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菅新内閣の展望:国家戦略室を活用できるか?

2010年6月11日(金曜日)

6月2日に鳩山前総理が辞意を表明し、6月7日に菅内閣が成立した。2009年9月の歴史的な政権交代から8ヶ月少々という短期間に、それに対する高い支持は失われた。その原因は、鳩山総理自らが記者会見で総括して見せたように、普天間基地移設という政策の失敗と、昔ながらの「政治とカネ」という2つの問題にあった。7月の参議院選挙を直前に控えて誕生した菅内閣は、取りあえず国民からの支持を集めているようだが、今後も安定的に政権を維持できるのだろうか?それには様々な論点があるが、ここでは国家戦略室を効果的に活用できるかという点について、論じてみたい。

1.鳩山内閣の政策の失敗

鳩山内閣の2つの問題のうち、「政治とカネ」については取りあえずけじめがつけられた。この問題の張本人であるツートップが併せて退場した上に、菅総理の「小沢氏はしばらく静かに」発言は、民主党批判の急先鋒であったマスメディアに高く評価されたようである。その結果、菅総理への国民の期待は予想以上に高く、民主党の支持率もV字回復した。それが民主党内での総理の求心力の回復にも繋がっている。やはり選挙での勝利は、政治家にとっての最大の誘因なのである。

もう一方の普天間問題は、何ら解決していない。菅総理は、5月のアメリカ政府との共同声明を基に対処することを明言したが、それは即ち沖縄県など地元自治体との対立が続くことを意味する。とはいえ、残念ながら短期的にはそれ以外の打開策は見当たらない。地元に対する慎重な配慮を要するものの、再び「最低でも県外」などと言い出さない限り、菅内閣を揺るがすような問題にはならないだろう。それよりもこの件が象徴するのは、総理が指導力を発揮して国政の方向性を打ち出し、内閣として政策を総合調整するという、「官邸主導」の政策形成ができていないという問題である。

普天間問題以外にも、鳩山内閣では政策の失敗が多々見られた。金融担当大臣の独断によって中小企業金融円滑化法が制定されたり、郵便貯金の限度額について関係閣僚が対立する意見を公然と表明したり、高速道路の料金制度問題が迷走したり、ガソリン税の暫定税率が民主党幹事長の「天の声」によって裁定されたり、とても「内閣の下の政策決定に一元化」とは言えないような、政策の失敗が相次いだ。この背景には、総理の構想力や指導力が欠如していたこと、それを支える官邸や内閣官房が機能しなかったこと、そもそも民主党のマニフェストが各論の寄せ集めであり統合力や整合性を欠いていたこと、などが挙げられる。

だとすれば、菅内閣にはこれらの問題を解決し、内閣による統合的な政策形成において成果を出すことが求められている。その鍵となるのが、内閣官房国家戦略室である。

2.菅総理と国家戦略室

国家戦略室は、2009年の政権交代に伴って内閣官房に新設された、総理直属の補佐機構である。その設置規則第1条によれば、「内閣の重要政策に関する基本的な方針等のうち内閣総理大臣から特に命ぜられたものに関する企画及び立案並びに総合調整を行う」となっている。衆議院選挙のマニフェストにも(国家戦略局として)明記され、鳩山内閣発足直後の9月18日に設置された点を見ても、旗印である「政治家主導」を実現するための鍵となる戦略部署だったことが窺える。そして、国家戦略室の設置を主導したのが、当時の菅副総理だった。

菅氏はかねてより、「官僚内閣制から国会内閣制へ」(*1)の改革を標榜し、政治家から成る内閣の機能強化の必要性を訴えてきた。2009年6月には、「政権運営調査」のためにわざわざイギリスに赴き、内閣が指導力を発揮できる組織のあり方を学んできた。だからこそ、鳩山内閣発足当初に副総理兼国家戦略担当として国家戦略室の設置に尽力し、その室長に、共にイギリスへ出張した古川元久内閣府副大臣を任命した。更に、イギリスの例を見習ってその室員の人事には政治任用を重視し、懇意にしていた富士通総研の研究者を口説き落とし、またイギリス財務省に出向経験のある財務官僚を一本釣りしたことは有名である。国家戦略室は、鳩山総理というより菅副総理のブレーンとして設置されたのである。

しかしながら、これまでのところ国家戦略室の活動はあまり評価されていない。まず菅副総理らが政治任用に拘ったため、室員を集めるのに時間がかかり、30人規模になったのは2009年末であった。そこでようやく取り掛かった成長戦略の「基本方針」は、わずか2週間の急ごしらえの結果、各省庁の既存施策を寄せ集め、関連性の薄い「6つの戦略分野」別にまとめ直した内容になってしまった。その後も、「番号制度」の検討を始めるなどしているものの、自民党時代の審議会方式を否定し、政務三役を中心とした内部的な議論が多いためか、目新しい方針、即ち「戦略」は打ち出されず、その存在感は極めて薄い。最近では、成長戦略の「基本方針」を具現化する「工程表」の策定を進めているが、各省庁の原案を基にした個別施策の折衝が中心となっており、国家戦略室が国家戦略をトップダウンで策定しているようには見受けられない。それは、鳩山内閣のもう一方の柱とされていた内閣府の行政刷新会議が、事業仕分けによって高い注目を集めていることと対照的である。

3.国家戦略室の問題点

何故、国家戦略室の存在感は薄いのか?

第1に、総理にこれを活用する意思が低かったからである。総理直属の補佐機構は、省庁の原局・原課のように具体的な任務が経常的に割り当てられた組織ではないだけに、これを活用しようとする総理の意思が決定的に重要である。しかし鳩山総理から、国家戦略室や個別政策への強い拘りが聞かれることは、遂に無かった。鳩山総理には、温室効果ガス25%削減や普天間基地の県外移設など、こうなって欲しいという想いはあるようだが、それを具現化する政策構想や実行力に欠けていたように思われる。それは、小泉元総理が単に「官から民へ」とワンフレーズで述べたのみならず、道路公団民営化や郵政事業民営化といった、それまでの常識からすれば実現が困難だった政策に、抵抗を恐れずに挑んでいった姿勢と対照的である。そして小泉総理は、そのために内閣官房や内閣府といった内閣の補佐機構を巧みに活用した。【図1】(*2)

【図1】内閣の補佐機構
内閣の補佐機構

第2に、総理に期待できないとして、国家戦略担当大臣が、そもそも「国家戦略」の意味を十分に理解できていたのか疑問である。戦略とは軍事用語に由来し、敵に勝つための方針である。その基本は資源の選択と集中であり、明確な目標を踏まえて既に強い点を更に強化するか、弱い点を抜本的に改革するかのいずれかが求められる。菅氏には、国家戦略室を活用しようという意思はあったのかもしれないが、その前提となる国家の方向性やそれを実現するための政策構想があったのか疑わしい。特に「第三の道」などの思想に固執するあまり、少なくとも2009年末まではマクロ経済政策の発想に乏しかった。だから経済界やマスメディアから批判を浴び(*3)、急遽成長戦略を策定することになった。しかし、経済成長を実現する統合的な理念や拘りのある重点分野があったわけではなく、戦略を作ること自体が目的化してしまった。

第3に、これとも関連する問題として、「国家戦略室」という恒常的な部署が必要なのか、筆者は懐疑的である。そもそも国家戦略とは、総理を中心とした内閣がこの国をどのようにしたいか目指すべき全体像があり、それを実現するための政策が具現化され、省庁に執行を迫るべきものであろう。敢えて「国家戦略」などと言わなくても、国家政府の経営者(=総理と国務大臣)が閣議や閣僚委員会で議論する最重要政策が国家の戦略であることは言うまでもない。しかし、国家戦略室という組織を常置した時点で、室員には国家戦略の策定が自己目的化してしまう。国家戦略室は、特定の分野に特化した専門家の集まりではないため、各省庁から成長戦略のタマを出してもらい、それを体裁よく並べ替え、後付けでもっともらしい見出しを付けるといった作業に終始してしまう。その結果できた「戦略」には、統合的な理念が存在せず、従って矛盾するような施策も併記され、戦略と呼べるような代物でなくなってしまう。

これまでにも意思のある総理は、内閣官房などを必要に応じて効果的に活用し、政策形成を図ってきた。例えばIT革命が喫緊の課題となればIT戦略本部を設置し、知的財産戦略が重要と認識されれば知財本部を設置し、それら会議体の事務局が内閣官房の副長官補室に置かれてきた。各事務局には曲がりなりにもその分野の専門家が集められ、組織目標も明確であった。このように内閣官房とは、その時々の内閣の意向に応じて機動的に対応すべき組織だったはずである(*4)。鳩山内閣になり、内閣官房に国家戦略室が鳴り物入りで設置された一方で、普天間問題に見られるように、各大臣がマスメディアの前での勝手な発言に終始し、政策の総合調整機能の全般的な低下が指摘されてきた。それは、政策全般を担当するはずの副長官補室が十分な役割を果たしていないからに他ならない(*5)。だからこそ就任会見において菅総理は、「官房長官を軸にした一体性」を強調したのである。

一部に、国家戦略室は当初すぐに法定するつもりだったが、それが出来ていないことを原因視する意見がある。筆者も法定することには賛成だが、これが出来ていないことが大きな原因とは思わない。例えば、前述の行政刷新会議はやはり法定されておらず(閣議決定)、ましてや事業仕分けには明示的な法的根拠がない。小泉内閣の司令塔となった経済財政諮問会議は法定されていたが、民間議員が事前に改革案を練る「四人会」の開催や「民間議員ペーパー」の提出といった手法は、竹中大臣らが独自に編み出した手法だった(*6)。法制度的裏づけがなくても、適切な人材を配置し、目的と手段が明確であれば、改革を主導することは可能なのである。

4.統合的な成長戦略の策定を

スタートラインに立った菅総理にとって、国家戦略室という部署はこれまでにない重要性を帯びることになるだろう。それは、そもそもこの部署が菅氏の拘りから生まれたからに他ならない。1月に国家戦略担当を外れたが、これで名実共に総理自らが直属の補佐機構を活用できる環境が整った。更に、新しい国家戦略担当大臣には、これまで総理補佐官として成長戦略の策定に深く携わってきた、菅総理の懐刀でもある荒井氏が就任することになった。そして官邸の要である内閣官房長官には、これまでの経緯を十分に理解する仙谷前国家戦略担当大臣を据えた。このような布陣を組んだ菅総理は、必ずや国家戦略室を戦略部署として活用しようとするに違いない。だとすれば、前節で指摘した第1の問題は解決されたことになる。

第3の問題を根本的に解決するには、内閣官房の組織を大きく変える必要がある。筆者は、内閣官房に国家戦略室という目的が拡散しがちな部署を置くことに、必ずしも賛成していない。寧ろ、既存の副長官補室に政策の総合調整をしっかりとやらせ、別途総理が思い入れのある具体的な重点分野を選抜し、専任の担当部署をアドホックに設けて成長戦略を重点的に講じるのが効果的と考える。とはいえ、これでは小泉内閣時代の手法と同じであるため、鳩山内閣は政権交代の目玉として国家戦略室を新設したのであり、この補佐機構に思い入れのある菅総理はこれを維持・発展させるだろう(*7)

だとすれば、第3の問題は取りあえず置いておき、第2の問題の解決、即ち、内閣が取り組む成長戦略の意味を総理が十分に理解し、この分野において目に見える成果を上げることが重要である。6月5日の日本経済新聞でも指摘されているように、経済界からの新内閣への期待は政府の成長戦略に集まっている。一般の国民からも、景気を立て直して欲しいという要望は強い。8ヶ月にわたって財務大臣などを務めた菅氏は、政府が経済成長の道筋を示し、ばら撒きの財政出動だけではなく規制改革なども効果的に使い、企業の行動を誘導する必要があることは、十分に認識しているはずだ。昨今の最悪の財政状況を改善するためにも、税収の確保は至上命題であり、消費税増税を抑制したいのであれば、経済活動を活発化させる政策が不可欠なのである。

そのためには、国家戦略室を成長戦略の何でも屋にするのではなく、1つか2つの重点分野に限定し、室員の人選も含めて政策実現に特化させるべきである。例えば、「アジアFTA戦略」と銘打って、アジア諸国とのFTAを強力に推進すると共に、その最大の障壁である農業の構造改革を断行する。そのために必要な農家の大規模化を進めるために、戸別所得補償を集中的に実施するのなら賛成できる。あるいは、「スマートグリッド戦略」を大々的に掲げ、ただ地球温暖化対策のために太陽光発電を普及させるだけでなく、スマートメーターと電気自動車を繋ぐネットワークの仕様を確立し、その上に展開される様々なサービスの開発を一体的に推進する、そのために大胆な規制改革を進めることも重要であろう。

既に似たような政策は各省庁で断片的に進められているが、所管する業界の利害調整に手間取り、あるいは他省庁との縄張り争いを繰り広げて、遅々として進んでいない場合が少なくない。そのような横断的な政策こそ、内閣がわざわざ重点分野として取り組むことを宣言し、縦割りの弊害を排して迅速化させると共に、既得権に触れるような改革を主導する意義がある。戦略の本質は選択と集中であり、6つも戦略分野があるのは語彙矛盾である。省庁に任せていてはできない政策の優先付けを大胆に行うところに、 内閣に求められる指導性が存在するはずだ。

その際には、「政治家主導」も良いが、民間の有識者の知恵を徹底的に活用することを強く勧めたい。経済成長の主役はやはり民間企業であり、その起爆剤は技術革新による生産性の向上や全く新しい産業の確立である。ただ医療分野や介護分野に財政出動するだけでは、増税による虎の子の資源が非効率に使われてしまう。筆者も、既存の大企業ばかり温存されるような政策には異論がある。世界に通用する技術を有する新しい日本企業が次々と誕生し、イノベーションの主役になるべきである。そのような政策を練るためには、ビジネス界の現場や最先端の技術を理解しない政治家や官僚がいくら会議を開催しても限界がある。その分野に精通した企業人や技術者、研究者を固定メンバーにした会議を集中的に開催し、政治家が指導力を発揮しつつ統合的な戦略を策定する。それが、菅総理が成長戦略を主導するあり方であり、その裏方として国家戦略室の活躍を期待したい。

注釈

(*1) 菅直人『大臣』を参照のこと。

(*2) 例えば郵政民営化法案は、まず内閣府の経済財政諮問会議で方針の議論をさせ、次に内閣官房の副長官補室に郵政民営化準備室を設けて立案させるなど、徹底的に所管の総務省をバイパスした。

(*3) 例えば、2009年10月21日の日本経済新聞社説「経済財政の司令塔はどこに」。

(*4) 橋本内閣において内閣機能強化を議論した行政改革会議の「最終報告」では、「内閣官房は、内閣総理大臣との直接の信頼関係の下で機動的に運営されるものであり、その組織は基本的に弾力的なものとする必要がある。また、時々の課題に応じ、内外の人材を随時糾合して編成できるようにすべきである。」と提言されている。

(*5) 実際、国家戦略室とは対照的に副長官補室は閑古鳥が鳴くようになったと言われており、2010年1月には2名の副長官補が更迭された。

(*6) 竹中平蔵『構造改革の真実』を参照のこと。

(*7) 国家戦略室を局として法定する政治主導確立法案は、今国会で審議が進まず、先送りとなった。

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高橋 洋(たかはし ひろし)
【略歴】1993年 東京大学法学部卒、ソニー(株)入社、1999年 タフツ大学フレッチャー大学院修了、2000年 内閣官房IT担当室主幹、2007年 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、東京大学先端科学技術研究センター特任助教、2009年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、成城大学非常勤講師、(株)富士通総研経済研究所主任研究員
【著書】『イノベーションと政治学 情報通信革命〈日本の遅れ〉の政治過程』勁草書房 2009年