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ネット・コミュニケーションとコミュニティの行方

2010年10月15日(金曜日)

はじめに

最近、老人の孤独死や子供の安全に対する要請、あるいは孤独と絶望の下に発生する凶悪犯罪の発生において、現代社会の人間関係の希薄化やコミュニティの衰退を憂う場面が多く見られるように思われる。確かに日本では昔に比べ、隣近所や会社での家族的な付き合いは随分少なくなってしまったし、小さな子供を独りで外へ遊びに行かせることはもはや出来なくなってしまった。そういった人間関係の希薄化やコミュニティの衰退は、「無縁社会」といった言葉で、大きな社会問題となっている。

ここでは、コミュニティが社会において果たす役割と、コミュニケーションの場がネット空間へと移ることの意味と影響について考察し、今後の展望について述べることとする。

コミュニティとその役割

そもそもコミュニティとは何だろうか。この定義として、最も代表的なものの1つが、テンニースによる「ゲマインシャフト」である。ゲマインシャフトとは、地縁、血縁、友情などにより自然発生した有機的な社会集団のことであり、テンニースは、人間社会の近代化と共に、このような伝統的社会形態は、近代国家や会社、大都市のように利害関係に基づいて人為的に作られた社会(ゲゼルシャフト)へと変遷していくと考えた。

また鶴見俊輔は、重松清との対話集の中で、明治維新の志士たちはゲマインシャフトから生まれたとしている。また、エドワード・モースが著書『日本その日その日』において記している、明治の初めに来日した際、年長の子供が責任を持って「路地」で一種のコミュニティを作り、年齢の違う子供たちと一緒に遊んでいるのを発見したという一節を取り上げ、このような場で育まれた許容や信頼の精神が、明治の躍進を支えることになったと述べている。

このようにコミュニティは、「有機的な社会集団」という些か曖昧にも聞こえる定義がされながらも、社会を動かす原動力として機能してきたと言われている。

またコミュニティが社会基盤において果たす役割については、研究事例によっても示されている。イタリアでは1970年に地方制度改革が行われ、15の州政府が創立されるとともに、15の州政府に同一の制度構造と権限が付与された。ロバート・パットナムは、この事実に着目し、15の州における制度のパフォーマンス(設定した制度が実際にどの程度機能しているか)を比較し、その良し悪しを左右したパラメータを抽出することを試みた。パットナムは新聞購読比率、国民投票への参加度、1結社あたりの人口数などの指標をもとに「市民共同体指数」を構成し、それを制度のパフォーマンスと比較を行った。その結果、市民共同体指数の高い地域は、同様に制度のパフォーマンスが良いという結果が得られた。

パットナムによるこの研究結果は、所謂「社会関係資本」を巡る論争の中心となっているが、社会的制度を整備しても、コミュニティが成熟していなければ、その機能は十分に果たされないことを意味している。

ネット・コミュニケーションへの移行とその背景

現代において「無縁社会化」が進む反面、コミュニケーションの場を移すように、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)を含め、多様な形態のネット・コミュニケーションが近年益々勢いを増しているように見える(検索エンジンを用いた情報検索なども、情報発信者と受信者の関係が成立する以上、コミュニケーションである)。

ところでネット・コミュニケーションが現代人を惹き付ける魅力は何か。それは「コミュニケーションの煩わしさから解放されていること」に他ならない。そこには現代人の「弱い紐帯」への志向が見え隠れする。

この「弱い紐帯」という言葉は、1973年にGranovetterにより記された論文「弱い紐帯の強さ」に端を発する。Granovetterは、ネットワーク分析に類するモデルを用いて仮説を立てた上で、ホワイトカラーの人々が転職する際の紐帯の役割に注目し、調査を行った。その結果、ホワイトカラーの人々が転職する際に有益な情報をもたらしてくれていたのは、滅多に会うことのない、「弱い紐帯」で結ばれた人である傾向が強いということが判明した。

Granovetterによるこの論文は、1973年のアメリカ社会における結果であるが、「弱い紐帯」の下に成り立つネット・コミュニケーションの可能性を示唆するものであると考えられる。一定の時間や労力の中で、小規模で堅い絆で結ばれたコミュニティにどっぷりと浸かるよりも、広範囲で緩い関係の複数のコミュニティに関与し、多様な情報や人に触れる方を選ぶのが現代人(あるいはネット・コミュニケーションの手段を手に入れた人類)の志向であり、「弱い紐帯の強さ」というキーワードは、コミュニケーションの場がネット空間へと移行し続ける現代において、益々その意味合いを強めているように思われる。

ゲマインシャフトにおけるコミュニケーションとネット・コミュニケーションとを比較すると、先に述べた昔の「路地」においては、子供たちは決められた時間や場所という不可避な制約の中で、意見の違いや喧嘩と和解といった過程の繰り返しにより、相互承認を行っていった。このように時間や場所、個人情報といったもの共有し、コミュニケーションが不可避になり、継続的な「雨降って地固まる」的なプロセスを経ることにより、コミュニティは強固になっていった。これは小規模で堅い絆で結ばれたコミュニティである。

しかし、多くのネット・コミュニケーションにおいては、時間や場所、個人情報といったものは共有されていない場合が多い。「路地」におけるようなコミュニケーションは煩わしさを伴うのも確かであるが、その一方でネット・コミュニケーションは、人間をその煩わしさから相当なレベルで解放している。そこでは身元を明かす必要もないし、誰かの発言や問いかけに対し答える必要もなく、後腐れなく人との関係を絶つこともできる。そのような「弱い紐帯」のコミュニケーション形態が人類を魅了し、今やネット・コミュニケーションはコミュニケーションの主流となったと考えられる。

均衡点としてのネット・コミュニケーションの現状

さて、ネット・コミュニケーションは、技術的な制約により、コミュニケーションを不完全なものにしているように捉えられがちであるが、実はそうではない。例えばテレビ会議システムのような技術(監視的な技術)を用いれば、映像や音声を共時的に共有することは可能であり、コミュニケーションを有機的なものにすることは可能である(監視社会に関する議論は、むしろその「加減の無さ」が問題になる)。IT技術は、対面でないコミュニケーションを現実に近づけ有機化する力と、コミュニケーションに組込まれている要素をパーツ化し、切り出したり組み合わせたりする力の両方を具しており、後者の力により、その煩わしさから人間を解放してきたのがこれまでのネット・コミュニケーションであると言える。対面のコミュニケーションに比較的近いミクシィなどのSNSにおいては、コミュニケーションの快適性と煩雑性の均衡点に位置すべく、要素が巧みに組み合わされていることが、多くのユーザーを獲得していることの要因と考えるべきである。

人類がコミュニケーションの要素をパーツ化し、それらを自由に切り取り、組み合わせる手段を手に入れた現在、それがコミュニケーションから煩わしさを除去し、快適さを提供している以上、コミュニケーション全般が有機化の方向へ向かうことは無いだろう。社会の無縁化は、概ね監視という補完的な手段と、煩わしさを排除した「弱い紐帯」の下でのコミュニケーションを残して進行を続ける。

おわりに

このようにネット・コミュニケーションの進展により、人間間の関わりは有機性を失うだろう。しかしこのネット・コミュニケーションの進展を悲観的に捉えるだけでなく、それにより「弱い紐帯の強さ」を増強し、社会基盤の脆弱化を食い止める上で有効活用していくことをも考えていくべきではないだろうか。

勿論ネット・コミュニケーションの活用が即ち社会基盤の強化に繋がるとは限らない。ネット・コミュニケーションにおけるコミュニティは、いわば「蛸壷型」となり、自分が興味を持つ話題以外の情報をシャットアウトしてしまう傾向に陥りがちである。社会基盤を強化する上では、社会において共通の情報基盤を構築することが重要である。

本来、社会における情報基盤は、多くの情報を皆が持ち寄り、それに対する評価を行うことで成り立つものであり、ゲマインシャフトにおける情報基盤もそのようにして成立していた。その後マス・コミュニケーションが大きな既得権力を持つこととなり、情報に対する決して公正とは言えない評価の下、社会における情報基盤は作られていくこととなった。

ネット・コミュニケーションにおいては、複数の蛸壷型のコミュニケーションから情報や評価を収集する(収集する情報量およびそれに対する評価は膨大かつ多様である)ことで、社会における共通の情報基盤を構築することが可能であると考えられる。何を以って正しい情報、正しい評価とするかについては議論の余地が多分にあるものの、例えば2ちゃんねる等のネット掲示板には、明らかにマス・コミュニケーションではシャットアウトされるような情報がアップされ、評価がなされている。このような類の情報および評価は、インターネット上に異なるフォーマットで散在するが、これらを集約、選別、体系化することにより、多様な束縛から解放された状態で情報体系を作ることが、技術的に考えられ得る。

このように、ネット・コミュニケーションは、長きに渡るマス・コミュニケーションの弊害を打破するポテンシャルを有している。自然言語処理等の技術を駆使した社会的情報基盤の構築は、今後特に注目すべきテーマの1つではないだろうか。

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富士通総研には産業系シンクタンクとしての長年に渡る調査・研究・分析の実績があります。さらに、コンサルティング・サービスを通して培ったノウハウで「お客さまの現場で役立つリサーチ・サービス」を実現してきました。


遠藤亘

遠藤 亘(えんどう わたる)
(株)富士通総研 ビジネスサイエンス事業部 シニアコンサルタント
【略歴】1995年 東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、住友電気工業株式会社を経て、 2001年 (株)富士通総研入社。
環境やコミュニケーション等、様々な分野への数理的アプローチに携わる。