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それでも進む排出量取引

2011年2月9日(水曜日)

2010年12月メキシコ東部の観光都市カンクンで開催されたCOP16の会合は、いくつかの成果を残したものの、当初最大の争点になると予測された2012年に期限切れとなる京都議定書の後の国際的枠組みについては1年後の南アフリカでのCOP17まで先送りされることになった。京都議定書の単純延長だけは避けたい、とする日本にとっては、とりあえずの目標は達成できた、といえよう。

カンクン会合の結果を受けて日本は検討中であった排出量取引についての議論を棚上げすることにした。排出量取引は、新エネルギーの全量買取制度(FIT)や環境税と並んで民主党政権下での環境政策の三本柱であるから、この議論が進まなくなるというのは環境対策の視点からすれば、大きな後退である。環境対策に熱心だった米国のオバマ政権が11月の中間選挙で大敗し、排出量取引を盛り込んだ法案が議会を通過する可能性はなくなったことが大きく影響していることは確かだ。日本では排出量取引は今やヨーロッパだけが熱心に推進している特殊な制度で、世界的な制度にはならないのではないか、という印象が強いようだが、地方レベルでは着実に広がっている。

1. 地方レベルで進んでいる排出量取引

実は、ほとんどの主要国で排出量取引が進んでいる。2005年から排出量取引が始まったEUを除いても、北米や豪州では州レベルで排出量取引が始まったり、準備中だ。2月3日のフィナンシャル・タイムズ紙によれば米国では連邦議会が動かないのを横目で見ながら、50州のうち既に23州でキャップ・アンド・トレードを実施したか、する方向で準備が進んでいるとのことである。最も早いのはニューヨーク州やマサチューセッツ州を含む北東部の10州によるもので、2009年の1月から既に実施されている。RGGIと呼ばれるこの制度は、発電所からの二酸化炭素排出量を2018年までに10%削減するのが目標だ。西海岸のカリフォルニア州は、さらに野心的な排出量取引を2012年に開始すべく準備中だ。360の企業、600の事業所をカバーするこの制度は、2020年までに2012年比で17%削減することを目指す。カリフォルニア州はカナダの4州(ブリテイッシュ・コロンビア、オンタリオ、アルバータ、ケベック)と連結させることを検討しており、国境を越えた国際的排出量取引を創設すべく、2010年にはそのための最初の会合が持たれた。こうしてみると、北米では既に経済活動の過半を占める州で排出量取引が実施、ないし実施予定となっている。

北米だけではない。国際エネルギー機関(IEA)の2010年10月の報告書によれば、ヨーロッパではEU加盟国以外のノルウェーやスイスでは国レベルで排出量取引が実施されている。ニュージーランドは2008年から実施しており、当初森林から始まった制度は発電所や産業部門に適用範囲が広がっている。豪州では、ニューサウスウェールズ州で2009年から排出量取引が実施されており、2010年の政権交代で多少遅れたが、2013年には国レベルでの導入が実現する見込みである。こうしてみると、先進国で排出量取引に向けての動きがまったく見られない国は無い、といえよう。わが国でも、東京都が2010年度から大規模事業所を対象に全国初めての排出量削減に着手し、2011年4月からは排出量の売買が行われることになっている。埼玉県も同様の制度を4月から開始するが、ほかにも同様の検討をしている自治体がある。世界最大の二酸化炭素排出国である中国では、現在第12次五ヵ年計画の詳細を検討中だが、環境対策のひとつのオプションとして排出量取引が考えられているという。

2. トップダウンからボトムアップに

このように国レベルでは進んでいない排出量取引ではあるが、地方レベルでは着実に広がっている。COPのような国際会議では国益をかけた交渉になり妥協点が見い出せないが、地域単位で見れば意見はまとまりやすい。住民の意識や産業構造も地域ごとに異なるので、出来るところから取り組んでいこうとするのは現実的なやり方だ。カンクンの会合でも、もっとボトムアップアプローチを進めようという意見が強かったという。制度の中身も地域によって異なっている。発電所など特定のセクターに絞ったものから包括的なものまで、排出量の配分もオークションから過去の実績に基づいた無償配分など、細部では必ずしも同じではない。環境税など他の政策手段と併用する場合もある。しかし、目指すところは同じで、市場を整備し、排出量の価格を「見える化」し、市場メカニズムを活用して、低コストで排出量削減を図ろうとしていることだ。

3. いずれ起こる世界排出量取引

COPの場で政府レベルの合意が出来る前に、地域レベルの枠組みが整備されていく可能性が高い。仮に各地あるいは国で排出量取引の市場が出来上がり、排出量価格の『見える化』が進んだときに、何が起こるであろうか?最近、東京都で1トン12,000円で売買された事例が報道された。このような情報が広まれば、それなら自社でも省エネを進め、削減分を売ろうという企業が続出するだろう。逆に、これ以上の削減が難しいと考える企業は市場でこの値段で買うことが出来る。こうして取引量が拡大し、市場が成長する。東京都では2011年4月から、このような市場が成立し、取引が開始される予定だ。

このような動きが世界中で進み、それぞれの市場で排出量の値段が立つようになると、次にはこのような取引市場を結合してはどうかという動きが起こる。ヨーロッパの市場では原油や為替、穀物などと同様に毎日排出量の価格が決まり、公表されている。早晩、東京市場でも価格が立つことになるが、東京での価格は他の地域、特にアジア近隣の市場よりもかなり高いものになると想定される。日本の国内では既に安上がりの削減策はやり尽くして、更なる削減をするにはより高いコストが避けられないからだ。こうなると国内の事業者からは、日本だけが高い排出権を買わされているのでは国際競争上不利なので、海外市場で安く排出枠の調達をすることを認めて欲しい、ということになる。また外国からも日本に売りたいという要望が出るであろう。地球温暖化を抑えるという視点からすれば、どこで削減しようと効果は同じだからだ。こうして、当初個別に成立している排出量市場を相互にリンクさせるべきではないかという声が高まってくる。そうすれば、世界中で排出量の価格が均一になり、誰もが同一価格で排出量を入手できることになり、最も公平な制度になる。

4. 次第に整いつつある環境

このような国際的な排出量取引が成立するためには重要な条件がある。この制度はキャップ・アンド・トレードと呼ばれるように、各国ごとに排出量の上限が合意されなくてはならない。今までは日本やEUなどの一部の先進国を除いて、このような上限にはコミットしていない。特に中国と米国という二大排出国がコミットしていないので、国際的制度として機能していない。しかし、中国はGDP原単位での目標は公表しており、それをベースに上限を計算することは可能だ。2012年から始まる第12次五カ年計画の中では排出量取引の導入が検討されている模様である。米国については排出量取引を行っている州が多いので、それと外国市場との連携は可能だ。

もうひとつの条件は排出量の確実な検証だ。排出量の取引が行われるためには、取引に参加する事業体の排出量が正確に把握されなくてはならない。従来、途上国は排出量の国際的な計測、検証、報告を拒んできたが、2010年末のカンクン会合では一転してこれを受け入れたため、大きな障害が取り除かれた。

5. 排出量取引に反対する本当の理由-日本の環境技術が売れなくなる

このように、排出量取引は企業にとってもメリットの大きい制度であるが、日本の一部の産業界では反対が強い。その理由として、制度の持つ様々な技術的複雑さや実施上の困難さが挙げられているが、本当の理由は別のところにある。

排出量取引市場が成立し、排出量の価格が明らかになると、それよりも高価格の省エネ技術は市場を失ってしまう。安く排出量が買えるときにわざわざ高いコストをかけて自分で削減する事業者はいないからだ。日本は省エネが最も進んでおり、これからさらに省エネを進めようとすれば二酸化炭素1トンの削減が50ドル以上の高いコストの技術を採用することになる。しかし諸外国では極めて低コストの省エネの余地がまだ多く残されている。例えばヨーロッパでは現在15~20ドル程度で売買されている。中国で排出量取引が始まれば3ドルという計算もある。排出量取引が各国で普及すると、日本の技術は高すぎることが露呈してしまい、買い手がつかず、今までの環境投資を回収する目処が立たなくなってしまう。これこそ日本企業がもっとも恐れていることなのだ。技術的には優れているが値段が高すぎて売れない、という問題は日本の産業のあらゆる分野で起きているが、環境技術も例外ではない。そのような事態を避けるためにも、日本としては二国間クレジットのような仕組みで、政府資金による支援も受けながら日本技術の輸出拡大を図っていく方式が選好されるのだ。これはわが国環境技術の市場拡大には有効なやり方だが、排出量価格が成立しないので、国、業種、プロジェクトごとに排出量価格がばらばらになり、最適解は得られないのみならず、日本の排出量価格が国際的に高いままに維持され、経済全体として不利益を被ることになる。

6. 排出量価格は高い方が日本にとって有利

仮に、多くの国で排出量市場が成立しても、それを国際的に統合するという合意は容易ではない。米国で準備された法案では、外国との売買は明示的に禁じていたし、中国やインドも排出量を海外に売り渡すのではなく、自国の経済成長に使いたいと考えている。国民経済全体としては国際的な排出量取引の方がメリットは大きくても、国内の排出量価格を低く抑えることで産業の育成を図り、あるいは消費者への負担を減らしたいという発想はどこの国でも共通だ。

OECDやIEAのような国際機関は、かねてから国際的排出量取引制度の創設を呼びかけている。わが国としては相対的に高価格の日本の環境技術の海外市場への売り込みを推進するためには、世界中の排出量価格は高い方が有利だ。国際的には2050年に向けてさらに大幅な削減が必要との認識は共有されており、排出量価格も自ずと上昇することになろう。長期的に見込まれる原油価格の上昇も追い風になる。わが国としてやるべきことは、国際的な排出量取引に向けての流れに抵抗するのではなく、主要国も含めた高い削減目標での合意を取り付け、世界的に二酸化炭素の価格を引き上げることを通じてわが国の技術が競争力を発揮できる環境を作っていくということである。

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根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2010年 経済研究所エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など