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東日本大震災の日本経済に与える影響と教訓(8)

明日の日本再構築に向けて

2011年3月31日(木曜日)

1.吸収できない損害規模ではない

今回の災害によるストックの損失額は内閣府の試算では16~25兆円となっている。加えてフローのGDPベースでは短期的には1%~1.5%程度の減少が見込まれている。しかし日本の持っているリソースもまた大きいものであることを忘れてはならない。日本のGDPは現在約500兆円だが、リーマンショックの際のGDPの落ち込みは2008年第1四半期から1年間で48兆円、約10%減少した。金額では測れない精神的な損害、風評被害などを加えれば、損失がさらに大きくなることは間違いないが、それでもストック、フロー合わせてもリーマンショック時の落ち込み以下であろう。他方で、日本の法人企業は2010年末で200兆円を超える現金・預金を有している。銀行の預貸率は7割を下回っており、貸出余力は十分、大企業の場合資金供給は潤沢だ。工場や事務所が流されたり、取引先が消滅したりした中小企業に対しては政府が信用補完など適切な政策を取れば、深刻な事態は回避できる。

2.まずは外貨準備の取り崩しで対応する

問題は世界一の借金を抱えている国の財政だ。これから失われたインフラや仮設住宅の建設、放射能被害に対する補償などのために緊急に5兆円を超える財源が必要だという。復興のために特別の国債を発行する案も提案されているが、結局は国の負債になることについては変わりない。筆者は日本の貯蓄余剰からすれば更なる国債の発行の余地はあると考えているが、まず考えるべきは、国が保有する外貨準備の取り崩しだ。現在日本の外貨準備は90兆円に達しており、これは中国についで世界第2位だ。5兆、10兆円の取り崩しは円に対する国際的信用にそれほど大きな影響があるとは思われない。そもそも日本のように為替レートを市場に任せており、しかも外貨建ての国債発行がない場合、外貨準備は必要ない。安心して使えばよい。ただし、日本の外貨準備は大半が米国の財務省証券なので、これを一度に売却するとさらに円高になってしまうので、目立たぬようにする必要はあろう。

経常収支はこのところ減少気味だが、それでも10兆円を優に超える黒字を維持している。このたびの災害で一時的には輸出が止まるなどの事態が想定されるが、長期的に赤字に転落するような事態は想像されない。多少黒字が減って円安になるようであれば、むしろ好都合だ。このほか民間企業や個人が海外に保有している資産は450兆円に達する。もちろん外国に対する負債も287兆円あるが、差し引きしても世界最大の対外資産保有国だ。今言われている程度の損害額は日本全体としてみれば決して吸収できない数字ではない。市場もそのように見ている。だから円はますます強くなるのだ。

3.利用されていないリソースを使う

今回の地震と津波で流された田畑は東北全体で3~4万ヘクタールになろうか。海面下に埋もれてしまった農地もあるようだ。潮をかぶり農業に適さなくなった農地は、回復には数年かかる。だが、わが国全体としてみれば長年の減反政策の結果、耕作放棄地は39万ヘクタールもある。被災地の近郊にも遊休農地があるのではないか。再び津波に襲われる可能性のある地域に戻るのではなく、かつて農地として耕作されたものの現在は放棄されている農地の再利用を考えるべきではないか。

住宅も同じだ。14万戸近い数の家屋が破壊され消滅した。だが日本全体では700万戸もの住宅が空いている。すべてが居住可能ではないかも知れないが、その気になれば住宅はいくらでもある。仮設住宅の建設もよいが、一時的な対応として速やかに空き住宅の活用策を考えるべきだ。

4.新しいコミュニテイを建設しよう

今回の地震と津波でもっとも甚大な被害を受けたのは岩手、宮城県など東北の太平洋岸である。もともと人口減少と高齢化の著しい地域であった。集落は広い範囲に散在し、それぞれの地域でお年寄りの一人暮らし、あるいは老夫婦だけの家庭が少なくなかった。今回の災害で最もハードヒットされたのも、このような山間僻地に住む高齢者だ。今年の冬は降雪量がとりわけ高く、雪を下ろすことさえままならない家が数多くあった。人間が住む集落は年寄りから若者までバランスよくいることで機能するのだが、過疎化と高齢化が極端に進んだこのような地域は今回の災害が無くても限界であろうと思われる。したがって災害からの復興といっても単に『元に戻す』のではなく、これを機会に、長期的に維持可能な地域社会の再構築に着手すべきだ。そのためには拙速でことに当たるのではなく、十分な検討と準備をかけてやった方がよい。

基本的な課題として、お年寄りだけの住宅が広い地域に散在するような集落は出来る限り是正した方がよい。現状のままでは遠からず病院や学校、郵便や宅配事業など各種のサービスに金がかかり過ぎて維持不可能となる。道路、水道、通信網などの物理的インフラは住居が点在している状況下では極めて効率が悪くなる。

総務省が平成20年に公表した定住自立圏構想は、このような事態に対処する目的で提唱された。これによれば、地方経済の核となる中心市は人口5万人以上となっている。中心都市に医療や介護、教育などの基本的サービスを集中し、これを核にして周辺の町村をつなぐという構想だ。大震災からの復旧事業も、このような考え方にしたがって進めるべきだ。新たな災害が発生した場合には中心都市が一定範囲の責任を持って対処するよう、あらかじめ体制を作っておくことが必要となる。

農業についても今までの小規模零細農業を脱却するチャンスだ。農業の再建は長く険しい道のりにならざるを得ない。すでに60歳を超えている高齢者の中には、この際農業を離れようと考えている人が少なからずいるのではないか。これを機会に農地を集約化し、少しでも生産性を上げることが出来れば、その分、国民の負担は減少する。TPP(Trans-Pacific Partnership:環太平洋戦略的経済連携協定)があろうが無かろうが、農地の生産性向上は避けて通れない課題だ。例えば復興支援の対象は1ha以上の専業農家に限定する、などの方法により、集約化努力を促すべきだ。特に耕作地と居住地は区分し、農家といえども住宅は都市に持つようにすることで大型農機具を使いやすくし、作業の効率化を図るべきだ。日本の農業地の景観が雑然としているのは、集約化が遅れていることの証左でもある。

5. 国を二分する議論は凍結

3.11以前、菅総理は税と社会保障の一体的改革とTPPへの参加を2大政策課題として政治生命をかけた取り組みをする決意だった。だが、これには与党、野党ともに譲れない立場があり、妥協点が見い出せない。復興のための緊急対策を速やかに講じるためにはこの2つの懸案事項は棚上げするしかない。菅総理は名誉ある撤退をすべきだ。この2つの案件は6月までに何らかの案をまとめることになっていたが、実はそれほど急ぐ話ではない。

まず『税と社会保障』については、もともと期限が切られているわけではない。菅総理は財務大臣を経験しているせいか 日本がギリシャのような状況に陥ることを心配しているそうだが、もちろん日本とギリシャの状況はまったく異なる。大震災の後、復興のために日本の財政赤字がさらに膨らむことが明らかになった後も国債の金利は上がる気配を示していない。それどころか円は高くなり、主要先進国の協調介入で円高を抑えているような状況だ。市場の様子は、財政について慌てて何かをやらなければならない状況からは程遠い。野党は子育て支援、農家の所得補償、高速道路無料化を廃止して、それを災害復旧の財源にするべき、としている。それぞれの政策の背後にある基本哲学には賛同する部分も大きいが、具体的やり方については更に工夫すべき点も多いので、1年間先送りし、与野党間で更なる協議をするか、次の選挙の際の争点として再度国民に意見を聞くのがよい。

筆者はかねてより農産物の自由貿易は進めるべきとの主張だが、この際TPPの議論も先送りにした方がよい。今回被災した東北地方は農業への依存度が高い地域だ。復旧もままならないうちに将来の不安を掻き立てるような政策は採るべきでない。交渉の早い段階から参加することで少しでも有利にことを運ぶべきだ、というのが推進派の意見だ。しかし、筆者が日本政府部内において実際に通商交渉を行った経験からすれば、仮にこのたびの大災害が無かったとしても、日本がTPPの内容を左右するような交渉力を発揮することはないと思われる。それは日本には進んで農産物自由化のカードを切る覚悟はなく、常に自由化の程度を最小限にすることしか考えない交渉態度に終始することを各国はわかっているからである。したがって、形の上では交渉に参加したとしても、実際には日本抜きで合意ができ、日本は最後にそれを無理やり飲まされる、というシナリオしかない。悲しいことだが、それが農業をめぐる今までの通商交渉の現実だ。だとすれば、無駄な議論は止めにして、国内経済の再建にエネルギーを集中するべきだ。

6.全国民が苦労を分かち合う気持ちで

福島原発の停止で関東地方における電力の需給は厳しいものになる。もともと東京電力の供給地域では真夏の需給はかなりきつく、ぎりぎりの運転が続いていた。節電や他地域からの融通、火力発電所のフル運転をやっても計画停電は避けられない。日本産業の将来を考えれば、国民生活に多少の悪影響が出ても、産業用の電力確保を優先すべきだ。民生や業務部門では節電はもっとやれる余地は少なくない。今年の夏はすべての建物で冷房温度を28度以上に徹底しよう。駅や建物の中はだいぶ暗くなったが、別に困るわけではない。産業界も一部、土曜、日曜に操業日をずらすなどの工夫もすべきだ。それで通勤時のラッシュも緩和することができる。エレベーターやエスカレーターもできるだけ使わず、階段で上下すれば健康にもよい。考え方ひとつでいくらでも前向きになれる。

水や野菜が一部汚染されている。落ち着いて行動しよう。安全なミネラルウォーターは乳幼児に優先的に回し、高齢者は安全と保証されている水道水を飲むことをためらうべきではない。わが国は社会保障を始め、様々な面で高齢者が優遇される一方で、若者が冷遇されてきた。これを機会に将来の日本を担う若い世代にもっと関心を払うよう国民意識も変革する必要がある。パニック買いや買い占めは見苦しい行為だ、という意識を広めよう。今、日本人すべてが、自分は何が出来るのか、と考え始めている。他方、世界は日本人がこの難局をどう乗り越えようとしているのか、固唾を呑んで見守っている。世界のメディアは日本人の強い忍耐力と互譲の精神に深く感動している。危険な状況が続く原発内でもそれぞれの持ち場で必死になって作業している人たちは、むしろ海外で賞賛の的になっている。この惨状の中から多くのヒーローが生まれるだろう。今が正念場だ。

本シリーズは、今回をもって終了します。

シリーズ

【東日本大震災の日本経済に与える影響と教訓】

(1) 巨大地震がわが国マクロ経済に与える影響

(2) 住基ネットを活用した迅速な安否情報提供

(3) わが国のエネルギー政策、地球温暖化対策へのインパクト

(4) 電力不足が日本経済に与える影響

(5) 東日本大震災後の日本産業

(6) 計画停電について考える:電力システムの再設計を

(7) 高齢社会における防災と地域づくりのあり方について

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【調査・研究】


根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2010年 経済研究所エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など