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どうするべきか、過剰な企業貯蓄

2010年3月19日(金曜日)

バブル崩壊で変わった日本企業の財務戦略

日本企業の貯蓄過剰が日本経済にそれまでにはなかった新しい問題を引き起こしている。日本企業の財務戦略はバブル崩壊の後、それまでの外部からの借り入れに依存した財務戦略から、借金を減らし内部留保を厚くすることに転じた。1990年にバブルが弾けて株や土地の価格が急落したことに伴い、それまでの含み益は含み損に転化し、やがて不良債権化した。90年代後半には政府の方針もあり、銀行は不良債権を早急に処理することが求められ、そのために貸出先である事業会社に対する貸し渋りや貸し剥がしが広範に行われることになった。この困難な時期を経て、日本企業は借金を減らし、自己資本を充実することが安定的な経営にとって不可欠である、と考えるようになった。そのため2002年以降の戦後最長の景気回復にあっても賃金の上昇は抑えられ、自己資本比率が大幅に上昇するなど、企業の財務内容は急速に改善したが、このことは予想外の帰結をもたらすことになった。

日本の貯蓄投資バランス

【表1】日本の貯蓄投資バランス

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80年代は家計が貯蓄し企業が投資をする構図

予想外の帰結とは、企業が貯蓄セクターとなったため、家計の貯蓄は減っているにもかかわらず経済全体としての貯蓄率が下がらず、国債が順調に市場で消化され、財政赤字の持つ潜在的なリスクが認識されないことだ。これを貯蓄・投資バランスで見たものが【表1】である。

横軸の上側はネットで貯蓄、下側は投資していることを表す。経済全体では貯蓄は様々なルートを経て投資に廻り、最終的には両者はバランスする。ただし外国経済があるので、貯蓄が過剰なら経常収支の黒字として海外に投資される。逆に貯蓄よりも投資が大きければ、不足分は海外からの資金に頼ることになり、経常収支は赤字となる。

【表1】はこのような貯蓄と投資のバランスを1980年から見たものだが、特に注目すべきなのは、非金融法人、つまり普通の事業会社の動きだ。90年代の半ばまで非金融法人は常に下側にあった。言い換えれば、外から資金を借り入れて設備投資をしていたが、その資金はほとんどが家計からきていた。その仲介はもちろん銀行を中心とする金融機関が行ったが、彼らは単に資金の仲介役だからこの表には表れていない。家計の貯蓄は事業法人の投資額よりも大きかったので、差額は余剰資金として海外に流出し、日本人による海外資産の取得が増大した。

貯蓄セクター化した企業部門

この構図は90年代後半からガラリと変わった。非金融法人がゼロ軸の上側に出てくるようになった。つまり、企業が貯蓄をするようになったのである。企業は通常、製品やサービスを販売して売上代金を得、他方でそのためのコスト、原材料や人件費などを支払って、残りは利益となる。その際、減価償却費もコストとして利益から引かれるが、これはキャッシュの流出にはならない。利益は税金を払った後は、一部は配当として株主に分配され、残りは留保利益として企業内に蓄積される。このようにして得られた留保利益と減価償却費が企業にとって自由になる資金であるが、成長する企業はこれを投資に回す。しかし、これを過去の借金の返済や、不安定な将来のために残しておくという選択もある。こうして残された資金は銀行に預けられたり、株や債権などの証券に化ける。

2001年以降、非金融法人の貯蓄が2005年まで、かなりのテンポで拡大した。2006年以降は景気の拡大が続いたため、企業の投資意欲が高まり、企業内貯蓄は減ったが、それでもかつてのように民間企業が借金をして投資をするという状況にはなっていない。2008年以降の世界的な景気後退の中で再び企業は投資を抑え、貯蓄セクターに戻っている。加えてかつては表に出てこなかった金融機関も貯蓄セクターとして登場するようになり、特に2000年以降、この傾向が強い。これは小泉政権の下で金融機関の不良債権処理が急速に進められたため、銀行自体も貸し出しを抑え、収益を改善して不良資産の償却のための原資とし、また最近では自己資本規制が国際的に強化される傾向に対応して自己資本の充実に努めているからである。

たまった貯蓄は国債の購入に充てられている

こうして家計も民間企業も銀行も、すべて貯蓄セクターになってしまった。たまった貯蓄はどうするのか。ひとつには、海外で運用することが考えられるが、これを極端に進めれば黒字が増え、外国との間の通商摩擦を再燃させることになるし、為替リスクを抱え込むことになるので、自ずと限界がある。となると、残りは国債を買う以外に道はない。

かくして財政赤字が不可避となる。これだけ国債がたまれば値崩れを起こして金利が上昇し、政府が国債の消化に困難をきたすはずだが、そうはならないのは、個人や民間企業がせっせと借金を返済したり金をため込んでいるからだ。その金は銀行に集められ、他に運用先のない銀行が国債を買っている。国が無理をして国債を押し付けているのではない。今、日本の国債金利は世界一低く、円の為替レートは世界で最も安定している。いくら日本の国債残高が世界一だと騒ぎ立ててみても、これでは危機感は高まらない。財政再建はこの民間の過剰貯蓄、なかんずく企業内貯蓄をどう減らしていくのか、明確な方針がなければシナリオは描けない。

企業は過剰な内部蓄積は止めて生産的な投資に回すべき

企業は投資家から預かった資金を効率的に運用して利益を生み出し、投資家に還元するのが使命だ。余分の金は持つべきではなく、現状は決して好ましいものではない。企業内貯蓄を減らすやり方は、過剰な資金を企業にとってのステークホールダーに還元することだ。理屈で考えると次の3つのやり方がある。

ひとつは株主への還元、すなわち配当を増やすことだ。日本企業の配当率は近年上がったとはいえ、まだ欧米企業よりは低いので、国際的水準に引き上げる余地はある。配当金が上がれば、株主の消費によい影響を与えるであろう。

第二は賃金を引き上げることだ。日本企業の賃金はこの10年ほとんど上がっていない。賃金を上げれば購買力も増え、デフレ脱却や景気回復の手がかりを掴むこともできそうだ。

三番目は国に差し出す、つまり法人税の引き上げだ。だが既に日本の法人税は国際的に高く、これは時代の要請に逆行することになり、実現性は無い。

わが国経済の成長力を高めるという視点から考えれば、企業内余剰資金は、やはり経済成長につながるような使い方をすべきだ。企業からすれば有望な投資機会が少ないということなのだろう。だが視点を換えれば、まだ新規に開拓すべき分野は少なくないのではないか。特にわが国が緊急に取り組むべき課題は、新しい技術や斬新なアイデアを持った若いベンチャー企業の成長を促すことだ。これら新規参入企業が成功するためには、既存企業が彼らから技術や製品、サービスを購入したり、彼らと共同で事業を立ち上げていくことが不可欠で、このようなことを進めるために企業の余剰資金が使われるべきである。これから検討される法人税の減税も、既存企業を漫然と優遇するのではなく、このような新しい取り組みをする企業に限定して企業支援を行っていくべきだ。

より意義の高い社会的投資

日本経済の成長を促すような投資は、必ずしも民間企業だけに頼ってはいられない。医療や介護、教育など、成長が見込まれる分野は政府の補助と監視の下でサービスが提供されてきており、今後とも純粋に民間企業に任せることはできないであろう。このような分野での投資は純粋に民間企業としての採算だけを考えると、事業としては成立しないものが多い。しかし、社会的な投資は個別企業の利益には反映されないような大きな便益を社会にもたらす。

筆者が個人的に重要と考えるのは、自閉症や引きこもりなどで社会から疎外された若者の社会復帰を促すことである。彼らの自立を促し、生産的な活動に参画させることができれば、社会全体にとっての効用は計り知れない。もっと身近なところでは、企業が従業員のための子育て施設や、その家族の再教育のために資金を使うことを促すような仕組みを考えるべきだ。

最近、若い世代を中心に社会的起業への関心が高まっているという。このような意欲に溢れた若い人々のために企業内で眠っている資金を活用していくことができたら、日本の経済社会は大いに変わるのではなかろうか。逆に余剰資金をため込んだまま眠らせておけば、いずれは外国資本の買収の格好のターゲットになる恐れが大きい。ヘッジファンドが狙うのは、このようなキャッシュ・リッチな企業だ。今後円安になれば、ますますそのようなリスクは高まるであろう。

将来を見通すと、日本においても製造業の海外移転に伴い、国内での設備投資は減少が続くので、企業部門が投資セクターに戻る可能性は乏しい。とすれば、現在起こっている問題を一時的なものと考えるのではなく、長期的にわが国の成長分野に資金を回していく仕組みを考えるべきだ。

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【調査・研究】


根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2009年 取締役 エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など