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不可能ではない二酸化炭素排出量の25%削減(2)

~鍵は国際排出権取引~

2010年1月2日(土曜日)

先進国は全て排出権取引を導入

排出権取引はキャップ・アンド・トレード(Cap and Trade)と呼ばれ、二酸化炭素を排出するものはあらかじめ割り当てを受けるか金を払って排出権を買い、その範囲で二酸化炭素を排出することが許される制度である。余ればそれを市場で売却し、足りなければ買ってくることも可能だ。節約して使い残せばそれを売って金に換えることが可能だから、省エネのインセンテイブが働く。エネルギー効率の悪い企業はコストアップになり、市場から退出を迫られる。一国の中でこの制度が採用されれば、その国では誰もが市場を通じて同一価格で排出権を入手することになるから公平な制度だ。排出権の価格は、その国において1単位の排出量を削減する限界費用だ。その売買を通じて産業、企業の違いにかかわらずこの価格が一致し、トータルの削減費用が最小となる。発行する排出権の総量を減らしていくことで、確実に温暖化対策を進めることができる。これが排出権の理論的根拠である。

C&Tは日本には馴染み薄いが、EUではこのような制度が2005年から採用されている。米国では90年代に大気中の鉛や二酸化硫黄を減らすのにこのやり方を採用して成功している。京都議定書も採択されれば排出権取引を導入する予定であった。これはブッシュ政権が議定書を離脱したため実施されることはなかったが、オバマ政権になって選挙公約としてC&Tをあげ、現在、議会で法案が審議中だ。州レベルではカリフォルニアを始め23の州で実施されることになっており、カナダ、豪州でも近々法案が成立する見通しだ。日本でも民主党のマニフェストでは『キャップ・アンド・トレード方式による実行ある国内排出権取引市場を創設する。』とあるから、遠からず議論が始まるのではないか。要するに、すべての先進国で既に排出権取引が実施されているか、近々実施される見通しである。日本にとって重要な点は、各国のC&T市場が独立して存在するのではなく、それらを統合することにより、企業が国境を越えて外国との間で自由に排出権を売買できるようにすることである。そうすれば日本企業は他の先進国企業と同じ価格で排出権を入手することができ、競争上不利になることはなくなる。

圧倒的に安くなる海外からの排出権購入

産業界を中心にしてわが国は既に多額のコストを払ってエネルギー効率を高めてきたのであり、そのような努力をしてこなかった国と同様の削減を求められるのは不公平だ、という意見が支配的であり、政府の25%削減に対しても批判は依然として強い。しかし、そのような意見であれば、国際的排出権取引を積極的に支持すべきだ。速やかに日本国内でC&Tを創設し、かつそれを他国の市場とリンクさせれば、国境を越えてこれらの国々で排出権の自由な取引が可能になり、結果として排出権の価格は世界的に同一になる。こうなれば、一番得をするのは日本だ。というのは、今まで省エネ努力をしてこなかった国は低いコストで省エネをする余地が多く残されており、与えられた排出権を全て使い切るよりも、わずかのコストで排出量を削減し、使い残した排出権をそれより高い国際価格で売って、対価を得るほうが利益になる。日本は国内で削減するよりもはるかに安い価格で排出権を購入することができ、お互いにとって利益がある。国際的C&T市場の提案は既にEU や米国、カナダのいくつかの州からなされている。EUは2015年までにOECDワイドのC&T制度を立ち上げるための検討を呼びかけている。ただし、米国の場合、現在の法案では国内だけの取引を考えており、外国の事業者は参入できないようだ。これは、そのようにすれば排出権価格が上昇し、米国の事業者にとって不利だとみているからであろう。

日本の限界削減コストは大幅に下がる

これを数字で見てみよう。わが国1国で25%削減しようとすると、われわれ富士通総研の試算ではCO21トン削減するのに270ドルかかるが、これでは乾いた雑巾をさらに絞るようなことになり、公平ではない。地球環境産業技術機構(RITE)は異なる前提で計算しているが、それによると476ドルだ。EUは30%削減する場合でも135ドル、米国は60ドルと、わが国より相当安い。これが不公平論の根拠だ。だがそれぞれのC&T市場が連結され、日本企業も欧米市場で排出権を購入することが出来れば、均衡価格はこれらの中間地点で決まるであろう。日本の排出量は世界の4%に過ぎないことを考えれば、均衡価格は圧倒的に彼らの水準に近いレベル、おそらく100~150ドル近くで落ち着くはずだ。日本の企業が外国企業と同等の条件で排出権を入手できれば、産業界としても文句はないはずだ。勿論、発展途上国が参加してくれば更に安くなり、10ドル台になるという試算が外国の民間シンクタンクや国際機関によってなされている。

これは日本国内での削減量、いわゆる「真水」は25%よりもはるかに少なくなる、ということを意味する。われわれの試算では、世界全体でC&Tが成立した場合、国内削減は4%程度という数字が出ている。麻生前総理のときに『真水で8%』という削減を産業界も含めて合意しているが、おそらくそれよりも少なくなるのではないか。勿論、海外から排出権を買わなければならないが、そのコストは年間1200億円程度と極めて小さい。政府は25%のうち、どの程度を国内削減分、どれだけを海外からの購入に頼るべきか、専門家による検討を行っているようだが、これはあまり意味がない。それは市場に任されており、政府としては関知しないとの立場を示すべきだ。これならば他国も文句のいいようがないし、あらかじめ日本がどのくらい海外から購入する、などというような市場に影響を与えるようなことは言うべきではない。

国富の流出論は誤解

だが、現実には日本の産業界は反対だ。その理由は第1に、排出権を得るために対価を外国に払うのは国富の流出だ、というものだ。このような主張は日本以外では聞かれないが、排出権は見えないので、対価を払うということに抵抗感があるのだろう。だが、このような議論は環境問題の本質を理解していないことからくる。いまや環境は希少資源であり、それを使うのであればコストを払うのは当然だ。原油や穀物を外国から買ってくるのに対価を払うのと変わらない。現実には25%を全て国内対策で達成できるとは誰も考えていないし、産業界も排出権の購入は避けられないオプションと考えていると思う。であるならば、いつまでも観念的な反対を唱えるのは得策ではない。勿論、外国から購入するのは潔ぎよしとしないというのであれば、買わなくてもよい。各事業体に任されているのだから、反対する理由はない。

日本の産業界は市場メカニズム嫌い

第2に、排出権が市場で取り引きされるようになると、投機にさらされて価格が乱高下するほか、マネーゲームをはやらせることになり、欧米のヘッジファンドを利するだけだ、という意見がある。なかには欧米金融資本の陰謀だ、などという人までいる。これも日本だけの特殊な議論だ。現実を見れば、既に原油を始め穀物、非鉄金属などほとんどの原材料は市場で取り引きされ、価格は日々変動しているが、企業はこのような制度の下で企業経営を行っている。為替ですら日々変化する時代に、排出権だけ価格が安定していなければならない理由はない。ヨーロッパでは既に市場が成立しており、価格は日々変動しているが、その変動幅はトン当たり15~30ユーロの間であり、原油と比べても特別に乱高下しているわけではない。それでビジネスがやりにくくなったという声も聞かないし、投機筋が大儲けをしたという話もない。そんなに旨い話なら、日本もアジアで取引市場を作って大儲けをすればよい。

かつて通産省(当時)の鉄鋼業務課長であった筆者には、日本の産業界の要人がC&Tを心情的に受け付けないのはよくわかる。鉄鋼や電力企業の経営者は、もともと市場メカニズムを嫌う人たちが多い。彼らは、「鉄鋼や電力は経済の基盤であり、長期安定的な供給が必要だ、不安定な市場に任せるべきではない」と考えている。実際のところ、原材料となる石炭や鉄鉱石は今でも代表的売り手と買い手が年1度のトップ交渉を通じて年間の価格を決定する、という長年の慣行が守られている。製品についても、自動車や造船会社など大手ユーザーとはそのような価格交渉で値決めをしている。電力や鉄鋼の経営トップの人には、このような交渉を通じて力を発揮した人たちが多い。彼らからすれば、このような重要な財の価格を市場に任せるなどということはとんでもない、ということになる。

だが、時代は変わりつつある。豪州やブラジルの鉄鉱石供給側は、このような価格決定方式をやめ、市場に任せるべき、と主張し始めた。ここでも、その時々の需給に応じた価格設定が次第に力を増してくるであろう。加えて、これからは日本ではなく中国企業が価格決定権を握ることは明らかだ。日本が世界の原材料市場を支配する時代は終わりつつある。C&Tに対する考え方もこれからは変化していくのではないだろうか。

技術革新は遅れるのか?

第3に、C&Tでは技術革新が遅れる、という主張だ。これは半分間違いで半分正しい。排出権取引でも環境税でも二酸化炭素の排出に対してはコストを課すことで省エネや新エネルギーを促進しようというものだから、そのような技術革新にとっては追い風になる。しかし、この制度は最も安上がりで排出削減する制度であるから、途方もなく金のかかる技術は逆に出番がない。わが国の場合、エネルギーにかかわる技術開発には経済性を考慮しないような風潮があるが、それはC&T制度とは相容れない。だが、25%の削減に反対する人は負担が大きすぎることを反対理由に挙げており、であるならC&Tに反対するのは矛盾している。

懸念される「炭素リーケッジ」

第4に、これが最も合理的な反対論なのだが、産業界がC&Tに反対するのは、中国など新興国の企業との間で競争条件が不利になるからだ。特に鉄鋼などエネルギー多消費産業が中心だが、いまや世界最大の鉄鋼生産国は中国であり、インドやブラジルなどが後に続いている。彼らは発展途上国であることを理由に国際的な枠組みに参加しない可能性が高い。それでは先進国企業は競争に勝てず、規制のない新興国に工場ごと移転せざるを得ない。そうなれば数千、数万人の労働者が解雇されることになる。そして二酸化炭素排出源が移動するだけで世界全体としての排出量は一向に減らないということになる。いわゆる「炭素リーケッジ(漏れ)」といわれる問題だ。このためEUでは、現在までのところ、エネルギー多消費産業に対しては過去の実績に基づいて無償で割り当てている。将来的には徐々にオークションの割合と高め、2027年には全量オークションにし、市場メカニズムに完全移行する予定だ。ただし国際的なlevel playing fieldを確保するためにやむを得ない措置として、鉄鋼産業にだけ例外的に無償割り当て量をもうしばらく維持する方針のようだ。米国でも現在議会で審議中の法案では、制度発足後しばらくの間はかなりの排出枠が無償で電力や鉄鋼などに割り当てられるが、いずれはオークションに移行することになっている。オークションに移行すれば、産業界は排出権購入のコストを負担しなければならなくなり、そのようなコストを負担しない発展途上国との間で産業競争力の問題が生じる。

不可欠な国境調整

これは鉄鋼やセメント、紙パルプなどのエネルギー多消費産業でかつ国際的競争にさらされている産業にとっては深刻だ。現在、鉄1トン製造すると二酸化炭素は約1.5トン排出されるから、仮に排出権価格が50ドル(現在欧州市場では13ユーロだが)だとすると7000円程度のコストアップになる。現在、普通鋼は7万円程度なので、C&T取引や環境税などの対策をとらない国との間で1割程度の格差が生じる。

1割の価格差はどの程度の影響を及ぼすか、確たることはわからないが、鉄鋼は素材産業で差別化は難しいから相当の影響が出ると考えるべきだろう。企業努力では克服できず、企業としては環境対策の緩い国に工場ごと移転せざるを得ない。その結果、失業など深刻な問題が生じる。最近、コーラスというイギリスの鉄鋼会社が工場を閉めてインドに移転させる、という事件が起きた。その際、従業員を解雇するだけでなく、無償で割り当てを受けた排出権を市場で売却して利益を手にするという行為に出たため、C&T取引はこのように悪用される、という反対論を引き起こすことになった。

このような問題に対処するためには、先進国が協調して適正な地球温暖化対策をとらない国からの輸入に対しては差額相当分を関税で調整できる仕組みを導入すべきだ。米国では現在審議中の法案にそのような条項が含まれている。先進国共同での対応とすればEU も乗ってくるであろう。WTO での検討も必要であるが、理論的には問題ないと考えている。

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【調査・研究】


根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2009年 取締役 エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など