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どうなる、2012年の円高

2012年2月2日(木曜日)

2011年、日本の経営者の最も大きな懸念事項は円高であったと思います。今年この問題がどう展開するか、考えてみます。

1.甘い政府、産業界の認識

日本政府は2010年9月から11年10月までの1年あまりの間に円安介入、つまり外国為替市場で円を売ってドルを買うという操作を4回行いました。投入した円は合計16兆円に達しましたが、その効果はいずれも短期的で、長くても1か月もしないうちに元の円高水準に戻っています。2010年8月の円・ドルレートは85円でしたが、11年末では78円まで上昇していました。なぜ介入は効かなかったのでしょう?

それは、国際社会では今の為替レートは決して特別に円高とは思われておらず、円安にすることについて、ほかの国からの協力が得られないからです。世界が1973年に変動相場制に移行して以来の円・ドルレートの動きを見ると、それは米国の経済政策に大きく左右されてきたことがわかります。リーマン・ショック以降の円高も米国の金融緩和政策が根底にあります。したがって米国の理解と協力がないままで、我が国が一方的に為替介入しても、効果は得られません。最近の4回の介入のうち2011年3月の大震災の直後の円急騰の時に、日米欧で協力体制が組まれたのを除き、いずれも日本政府による単独介入でした。日本にとって不都合だったのは、直後に米国、欧州政府や中央銀行から批判の声が公然とあげられたことです。

為替介入が成功するためには、政府が継続的に介入し、これ以上の円高は許さないという断固たる意志が市場に伝わることが不可欠です。ところが、米国や欧州から反対されれば継続的な介入はできません。さらなる介入がないことがわかれば、ヘッジファンドなどの投機資金はすぐに外貨資金をかき集めて円転換し、たちまち介入の効果はかき消されてしまいます。この点についての現在の民主党政権、政府、経済界の認識は甘いように思われます。

米国が日本の円安介入に反対する、より直接的な理由があります。米国は中国政府に対して、外国為替市場で人民元の対ドルレートを人為的に低い水準に抑えるために行っている介入を止め、市場に任せるべきである、との主張を長年にわたり繰り返してきました。その矢先に中国と並ぶアジアの大国で、はるかに先輩格の日本が中国と同様の為替操作をするのでは、まるで後ろから鉄砲を撃たれたように思われても仕方ありません。円レートの問題は日米2国間の問題だけではなく、全世界的な影響を持つものであることを理解する必要があります。

ほぼ同じ頃、日本と同様に通貨高に悩むスイスも為替介入を行いましたが、そのやり方は日本とは大いに異なっていました。スイスの中央銀行は2011年9月6日、「1ユーロ=1.2スイスフランを抵抗線と定め、これ以上のフラン高を止めるために無限にスイスフランを放出する。」と声明を出し、実際そのように行動する構えを見せました。投機筋はスイスフランがそれ以上値上がりすることはない、と見るや、買いから売りに転じ、結果的にはスイス中央銀行はほとんど金を使うことなく為替レートの下落を実現することに成功しました。16兆円の金を使いながら、ほとんど成果の出ない日本とは大違いです。単独介入ではありましたが、先ほどの実質実効為替レートで見てもスイスフランの水準は史上最高であり、諸外国からの反対もなかったので、成功したと言えるでしょう。

【図1】実質実効為替レート【図1】実質実効為替レート

2. 実はそれほどの円高では無い? インフレ・デフレの違いがポイント

なぜ日本企業がこれだけ円高で苦しんでいるのに国際社会では円高と考えないのでしょうか?

これを理解するためには、「為替レートの本来の役割は何か」ということから始めなくてはなりません。それは第一義的には各国間の経常収支の均衡を確保することです。黒字の国の為替は上昇して輸出が減り、輸入が増え、赤字国では為替が安くなることにより輸出が増え輸入が減ることで、不均衡が是正されることが期待されているのです。ですから日本のような経常収支黒字国では通貨が上がるのは当然のことなのです。

それにしても最近の円高は酷すぎないか、という議論はあるでしょう。しかし、本当にそれで日本企業は困っているのでしょうか?

これには20年以上も続く日本のデフレ問題が深く関係しています。デフレということは原材料や事業に伴う費用が減っているということです。それは企業の競争力を高める効果を持ちます。特に賃金が毎年下落するというのは企業経営の視点からは相当有利な話で、日本ではかかる状態が10年以上も続いています。諸外国では先進国でも物価は毎年2~3%ずつ上昇、近隣のアジア諸国では賃金が10%を超えるスピードで上昇しています。為替レートはこのような条件の差を調整するように動きます。言い換えればデフレの国の通貨は上昇し、インフレの国では下落するのです。

この点からも今の為替水準で日本企業が特に困っているということにはならないはずだ、というのが欧米や国際機関の意見です。彼らは為替レートを物価動向で調整した実質実効為替レートという指数を見ており、これによると今の円レートは過去40年の平均的な水準に過ぎません。2011年末に公表された米国財務省の外国為替に関する報告書もこの点を指摘し、日本政府による単独介入は「支持しない」と明言しています。今後日本がこのような為替介入を続けることは難しいと言えましょう。

3. 円高の影響は小さい。実はメリットも!

2011年末に2012年3月期の決算見通しが各社から発表されました。それによれば、大震災の影響にもかかわらず、上場企業の半数超が増収増益で、約1割は史上最高益を見込んでいます。特に輸入や内需関連企業はかなりの好決算が期待できそうです。資源価格は世界的に上昇しましたが、円ベースではほとんど値上がりせず、海外旅行も割安になっています。輸出の低迷による経常収支の赤字化も当面起こりそうにありません。一部の輸出企業は苦しんでおりますが、それでも海外生産や海外からの部品調達の拡大などの対応が進んでいます。これから見ても日本経済全体として円高が著しい悪影響をもたらしたとは言い難い状況です。今年は円高に対する不満は次第に聞かれなくなるでしょう。

介入は効果がなく、デフレも経常収支の黒字も続き、さらに米国の低金利もあと1年半ほどは変わらないとすれば、円高も続くと考えるしかありません。ただ、このところ米国経済が堅調に回復していることを物語る指標が出ており、これ以上の金融緩和はないかもしれません。となると、これ以上円高が進まないことも考えられます。政府の経済政策も円高を抑えるというよりは、むしろ円高を利用して日本企業の積極的な海外展開を支援する方向に変化しております。政府に言われるまでもなく、企業は先んじて動いております。外国企業の買収も増え、海外資源の権益拡大も進んでいます。TPP交渉への参加も、そのような流れを後押しすることになるでしょう。2012年は企業活動のグローバル化にますます弾みがつく年になりそうです。全体としてみれば、円高にもかかわらず、日本経済は高い適応力を発揮し、着実な成長を達成できるものと考えております。

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根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2010年 経済研究所エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など