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安全保障としてのスマートグリッド(1)

2011年2月4日(金曜日)

スマートグリッドは、日本の安全保障を確保する手段である。このように聞いたら、なるほどと肯いていただけるだろうか?

日本では、グリーン・イノベーションなどと呼ばれる成長戦略の手段として語られることが多いが、欧米では安全保障の観点からスマートグリッドが語られることも少なくない。スマートグリッドのようなイノベーションが生じる際には、様々な目的が並存することは当然のことであり、国によって地域によって、それら目的の優先順位が異なっても何ら差し支えない。しかし、本来日本にとって非常に重要なはずの目的が語られていないとすれば、問題ではないだろうか。

1. 成長産業としてのスマートグリッド

日本でも、1年ほど前からスマートグリッドへの取り組みが盛り上がってきた。【図1】は、日本経済新聞について「スマートグリッド」で四半期ごとの記事検索をかけた結果だが、IT業界の最大のキーワードとされている「クラウドコンピューティング」と比べても、遜色ない注目を集めていることが分かる。その最大の理由は、新たな成長産業となることへの期待である。

日本経済新聞における記事件数

【図1】日本経済新聞における記事件数
出典:日経テレコン21を活用し、筆者作成。

失われた10年あるいは20年を経て、日本の経済規模は中国に追い抜かれ、日本企業はIT分野では独創的なアメリカ企業の、製造分野では意思決定の速い韓国企業や中国企業の後塵を拝することが、多くなってきた。日本企業が国際競争力を維持している新しい成長産業としては、太陽光発電、リチウムイオン電池、電気自動車、省エネ技術などの分野が注目されており、それらを結ぶ電力網であり通信網であるのが、スマートグリッドなのである。

それは、政府の政策にも反映されている。2010年6月に発表された「新成長戦略」では、「7つの戦略分野」の筆頭に「グリーン・イノベーション」が掲げられ、2020年までに「50兆円の環境関連新規市場」を創設するとし、その一環として「スマートグリッドにより効率的な電力需給を実現し、家庭における関連機器等の新たな需要を喚起することで、成長産業として振興を図る」としている。

この「新成長戦略」の中で、もう1つ強調されているのは、地球温暖化への対応である。2009年秋の政権交代を経て、民主党政権は温室効果ガスの1990年比25%削減を国際公約したが、その手段として、「再生可能エネルギーの普及拡大支援策」や、「蓄電池や次世代自動車」などの「革新的技術開発」を進めるとしており、スマートグリッドもその1つに位置づけられている。即ち、スマートグリッドは、成長産業の振興と地球温暖化対策という2つの目的を追求する政策と理解できる。

2. 欧州:エネルギー安全保障としてのスマートグリッド

この後者、即ち、地球温暖化対策に世界の中で最も熱心に取り組んでいるのが、欧州である。欧州はかねてより環境意識が高く、2008年に欧州委員会が「20-20-20」目標と呼ばれる気候エネルギー政策パッケージを提案しているが(*1)、その主要な対策の1つが再生可能エネルギーの導入である。既に欧州諸国は、世界的に見ても高い導入率を誇っているが(【図2】)、これを今後更に高めるべく意欲的な政策目標を掲げている(【表1】)。そうすると、天候に依存した不安定な電源を接続した電力網は、電圧や周波数に不調を来たし、制御が困難になる。その対策として、スマートメーターや電気自動車も交え、分散的に需給を最適化するスマートグリッドが必要とされているのである。

各国の電源ミックス(2009年時点、対発電量)

【図2】各国の電源ミックス(2009年時点、対発電量)
出典:IEA(2010)を基に筆者作成。中国のみIEAウェブサイトから2007年時点。

各国の再生可能エネルギーの導入目標

【表1】各国の再生可能エネルギーの導入目標
出典:各国政府ウェブサイトを基に筆者作成。

では、地球温暖化対策がどうして安全保障に関係するのだろうか?それは、再生可能エネルギーが自給可能だからである。欧州には、イギリスやノルウェーのような産油国もあるが、多くの国がエネルギー源を海外に依存している。風力発電大国のデンマークでは、風力以外の80%の電力はほぼ化石燃料に依存しており、これらは基本的に輸入で賄われている。原子力発電大国のフランスも、それに不可欠なウランは国内では殆ど生産されていない(*2)。しかし風力や太陽光は、基本的には自国においてタダで供給されているエネルギー源であり、他国からの輸入に頼る必要がない。従って、再生可能エネルギーの普及を進めることは、地球温暖化対策のためだけではなく、エネルギー安全保障の確立にも繋がる。スマートグリッドはそれを可能にする手段ということになるのだ。

エネルギー安全保障は、近代国家が生まれてから確立された概念である。産業革命以降、欧米先進国で工業化が進み、また大規模化した戦争を遂行するためにも、石炭や石油といったエネルギー源を大量に確保することが重要な国家目標となった(*3)。エネルギーも市場で取引されている商品である以上は、同じ品質であれば安ければ安いほど良い。しかし、嗜好品などと異なり、国民の日常生活にあるいは国家としての存続に不可欠であれば、安定的に供給されることに一定の追加コストを払う誘因が生じる。

1970年代の石油危機は、日本も含む先進国にエネルギー安全保障の重要性を再認識させ、省エネなど需要抑制、石油備蓄体制の整備、新たな油田の開発、石油代替エネルギーの開発といった政策を進める契機となった。その後、1990年代には需給の緩和と共に原油価格が下落したため、一般に脱石油の取り組みは停滞した。しかし2000年代に入り、中国やインドなどの新興国の目覚ましい経済発展により、再び需給が逼迫し、また大量の投機資金が流入したこともあり、原油価格は高騰を続け、その安定供給は先進国だけでなく世界的な課題となった。

特に欧州諸国にとっては、2006年及び2009年にロシアがガス供給を停止したことが、エネルギー安全保障上の大きな脅威として認識されたという。欧州諸国は天然ガスの3割をロシアに依存し、その8割をウクライナ経由のパイプラインを通して輸入していたため(*4)、寒い冬を過ごすために不可欠なエネルギーの供給が途絶えたことは、国民生活の安全保障を揺るがす重大問題となった。欧州の政策当局者や電力関係者と話をすると、地球環境の保護という目的のためだけでなく、エネルギー安全保障のためにも、短期的にはコスト高であっても他国の事情に左右されない再生可能エネルギーを普及させようとしていることが、切実に伝わってくるのである(*5)

3. アメリカ:軍事的安全保障まで含むスマートグリッド

アメリカでも欧州の考え方は共有されている。オバマ大統領が選挙期間中に発表した“New Energy for America”という包括的エネルギー政策綱領には、冒頭に次のような記述がある。「我々の石油依存はこれまでにないほど深刻である。それは我々の国家安全保障にとっての脅威である」、「長期的な観点からエネルギー面での自立に向けて努力しなければならない」。そのための手段として、再生可能エネルギーの導入や電気自動車の普及と共に、スマートグリッドへの投資が位置付けられている。

歴史的に見れば、アメリカは資源大国であったし、現在でもそうだと言える。日本の25倍という広大な国土には、メキシコ湾にもアラスカにも油田があり、ウランの産出量も少なくない(*6)。一方でアメリカと言えば自動車大国であり、日本以上にガソリンを浪費していることも知られている。その結果、アメリカの原油輸入量は増え続け(【図3】)、IEA (International Energy Agency)によれば、2008年の世界最大の原油輸入国はアメリカであり、その純輸入量は2位の日本の2.8倍にも達している(*7)。アメリカは世界3位の原油産出量を誇っているが、国内の消費量がその3倍にも及んでいるからである。

アメリカの石油産出量と消費量

【図3】アメリカの石油産出量と消費量
出典:U.S. Energy Information Administration, DOE

更に問題なのは、その輸入元である。【表2】の通り、第1位のカナダを除けば、アメリカが全幅の信頼を置ける西側先進国は見当たらない。必ずしも政情が安定していない、中東やアフリカ、ラテンアメリカの国々に大きく依存している。従って、原油の安定供給はアメリカの安全にとって死活的に重要な門題であるにも関わらず、万全の保障がなされていない状況にある。

アメリカの原油輸入元上位10カ国(2008年)

【表2】アメリカの原油輸入元上位10カ国(2008年)
出典:U.S. Energy Information Administration, DOE.

この問題は、原油の供給が安定的になされるかというエネルギーの領域の外にまで拡大し得る。反米を掲げているベネズエラやアルカイダを支援している中東に対して、アメリカは莫大な輸入代金を支払っている。その結果、アメリカは自らの資金で反米勢力を養成し、軍事的な安全保障まで脅かしているという皮肉な見方もできるのである。だとすれば、原油輸入の額面以上のコストを支払っても、これら諸国に依存しないエネルギー供給を確保することは、安全保障上優先されるとの考えも成り立つ。

オバマ政権のグリーン・ニューディール政策は、そこまでを射程に収めている。即ち、軍事的安全保障を回復するためには、イラクに自国の軍隊を送って政権転覆に介入するのではなく、国内で原油に代わるエネルギー源を自給した方が、効果的でありかつ安上がりですらある。その国内投資先が、バイオ燃料のためのトウモロコシ生産やオイルシェールの開発の他、テキサス州の風力発電やカリフォルニア州の太陽光発電、更にビッグ3の再生もかけた電気自動車という構図になる。そしてそれらを繋ぐもう1つの投資先が、スマートグリッドなのである。現時点では割高だったとしても、再生可能エネルギーの普及に投資することは、軍事的安全保障の確立にまで貢献するのだ。

安全保障としてのスマートグリッド(2)

注釈

(*1) 温室効果ガスを2020年までに1990年比で20%削減すること、このために最終エネルギー消費に占める再生可能エネルギーの割合を20%にすること、1次エネルギーの利用効率を20%改善することを域内全体の目標としている。

(*2) World Nuclear Associationによれば、2009年の全世界のウランの生産量は5万tUだが、フランスの生産量はその0.1%にも満たない。

(*3) 第二次世界大戦前の日本軍による南方進出がエネルギー源の確保を目的としたことは、余りにも有名である。

(*4) 『エネルギー白書』2010年版。

(*5) 実際、スマートグリッドという言葉を最初に使った、欧州委員会のSmartGrids European Technology Platformという協議体では、地球温暖化の緩和に加えて、電力供給の品質と保障の向上を目的として掲げている。

(*6) World Nuclear Associationによれば、2009年のアメリカのウラン産出量は1453tUであり、フランスの200倍近い。

(*7) 2008年のアメリカの原油純輸入量は564Mt、日本は199Mt、3位の中国は175Mtである。IEA, Key World Energy Statistics 2010。

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高橋 洋(たかはし ひろし)
【略歴】1993年 東京大学法学部卒、ソニー(株)入社、1999年 タフツ大学フレッチャー大学院修了、2000年 内閣官房IT担当室主幹、2007年 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、東京大学先端科学技術研究センター特任助教、2009年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、成城大学非常勤講師、(株)富士通総研経済研究所主任研究員
【著書】『イノベーションと政治学 情報通信革命〈日本の遅れ〉の政治過程』勁草書房 2009年