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政治が農業の足を引っ張っている

2010年4月1日(木曜日)

2010年4月から農業の戸別所得補償が始まります。個別の農家に対して全国平均の販売価格と生産コストの差額を耕作面積に応じて支払うというものです。今年は米作だけですが、いずれは主要農産物全体に広げていく方針だと言います。自民党政権下では、減反により生産量を減らすことで高価格を維持し、農家の所得を守ろうという政策でしたから、大きな転換になります。

1.とうの昔に破綻していた日本の農政

減反政策はかなり前から破綻していました。減反を強化すればするほど、遊休農地は増えるだけでなく、コメの価格が高くなり需要は減るため、さらに減反を強化することになります。こうした悪循環の結果、水田の4割が遊休化ないし転作し、食料自給率は40%にまで落ちました。毎年3兆円の農業予算を計上しているにもかかわらず、農業は衰退の一途です。

現在わが国における農業の売上高は4.7兆円(ピークの1990年度は7.9兆円)で、ほぼ富士通の売り上げと同額ですが、農業従事者は300万人と20倍です。つまり生産性は20分の1ということになります。この極端な低生産性こそが、 わが国農業の問題の根源です。稲作の場合、農作業が必要なのは田植えや刈り取りなど限られた季節だけで、それ以外は仕事がないため、別の農作物を生産するか、農業以外で働いて収入を得ることになります。ほとんどの農家では、 この農業以外の収入の方が圧倒的に大きく、日本の農業はこのようなパートタイム的な労働で支えられています。うち6割は65歳以上です。これで競争力がつくわけがありません。

2.農地の集約化、大規模化が競争力向上の鍵

農業の場合、耕作面積と生産性とはほぼ比例しており、大規模化すれば確実に生産性が上がります。戦後、農地改革で地主の持っていた農地は細分化されて小作人に譲渡されたため、平均耕地面積は1ヘクタール強で、ヨーロッパの50分の1、米国の100分の1という零細規模になりました。確かに米国や豪州の規模を実現することは出来ないし、山間僻地では限界もあるでしょうが、わが国はそれを言い訳にしてやるべき努力を怠ってきました。例えばフランスでは国が強制的に農地を買い上げて集約化し、概ね50ヘクタール以上の規模を実現しています。日本でも農地の賃貸を認めたり、農業法人による企業的経営を認めるような政策変更は行われてきました。しかし、実際には大きな成果もなく、今日まで来ました。それどころか、構造改善事業として耕地整理や農道の整備を行った結果、土地価格が上昇し、宅地などに転売されて、農地が虫食い状態になって農作業の妨げになったというようなケースが数多く報告されています。日本の農業地帯の景観を欧米と見比べれば、一目で雑然として美しくないことに気づきますが、これは単に景観だけでなく生産性にも関わる深刻な問題なのです。

なぜ日本における農業の大規模化は進まないのでしょうか。これは農業が巨大な政治権力となっているからです。農業の生産性を上げるということは、農業従事者の数を減らすことでもあります。農業を地盤とする政治家にとって、農業の生産性を上げるということは自らの政治基盤を危うくすることなのです。自民党も民主党も表向きは農業の効率化や競争力強化の必要性には理解を示し、そのための予算獲得には熱心です。しかし本音を言えば、まじめにやる気はありません。民主党のマニフェストには「小規模経営の農家を含めて農業の継続を可能とし、農村環境を維持する」とあります。農地の集約化や大規模化の整理は考えていないようです。これで所得補償を行っても財政負担が増えるだけで問題は解決しません。

3.農業改革の契機となり得る所得補償方式

実はこのマニフェストには農業に関係するもうひとつの重要な事柄がうたわれていました。それは日米間、および東アジアを包含する自由貿易協定(FTA)を締結する、という箇所です。選挙戦中に農協が騒ぎ始めたため、これは努力目標に薄められましたが、発想としては所得補償の見返りに農産物の自由化を進めるという、両者がセットになったものでした。しかし、日米も、東アジアも、FTA交渉はまったく進んでおらず、日本は世界の動きから取り残されています。農産物の自由化に踏み切れないからです。仮に自由化すれば、国民の生活は大いに改善されます。輸入制限の結果、日本国民はコメを始め、肉、酪農品などを国際価格の数倍の価格で買わされ続けてきましたが、誰もそのことを問題視していません。

所得補償は農産物市場における価格や需給に直接影響しないので市場歪曲効果が少ない、と判断され、欧米でも広く採用され、WTO(*1)上もある程度まで許容されています。農産物の市場開放が出来れば、日本は米国とだけではなく東アジア諸国との間でも積極的な貿易交渉が可能となります。国内価格は大幅に下がるので、今のままで所得補償を実施するとすれば必要な金額は2兆円くらいになり、財政はもたなくなります。集約化を進め競争力を向上することの出来る農家のみに絞って、補償すべきなのです。

それ以外の小規模農家は、土地を貸し出すか売り渡すことで、農業からは撤退してもらうことになります。厳しい話ですが、農業人口の減少は避けられません。

4.参考にすべきヨーロッパの例

フランスの経験は日本にとって大いに参考になります。フランスはヨーロッパ最大の農業国ですが、日本と同様、小規模農業で競争力が不足していました。長い間、生産制限を通じて高価格政策を採っていましたが、市場に介入する政策はウルグアイラウンドの交渉の結果、認められないことになったため、政策の大転換を行い、1993年から所得補償方式を採用することになりました。フランスの優れたところは、土地公社を通じて農地の集約化を半ば強制的に行い、その結果、50ヘクタール以下の農地の割合は6割から2割に減少し、競争力の向上に成功したことです。それでも完全に米国、豪州などと競争できるわけではなく、政府による補償が農業収入の6割に達するといいます。しかし、耕作面積は不変のまま、農家の個数は3分の1に減ったため、国の負担もそれほど増えたわけではありません。何よりも最大の受益者は食料を安く手に入れられる消費者です。このような農地の集約化は、お隣のドイツでも行われました。ドイツにおける農民1人当たりの農地面積は60年代の2ヘクタールから現在は10ヘクタールにまで拡大しています。その結果、穀物貿易は黒字化することが出来ました。日本で同様のことが出来ない理由はありません。

日本がやるべきことは、個別所得補償方式と並行して農地の集約化を進めることです。例えば、1ヘクタール以下の農家は補償の対象にしない、というようなことが考えられます。2010年度は初年度で、いわば社会実験だから、その結果を見ながら今後徐々に修正していく余地はあるはずです。そしてもうひとつ、元々の発想に返って農産物の市場開放を行うべきです。関税と所得補償という二重の保護というのは政策体系としてあり得ません。今年の参議院選挙の後、所得補償のあり方についての真剣な議論が起こることを祈念してやみません。それは農業人口、ひいては農民票の減少につながります。それでも前進する覚悟があるのか、全ては政治の力量にかかっています。

注釈

(*1)WTO : World Trade Organization(世界貿易機関)

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根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2009年 取締役 エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など