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どのような成長戦略が求められているのか?

~最低賃金引上げは最大の成長戦略だ~

2009年12月2日(水曜日)

注目すべきサービス価格の下落

おりしも日本経済をデフレが襲っている。9月の消費者物価(CPI)は前年同月で2.2%下落している。世界を見渡すと、他の先進国でも物価は下落気味だ。昨年秋以降エネルギー価格が大きく下がっていることが理由で、これを除外すると先進国では1~1.5%程度の物価上昇が続いている。ところが日本だけが、エネルギー価格下落の影響を除外しても物価が下がっている。日本の物価が下落しているのは消費者物価全体のウェイトの半分を占めるサービスの価格が下落していることと、デジタル家電のような耐久消費財の値下がりが大きいからであるが、後者はウェイト的には影響は小さい。企業物価指数でもサービス価格の顕著な下落が見て取れる。全体では6.7%の下落だが、サービス価格も2.2%下がった。サービスの価格とは事実上賃金の要素が大きいから、物価と賃金のスパイラル的な下落が続いているということだ。サービス価格の下落は日本だけの現象だが、これをどうやって止めるのか。最近、日銀は追加の金融緩和措置をとることにしたが、需給ギャップがGDPの8%もあるときに金融を緩めても、最終需要は盛り上がらないからデフレの解決にはならない。勿論、設備投資や輸出に活路を求める考えもあろうが、現下の過剰設備と円高、米国市場の不振のなかで、このような期待は実現しそうにない。

10年も低迷する日本の賃金

わが国の賃金は1990年代の後半から下落傾向が続いており、今の様子では今後もそれが持続しそうな気配である。これはOECD加盟国の中でも日本だけが突出した傾向だ。その結果、内需は盛り上がらず、輸出に過度に依存する経済構造を作り上げてしまった。2002年から2008年までの間、GDPの成長に対する純輸出の寄与は60%にもなった。他方で賃金は低迷し、円安の効果もあって日本の賃金は先進国の中では最も低い水準である。この間、生産性はある程度上昇しているため、ユニットレーバーコスト(ULC)はマイナスを続けてきた。その結果、企業収益は改善し、内部留保は厚くなり、財務的には相当強靭になったといえよう。だが、賃金の長期的下落は需要の減少を通じてデフレを引き起こすことになった。したがって、このデフレ克服を新政権の経済政策の中心課題とするならば、賃金を傾向的に引き上げていくことを考えなくてはならない。だが、賃金は民間の労使交渉で決まるものだ。政府に何が出来るのだろうか。

低いわが国の最低賃金

筆者は民主党がマニフェストに掲げた最低賃金の引き上げが1つの答えになると考えている。現在、最低賃金は全国平均で時給713円だ。米国はほぼわが国と同じだが、ヨーロッパ各国は1000円を超える。これを例えば800円くらいにすれば、低賃金の労働者には相当の購買力の拡大になる。低所得者の限界消費性向は高いという経済学の常識が当てはまるとすれば、これは相当の需要拡大につながる。

当然反対論は強い。労働も1つの財だから、価格〔すなわち賃金〕が上がれば、それに対する需要すなわち雇用機会は失われる、と常識的には考えられる。だが、労働に対する需要は派生需要だ。国民の購買力が高まれば財・サービスに対する需要が増え、その結果、雇用も拡大するという効果が期待できる。一時的には雇用が減ってもすぐに元に戻るはずだ。 最低賃金引き上げの議論をすると、経営サイドからは「日本は中国などアジアの低賃金国と競争をしているから欧米諸国と比較されても困る」という反論が返ってくる。だが、米国も欧州諸国もわが国同様に中国との競争にさらされている。中国からの輸入額をGDPと比較すると、概ね2%程度でわが国と大きな差はない。それでも各国とも工夫しながら、高い賃金で雇用を維持している。勿論、彼らのほうが失業率も高いし、問題なしとしないが、日本だけが中国やアジアの企業と競争していると考えるのは誤りだ。

本当に雇用は減少するのか?

賃金を強制的に上げれば近隣のアジア諸国に工場ごと脱出してしまい、雇用は失われるという主張もある。このような議論が当てはまるのは、日本の雇用の2割を占める製造業の一部だけであろう。8割を占める第三次産業の場合、サービスや流通業など消費者に直結する産業が大半だから、海外への移転ということはあり得ない。低賃金が存在するのは飲食店や流通業など比較的単純労働のサービス業ではないか。ところで、わが国製造業は本当に中国と低賃金で勝負しているのだろうか。そのような製造業はとっくに海外に移転してしまったのではないか。スキルも経験もなく単に低賃金だけに頼って競争しているような企業が日本にそれほど多くあるとは考えられないし、そのような企業をいつまでも日本に留めるために低賃金を維持するというのは疑問視せざるを得ない。もし大企業が下請け企業に低賃金を押し付けているというのであれば、そのこと自体が問題ではないか。

低賃金で働く労働者のうち、実は平均所得以上の家庭の主婦や学生が半分も含まれている、という最近の研究結果がある。そうかもしれない。だが、筆者はもともと貧困対策のために最低賃金引き上げを主張しているのではない。デフレスパイラルを断ち切ることが目的であるから、このような生活に困っていない人たちの賃金が多少上がったからといって何も悪いことはない。彼らは多くの場合、扶養家族の所得控除の上限である103万円までしか働かないから、彼らの時給が上がればその分労働時間は短くなり、収入自体は変わらないであろう。むしろ仕事を探している他の人にとっては雇用機会が増えることになるのではないか。

コストアップは価格に転嫁

コストアップになった分は製品やサービスの価格に転嫁すべきことは言うまでもない。その結果、物価が上昇し、デフレが収まることが何よりも必要なのだ。個別企業の視点からすれば、「この厳しい経営環境のときにさらに賃金を上げたら、とってもやっていけない」という議論になる。しかし、インフレになることにより実質賃金はそれほど上がらないし、最低賃金の引き上げを全国一律に実施すればお互い競争条件は変わらないから、一部の事業者が不利になることはないし、値上げもやりやすくなるであろう。それを契機にもう少し賃金の高い労働者の賃金も上がるのであれば、なお結構なことだ。10年も続いた傾向を断ち切るのであれば、それなりの大胆な政策が要る。最低賃金の引き上げは一考に価すると考えている。

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【調査・研究】


根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2009年 取締役 エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など