GTM-MML4VXJ
Skip to main content

English

Japan

  1. ホーム >
  2. コラム >
  3. オピニオン >
  4. 交易条件で見えてくる日本産業の将来

交易条件で見えてくる日本産業の将来

2012年2月10日(金曜日)

1.大赤字を計上した日本の家庭電器産業

日本の電気産業が存亡の危機に立たされている。パナソニック、SONY、シャープといった日本を代表する大手電気企業が今年度多額の赤字を計上することになりそうだ。東日本大震災、タイの洪水に加えて、円高も損失を大いに拡大させた。だが、問題はこのような一時的な要因だけで起こったわけではない。企業戦略に関わるより根本的な問題があることは多くのエコノミストやアナリストが指摘するところである。

筆者は昨年7月、「交易条件から見る韓国経済の影」と題してこのオピニオン欄にレポートを公表し、交易条件の悪化が電気産業を中心にして、日本や韓国など東アジア各国で広く進行していることを指摘した。今回、最新のデータをもとにして、改めて日本の交易条件を主要産業ごとに見たものが【図1】のグラフである。データは日銀の製造業部門別投入・産出物価指数(2005年=100)を用いて産出指数を投入指数で除することで交易条件を計算している。投入と産出の差額は付加価値、すなわち賃金、企業利益および減価償却になる。交易条件指数が上昇(改善)しているということは付加価値が増えることであり、日本経済や企業にとっては好ましいことであるが、他方で交易条件指数が下落(悪化)することはその逆の効果をもたらす。

【図1】日本の主要産業の交易条件【図1】日本の主要産業の交易条件

2. 特に交易条件の悪化が目立つ電子部品と情報通信

このグラフからいくつかのことが明らかになる。第一に、電子部品と情報通信の交易条件の著しい悪化である。ここで電子部品とは集積回路、半導体やそれらの部品で、情報通信はコンピュータ、携帯電話機、交換機、テレビなどの民生用電子機械などを含む。これらに共通なのはデジタル技術を使った製品であることだ。データは1995年からあるが、現在までの16年間、一直線に下落している。日本企業は継続的に利益と賃金を圧縮しながら、ようやく生きながらえてきた。これでは遅かれ早かれ行き詰まることになるが、それがこのほど明らかになったということである。

1990年代から始まったデジタル革命、とくにインターネットの普及はそれに関わる製造産業に根本的な変革をもたらした。製造技術が日本から周辺のアジア諸国に流出し、韓国や台湾企業が日本企業に対して、激しい価格競争を仕掛けてきた。その結果、原材料や部品の価格も下がったかもしれないが、それ以上のスピードで製品価格が下落した。パソコンやテレビ、携帯電話などではデザインなどで多少の差別化はできるが、基本的には同一商品で、時間とともに価格競争に陥っていく。当然のことながら、韓国や台湾、中国の企業も値下がりの影響を受けており、現にサムスン電子も収益が悪化しているという報道がなされている。

米国ではVIZIOという名の薄型テレビ企業がある。2005年に台湾系の米国人が始めたベンチャービジネスだが、今米国でサムスンに次ぐNo2の薄型テレビ販売会社だ。すべての部品調達や組み立ては台湾や中国で行い、製品はコストコなどの倉庫店舗で売られている。もちろん技術的蓄積はまったく無いが、部品は世界中から自由に調達できるので、あとは組み立てるだけで、それも全量中国で行う。米国内にいる社員はわずか90人。これでは人件費の高い日本企業が、開発費用も含めてコスト計算をしたら太刀打ちできるはずがない。

3. 価格競争になったら撤退しか道は無い

商品がコモデテイ化して、価格競争に追い込まれたら、企業としてはどうすればよいか? すでに40年近く昔になるが、筆者が米国のビジネススクールに留学しているときに、日本との競争で苦労する米国企業のケースがあった。学生の間でいろいろと議論があった後で、最後に教授が、『価格競争に入ったらさっさと撤退すること』と言ったのを今でも思い出す。そうなる前にたっぷり稼いで投資は早めに回収しろ、ということであろう。事実、今、薄型テレビを作っている米国企業は無く、ヨーロッパの最大家電メーカーのフィリップスも2年くらい前に薄型テレビ工場を日本企業に売却して撤退した。先進国では日本企業だけが何とか頑張れないかと苦闘したが、結果的には無駄な努力ではなかったか。

振り返って見ると、日本企業は後から追いかけて、先行企業を凌駕し、最後は駆逐するということは何回もやってきた。テレビはその最たる例で、1970年代、日本の家電メーカーは米国向けカラーテレビ輸出を急増させ、米国企業を破綻に追い込んだ。米国は日本政府との間で3年間の輸出自主規制協定を結んだが、その3年の間で米国カラーテレビ企業は撤退し、最終的には日本企業の子会社を除いてはほとんど消滅した。フィンランドのノキアもかつてカラーテレビを生産していたが、日本には勝てないと判断して、テレビから撤退し携帯電話に集中した。いずれも『価格競争になったら撤退する』という基本を守ったのだ。もし日本企業がこのような米国企業のやり方から教訓を学んでいたら、もう少し早めに別の対応をしていたのではないか。

4. 円高責任説は誤り

リーマンショック後の急激な円高が企業経営を一層困難にしたことは否めないが、電子部品と情報通信の交易条件は為替レートに関わりなく下落し続けた。一般には円高のときには輸入原材料や輸入部品の円建て価格は下落するから、輸出品を含む生産物価格をそのままにしておけば交易条件指数は上昇し、逆に円安時には指数は下落する。事実、2001年、2002年、および2008年、2009年頃の円高の時には、ほかの産業では円高による交易条件の改善がみられたが、上記の2業種だけは、このような交易条件の改善がない。輸入原材料などの投入財の値下がり以上に製品の価格が下がっているからだ。

2004年から2007年まで長期にわたる円安の期間があった。日本の輸出企業は一般的に円安の方を歓迎するが、円安であれば投入財価格は上昇するものの、生産物の価格を引き上げる余地が生まれるはずだが、日本企業はそれもしていない。したがって交易条件の悪化は為替レートに関係なく進んだ。その結果、付加価値の大半を占める賃金は為替レートに関係なく継続して下落し、デフレも止まらなかった。これは巷で言われる「円高責任説」が実は正しくないことを意味する。薄型テレビはこの5年間で40インチのものが40万円から8万円と、まさしく5分の1に値下がりした。為替変動で説明がつくような価格の変化ではない。これで利益が出るはずがない。自社の製品に対する価格支配力を失ったら、長期にわたってその事業を継続することは不可能で、速やかに撤退するのが戦略の王道のように思われる。

5. 精密機械、一般機械は大丈夫。自動車は注意を要する

目をほかの産業に転じてみよう。精密機械と一般機械の交易条件はこの20年間変動していない。これはアジア新興国の工業化にも関わらず、日本企業は価格引下げ競争に陥ることなく競争力を維持することに成功していることを意味する。これらはテレビや携帯端末などの規格大量生産とは異なり、企業相手の資本財で、顧客の要望や使用条件に合わせて、ひとつずつ製造する商品であり、カスタマイズや販売後のサービスなどを通じて差別化が可能である。薄型テレビや携帯電話などの苦境とは対照的に、このところ日本の建設・土木機械の好調ぶりが伝えられるが、彼らは海外市場でも値引きはしない、という原則を貫いている。当然、交易条件は悪化しない。スイスやドイツの製造業が強いのも同じ理由であろう。

日本の製造業の中でも飛びぬけた存在である輸送機械、すなわち自動車産業がこれからどうなるかは、日本経済全体の将来に関わる大問題だ。【図1】を見る限り、電気産業のような大きな交易条件の長期的な悪化は見られないが、リーマンショック後、多少悪化している。これが世界的な景気後退という一時的な要因によるものなのか、それとも電気産業と同様な、より根本的な要因によるのかは注意深く見ていく必要があろう。製品の差別化を進めながら、他方で海外からの部品調達がさらに増やせるならば、投入財の価格引き下げを通じて交易条件の改善を図る余地が拡がるかも知れない。

6. 気になる鉄鋼産業の将来

鉄鋼産業は気になるところである。鉄は素材産業で差別化の難しい産業ではあるが、それでも日本の鉄鋼企業は顧客のニーズに合わせて品質の高い製品を生産し、2002年くらいまでは交易条件を維持してきたが、2003年くらいから悪化が目立つようになってきた。これには中国の鉄鋼産業の急拡大が大きく関係している。中国は今世紀に入ってから高度経済成長に合わせて鉄鋼生産の急拡大が必要となり、そのため豪州やブラジルからの鉄鉱石や原料端の輸入を急増させた。当然、これらの国際価格は急上昇し、日本企業も高い原料を買わざるを得なくなった。他方、国内の鉄鋼製品市場は低迷し、また輸出市場ではアジア新興国の国有鉄鋼企業と競争せざるを得なくなった。その結果、原料高の製品安となり、交易条件の悪化、ひいては企業収益の悪化が目立つようになった。原材料を100%海外に依存するわが国鉄鋼産業にとって、円高は本来悪い話ではないはずだが、それにも関わらず、これだけ苦しんでいるのは、この産業が直面する問題の根深さを物語っている。将来を見通せば、中国だけではなくインドやその他の新興国でも鉄鋼生産が増えることは確実で、その結果、原材料の値上がりは今後とも続くであろう。日本企業は海外で新たな鉱山を開発するなど、原材料の安定確保に向けた努力がますます必要になってくる。

企業や産業の将来を的確に見通すことは難しい。だが、製品価格をしっかりコントロールしていくことは企業戦略にとっても重要であり、その意味で交易条件の変化は常に注視していくべきものと考える次第である。

関連サービス

【調査・研究】


根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2010年 経済研究所エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など