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「金持ち課税」は広まるか?

2011年10月3日(月曜日)

先進国はいずれも財政赤字の拡大をどう抑えるかに苦悩している。ユーロ不安の原因を作っているギリシャを始めとする南ヨーロッパの国々、債務上限を巡って混乱し、国債の格下げを招いた米国、さらにGDPの2倍もの借金を抱え、財政再建待ったなしの日本などだけではない。今、先進国で最も好調なドイツですら、財政赤字の累積額がユーロ圏で決められた上限であるGDPの60%を超えている。今、先進国で財政赤字の問題が無いのは、ノルウェーやルクセンブルクなどの小国くらいだ。多くの国では、これから増税と歳出削減の両面から苦渋に満ちた決断を迫られることになろう。政治的には日本と同様に“ねじれ国会”となっていたり、政権与党の力が急速に衰えたりして不安定化が進み、これからどうなるのか、展開は見通せない。

米国では富裕層増税は最大の政治問題

こうした中で、米国で面白い動きが出てきた。おそらく世界でもっとも知られた金持ちの投資家であるWarren Buffett氏が、金持ちに対する所得税の課税を強化すべきだと唱え始めたのだ。バフェット氏の主張とは、「自分の連邦所得税は17.4%で、自分の秘書よりも低い。これは不公平であり、金持ちの所得税を引き上げるべきだ。」というものだ。何故こんなことになるかといえば、バフェット氏の所得の大半は配当や金利、キャピタルゲインなどの金融収入で、これには金額の多寡にかかわらず一律15%しか税金がかからない。これに対して、秘書の収入は所得税の対象となる賃金で、年収7万5千ドルとすると18%の税率となる。百万長者(Millionaire)、億万長者(Billionaire)と呼ばれるような富裕者はもっと負担してしかるべきだ、というわけだが、具体的な税率までは語っていない。

これはオバマ大統領にとってはかなりの追い風だ。彼は2008年の大統領選挙戦中からブッシュ前大統領が導入した年収25万ドル以上の金持ちに対する減税は2012年の期限切れとともに廃止し、元の税率に戻すことを公約に挙げていた。去る8月の国債の発行額の上限引き上げの際の合意に従って、これから財政赤字削減計画を策定することになっているが、そこで争点となるのが、この金持ち増税である。共和党はすべて歳出カットだけで達成すべきとするのに対して、民主党は金持ちへの増税や、ループホールと呼ばれる大企業向けの各種の免税措置の廃止による課税ベースの拡大をも求めている。

バフェット氏はごくありふれた中産階級の家庭に生まれ、自力で財を成した、アメリカン・ドリームの体現者のような人物だ。成功したアメリカ人にありがちな小さな政府の信奉者で、増税は悪、人生は自己努力で切り拓くもので貧乏なのは本人の責任というような、共和党でも右派の思想の持ち主のように考えがちだが、こと税金に関してはそうではないようだ。この発言は突然の思いつきではなく、彼は1年前からこのような発言をしている。米国には、「国難に臨んでは、金持ちは率先してより大きな負担をすべきだ」という考え方が昔からあるようで、特に第二次大戦中は所得税の最高税率は94%だった。Noblesse Oblige(高貴なる人の義務)の伝統かもしれない。米国には富裕人により1995年に設立されたUnited for a Fair Economy(公正な経済のための連合)という団体があって、現在も税負担の公平を求めて活動中である。クリントン政権下での財務長官ロバート・ルービン氏も入っているというから、民主党寄りの団体かもしれない。しかしメンバーの大半は企業トップや起業家たちだというから、バフェット氏とも通じるところがあり、金持ち課税には結構幅広い共感者がいるのかもしれない。

ヨーロッパの金持ちも「われわれに課税せよ」と言い始めた

目をヨーロッパに転じると、ドイツでも同様な動きが2年前から始まっている。2009年10月のドイツの新聞ターゲスシュピーゲルが財産税の導入を求める金持ち44人の署名入りの請願の内容を伝えている。これは1997年に廃止された財産税を再度導入し、最初の2年は5%、その後は廃止時の税率だった1%にするというものだ。5%にすれば1000億ユーロの収入になるという。フランスでは去る8月23日、大企業のトップの経営者や資産家がLe Nouvel Observateurに意見書を発表し、「われわれ恵まれた者は財政赤字削減のために“特別の貢献”(contribution exceptionnelle)を果たす用意がある」ことを公にした。内容は、課税対象所得が50万ユーロ以上の者は3%の特別税を、マーストリヒト条約で定められた財政赤字をGDP比3%以下とするユーロ圏の合意に到達するまで支払う、というものだ。サルコジ大統領もこの方向で来年度からの税制を改正する方向だが、対象25万ユーロ以上に拡大する案もあるようだ。スペインでは、純資産70万ユーロ以上を対象に富裕税を今年と来年に限り導入することで、去る9月に法案が通っている。フランスとスペインの場合、財政問題が解決するまでの一時的措置だが、ドイツでは恒久措置として財産税の復活を提案している点が違う。いずれにせよ、この程度の課税では財政赤字を解消するには程遠いが、厳しい経済環境に直面する中で国家の連帯(solidarity)を維持するためには金持ちは率先して特別の負担を受け入れるべきだ、という点で共通している。

日本では起こらない富裕層課税議論

翻って、日本はどうなのか? 3月11日の東日本大震災後、半年余りを経て、漸く復興のための補正予算がまとまりつつある。まさしく日本国民全体の連帯が求められており、「復興連帯税」という名前がつけられるそうだが、富裕層に対する特別課税という話にはなっていない。民主党と政府税制調査会でまとまった所得税は現行制度のもとでの納税額を所得水準に関わりなく一律に4.5ないし5.5%だけ上乗せするというものだから、まさしく平等主義だ。日本には自分は金持ちだ、と名乗り出る文化は無い。寄付文化が根付かないのも同じメンタリティだ。高度成長期を通じて一億総中流意識が広まり、特別の負担をしなければならないほど金持ちだと思っている人は少ないのであろう。

だが、日本人が思っているほど日本は平等社会ではないことは、そろそろ認識すべき時ではないか。何しろ日本は米国に次ぐ格差大国なのだ。これは税や社会保障による所得移転が十分に機能していないからでもあるが、ドイツやフランスよりも遥かに格差は大きくなっている(【図1】参照)。ドイツでもフランスでも年収50万ユーロ以上が金持ちとされているが、50万ユーロといえば5000万円強だ。日本でもその程度の年収を得ている人は結構いるのではないか。このような富裕層を対象にした震災復興のための一時的な増税が日本では議論すらなかったのは考えてみれば不思議でもある。

【図1】相対的貧困率と政府の再配分機能

【図1】相対的貧困率(*)と政府の再配分機能
 出典:OECD Growing Unequal?

世界中で広がる所得格差

所得格差の拡大は先進国、おそらくは世界中のほとんどの国で見られる普遍的な現象だ。その中でも米国における所得格差は顕著である。OECDの統計では、米国は先進国の中でもっとも貧困率が高い。米国では現在トップ1%の金持ちが所得の25%を占めている。資産ベースで見ると、もっと高い数字になるだろう。しかもブッシュ政権下の減税措置により、トップ1%の平均所得税率は23%と、1985年の33%から10%ポイントも下がっており、税制面からも格差の拡大が加速したといえる。

オバマ大統領の作戦通り金持ちへの増税が実現するかどうかは、スーパー・コミッティと呼ばれる民主、共和のそれぞれから選ばれた3人ずつの議員による交渉を経て案がまとまることになっているが、どのような落ち着きになるのか、そもそも合意が得られるのかさえもよくわからない。だが、最近のギャラップ調査によると、3分の2の米国人は年収25万ドル以上の金持ちに対する増税に賛成とのことである。反対する共和党右派の主張する「金持ちの所得は投資に回り、ひいては雇用拡大になる」という説はあまり受け入れられてはいないようだ。2000年以降、実施されてきた高所得者向け減税は、結局のところ、成長や雇用の拡大には貢献しなかったことが知られているからである。

新たなパラダイム・シフトの始まりか?

東日本大震災からの復興のための財源確保の議論は、概ね収斂しつつある。だが、中長期的に見れば、社会保障やそれ以外の経常経費の財源確保のために、更なる増税は不可避だ。グローバリゼーションが進むにつれ中間層の仕事は新興国にますます移転し、単純事務作業は情報技術の進展で置き換わるので、今後とも貧富の差が拡大することは疑いない。その際、政府の再配分機能を強化するのかどうかは大きな問題となる。1980年代以降、サッチャー、レーガン流の新自由主義的政策が主流となり、先進各国で富裕層の税負担を下げる方向での動きが続いてきた。日本でも1974年には75%であった所得税の最高税率が2000年には40%にまで下げられた。高所得層の税負担を下げれば、社会全体の貯蓄が増える。貯蓄が増えれば、金利は下がり投資が増え、経済は成長し雇用も増えるという目論見だ。だが、実際に起こったことは全く逆だ。金利はゼロにまで下がり、企業の貯蓄はかつてない額に膨れ上がっても、金は銀行で眠ったまま投資は起きず、失業は高止まったままだ。富裕層の課税強化を求める動きは、このような現実を受けての新しい動きと見られる。新たなパラダイム・シフトの始まりと考えるのは尚早だろうか。

注釈

* 相対的貧困率 : ちなみに、日本では、夫婦と子供2人の標準世帯の場合、中間的所得(median)は年収470万円であり、その1/2である年収235万円以下が貧困層となり、そのような世帯が全世帯の15%いる。

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根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2010年 経済研究所エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など