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R.ライシュ教授変説か?『法人税引下げはばかげている』

2010年3月30日(火曜日)

似ている日米の状況

2010年3月24日のファイナンシャル・タイムズに日本でもおなじみのロバート・ライシュ カリフォルニア大学教授が面白い意見を投稿している。教授はかつてクリントン政権で労働長官を務め、「ザ・ワーク・オブ・ネイションズ」や「暴走する資本主義」などの著作でも知られた論客で、オバマ政権にも強い影響力を有すると言われる。そのライシュ教授は米国の大企業は金を貯め込んだものの、その使い方がわからず、自己株の買い取りやM&Aに使っており、雇用を創出するような新規プロジェクトに回っていない。そのような状態での法人税の引下げはばかげている(absurd)というのだ。

ライシュ教授は、かつて法人税の廃止を主張したこともあり、変説したのかどうかはわからないが、この指摘は日本にとっても一考に値する。先進国の中で法人税が高いのは日本と米国でほぼ40%だ。ヨーロッパ諸国は30%、韓国や台湾などの近隣アジア諸国は20%台となっている。日本の産業界からは、かねてより法人税の引き下げの要望が出されており、つい最近も鳩山総理が法人税引下げを検討するようなことを発言したばかりである。筆者は2009年11月12日のオピニオン欄で法人税引き下げが本当に成長に結びつくのか疑問である旨の意見を表明したが、日米の状況が酷似していることに改めて驚かされる。日本の企業が利益を貯めて自己資本の充実に努めてきていることについては2010年3月19日のオピニオンで説明したが、その事実認識に関していくつかの質問を受けたので、改めて説明しておくと以下の通りだ。

法人企業の財務内容

【表1】わが国法人企業の財務内容

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利益の大半は借金の返済に回った

法人企業統計で見る限り、現金・預金残高はほぼ横ばいで、顕著に増加しているというわけではないので、日本企業が現金を潤沢に保有しているという根拠は無い。内部留保がすべて現金のまま蓄えられているわけではなく、他社の株式や有価証券、あるいは設備投資に回っている可能性は高い。それよりも顕著な変化は、法人企業の借入れと社債の発行残高が急激に減少していることだ。大半の留保利益は借金の返済に充てられたのである。このような動きは企業の総資産から負債額を差し引いた純資産の変化を見ればわかる。(【表1】参照)

法人企業だけで純資産額は1998年に比べて224兆円増えた。これは、この期間における国債残高の増加分の約6割に相当する。これだけの金額が企業部門から吐き出され、金融機関を通じて最終的には国債購入に回ったことになる。なぜ企業による設備投資が盛り上がらないかといえば、金がないからではない。収益性の見込める投資機会がないのである。法人税の引下げの狙いが、企業に十分な投資資金を確保させることを通じて投資を活発にさせ、成長を加速させようということだとすれば、ライシュ教授が言うように、その目論見は外れる可能性が高い。

急増する自己株式

自己株式、つまり企業がキャッシュで市場に流通している自社株を買い上げる行為は、米国では株主利益に適うものとして近年盛んに行われるようになった。市場に流通する株式数が減少すれば1株あたりの利益が増え、株価を上昇させることになるからである。自己株買い上げは2007年ではGDPの5.7%にも及ぶ金額に達しており、企業が多額の資金を供給したことを示している。わが国でも自己株の買い上げは2008年度で20兆円とGDP比4%に達しており、企業が自己株を通じて余剰資金を株主に返還している姿が鮮明になりつつある。この結果、最大の株主は自社というような会社まで現れている。

企業の貯蓄セクター化は世界的傾向

企業の貯蓄セクター化は日米だけに限ったことではなく、21世紀に入ってから企業の投資水準がキャッシュフローを下回る状態が世界的に見られるようになっている。OECDも2007年のエコノミック・アウトルックで企業部門が貯蓄セクター化している実情を2005年までのデータを用いて分析している。サブプライムローン問題が発覚する少し前、米国では景気の過熱を抑えるため政策金利を引き上げても長期金利は上がらない、という状況があった。その原因は、「中国などの発展途上国が経常収支の黒字を米国に還流させているからだ」という説、つまりアジアの過剰貯蓄責任論が流行ったことがある。しかし、これは事の半分しか説明していない。もうひとつの大きな理由は、先進国企業の貯蓄セクター化だ。なぜそうなったかといえば、OECDは「世界的な景気後退で投資が減退した」という循環的な要因に加えて、IT機器の値下がりによる設備投資費用の減少、高い収益性を求める株主からの圧力など構造的な要因もあり、企業の貯蓄セクター化は長期に続く可能性があることを指摘している。だが、より根本的には、2001年のITバブル崩壊以降、ITに代わる新たな大型イノベーションが出てこないため、企業が有望な投資機会を発見できないことにあるといえよう。環境や医療がそれに代わるフロンティアとなるまでには、しばらく時間がかかりそうだ。

通じなくなったエコノミストの常識

今、ギリシャやポルトガルの財政破綻の可能性が真剣に議論されているが、それ以外の国も含め各国の財政バランスはかつてなく悪い。EUでは、自ら合意した累積国債残高でGDPの60%、単年度での財政赤字をGDPの3%以内に抑えるという規律を守っている国は北欧諸国を除けば皆無だ。にもかかわらず、歳出削減や増税といった出口戦略もとられる様子はなく、高い水準の財政赤字はしばらく続きそうだ。しかしながら、一部の国を除き国債の金利は安定し、インフレの気配もない。今までのエコノミストの常識が通用しなくなっている。その理由は、企業が貯蓄セクター化したからである。これが正しいとすると、「家計が貯蓄し、企業がそれを使う」という、これまでの構造が変わったということであり、財政のあり方を含め、これからの経済運営を根本的に見直さざるを得ないことになろう。

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根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2009年 取締役 エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など