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TPPに対する中国の懸念は杞憂に過ぎないか

2011年9月21日(水曜日)

現在、日本のグローバル戦略は大きな岐路に立たされている。環太平洋戦略的経済連携協定(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement: TPP) への参加決定が迫られているからである。国内の意見集約には大変な労力が必要であり、強力な政治的リーダーシップが求められる。他方、この決断は、日本の政治経済の将来方向性を左右するにとどまらず、東アジアの地域統合や経済発展にも大きな影響を与える可能性がある。経済の対外依存度が高く東アジア経済統合を積極的に推進している中国は、日本のFTA/EPA戦略(自由貿易協定/経済連携協定)に大きな関心をもっており、日本の決断に神経を尖らせている。

政治経済、安全保障政策を統合した中国のFTA戦略

FTA締結の意味について、日本では経済・産業のプラス・マイナス影響がよく議論されるが、中国では経済・産業への影響とともに政治・外交上の戦略的意味などを含めて、より広い視野でFTA戦略を考える傾向がある。FTA締結を通じた経済利益の融合は、メンバー間の政治・外交を密接にさせ、利益共同体の形成に向かうことになる。つまり、中国のFTA戦略は、自国の経済的利益を追求する一方、対象国への利益供与・利益創出により自国の政治や安全保障の実現を達成するために展開されている。この理解は、民主党の鳩山元首相が提起した「アジア共同体」や韓国の学者たちが提起した「アジアコミュニティ」と軌を一にしているように見える。また、米国のFTA戦略思考にも近い。

FTA締結で生じる経済、政治、外交などの戦略的意味から自国が置かれた状況を鑑み、中国は、1)経済発展のスケールメリットの実現、2)自国経済成長に必要な資源の確保、3)「中国脅威論」の解消、4)「台湾独立」などの分離独立勢力の抑制、5)国際環境、特に周辺環境の改善を目的として、これまで10か国・地域をFTAあるいは類似する取り決めを結び、実施に移した。他にも、6つの国・地域集団とFTA締結の交渉を進めるとともに、インド、韓国、日韓とのFTA締結研究を行っている。中国が締結済みの対象国・地域と交渉中の対象国・地域で見ると、グレーターチャイナ経済地域(両岸四地)、周辺地域(例:ASEAN、パキスタン)、資源地域(例:湾岸協力会議(GCC)、オーストラリア)、先進国(スイスなど)にグルーピングされる。

【図表1】中国のFTA締結・交渉・研究状況

【図表1】中国のFTA締結・交渉・研究状況      (出所)中国商務省

大いなる期待をする日中韓FTA

近年、特に世界金融危機以降、世界経済の不均衡是正や世界経済の安定化(グローバル経済システムのガバナンス問題を含む)がグローバルイシューとなってきた。このような状況変化を踏まえ、中国は、これまで大きく依存してきた欧米市場は頼れなくなる可能性が大きく、また欧米市場のみに頼るべきではないという判断をしたのである。内需拡大と市場の多様化を対策の両柱として発展戦略の調整が行われている。

市場の多様性推進と世界経済の多極化形成を目指して、中国は特に日中韓FTAに期待をかけていた。日中韓3か国はGDP規模で世界の約20%、東アジアの約70%を占めているが、40%~70%前後になっているEUやNAFTAなどの域内の貿易依存度と比べ、北東アジア3か国の貿易依存度は約25%と低い。特に、中国の対日韓の貿易依存度は、2005年の21%から2011年の約16%まで減らしてきている。したがって、北東アジア域内貿易の拡大は大きな潜在性を有しており、中国の市場多様化戦略は優先対象地域と重なる。実際、中国の研究者による異なる地域の組み合わせのFTA効果では、日中韓FTAは中国にとってその便益が最も高く、積極的に推進する重点地域となっている。

また、日中韓FTAの推進は、北東地域における歴史的な和解を達成する積極的なプロセスであり、共通利益による域内コミュニティの創生につながる。つまり、北東アジアの安定した政治・安全保障の枠組み形成を促進することが、日中韓FTAに期待する中国のもう1つの狙いである。

【図表2】中国の貿易相手国・地域トップ10シェアの推移

【図表2】中国の貿易相手国・地域トップ10シェアの推移
(出所)中国税関の貿易統計により筆者計算作成

米国主導のTPPへの懸念

ところが、TPPに対する日本の関心の高まりは中国に複雑な思いをさせてしまっている。中国には、米国主導のTPPに安易に乗れない現実と蚊帳の外に置かれた場合の不利益というジレンマと、東アジア経済統合に対する遠心力が生まれるのではないかという懸念、などが絡み合い、焦燥感が見られる。つまり、もともと、日中韓FTAの推進にあまり積極的ではなかった日本がTPPを選択すれば、日中韓FTAを推進する動機がさらに下がっていくと、中国は懸念を抱き始めている。

実際、日本のTPPへの参加は米国から強く勧められたものである(日本から見ると必ずしもすべて米国から勧められたわけではない)。米国のTPP推進の動機を中国は次のように分析している。経済的にはTPPを通じてアジアの高度経済成長をシェアするため、アジア太平洋の地域協力の主導権を握ろうとする一方、安全保障上は中国の台頭を抑制しようとしており、事実上、中国排除の目的を達成するために中国がTPPに参加し難いような条項を数多く設けようとしているのだ、と。米国は、「中国への過度の依存」を憂慮し、米国をバランサーとして期待するアジア関係国の思いをうまく取り込み、「アジア復帰」を果たしたのだとされている。米国主導のTPPに参加できない中国は国益が損なわれるが、周辺国家の「リスク分散戦略」(Hedging Strategy)を受容せざるを得ないと中国の専門家は見ている。

上述したようなチャレンジを受けて立つために、中国は、1)引き続き、日中韓FTAやASEAN+3などの東アジアのFTA戦略を推進、2)巨大化するマーケット・パワーを活かして、その他の国々とのFTAを推進(例:上海協力機構のFTA締結など)、3)都市化を加速させ、内需主導の経済成長モデルへの転換を急ぎ、対外依存を減らしていく、などの対策を練っているようである。

求められる健全な対応

しかし、TPP推進における「中国排除」という中国の見方が米国の戦略に込められているかどうかは定かではなく、誤解か思い込みに過ぎないかもしれない。なぜなら、中国と同じような一党独裁国であり、中国よりも発展段階が遅れているベトナムを米国は交渉メンバーとして迎え入れているからである。「中国排除」とされている労働組合、労働基準、環境基準、知財保護に関連する厳しい基準を、ベトナムが受け入れられ、中国が受け入れられない理由はどこにもない。NAFTA交渉過程で見られたように、米国内の圧力(議会、労働組合、NGOなど)により、通商当局が労働基準、環境基準を厳しくし、例外なき自由化を要求せざるを得なくなっていると理解されるだろう。したがって、中国は、国内改革を加速させ、TPPの中で米国と渡り合い、ルール形成に積極的に挑戦していくべきである。

他方、日中韓FTAを積極的に推進する中国の姿勢は大いに評価される。むしろ、日本の優柔不断な対応(中国側から見ると、太極拳をやっているように見える)の方が人に首を傾げさせる(国内利害関係の調整に躓いている側面も大きいが)。日本では、「中国は一党独裁政権なので、両国の価値観が違い、一緒にFTAをやっていけない」という理由が聞こえる。しかし、同じ一党独裁政権であるベトナムとはEPAを締結しており、中国とやっていけないというイデオロギー的な理由は言い訳に聞こえ、理屈が成り立たないのである。最大の貿易相手国となっている中国とのFTA推進は、経済的便益を勝ち取れるということにとどまらず、両国の歴史的な和解に繋げるというチャンスとして捉えるべきである。平和的(そうでないと感じる場合は平和的になるよう努力すべきである)で繁栄する隣国とのFTAは有効な安全保障のツールになると理解すべきである。したがって、日中韓FTAとTPPを繋ぐ中心的な存在である日本には、二者択一ではなく、両立する取り組みが求められる。

【図表3】日本の輸出先別シェアの推移

【図表3】日本の輸出先別シェアの推移
(出所)財務省の貿易統計により筆者計算作成

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【調査・研究】


金 堅敏(Jin Jianmin)
株式会社富士通総研 経済研究所 主席研究員
【略歴】
中国杭州生まれ。1985年 中国浙江大学大学院修了、97年 横浜国立大学国際開発研究科修了、博士。専門は中国経済、企業戦略論。1998年1月富士通総研入社。
【著書】
『自由貿易と環境保護』、『図解でわかる中国有力企業と主要業界』(日本実業出版社)、『中国世紀 日本の戦略 米中緊密化の狭間で』、『華人エコノミストの見た中国の実力』(共著)、日本経済新聞「中国のミドル市場開拓戦略」(「経済教室」)他。