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生物多様性COP10の読み方と成長戦略への組み込み

2010年10月15日(金曜日)

10月11日から生物多様性条約に関する国際会議が名古屋で始まっている。遺伝子組み換え生物の扱いに関する会合(カルタヘナ議定書第5回締約国会議)を皮切りに、18日から29日までの間、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の本会合が開催される。COP10に向けて、国内では様々な関連イベントが開催され、マスコミ等でも「生物多様性」に関する話題が取り上げられる機会が増えてきた。COP10の国内開催は、企業の関心も急速に高めている。2009年3月に日本経団連が「生物多様性宣言」を発表したが、この宣言への賛同企業数が2010年2月末に46社であったのに対して、10月5日現在では346社(グループ参加12社を含む)にまで急増している。

そもそも生物多様性とは、様々なタイプの自然があること(生態系の多様性)、様々な種類の生物が生息・生育していること(種の多様性)、同じ生物種内に遺伝子による違いがあること(遺伝子の多様性)の3つのレベルの多様性があるとされている。我々の社会経済活動のほとんどは、生物多様性が生み出す自然の恵みを受けていると言ってよい。人類の生存基盤ともいえる生物多様性が急速に失われていることが問題の本質であり、それだけに迅速な対応が求められているのである。

1993年に発効した生物多様性条約は、(1)生物多様性の保全、(2)生物資源の持続的な利用、(3)利用から生じる利益の公平な配分、を目的としている。生物多様性というと、自然保護運動など「保全」の面がイメージされやすいが、生物資源などの「利用」や「利益配分」を含めて、各国首脳が交渉を行う場がCOPである。それだけに、議長国である日本は各国の利害の調整能力が問われているのである。

以下では、COP10の論点とCOP10後の国際的潮流を確認しながら、生物多様性問題への対応を我が国の持続的な成長につなげていくための方策について述べてみたい。

資源開発と利益分配を巡る利害対立

COP10では、希少生物の保護や生態系保全という問題以上に、資源の開発・利用を巡る国家間の争いや、先進国から途上国への利益分配・資金移転を巡る問題に、主要国の関心が向けられている。日本政府は、COP10の目玉として、里地里山の管理・利用を国際的に普及させる「SATOYAMAイニシアチブ」を提唱しているが、どうしても関心は相対的に低くならざるをえない。各国の利害が対立している主要論点は、(1)ポスト2010年目標(名古屋ターゲット)の採択と、(2)「遺伝資源へのアクセスと利益配分(ABS)」に関する国際的枠組み(名古屋議定書)の策定である。これまでの事前交渉では、十分な合意形成に至らなかったため、COP10でどのような結論が得られるかは不透明だ。

COP10は、2002年のCOP6で設定された「2010年までに生物多様性の損失速度を顕著に減少させる」という目標の達成状況を確認する場でもあったが、すでに、5月に「2010年目標」が未達成となるという国連報告があった。これを受けて、名古屋ターゲットでは、中長期(2050年)目標と短期(2020年)目標に加えて、20の個別目標が設定される予定である。早期に生物多様性損失に歯止めをかけたい先進国と、厳しい目標が経済成長の制約要因となることを懸念する途上国とが対立する図式になっている。例えば、2020年目標については、欧州や日本は「2020年までに生物多様性の損失を止める」ことを提案したが、途上国側は、「損失ゼロ」の数値目標を求めるのであれば資金援助を100倍にすべきとしている。保護区域の拡大も、資源開発の制約となることから、途上国側は消極的である。特に、海洋資源開発を積極的に展開している中国は神経質で、先進国が15%の海域保護区設定を主張するのに対して、6%程度の拡大にとどめるべきとしている。最終的には、先進国が途上国に資金援助や技術支援等をどれだけ提示できるかが、名古屋ターゲットの成否を左右することになりそうだ。

名古屋議定書は、これまで拘束力がなかったABSに法的拘束力をどのように課すかが論点となっている。ABSとは、企業が、他国の動植物や微生物などの遺伝資源(生物から抽出された化合物を含む)を利用し、医薬品などを開発して得た利益の一部を資源提供国に分配するルールである。ABSの拘束力強化は資源調達コストの上昇につながる。一般的に、途上国の遺伝資源を先進国企業が持ち出して利用するケースが多いため、遺伝資源の派生物や条約発効以前の資源利用を含めるなど対象範囲を拡大したい途上国(資源提供国)と、少しでも範囲を限定して負担を抑制したい先進国(資源利用国)との間で利害が対立している。派生物の扱いについては利用者と提供者双方の合意に委ねるという提案もあるが、国内法整備や利用監視などの争点もあり、最終決着できるかどうかは予断を許さない。

このように生物多様性問題は、各国の資源戦略と密接に関係しており、COP10では、利益分配と費用負担を巡って激しい政治的駆け引きが行われる。途上国の自然破壊の背景には、旧植民地国と旧宗主国間の資源収奪を巡る歴史もあり、根が深い。名古屋ターゲットと名古屋議定書の個別合意を認めずに、両者をパッケージとして合意すべきという意見も出ている。何も決まらずに2年後のCOP11に先送りとなる最悪のシナリオもあり得る。

「生物多様性」は一時的なブームではない

COP10の結果にかかわらず、生物多様性保全の取り組みが強化される方向にあることは間違いないだろう。「国際生物多様性年」は今年限りだが、日本政府は、2011年から2020年までを「生物多様性の10年」と位置付けることを提案しており、COP10の議論を経て、12月の国連総会で決議される見込みである。詳細設計はともかく、途上国の生物多様性保全のために先進国が投入する資金の規模も拡大する方向にある。日本政府は、今後5年間、毎年10億円を生物多様性の基金として拠出する予定である。気候変動問題と比べて遅れていた生物多様性に関する科学情報と政策立案の結び付けについても、IPBES(生物多様性と生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)の設立準備が進んでいる。生物多様性への関心を一時的なブームとして捉えると、とんでもないことになる。

生物多様性の要請の強化は、企業活動にも大きな影響を及ぼす。企業にとっては、対策コストや資源調達コストの上昇は経営のリスク要因であり、製品・サービス価格に反映される可能性もある。COP10では、民間資金を活用した先進国から途上国への新たな資金供給メカニズムの提案も予定されており、将来的に企業負担がますます増える可能性もある。一方で、生物多様性保全に対応したビジネス機会の拡大も期待される。国連環境計画が事務局を行うTEEB(生態系と生物多様性の経済学)プロジェクトが今年7月に発表したレポートによれば、2008年実績で約650億ドルの市場規模が、2020年には4倍以上の約2,800億ドルまで増加すると見込まれている。

世界193カ国・地域が生物多様性条約を批准する中、米国は同条約を批准していない数少ない国の1つである。ABSに伴う負担増や遺伝子組換え作物規制を避けるのが国益にかなうという考えであり、COP10もオブザーバー参加にとどまる。かといって、米国が生物多様性問題に無関心なわけではない。米国では、1970年代の湿地法以来、開発事業者に対して厳しい生態系損失補償義務を課している。環境NPOや住民運動による絶滅危惧種保全等の要求も活発である。生態系損失の定量評価が進み、市場メカニズムを用いた生物多様性オフセット事業が最も普及しているのも米国である。ミティゲーションバンクと呼ばれる第三者による保全地域の仲介事業だけで、年間20億ドル規模の市場となっている。2008年12月に米国農務省が新設した環境市場局では、土地利用に伴うCO2、水質、生物多様性等の対策に市場メカニズムを機能させるために、環境価値の定量化や登録、検証手法の開発に着手している。条約未批准の米国の動向は、生物多様性問題の重要性とビジネスへの組み込みが進展していることを物語っている。

生物多様性視点の成長戦略の検討を

生物資源の利用だけでなく、エネルギー・鉱物等の開発に伴う自然破壊も考慮すれば、ほとんどの資源の開発・利用行為が、生物多様性の問題と関わってくる。国土が南北に長く周囲を海で囲まれた日本は、世界でも有数の豊かな生物多様性を持つ国とされているが、その生物多様性を保持するだけでも相応の努力が必要となる。また、食料や木材などの生物資源や鉱物資源の多くを海外に依存している日本の立場からすれば、生物多様性保全への国際的な貢献は、長期的な資源確保という観点からも不可欠であろう。生物多様性保全の推進が、単に国民の負担増をもたらすだけではなく、自国の国際競争力強化を伴う持続的な成長につながるための方策を、真剣に考えなければならないのではないか。

「グリーン・ニューディール」あるいは「グリーン・エコノミー」と呼ばれるように、環境政策を成長戦略の主軸に据える動きが世界的に活発となっている。日本でも、6月に政府が発表した「新成長戦略」において、環境分野で、2020年に50兆円の新規市場と140万人の新規雇用の創出が目指されている。しかし、この新規市場創出の9割を担うのは地球温暖化対策とされており、生物多様性に関する具体的な言及はほとんど見られない。一方、今年3月に策定された「生物多様性国家戦略2010」においても、生物多様性への取り組みを市場や雇用の創出と明確に結び付ける意識は希薄であった。

生物多様性の損失が人類の生存基盤を脅かすほどの重要課題であり、国際的に生物多様性に関する政策提案やビジネス開発が進行していることを考慮すれば、生物多様性保全の視点を我が国の成長戦略に組み込むことを検討すべきではないだろうか。環境省は2009年8月に「生物多様性民間参画ガイドライン」を作成し、生物多様性に配慮した企業活動のあり方を詳細に示しているが、企業の自主的取り組みに任せるもので、具体的なインセンティブが欠けている。まずは、生物多様性の視点から日本企業の育成・強化を図るためのインセンティブ設計が求められよう。今後、国際的な生物多様性関連のビジネスニーズが拡大し、さらには、途上国での生物多様性保全を目的とした資金供給メカニズムが整備されることを考えると、日本は資金の供給側になるだけでなく、海外でのビジネス機会の獲得につなげていく必要がある。その意味でも、生物多様性保全に貢献できる日本企業の競争力強化策が重要である。

生物多様性配慮企業の育成・強化と海外展開の支援を

以下、生物多様性の視点から日本企業の国際競争力向上を図るための産業政策について考えてみたい。具体的には、企業の育成・強化策と、海外でのビジネス機会獲得の支援策について、考え方を示してみよう。生物多様性の視点から企業の育成・強化を図るためには、生物多様性に配慮した事業活動を行う企業に対する優遇策と、生物多様性に配慮した製品・サービスの優遇策の双方を考えるべきである。

企業活動を対象とした施策としては、例えば、生物多様性に関する活動内容の有価証券報告書等への記載を要請する報告制度が考えられる。生物多様性に関するリスクの所在と対策を明記していない企業は、株主・投資家から評価が得られない。また、生物多様性の取り組みの情報開示を公共調達の参加要件にすることも考えられよう。さらには、一定要件を満たす取り組みを行っている企業に対する税制上の優遇措置も検討できるかもしれない。既に、高度な環境対策を行う建築物について容積率緩和措置があるが、この要件に、生物多様性の取り組みを明記することもできよう。そして、市場メカニズムを用いて事業活動の選択肢を広げるという観点から、国内で導入実績が乏しい生物多様性オフセットに関する国内ルールの整備を行うことも検討課題ではないだろうか。

製品・サービスの優遇策としては、まず、グリーン調達要件に製品・サービスの生物多様性への配慮度を加味することが考えられる。生物多様性に配慮するための素材や生産方法の変更に伴うコスト増を抑制するための助成制度も検討できよう。

これらの施策の前提として、評価指標やラベリング制度等の整備は必須である。CO2換算で表記される地球温暖化対策と異なり、単一指標での生物多様性の評価は困難である。健康診断や食品栄養成分表示のように複数の指標を併記する方式が現実的と思われるが、利用者のわかりやすさとのバランスを考慮した表示形式の詳細検討が必要である。

海外でのビジネス機会の獲得という視点で見た場合、日本企業にとってビジネスポテンシャルのある分野は、例えば、生物多様性に配慮した食糧生産技術や森林管理、緑化、自然修復技術のほか、モニタリング・情報収集管理等が挙げられる。途上国向けのビジネス展開を支援する方策としては、例えば、日本企業のビジネスメニュー情報発信やマッチングサービスが考えられる。また、昨今、関心を集めている新興国等の「環境都市」でのビジネスプロモーションにおいても、従来の「低炭素」や「資源循環」に関するビジネスだけでなく、生物多様性視点を付加してサービス提供の幅を広げることも考えるべきではないだろうか。さらに、国際交渉の場においては、COP11に向けて具体的な検討が進むと思われる民間の資金供給メカニズム等の制度設計において、生物多様性に配慮したビジネス貢献分の評価を組み込むための働きかけも検討できよう。

2012年にインドで開催予定のCOP11までは、日本は議長国の立場にある。COP10ですべての議論が収束する保証はなく、引き続き今後2年間は日本が国際交渉の調整役を担う公算は高い。一方で、生物多様性問題への対応が国家間の利害調整を超えた人類の本質的な課題であることを考慮すれば、日本は、国民全体に生物多様性問題への理解の浸透を図り、生物多様性の保全と経済成長の調和のあり方を示していくことが望まれる。COP10を契機として、産業界、NPO、コミュニティレベルなど、様々な主体による試行錯誤を行いながら、持続的な社会構築に向けた先行事例を積み上げることで、新たな日本の競争力の源泉とすることを期待したい。

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富士通総研には産業系シンクタンクとしての長年に渡る調査・研究・分析の実績があります。さらに、コンサルティング・サービスを通して培ったノウハウで「お客さまの現場で役立つリサーチ・サービス」を実現してきました。


生田上席主任研究員

生田 孝史(いくた たかふみ)
(株)富士通総研 経済研究所 主任研究員
1990年 東北大学大学院修士課程修了、(株)長銀総合研究所入社、
1998年 米国デラウェア大学大学院修士過程修了、(株)富士通総研入社
専門領域:エネルギー・環境政策 、環境・CSR関連経営戦略、環境ビジネス・関連市場動向、環境シナリオ・ビジョン、グリーンIT