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歴史から見たギリシャと日本の財政赤字問題

2010年5月27日(木曜日)

8つの歴史的事例

かつて筆者は、国家が巨額な財政赤字を抱えたケースで、最終的にそれがどのような形で解消されたかについて、歴史的事例に基づいて分析を行った(「政府債務累増の帰結―歴史的考察」2003年4月)。今から7年前に発表した論文であるが、最近の世界的なソブリンリスクの高まりに伴い、この論文に関して問い合わせを受けることが多くなった。そこで、この論文のエッセンスを紹介した上、現在のギリシャと日本の財政赤字問題の位置づけについて考えてみることにする。

論文では、政府債務残高のGDP比(以下、政府債務比率)が上昇した事例として、アメリカ(第一次大戦後、第二次大戦後、80年代後半)、イギリス(ナポレオン戦争後)、ドイツ(第一次大戦後)、イタリア(90年代初め)、スウェーデン(90年代初め)、日本(第二次大戦後)の合計8つのケースを取り上げている。

【図表1】8つのケースの比較(1)

政府債務累増の主な要因 政府債務比率
ナポレオン戦争後のイギリス 戦費調達 210
第一次大戦後のアメリカ 戦費調達 30
第一次大戦後のドイツ 戦争賠償金 -
第二次大戦後のアメリカ 戦費調達 110
第二次大戦後の日本 戦費調達 189
80年代後半のアメリカ レーガノミックス+軍事費増強 76
90年代初めのイタリア 大きな政府 124
90年代初めのスウェーデン 大きな政府 78

通貨制度と財政規律

これら8つのケースでは、まず基本的に、通貨システムが金本位制度か管理通貨制度かという違いがある。この仕組みの違いにより、財政規律の働き方が異なってくる。

一般に、金本位制度の下では、固定相場を維持するため、国内の物価上昇をできるだけ抑制するという観点から、財政が緊縮的に運営される傾向が強い。また、通貨供給量は、金準備という上限があるため、中央銀行はそれを超えて通貨を発行することはできない。この帰結として、国債発行を中央銀行が引き受けるような形で、財政支出を中央銀行がファイナンスするようなことも不可能である。

これに対し、管理通貨制度の下では、通貨発行量は中央銀行の裁量に依存するため、一般に、金本位制度に比べ通貨が膨張しやすい性質を持つ。また、場合によっては、財政支出を中央銀行がファイナンスするというようなことも可能である。こうした2つの制度の違いは、政府債務の累増過程とそれが解消される過程に大きな影響を及ぼす。

しかし、金本位制度が採用されていた時代でも、常に厳格にそれが維持されていたわけではない。戦時中など戦費の拡大が避けられない特異な状況では、一時的にそれから離脱する場合が少なくなかった。また管理通貨制度の下でも、固定相場制を採用するか変動相場制を採用するかによって、財政規律を維持しなければならないというプレッシャーのかかり方には違いがある。一般に、固定相場を維持しようとする場合には、財政規律を維持しようとするインセンティブが働くが、変動相場の場合にはそうしたインセンティブが働きにくい。

このように考えれば、金本位制度と管理通貨制度は、仕組みそのものとしては対極にあるものの、実際の運用においてはそれほど大きな差はなかったともみることができる。金本位制度の下でも最初に決めた固定相場が常に維持されていたというわけではなく、財政規律の維持が困難な場合は一時的に離脱することが往々にして行われた。そして、その際、元の為替レートに復帰できない場合は通貨切り下げが行われた。両者の違いは、通貨の信用の源泉が、究極的に金にあるか中央銀行にあるかという違いである。

通貨の信認を維持できたか否か

以上を念頭においた上で8つの事例をみると、政府債務の累増に歯止めをかける圧力として、金本位制度であるか管理通貨制度であるかを問わず、通貨価値の維持が困難になるという点が強く働いたケースが多いことがわかる。通貨価値の維持について重大な懸念が発生することが、政府債務の累増に歯止めをかける力になったということである。

ナポレオン戦争後のイギリス、第一次大戦後のアメリカは、戦時中の戦費拡大が財政赤字を累増させたが、戦争終結によって戦費が必要なくなったことが、財政収支を好転させるきっかけとなった。そしてその後、早期に財政規律を回復させようというインセンティブを与えたのは、金本位制度を強化あるいは金本位制度に復帰しなければならないという点であった。

90年代初めのイタリアとスウェーデンでは、通貨が暴落したことが国民の危機意識を高め、財政再建に向かう大きなきっかけを作った。とりわけ、イタリアのケースではEUの通貨統合を控え、通貨統合に参加するための財政面の条件を満たさなければ取り残されるという外圧が強く働いた。両国のケースでは、それ以上財政赤字が拡大すると通貨の信認が完全に失われてしまうというというギリギリのところで、市場の圧力が財政規律維持のプレッシャーとして働いたと考えることができる。

さらに80年代後半のアメリカでは、財政赤字と経常収支の赤字という双子の赤字が、ドルの信認を低下させ、やはり通貨価値を維持しなければならないという点が、財政規律を回復させなければならない圧力として強く働いた。

このように、これら6つのケースでは、通貨価値を維持しなければならないプレッシャーが、最終的に政府債務の累増に歯止めをかける力になったとみることができる。90年代初めのイタリアとスウェーデン、アメリカでは、結果として通貨調整が生じたが(イタリアとスウェーデンでは通貨暴落、アメリカではプラザ合意によるドル安誘導)、それ以上の通貨の決定的な信認低下は避けなければならないという強いプレッシャーが、財政改革を図る方向に転換させた。

これに対し、政府債務の累増に歯止めをかける際に、通貨価値の維持という面では、何らプレッシャーがかからなかったケースがある。第二次大戦後のアメリカのケースである。当時アメリカは基軸通貨としての地位を揺るぎないものとし、多額の経常黒字を持つ債権国でもあった。政府債務が累増しても、通貨価値には何の問題もなく、通貨価値維持のために政府債務を急いで解消させなければならないという事情は当時のアメリカにはなかった。当時のアメリカは、新規の国債発行には歯止めをかける一方で、中央銀行が国債価格支持政策を行うことで、政府債務を緩やかに削減した。国債価格支持政策は、結果としてアメリカ経済に緩やかなインフレ基調をもたらした。

最後に、通貨価値の維持という点からみると、通貨の信認が全く失われたことが、ハイパーインフレをもたらし、その結果として政府債務が帳消しになった例がある。第一次大戦後のドイツと第二次大戦後の日本である。ドイツの場合は、敗戦後の戦時賠償を通貨の発行によってまかなったことが、日本の場合は、戦費を含む政府支出の拡大を日銀の国債引き受けによってまかなったことが、中央銀行の信認低下をもたらし、ハイパーインフレをもたらす要因となった。

【図表2】8つのケースの比較(2)

政府債務累増が通貨の信認に与えた影響
ナポレオン戦争後のイギリス 戦時中に不換紙幣発行したが問題なし
第一次大戦後のアメリカ 戦時中に金本位制を停止したが早期に復帰
第一次大戦後のドイツ 通貨の決定的な信認低下(債務を中央銀行がファイナンス)
第二次大戦後のアメリカ 通貨信認に問題なし(ドルが基軸通貨としての地位を確立)
第二次大戦後の日本 通貨の決定的な信認低下(債務を中央銀行がファイナンス)
80年代のアメリカ ドル安への調整(プラザ合意)
90年代のイタリア リラ暴落
90年代のスウェーデン クローナ暴落

戦費調達か大きな政府か

8つのケースは、政府債務の累増要因が、戦費の調達によるものか、公共事業費や社会福祉費の膨張など大きな政府によるものか、によって分類することもできる。

ナポレオン戦争後のイギリス、第一次大戦後のアメリカ、第二次大戦後のアメリカ、第二次大戦後の日本については、政府債務累増の要因は戦費の調達によるものであった。これに対し、90年代初めのイタリア、90年代初めのスウェーデンについては、政府規模の拡大に伴う歳出膨張によるものであった。

80年代後半のアメリカの場合は、レーガン政権下で減税が経済を活性化させるというサプライサイド政策を採用し、またソ連に対抗して軍事費を膨張させたことが、政府債務を累増させる要因となった。その後、冷戦が終結して、軍事費を大幅に削減できるようになったことが財政再建を容易にする1つの要因になったことを考慮すると、80年代後半のアメリカのケースには前者の要素が含まれていると考えることができる。減税による小さな政府への志向が財政赤字の累増を招いたという点については、歳出の膨張が政府債務累増を招く後者の要素とは性格が異なっているが、財源を政府債務によってファイナンスしたという点では共通している。

前者の場合、すなわち財政赤字の累増が戦費や軍事費の調達によるものである場合には、戦争の終結自体が財政収支を好転させるきっかけとなる。したがって、こうしたケースでは財政再建のきっかけは非常につかみやすい。戦争が政府債務累増の要因であったとすれば、戦争が終結すること自体が、財政再建に踏み出す第一歩となるからである。

これに対し後者の場合には、それまでの長年の財政運営によって膨張した歳出に歯止めをかけることは難しい。政府の歳出によって利益を得ていた既得権益層が、歳出削減に反対する抵抗勢力となるからである。またそうした中で、政権与党に対抗する強力な野党が存在しないような場合では、政策転換を迫る内部からの圧力がほとんど働かないため、政治的にみても財政再建がより一層困難な状況となる。

こうした場合には、平時ではなかなか財政再建に踏み出すことはできない。結局のところ、こうしたケースで財政再建の大きな圧力となったのは、イタリアやスウェーデンの例にみるように、通貨の暴落や国債市場の暴落など市場の圧力や通貨統合などの外圧であった。これによって国民に危機感が共有され、それまでは困難だった財政改革に一気に踏み出すことができるようになる環境が整った。つまり、市場の圧力がそれまで不可能だった改革をビッグバン的に推進する大きな力になったというわけである。

これに対し、90年代初めのアメリカのケースは、むろんドルの信認低下という市場の圧力が改革のきっかけになった面もあるが、それとともに国内の政治状況が改革を進める圧力として働いたという違いがある。レーガン政権下で拡大した財政赤字は、レーガン時代に歯止めをかけることはできなかったが、その後のブッシュ政権、クリントン政権下で進められていった。

アメリカの場合には、政治経済学的にみて、国内の政治状況が結果としてみればうまく働いたため、市場の圧力など外圧頼みばかりではなく、内圧によって改革を漸進的に進めることができた稀なケースであった。二大政党制などの形で、国内で政権担当可能な政治勢力が複数存在している場合には、互いに牽制し合うことで政策運営に緊張感が発生するため、内部の圧力によって改革を進めることができるという事例である。これに対し、イタリア、スウェーデンは、市場の圧力によって一気に改革を進めるしか道がなかった。外圧によって漸く財政改革に向けた政治的なリーダーシップが発揮される状況が生まれたのである。

政府債務比率の低下要因

8つのケースは、政府債務比率の低下要因を、債務残高の減少要因(ネットの債務償還要因)、実質経済成長要因、物価上昇要因に分けてみたときに、どの要因が大きく働いたかによって分類することもできる。物価上昇要因によってほとんど説明できるのは、ハイパーインフレが生じた、第一次大戦後のドイツと第二次大戦後の日本である。

一方、第一次大戦後のアメリカについては、債務残高の減少要因、実質経済成長要因が同程度に寄与し、歳出削減、実質成長を主たる要因として政府債務比率が低下した。これに対して、第二次大戦後のアメリカは、実質成長要因と物価上昇要因が同程度に寄与して、政府債務比率が低下した。中央銀行による国債買い支え政策によって、結果として緩やかなインフレがもたらされたことが、政府債務比率の低下に一定の役割を果たしたということにほかならない。

さらに、80年代後半のアメリカのケースでは、実質成長要因が最も大きく寄与し、併せて物価上昇も一定の寄与をしている。この間の政府債務比率の低下には、軍事費削減に加えて、景気の持続的拡大が大きく貢献したことを示している。また、90年代初めのイタリアとスウェーデンについても、実質成長要因と物価上昇要因が、政府債務比率の低下に寄与した。

このように、政府債務比率の低下は、歳出削減や増税などの財政改革だけでは必ずしも達成できるわけではなく、それと経済成長、及び成長に伴う一定の物価上昇が組み合わさることによって可能になっていることがわかる。また、第二次大戦後のアメリカでは成長に伴う自然な物価上昇に加え、国債価格維持政策によって人為的に緩やかなインフレが維持されたことが、政府債務比率の低下に寄与した。これらの事実は、政府債務比率の低下には、やはりある程度の成長とそれに伴う物価上昇が必要であることを示しているようにみえる。

しかし、極めて例外的なケースではあるが、デフレ下で政府債務比率の低下を達成したケースもある。ナポレオン戦争後のイギリスのケースである。ナポレオン戦争後の18世紀のイギリスでは総じて物価は下落基調で推移した。この基本的な要因としては、通貨制度が金本位制度であったという点がある。しかし、この間のイギリスは物価が下落する一方で、経済の実質成長が続いた。物価下落を補ってあまりある高成長が続いたということにほかならない。これは、イギリスが17世紀末にいち早く産業革命を成し遂げ、世界の工業国としての地位を確立し、18世紀全般にわたってその果実を享受することができたためである。また、工業力が著しく発展したことを背景に、この間に人口が大幅に増加したという点も成長に大きく寄与した。

ナポレオン戦争後のイギリスは、ここで取り上げた8つの事例の中では、政府債務比率が最も高かった上、同時に経済がデフレ基調で推移していたため、通常ならば財政赤字の解消に関して重大な懸念が発生し、通貨の信認問題が発生するはずであった。しかし、高成長と世界の覇権を握るポンドに対する十分な信頼があったことから、そうした問題が顕在化することはなかった。このようにデフレ下でもそれを十分カバーするような経済の高成長が続き、実質成長が維持されている経済では、デフレ下でも財政赤字を解消できるケースがある。

政府債務解消のパターン

これらをまとめると次のように言うことができよう。まず、政府債務の累増はそれが行き過ぎると、通貨の信認に対する重大な懸念を発生させる。これは通貨価値や国債市場の暴落などの形で現実に表われる。そうした危機的な状況に至って初めて国民に危機感が共有され、財政改革を一気に行おうとする気運が高まる。市場の反応のほかに、通貨統合への参加や金本位制度を維持しなければならないという、制度的な制約が財政規律維持のプレッシャーとなる場合もある。

しかし、もはや通貨の信認を維持できないほど政府債務が累増し、同時にそれを中央銀行がファイナンスしているような場合には、ハイパーインフレが発生し、政府債務が実質的に削減されるような作用が働くことがある。

これに対し、十分な対外資産や金融資産を持つなどの要因によって、政府債務が累増しても、それが通貨の信認問題に影響を与えない場合には、政府債務の削減を緩やかな形で図るソフトランディングも可能になる。例えば、中央銀行が国債の買い支えを行い、緩やかなインフレの下で政府債務を実質的に削減するようなことができる。

他方、政府債務比率を低下させるためには、現実問題として、財政改革だけでは難しく、その間、経済が成長経路にあることが必要である。ただし、稀なケースではあるが、デフレ下でも実質成長率が極めて高い経済では、政府債務比率の低下が進む場合もある。

さらに、財政改革を可能にする政治的な条件についてみると、大きな政府によって政府債務が累増した場合には、一般に、財政改革に踏み切るきっかけを見い出すことが難しい。市場の圧力や制度的な制約によって危機感が高まって初めて、改革に踏み出すことができるようになる場合が多い。ただし、国内に政権与党への強力な対抗勢力がある場合には、その圧力によって改革が進む場合もある。

結局、何が財政規律維持のプレッシャーになるのかという点については、市場(通貨市場、国債市場)、制度的な制約、国内の対抗勢力という三つの要素を抽出することができる。

【図表3】8つのケースの比較(3)

政府債務累増に歯止めをかけた要因 政府債務比率低下の主因
ナポレオン戦争後のイギリス 戦争終結+金本位制度の強化 実質成長
第一次大戦後のアメリカ 戦争終結+金本位制度への復帰 債務償還+実質成長
第一次大戦後のドイツ - ハイパーインフレ
第二次大戦後のアメリカ 戦争終結+国債価格支持政策 実質成長+物価上昇
第二次大戦後の日本 - ハイパーインフレ
80年代のアメリカ 通貨の信認低下+内圧 実質成長+物価上昇
90年代のイタリア 通貨の信認低下 実質成長+物価上昇
90年代のスウェーデン 通貨の信認低下+国債市場暴落 実質成長+物価上昇

現在のギリシャのケース

以上を踏まえ、現在のギリシャと日本の状況が歴史的にどのように位置づけられるかを検討しよう。

ギリシャの財政状況が極めて悪いことは、昨年10月の政権交代後、前政権の財政赤字の粉飾が暴露されたことにより発覚し、その後長期金利が急上昇するに至ったが、これは財政規律維持のプレッシャーを与える3つの要素のうち2つ(国内の対抗勢力、市場)が働いたことを意味する。また、現在のギリシャは、ユーロ圏に留まり続けるために、緊縮政策により財政赤字を削減していかざるを得ない状況に追い込まれているが、これはユーロ圏に加盟しているという制度的制約が、ギリシャに財政規律維持のプレッシャーを与えていることを意味する。結局のところ、現在のギリシャは、3つの要素がすべて働いていることになる。

ただし、こうした条件のまま、ギリシャが財政赤字を解消できるかについては不透明である。通常、ギリシャのような経常赤字国が財政破綻の危機に瀕した場合は、通貨が売られ、結果として自国通貨が大幅に切り下がることで、競争力を回復し経済の再建を果たすパターンを取る。しかしギリシャの場合は、ユーロ圏の一員であるため、通貨切り下げによって回復するという道は最初から閉ざされている。このため、ギリシャにとっては、自国の経済力に比して割高なユーロのレートの下で競争力を回復するためには、コストを削減していく必要がある。この点が、ギリシャが厳しい緊縮策をとらなければならない所以である。

現在のギリシャが直面している状況は、金本位制度の下で財政規律の維持が困難になった場合に、固定相場の維持が難しくなるケースに類似している。金本位制度の下では、先にも述べたように、財政規律の維持が困難になった場合は、一時的に金本位制度から離脱し、その後元のレートで復帰できない場合は、通貨切り下げが行われることが往々にしてあった。しかし、現段階でギリシャをユーロ圏から離脱させる場合は、市場は次の離脱国探しを始め、ユーロ圏全体の瓦解にもつながりかねないため、ユーロ圏として採り得ない選択肢となっている。

ギリシャをユーロ圏に留めるためには、現在のEUとIMFによる支援に加え、いずれかの段階でギリシャの債務を棒引きするという選択肢も採らざるを得ない局面も考えられる。こうなった場合、それはもはや1つの国の中で、財政危機に瀕する自治体の借金を中央政府が肩代わりすることと同じになる。仮にこうした状況に至るとすれば、ユーロ圏は金融政策のみならず、財政運営でも一体化する形となり、ユーロ圏の統合深化が進む契機となる可能性がある。

このように現在のギリシャの財政危機は、通貨を統合しているが故に、経済力の弱い国が通貨切り下げによって経済の回復を果たせないことに起因し、しかもそれが統合通貨であるユーロの危機を招くという、これまで歴史上表れて来なかった財政規律と通貨信任の維持の両立問題を提起している。

現在の日本のケース

現在の日本については、財政赤字が累増する中、国債市場を混乱させないために中央銀行が一定の国債買い入れを行っているという意味で、既にかなり前から、連銀が国債価格支持政策をとった第二次大戦後のアメリカに近い領域に入っている。

しかも当時の連銀が国債支持政策を行っても、ドルの信認には問題が生じなかったように、現在の日本でも国債買い入れが円の信認を低下させるという事態とはなっていない。これは当時のアメリカと同様に、現在の日本も経常黒字国・債権国であるためと考えられる。この点は、日本にはまだ、第二次大戦後のアメリカと同じように、政府債務が累増し中央銀行が国債を買い入れても、それを通貨の信認低下に直結させないだけの体力があることを示している。

第二次大戦後にアメリカがとった政策は、国債を買い支えた上で、国債残高を大きく増加させないようにしつつ、その後の経済成長を待って、政府債務比率をソフトランディングさせるというものであった。しかし現在の日本は、国債を中央銀行が一定限度内において購入しているという点では当時のアメリカと共通しているが、その一方で国債残高の増加に歯止めがかかる見込みはなく、経済はデフレに陥り停滞しているという違いがある。

デフレ下でも、財政赤字を解消できる場合があることは、ナポレオン戦争後のイギリスの事例が示す通りである。ただ当時のイギリスは、産業革命後の生産性の向上とそれに伴う人口増加が物価下落を補ってあまりある高成長をもたらし、これが政府債務比率を低下させる大きな力となった。しかし、現在の日本は単に成長率が低いというだけにとどまらず、人口も減少局面に入っており、デフレ下で政府債務比率を低下させるなどということはとてもできそうにない。

ただ、最近の日本ではいくつかのプラス材料がある。その1つは、日本の財政状況に対する危機感が国民に共有されるようになっている点である。既に世論調査では、「社会保障制度維持のため、消費税率引き上げはやむを得ない」と考える人が6割に達している(『読売新聞』09年11月調査)。この背景には、リーマンショック後、日本の財政状況が一段と悪化したことが国民の財政に対する危機感を強めたこと、子育て支援や医療の貧しさの裏返しから、これらを充実させるためには新たな財源が不可欠であるとの認識が強まってきたこと、事業仕分けでも僅かな財源しか捻出できない現実が明らかになったことなどが関係していると思われる。最近では、ギリシャの財政危機の報道に合わせて日本の財政状況の深刻さが繰り返し報道されたことなども影響を与えているかもしれない。

09年度の日本の政府債務比率はナポレオン戦争後のイギリスに匹敵する水準(171%、長期債務残高/GDP)となっているが、それでも国債市場が崩れない背景には、国債のほとんど(約95%)が国内で保有されていることに加え、将来の増税余地がかなり大きいと見られていることがある。日本の現在の租税負担率は25.1%(08年度)であるが、これは欧州諸国など(イギリス37.5%、フランス37.6%、スウェーデン51.5%、05年、財務省調べ)と比較して低い水準にあり、とりわけ消費税の引き上げ余地が大きいと考えられている。租税負担率が低い上に、将来の消費税率引き上げを国民が許容し始めたとすれば、国債市場が将来の償還不安から崩れる理由はないといってもよい。ただ、日本の国債市場には、高齢化に伴い貯蓄率が低下していくことにより、国債の消化余力が次第に低下していくというマイナスの材料も存在するが、これはまだ現時点では現実のものとなっていない。

むろん、政府債務比率を低下させていくためには、増税だけでなく、デフレから脱却し、経済が成長経路(一定の物価上昇を伴う名目で高めの成長)に入ることも必要になるが、これについて日本は、中国など急成長する新興国のマーケットが近接しているという地の利に恵まれており、この需要を最大限に取り込むことができるとすれば、成長を維持できる可能性は存在する。本当に需要を取り込むことができるかは現段階では確実ではないが、そのような可能性が存在することは、日本の財政再建の可能性を残す1つの要因になっているとも考えられる。

このように現在の日本の財政状況はなお厳しいものの、増税、成長など将来の改善に向けた端緒は存在する。問題はこれ以上の財政の悪化に歯止めをかけ、増税、成長を現実のものとする政治の意思を、近い将来、見せることができるかどうかであろう。財政悪化に歯止めをかけられず、政治に改善に向けた意思もないと見られれば、国債の消化余力が低下、経済成長も増税も困難というマイナスの側面だけが市場でクローズアップされることになる。その場合、その時点で経常黒字国であったとしても、将来の赤字国転落への期待が支配的となり、財政規律の維持にプレッシャーを与える要因のうち、長期金利の上昇など市場の圧力が働く可能性も出てくる。

おそらく日本の場合は、時に市場の適度な圧力を受けることはあっても、最終的には増税の方向性を打ち出し、市場の大きな混乱を招くことなく、問題解決が図られていく可能性が高いのではないか。その際、高めの成長を達成しやすい環境を作るため、日銀の金融面からのサポートも必要となる。

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米山秀隆

米山 秀隆(よねやま ひでたか)
(株)富士通総研 経済研究所 上席主任研究員。
【略歴】1989年 筑波大学大学院経営・政策科学研究科修了、(株)富士総合研究所を経て、1996年 (株)富士通総研入社、2007年~2010年3月 慶応義塾大学グローバルセキュリティ研究所客員研究員
【著書】図解よくわかる住宅市場 (日刊工業新聞社 2009年)、制定!住生活基本法 変わるぞ住宅ビジネス&マーケット! (日刊工業新聞社 2006年)、図解よくわかるCSR(企業の社会的責任) (日刊工業新聞社 2004年)、世界恐慌—日本経済最後の一手 (ダイヤモンド社 2002年) など