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米国国債の格下げを世界はどう見たか?

2011年8月17日(水曜日)

8月7日に米国の格付け会社の1つであるStandard & Poors社(S&P)が米国債の格付けをAAAからAA+に引き下げたことから、世界中の株式や為替市場に激震が走った。イタリアやフランスなどユーロの中核の国の国債の格付けも引き下げられるのではないかという懸念を掻き立て、ヨーロッパの指導者はバカンスどころではなくなってしまった。このような混乱の中で日本は安全な国とされ、外国資金が流入して円高がさらに進み、3月に続き再度日本政府が為替介入を行ったが、さしたる効果は出ていない。欧米のエコノミストや市場関係者が、この1か月間の事態の推移をどのように評価したのか、新聞・雑誌などの論調を辿りながら調べてみた。世界一、国債発行残高のGDP比が高い日本として学ぶべき点が少なくない。

そもそもあり得ない米国債のデフォルト

第一に、誰もが一様に語っているのが、「米国債が債務不履行になるような経済的な理由は何もなかったし、今もない」ということだ。米国の財政赤字が増えたといっても、投資家にとっての安全性や信頼感から見て全く問題がなく、今後とも米国内外の市場で円滑に消化できることは間違いない。事実、米国債の金利は格付けの引き下げ後も安定どころか、むしろ下落(つまり国債価格は上昇)した。実は日本の国債も過去何度か格下げされたが、金利にはほとんど影響がなかった。このような格付けはそもそもどのような意味があるのか? 米国の大手証券会社Morgan Stanleyは、この格下げは「正当な根拠を欠いている」としている。ファイナンシャル・タイムズ紙(FT)は8月9日の社説で「格付け機関はそもそも国債の格付けをすべきではない」と主張するとともに、「債務上限を設ける法律そのものを破棄すべきだ」と、春から続いた債務上限にまつわる論争そのものが無意味であったと切り捨てている。

これは過激な主張のように思われるが、決してそうではない。実はユーロ圏では通貨統合を進める条件として、加盟国に対して国債の累積金額ではGDPの60%以内、毎年の財政赤字幅を3%以内に抑えるという約束がなされていた。だが、マーストリヒト条約に盛り込まれた“stability and growth pact”と呼ばれるこの約束は、だいぶ以前から守られておらず、とくに2008年のリーマンショック以降、有名無実となった。現在この“stability pact”を守っているユーロ加盟国はなく、目下真面目に議論している形跡は見当たらない。日本でもユーロ圏と同様な上限を設けるべきだ、という主張も暫く前に一部のエコノミストからなされているようだが、今回の経験でわかったことは、そのような人為的な制約は政争の具にされるリスクが大きく、本当の意味での財政健全化にはならない、ということだ。

何故このような人為的な上限が機能しないかというと、その原因は公的債務のGDP比率だけで経済の健全性を測ろうとすることにある。政府は所詮より大きな国民経済の一部でしかない。国民経済全体のバランスを省みず、政府の歳入と歳出だけの収支を議論しているからでもある。民間セクターで豊富な貯蓄超過がある場合とそうでない場合では、当然発行できる国債の量は異なるはずだ。国債の水準が許容される範囲のものかどうかは、経済全体を見ることで初めて判断できることである。日本で活躍しているピーター・タスカ氏は“There is no magic level of debt to GDP that will automatically trigger a fiscal crisis.”(自動的に財政危機を引き起こすような決まった債務のGDP比率などありはしない。)として、債務残高がGDPの何%だから危険だ、安全だというような議論を戒めている。

これに対して、イギリスの経済誌エコノミストは、「このような批判はあるにせよ、格付けは有用であり、投資家はS&Pによる米国債格下げに対して正当な注意を払うべきだ」としている。同誌は米国の経済政策というよりも、米国債を政争の具に使い世界経済を混乱に陥れた政治家に対してとりわけ厳しい。

自国通貨建て国債かどうかがポイント

第二に、「国債の破綻とはどういうことなのか、より厳密に考える必要がある」ということを今回の騒動は教えてくれた。FTの記事によれば、金融の専門家は、米国や英国の国債とユーロ圏諸国が発行する国債との間では本質的な相違があると言う。前者は“true sovereign debt”で、主権国家が自国通貨建てで発行する証券だ。政府は必要なだけ通貨を印刷することが出来るので、そもそもデフォルト(返済不能)はあり得ない。オランダのルーベンカソリック大学のPaul de Grauwe教授は、“Unlike in the Euro zone, the financial markets cannot provoke a liquidity crisis that could force the UK government into default …….There is a superior force of last resort that can prevent a liquidity crisis: the Bank of England.”(ユーロ圏とは異なり、英国の場合、金融市場で流動性危機が起こり、英国政府を破産に追いやるということはあり得ない。(中略)流動性危機を避ける強力な最終手段があるのだ。イングランド銀行である。)と述べている。これは英国を例にとって説明しているが、日本も全く同じである。要するに、完全な主権国家であれば最後は中央銀行が国債を引き受けることになり、デフォルトにはならない。それに対して現在問題となっているユーロ諸国の国債は“quasi-sovereign debt”(準主権債務)であり、発行体であるユーロ加盟国政府は独自の判断ではユーロの発行はできないから、デフォルト(返済不能)になり得る。ユーロの問題が深刻なのはこのためだ。

日本では、「今のような国債の大量発行は持続不可能で、いずれ破綻する」と言う人は少なくない。だが、「破綻」という言葉が明確に定義された上で使われることはほとんどない。もし政府が国債の金利の支払いや、満期になった国債の元金返済ができない状態を指すのであれば、日本の場合、そのようなことはあり得ない。日本政府は全て円建てで国債を発行しているからである。返済には円貨が必要になるが、その発行は日本政府と日銀に任されており、いかなる制約も受けない。このように、国債がいかなる通貨建てで発行されているかは決定的に重要なポイントだが、日本の財政が破綻すると唱える人に限って、この点を考慮していない。世界では今まで経済が破綻した例は数多くあるが、金本位制の時代を除けば、全て外貨建ての借金が返済できなくなったことによる。勿論、だからといって自国通貨建ての国債発行を際限なく続けてもよいというのではない。行き過ぎた国債依存を続けていれば、いずれは金利が上昇し始め、借金が雪だるま式に増えることになりかねず、インフレが起こることになり、国債の価値は下落し、紙屑同然になることは十分あり得る。だが、それは、日本政府が借金の返済ができなくなり破綻する、というのとは全く別の話だ。

財政規律か成長か

三番目は、日本でもよく知られたステグリッツ教授のコメントである。彼を始め、多くのエコノミストは、「今回の問題は政府債務の大きさにあるのではなく、不十分な経済成長にある」と指摘している。財政赤字は問題の原因と考えるべきではなく、不十分な経済成長こそが財政赤字という問題の原因なのだ。だから、緊縮財政では問題は解決しない。彼によれば、アイルランドもスペインも金融危機直前まで財政は黒字であったが、それでも世界的経済危機に巻き込まれた。成長が止まってしまったからである。

実は、これは1990年代後半に起きた東アジアにおける金融危機でも同じだ。あの時もアジア諸国の財政は黒字だったが、民間部門が不動産を中心にバブル経済化し、それが崩壊した後、経済がマイナス成長に落ち込み、結果として財政も赤字に転落した。一般的に言って、財政が健全なら経済危機にならず、財政が赤字だと経済危機に陥る、というのは正しくはない。それに反する例は日本を始め多くある。だが、成長が止まれば財政が悪化する、というのはほとんどの場合正しい。日本は2005年から2007年にかけて対米輸出を中心に成長率が加速し、財政赤字も顕著な減少傾向を示したが、リーマンショックのあおりを受けてマイナス成長になるに伴い、再び財政赤字が拡大した。

とはいえ、今再び2008年秋のような財政出動による景気浮揚を実施するような余裕は先進国にはなさそうだ。だが、状況はそれほど悲観すべきものではない。ニューヨークタイムズは、8月10日の社説で、「今回の危機は国の債務の問題であり、民間セクターは3年前よりも遥かに健全であり、民間の活力を原動力にした成長は可能である」と主張している。民間金融機関は当時より資本増強が進んでおり、また不良債権も削減しているので、ショックに対する耐性が格段に高まっている。消費者も借金を減らし、家計の財務内容も改善の兆しを見せている。

翻って日本はどうか? 遠からず増税による財政赤字縮小に向けての行動に着手しなければならない、ということは大方のコンセンサスだろう。おそらく消費税の引き上げが中心となるが、問題はそのタイミングだ。需給ギャップが大幅に残る段階で消費税増税は消費を落ち込ませ、景気を後退させて税収も上がらないことになりかねない。国内の貯蓄では国債を吸収できなくなる時点、言い換えれば経常収支が赤字になる時までには増税が実施されている必要がある。その時点がいつになるかはエコノミストの間でも意見のばらつきがあるが、早ければ2010年代の半ば、遅くても2020年頃ではないかと見込まれる。つまり、それほど急ぐ話ではないが、次の選挙は国民的に対してはっきりと信を問うべきタイミングと思われる。

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富士通総研には産業系シンクタンクとしての長年に渡る調査・研究・分析の実績があります。さらに、コンサルティング・サービスを通して培ったノウハウで「お客さまの現場で役立つリサーチ・サービス」を実現してきました。


根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2010年 経済研究所エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など