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  4. 円高の是正は可能か~円水準の評価とスイス無制限介入の含意~

円高の是正は可能か

~円水準の評価とスイス無制限介入の含意~

2011年9月29日(木曜日)

1. 実質実効為替レートによる円レートの評価

70円台の円高が続き、日本経済への悪影響が懸念されている。従来の円高時もそうであったが、輸出企業や関連の中小企業などから円高の是正を求める声が高まっている。

今回の円高は超円高あるいは歴史的な円高と言われているが、まず、その点について確認しておこう。単なる対ドルレートではなく、日本と各国とのレートを日本との貿易額で加重平均した名目実効為替レートで比較すると(主要な通貨全体に対する円の総合的な価値を示す)、円の価値はかつてない水準に高まっており、その意味で超円高ということになる(【図表1】)。

名目実効為替レートの推移

【図表1】名目実効為替レートの推移 
(出所)BIS

しかし、しばしば指摘されるように、ここ十数年日本がデフレ傾向であったのに対し、他国の物価は上昇してきたため、物価の関係だけで捉えれば、物価上昇率の高かった国の通貨価値が低くなり、逆にデフレであった日本の通貨価値が高くなるのは当然のことと考えられる。そこで、物価変動分を調整した実質実効為替レートで比較すると、足元で円高とはなっているものの、そのレベルは05年の水準であり、現在がとりたてて円高なわけではない(【図表2】)。05年以降で最も通貨価値が高まっているのは元であり、これは中国が経済成長を続ける中、元高方向に緩やかに誘導してきた結果である。

実質実効為替レートの推移

【図表2】実質実効為替レートの推移
(出所)BIS

名目実効為替レートでも実質実効為替レートでも05年以降通貨価値が最も低くなっているのはウォンである。ウォン高に振れにくい理由としては、韓国の経済構造が輸出依存となっているため(GDPに占める輸出の割合は日本の約2割に対し、韓国は約6割)、輸出に有利な通貨安政策が取られてきたことによる。韓国当局は認めていないが、覆面介入を繰り返していることは公然の秘密であり、金融政策は高めのインフレ率となる緩和基調で運営されてきた。

韓国の輸出製品は日本と一部競合するが、ウォンが低く維持される一方、円の価値が少しでも高くなれば、日本の輸出競争力は失われることになる。実質実効為替レートで歴史的な円高水準になっていなくとも、日本の輸出企業が現在の円高を厳しいものと受け止めているのは、韓国などアジアのライバル国の通貨が安いままで、円高が進展していることが関係していると思われる。

2. 購買力平価による円レートの評価

次に購買力平価(PPP)との比較では、現在の円高はどのように評価されるだろうか? 対ドルの名目レートとPPPとを比較することとする。しばしば指摘されるように名目レートは短期的には変動しても、長期的にはPPPのレベルに回帰する傾向がある。PPPとして用いたのは、OECDが各国の約3,000品目の財・サービスの調査によって算出した数値である。

対ドルの名目レートとPPPを比較すると、85年のプラザ合意以降、名目レートがPPPを大きく上回る円高水準となったが、その後、徐々にこの乖離は縮小し、05年から07年頃にはかなり接近していたことがわかる(【図表3】)。しかし、リーマンショック以降、米経済が停滞し、FRBが大幅な金融緩和に踏み切るに伴い、再び両者の乖離幅が広がった。ただ、乖離幅自体は過去の水準と比べて取り立てて大きなものではなく、その意味でPPPとの比較で超円高になっているとまでは言い難い。

にも関わらず、企業が現在の円高を厳しいものと感じているとすれば、プラザ合意以来、円高対応を継続的に行うことを余儀なくされ、05~07年頃には漸く名目レートとPPPが接近する水準になっていたにも関わらず、ここに来て、再びPPPから乖離する円高水準になっていることも関係していると思われる。

名目レートとPPP

【図3】名目レートとPPP 
(出所)OECD、IMF (注)11年の名目レートは8月までの平均。

3. 実質実効為替レートと購買力平価の関係

実質実効為替レートとPPPに基づき、現在の円高がどのように評価できるかを見てきたが、両者の関係については次のように整理できる。説明の便宜上、実質実効為替レートではなく、対ドルの実質為替レートで考える。なお、ここで用いる実質為替レート(ドル/円)は、名目為替レート(円/ドル)と単位を逆にしていることに注意を要する。

PPPが日米の物価の比率(日本の物価/アメリカの物価)をとることによって算出されるのに対し、実質為替レートは、名目為替レートの逆数×(日本の物価指数/アメリカの物価指数)によって算出される。PPPは日米の財・サービスの価格から計算しているのに対し、実質為替レートは物価指数を用いて計算している。PPPを名目為替レートで割った数値は、

(日本の物価/アメリカの物価)/名目為替レート
= 日本の物価/(アメリカの物価×名目為替レート)

となり、同じ財・サービスについての日本とアメリカの物価(円ベース)の比率、すなわち内外価格差を意味する。内外価格差と実質為替レートは、上の式からわかるように、前者が(日本の物価/アメリカの物価)/名目為替レート、後者が名目為替レートの逆数×(日本の物価指数/アメリカの物価指数)と、同じことを表している。

こうした点から、実質実効為替レートは、内外価格差の変化の方向感を示すものと解釈できる。足元で実質実効為替レートが上昇しているのは、内外価格差が拡大していることを意味する。ただし、実質実効為替レートでは、05年を100とした指数として算出されているため、内外価格差が何倍であるかのレベルはわからず、わかるのは変化の方向感のみということになる。

4. スイスの無制限介入の意味

ここまで述べてきたように、現在の為替レートは、実質実効為替レートやPPPから見て、過去と比べて取り立てて円高になっているとはいえない。しかし、それでも企業がそれを厳しいものと感じているとすれば、ライバルである韓国などとの競争が激しくなっていることや、一時は為替レートがPPPに近い水準にまでなった後の円高ということが関係していると思われる。

現在の円高はドル安やユーロ安の裏返しという面があり、日本の政策だけでこれを是正することは困難と考えられる。むしろ今後のアメリカの政策運営やユーロ圏の債務問題の進展によっては、さらに円高が進展する可能性がある。FRBは今のところQE3の導入については慎重であるが、仮にQE3に踏み切るようなことがあれば、もう一段のドル安、つまり円高が急速に進展することもあり得よう。

日本と同じく通貨高に悩まされている国としてスイスがあるが、9月6日に1ユーロ=1.2スイスフランの上限を設け、上限を超えた場合は無制限に介入することを表明した。この大胆な政策は市場に驚きを与え、本気と受け止められたこともあり、その後、スイスフラン高は進展しにくくなった。

かつてスベンソン・スウェーデン中央銀行副総裁は、日本経済がデフレから脱却する政策手段として、無制限の円売り介入により為替レートを減価させるとともに、物価水準ターゲティングを導入することで、インフレ期待をコントロールすることを提唱した。つまり、円安によってデフレから脱却し、かつインフレがアンコントローラブルなものにならないよう、物価水準の目標を設定して政策運営を行うというものである。スイスも物価上昇率はゼロ近傍の極めて低い状態となっており、今回の政策はスベンソン副総裁のかつての提案に沿ったものと理解できる。

為替相場をユーロにペッグすれば、金融政策の自由度が失われる弊害はあるが、それ以上にスイスフラン高の進展を抑える効果を持てば、十分政策目的を達成することになる。新興国では自国通貨高を抑制する手段としてしばしば資本規制が使われるが、先進国では規制は困難なため為替介入が行われることが多い。しかしスイスでは、これまでの為替介入にも関わらずスイスフラン高を止めることはできず、スイス中銀は多額の為替差損を被った。

これに対し、スベンソン副総裁がかつて行った主張は、無制限介入が信認を獲得すれば、実際には無制限介入を行わなくとも為替レートを固定できるというものであり、単なる介入とは異なり、中央銀行のバランスシートが膨張することはないとしていた。現実にどのようになるかは、今後の推移を見守る必要がある。

5. 日本は今こそ円高メリットを生かすべき

日本でも同じ政策をとることは理屈の上では可能であるが、三大通貨の1つであり取引量の多い円で同じようにできるかは疑問がある。ドル、ユーロがそれぞれの事情で減価せざるを得ない状況の時に、介入による円の減価が国際政治的に許容されるのかといった問題もあり、仮に日本が無制限介入を表明したとしても、市場の信認を獲得することは難しいと考えられる。

したがって日本が現実にとれる政策は、追加の金融緩和(資産買い入れ等の基金の積み増しなど)と単独介入の組み合わせくらいしか考えられないが、政府・日銀は現時点では、こうした政策を、より一層の円高が進展した場合の政策手段として温存している状態にある。

こうした点を考慮すると、短期的には円高が是正されることには悲観的にならざるを得ない。ただ、現在の円高が半年、1年たっても続くとは限らない。現状ではドルの実質実効為替レートが過去最低水準にまで下落するなど、ドル、ユーロが売られ過ぎという感も強い。やがて米経済の下振れリスクが後退し、ユーロ圏の混乱も収まれば、ドル、ユーロが買い戻される局面も訪れよう。

とすれば、日本企業は現局面では、円高のメリットを最大限に生かし、海外企業や海外拠点の買収に積極的に打って出ることも選択肢としてあり得る。実際、最近になって日本企業による海外企業の買収が増えている。今年1~7月に日本企業が買収した海外企業は前年比26%の260件となった(レコフ調べ)。これは、最近で最も件数が多かった2006年を上回る勢いである。さらに、震災後の4~7月に限れば、前年比33%の161件と1990年以来の高水準となった。

企業の海外進出が加速すれば、お決まりの空洞化懸念が高まることになるが、それはむしろ、日本企業は海外で稼いだ収益を基盤としつつ、国内では高付加価値品生産のための投資や研究開発を行うというように、内外の役割分担をさらに明確にしつつある過程と捉えた方がいいかもしれない。日本は人口減少により国内マーケットが縮小するなど、今後は海外から上がってくる収益を基に食べていかざるを得ない段階に入っている。その意味で日本企業は、今回の円高を海外基盤強化の好機とポジティブに捉えることも必要と思われる。

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米山秀隆

米山 秀隆(よねやま ひでたか)
(株)富士通総研 経済研究所 上席主任研究員。
【略歴】
1989年 筑波大学大学院経営・政策科学研究科修了、(株)富士総合研究所を経て、1996年 (株)富士通総研入社、2007年~2010年3月 慶応義塾大学グローバルセキュリティ研究所客員研究員
【執筆活動】
デフレの終わりと経済再生(ダイヤモンド社 2004年)、少子高齢化時代の住宅市場(日本経済新聞出版社、2011年)ほか多数