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ケインズ経済学の復活か―G20会合―

2009年9月10日(木曜日)

順調に回復する世界経済

去る9月5日、G20財務大臣・中央銀行総裁会議が開かれた。その結論のひとつは「我々の先例のない、断固たる、協調した政策措置は景気後退を止め、世界需要を喚起するのに役立った。(中略)我々は、景気回復が確実になるまで、物価の安定と長期的な財政の持続可能性と整合的に、必要な金融支援措置及び拡張的金融・財政政策の断固たる実施を継続する。」(財務省翻訳)というものである。要するに、今採用している財政、金融両面から成る景気刺激策は効果を発揮しているので、もうしばらくそのまま続けるということである。言うまでもなく、かかる景気刺激策はちょうど1年前のリーマン・ショック以降の世界的な景気の急落に対して各国がとったものである。今年3月以降、世界景気は予想を上回るスピードで回復に転じたが、まだ景気対策を停止するほどには景気の基調はしっかりしたものではないということであろう。

景気は予想を上回る勢いで回復している。第2四半期では先進国ではわが国を始め、フランス、ドイツがプラス成長に転じたし、米国も7~9月期にはそうなるであろう。中国も第2四半期には前年同月比で8%と再び伸び率が高まっている。OECD は 9月3日の経済見通しで回復が予想よりも早くなっていることを認めた上で、本年の加盟国全体の成長率を3ヶ月前のマイナス4.1%からマイナス3.7%に上方修正した。かかる景気回復は中国や米国を始め主要国がいずれもかつてない大幅な景気刺激策をとったからで、これなしには100年に1度と言われた世界不況から脱することは到底出来なかったであろう。つまり、今回のG20 の声明は不況時における政府の大規模な介入の必要性を唱えたケインズ経済学の復活宣言ともいえるのではないか。

誤っていた?反ケインズ派

だが、この20年間、経済学の世界ではケインズ学派は影を潜めてきた。1970年頃から恒常的所得仮説、あるいは合理的期待理論などによって、ケインズの唱えた裁量的景気対策は効果が無いと否定された。前者は「人々の消費行動は恒常的に期待出来る所得水準で決定され、一時的な収入増は貯蓄に回されて消費拡大につながらない」とするもので、後者は「政府が財政赤字を増やして減税、あるいは現金の還付をしても、将来その赤字を解消するために増税がなされることを国民はわかっているので、その金は使わずに貯蓄に回すだけ」と主張する。もっと古いところでは、リカードの中立定理というのがある。仮に政府が国民に資金をばら撒いても、人々は将来の増税を見越して現在の消費は増やすことなく、貯蓄に回すであろう、というものだ。今回景気対策がこれほど効果を持ったということは、このような反ケインズ的仮説は誤っていたということになる。

その最も良い例がばら撒きとして非難された「定額給付金」だ。上記のような説に立てば、消費を拡大するという効果はないはずだ。実のところ、国の借金を増やすことになるこの措置に対しては、エコノミストだけでなく一般人からも「景気対策としての効果はないだろう」と言われていた。実際はどうだったか。いよぎん地域経済研究センターが伊予銀行の顧客に定額給付金の使い道を尋ねたところ、貯蓄に回ったのは7%で、ほとんどは生活費の補填や生活費以外の消費に廻ったようだ。和歌山県社会経済研究所の調査ではアンケート回答者のうち全額貯蓄に回すと答えたのは9.4%だという。これに似た結果は各方面から寄せられており、最近の景気回復にかなり貢献したことは確かなようだ。その他、エコカーやエコポイントなどの省エネ促進のための補助金の結果、ハイブリッド車や省エネ家電製品の販売が高まっている。

まだ見通せない出口戦略

専門家の間では懐疑的、というより否定的意見が強かった景気刺激策は、予想を超える効果を上げている。これから注意すべきなのは、このような政策のマイナスのリスク、すなわちインフレや金利の上昇だ。少なくとも今までのところ、そのような懸念が現実のものとなるような兆候は見られていない。むしろ各国ともデフレを懸念するような状況であり、金利も歴史的な水準から比較すると相当に低い。だから、今時点で出口戦略を決める必要はないのだ。

日本を始め先進国における財政バランスはリーマン・ショック以前から決して良好ではなかった。日本が突出して悪いのは周知の通りだが、米国、ドイツ、フランスなどでも中央、地方政府合計の債務残高はGDPの6割を超えている。EUではマーストリヒト条約の合意事項のひとつとして、財政赤字は6割を超えないことが決められており、わが国でもこれを目標として財政再建に取り組むべきであるという議論が多くの経済学者によってなされてきた。ただし筆者は財政赤字の残高だけをもって財政問題を議論すべきではないと考えており、そのような主張をこのオピニオンのコーナーでも展開してきたところである。(例えば2008年10月1日の拙稿「反故になった財政再建」

このような財政再建目標が昨年の秋以降、事実上無視、あるいは先送りされてきたわけだが、もろもろの景気指標が改善しているにもかかわらず、今回のG20で出口戦略、つまりいつどのようにしてかかる景気刺激策をフェーズ・アウトしていくのかは全く議論されていない。わが国の場合はもっと早く昨年12月に景気対策を決めた時点で、それまでの「2011年までにプライマリー・バランスの回復を実現する」という目標は大幅に先送りされて、いまや2020年が目標年度となったが、これすらも政権交代でどうなるかわからない。しかし金融市場では国債は順調に売れており、金利も戦後最低の水準に近い。市場からは危険信号は出ていないというべきだ。

残された課題

リーマン・ショックに続く景気の急落とその後の一連の対策による回復はマクロ経済運営に関心を持つ者に対して新たな問題を投げかけたのではないか。第一に、ケインズ的政策の効果をもう一度評価し直してみることだ。政府の裁量的総需要管理政策は常に予定通りの効果を上げるわけではないが、その有効性を過少評価すべきではないことは今回の教訓である。第二に、忘れかけた財政規律はどうあるべきかである。単に累積赤字の規模では論じ切れないことがはっきりした。根拠を示さず「財政は大変なことになっている」と言い続けるだけでは、狼少年のように誰からも信用されなくなる。GDP比で180%もの累積赤字があるのに、何故さらに12兆円もの財政措置が是とされるのか、未だに説明はない。財政の健全性、危険性についてもっと多角的な議論をすべきだ。

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根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2009年 取締役 エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など