが、業種によっては価格転嫁力の低下を食い止めているものもあり、こうした業種は今後とも国内での生産を維持できる可能性がある。これに対し、価格転嫁力が高くない業種は早くから現地生産を拡大しているが、こうした業種は、今後は少しずつ増えていく可能性はある。しかし、価格転嫁力の高い業種が国内に残り、その付加価値を高めていけば、空洞化は一方的に進むわけではない。

また、価格転嫁力の低い業種が海外に出ていくとしても、国内からコアの部品や高付加価値の中間製品を現地に輸出できれば、国内の雇用は必ずしも失われるばかりではない。つまり、輸出への影響は、海外進出に伴う輸出誘発効果(=輸出増加)と輸出代替効果(=輸出減少)のどちらが大きいかという問題であり、必ずしも後者が大きいとは限らない。水平的直接投資によって、輸出していた時よりも現地需要をより一層開拓することに成功すれば、輸出誘発効果が上回る可能性はゼロではない。とりわけアジア諸国の需要が大きく拡大している中では、そうした可能性が高まっていくと考えられる。

さらに、現地工場の業績が上がり、国内に多額の配当がなされれば、それを原資として、より高度な技術を開発できる資金的余裕も生まれることになる。

したがって、円高の進展は一面では日本企業の逆風となるが、それでもこれまで競争力を維持してきた日本企業はあるし、たとえ海外に出て行ったとしても、旺盛な現地需要を開拓し、日本から誘発輸出を増やすことができれば、必ずしも空洞化につながりはしない。また、そもそも直接投資は円高の方が行いやすい。現在、円高の進展は一服しているが、今後再び円高局面が訪れたとしても、それを悲観的にばかり捉えるのは正しくないと考えられる。

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米山秀隆

米山 秀隆(よねやま ひでたか)
(株)富士通総研 経済研究所 上席主任研究員。
【略歴】
1989年 筑波大学大学院経営・政策科学研究科修了、(株)富士総合研究所を経て、1996年 (株)富士通総研入社、2007年~2010年3月 慶応義塾大学グローバルセキュリティ研究所客員研究員
【執筆活動】
デフレの終わりと経済再生(ダイヤモンド社 2004年)、少子高齢化時代の住宅市場(日本経済新聞出版社、2011年)ほか多数