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  4. 民主党政権と「政治家主導の政治」:閣僚委員会の活用を

民主党政権と「政治家主導の政治」:閣僚委員会の活用を

2009年8月31日(月曜日)

1.民主党のマニフェストと「政治家主導の政治」

8月30日の総選挙の結果、民主党が300議席を超える圧勝を遂げ、民主党を中心とした政権が誕生することが確実となった。今回の総選挙では、1955年以来初めての本格的な政権交代が期待され、マスメディアの選挙報道が過熱し、国民の注目も高まった。7月末頃から相次いで各政党のマニフェストが発表され、識者が様々な政策を比較・分析し、各種シンクタンクがその評価を発表するなど、マニフェスト選挙としての位置づけも確立された。国民はそれらを踏まえ、民主党を圧倒的な与党として選択したわけだが、民主党政権の下で、日本の政治はどのように変わるのだろうか?

民主党のマニフェストの中では、消えた年金の問題や、子育て手当といった身近な政策に国民の関心が集まっているようだが、これら以上に民主党が本気で取り組むと思われるのが、「政治家主導の政治」の実現である。マニフェストの冒頭の「原則1」として、「官僚丸投げの政治から、政権党が責任を持つ政治家主導の政治へ」と掲げられ、「5原則」のうち3つ、「5策」の全てが、政府の意思決定機構に関する提言である。これらは自民党のマニフェストには見られない大きな相違点であり、民主党が批判している自民党政治の核心の改革とも言える。

それでは、「政治家主導の政治」とは何か?行政権の主体である内閣が責任を持って意思決定することと、筆者は考える。本来、民主制の起源と言えるイギリス型の議院内閣制では、第1に、議会の多数派を占める与党が内閣に融合し、内閣が一元的な権力核として意思決定を担う。第2に、内閣の中でも総理が国家ビジョンを提示し、議会の解散権や閣僚の任免権を背景として指導力を発揮する。第3に、一体性のある内閣が、各省大臣を通じて官僚を指揮監督し、行政権を執行する(【図1】左部分)。民主党は、1998年の結党時点から、イギリス型の議院内閣制を理想としてきたのである(*1)

議員内閣制

【図1】イギリス型の議員内閣制と自民党政権下の議院内閣制

これに対して自民党政権は、議院内閣制を採用しながらイギリス型とは似ても似つかぬ運用を行ってきた(【図1】右部分)。内閣とは、実質的には与党の影の実力者や派閥の勢力争いの上に人選され、法案の事前審査などの形で与党の族議員に意思決定権を剥奪され、それと連携する官僚に政策立案から与党への根回し、更に国会答弁まで、意思決定のお膳立てを担ってもらってきた。官僚バッシングは、マスメディアから与野党まで共通の流行であるが、明治維新以来の伝統として「官僚主導」だっただけでなく、1970年代以降は族議員の伸張により「政党優位」になり、その結果「内閣主導」でなかったことが、問題の本質なのである。

その背景要因として、日本では有力な野党が台頭せず、自民党の長期一党支配が続いたことが挙げられる。55年体制において政府と言えば自民党そのものだったため、コロコロと代わる内閣は有名無実化し、意思決定の責任主体たり得なかったのである。それを許したのが、経済成長を徹底して追求するという単純明快な国家目標であり、東西冷戦の下でアメリカの核の傘の下に入ることにより、これを高い水準で実現する安定的な環境が与えられた。また、最大野党であった社会党が日米安保を否定するという非現実的な方針を貫いたこと、1つの政党から複数名の立候補が可能な中選挙区制が採用されたことも、長期一党支配には有利に働いた。その結果、政党間の政策を巡る競争は促されず、万年与党の自民党の中で派閥が形成され、二大政党化は進まなかった。各政策分野では政官財の「鉄の三角形」が形成され、内閣による総合調整がないまま縦割り化が進み、分野横断的な課題への対応は困難を極めたが、地方や農村などに配分する資源が豊富にあるうちは問題とならず、その配分役を族議員が担った。

ところが1990年代に入ると、東西冷戦が終焉して日本は自衛隊の海外派遣を要請されるようになり、経済のグローバル化の中でこれまでの産業政策が通用しなくなり、また少子高齢化が急速に進む中で財政に余裕がなくなった。このような構造的な問題に対処するには、責任ある指導者による改革の断行が不可欠だが、既得権益層からの抵抗は大きく、族議員と官僚が結託して改革を先送りした。そのため、農業や建設業という、世界的に見ても生産性が極端に低い産業を地方に抱えつつ、世界で戦える新たな産業は育っていない。細川政権では二大政党制を目指して小選挙区制の導入が決定され、橋本政権では内閣機能を強化するため内閣府を設置するなど、いくつかの制度改革は進められた。しかし、小泉政権を除けば、国会を統御して内閣の意思決定を主導し、官僚を十分に使いこなして改革を推進できる、強力な内閣は現れていないのである。

2.民主党政権の意思決定機構とその実現性

それでは、民主党が考える「政治家主導」の意思決定機構とは具体的にどのようなものか?今回の総選挙用のマニフェストによれば、第1に、内閣が権力核となるため、「二元体制」を「内閣の下の政策決定に一元化」する。具体的には、与党の「国会議員約100人」を政府に配置し、内閣が「政策を立案、調整、決定する」と言う。党の役職者は原則として内閣の一員となり、例えば税制調査会を政府税調に一本化するなど、政策調査会の各部会の長を各省大臣と一致させることにより、与党を内閣に融合させる。

第2に、そのような内閣、特に総理の指導力を強化するため、直属のブレインたる「国家戦略局」を設置する。この場で「新時代の国家ビジョン」を提示し、そのビジョンに基づいた「予算の骨格を策定する」。また内閣の一員である各省大臣は、官僚に取り込まれないよう官邸に常駐し、複数の大臣が政策課題ごとに集まる「閣僚委員会」を開催し、自らの手で総合調整を行うことを通して、内閣としての意思決定を担ってもらう。その結果、最終の実質的決定を担うと揶揄されてきた「事務次官会議は廃止」し、副大臣会議を活性化させる。

第3に、内閣が官僚を指揮監督するため、大臣、副大臣、大臣政務官から成る「政務三役」、そして新たに「大臣補佐官」を配置し、各省でも「政治家主導」の意思決定を徹底する。その上で、「幹部職員の行動規範」を定めて政党との接触を禁止すると共に、各政策の責任者を管理する「政策背番号制」を導入し、官僚の異動後も含めた公正な業績評価を徹底する(*2)。そして、局長級以上の「新たな幹部人事制度を確立」し、新政権への協力を促すと言う。

筆者の立場は、このような意思決定機構の改革に基本的に賛同するものである。しかしながら、民主党が衆議院の絶対安定多数をはるかに上回る議席を得て政権を獲得したとしても、このような機構をすぐに実現し、円滑に機能させることは容易ではない。

第1に、与党と内閣の「一元化」であるが、与党議員の多くが政権に入ることは、議員にとっては、やり甲斐のあることだろう。問題は、彼らが閣僚委員会で国家ビジョンを議論し、また国会で官僚の助けを借りずに答弁する任に耐えられるかということである。イギリスの議院内閣制が機能しているのは、一言で言えば個々の政治家の力量が高いからであり、これまで日本の官僚の役割が大きかった背景には、政治家の政策形成や意思決定に関する力量が不足していたという要因も強く働いていた。民主党議員の中には、与党になったら国会答弁を頼むと官僚に言っている者もいるようだが、本気で政治家による政権運営を行うのであれば、官僚による全面的な「お守り」を期待してはならない。

第2に、新政権の目玉と言われている国家戦略局は現在法定されていない組織であり、内閣法の改正が必要となる。民主党は、これを即座に設置するために内閣官房組織令の改正を考えているようだが(*3)、現在の内閣官房は、内閣官房長官以下複数の官職が置かれた組織形態になっており(内閣法13条~21条)、ここに政令で局を置くことには無理がある(*4)。また、局長を閣僚にするとのことだが、そもそも国務大臣が局長という役職に就くことには違和感があるし(*5)、国会議員であれば国会法の改正が必要になる。同局には「官民の優秀な人材を結集」すると言うが、特別職を含めて各省からの出向者が大半を占めている内閣官房の現状を見ても(*6)、政権に忠誠を誓う人材が十分に集められるかは疑問である。また、予算策定機能を内閣に持たせる構想は以前からあったが(*7)、経済財政諮問会議どころか法律に根拠を持たない内閣官房の1部局が予算策定を担うことになれば、財務省は徹底して抵抗するだろう。

第3に、官僚の指揮監督であるが、2001年に新設された副大臣・政務官制も十分に機能していないとの批判がある中で、政務三役と大臣補佐官でどれだけの変化を起こせるか疑問である。実は現在の自公政権においても計71人の国会議員が政府に入っており、これに各大臣補佐官を2人ずつ加えれば100人を超えてしまう。ということは、大臣補佐官の新設に多くを期待することになるが、やはり国家行政組織法などの改正が必要になる(*8)。また、民主党も賛成した「内閣人事局」の設置は、麻生政権において人事院などからの反対があって宙に浮いており、「新たな幹部人事制度」の導入には更に時間がかかりそうだ(*9)

3.制度いじりよりも現行制度の活用を

このように、改革を言うは易く行うは難い。そして、それを批判するのはもっと易いわけだが、民主党が提案する「政治家主導の」意思決定機構の最大の問題点は、制度いじりに終始してしまっている点にある。長年の野党としては、これまでの実績を示して安心して任せて下さいと国民に訴えることが出来ず、与党のやり方を否定する具体策を次から次へと示さざるを得ないことはよく理解できる。それこそがマニフェストであり、国家戦略局にしても大臣補佐官にしても、具体策としては妥当だろう。しかし、それらはあくまで器の議論であり、器をきれいに揃えるには時間がかかる。法改正を伴うならば、最短でも3ヵ月はかかると思われ、政権交代後すぐというわけにはいかない。また、制度論になれば強いのは官僚である。結局、法案の細部を立案するのは彼らであり、同じような名前の組織を設置するにも、官僚にとって都合の良い文章表現にすることにより、本来の意図を骨抜きにする術に長けていることは、周知の通りである(*10)

一方で、国民は新政権に非常に大きな期待を抱いており、政権発足後100日以内の間に目に見える分かりやすい成果を出す必要があることは、よく聞かれる指摘である。だとすれば、制度いじりに固執して法改正や人事に時間を取られるようなことになれば、マスメディアから批判の声が上がり、支持率が急落することにもなりかねない。高い支持率で就任した安倍総理が、総理補佐官に側近の有力議員を複数任命し、また補佐官付内閣参事官を公募するなど、官邸機能強化という制度いじりに拘った結果、逆に官邸の指揮命令系統が混乱し、自滅したことはよく知られている。時間をかけて新たな器を揃えることよりも、今手元にある器に何を入れるか、それを使ってすぐに動き出すことが、新政権としては重要ではないか。

そもそもの議論に戻ってみると、「政治家主導の政治」の目的は、日本国憲法の規定通り(*11)、内閣が責任を持って意思決定することであった。民主党のマニフェストに限らず、これまでも内閣が意思決定できないという事態に対して、総理の補佐機構を拡充し、補佐官を付け、内閣に様々な会議体を設置するといった類の制度いじりの議論が繰り返されてきた。それらを副次的な対策として否定するものではないが、どうして内閣が意思決定できなかったかと言えば、究極的にはその器に適切な人が入っていなかったことが原因だったのではないか。その証拠に、「内閣主導」を実践したと言われる小泉総理は、森政権で機能していなかった経済財政諮問会議という手元にあった器に、竹中平蔵担当大臣という人を入れることにより意思決定を主導したのであり、郵政民営化を実現する際の衆議院の解散も、反対する閣僚の罷免も、日本国憲法の制定時から規定されている総理の権限を行使したに過ぎない。総理や内閣とは、実は既存の法制度によってしっかりと整えられた器なのであり、これまでの使い方にこそ問題があったのであって、今でも十分に使い道があるはずである。その際、鍵となるのは閣僚委員会である。

4.閣僚委員会の機動的活用を

民主党のマニフェストにも記されている閣僚委員会とは、イギリスのCabinet Committeeの日本語訳であろう。イギリスでも内閣は閣議においてその意思決定を行うが、閣議の構成員である閣内大臣は20名を越えるため、その場での実質的な議論は困難である。そのため省横断的な場合、予算規模が大きい場合、新たな政策展開を行う場合には、その政策課題ごとに総理を含む関係大臣が定期的に集まり、少人数で実質的な議論を通して総合調整を行い、その結果を閣議に報告して正式に意思決定する。イギリスでは、サッチャー政権において、閣議よりも「閣僚委員会」が実質的意思決定を担うようになったと言われており(*12)、現在では、「国家経済」、「環境エネルギー」、更に「流行性インフルエンザ」といった計38の閣僚委員会が置かれている(2009年7月時点:小委員会も含む)。日本の国会でも、本会議よりも委員会において実質的な討議を行うように、まさにCabinetのCommitteeなのである(*13)

民主党は、特に政権発足当初において、この閣僚委員会を機動的に活用し、内閣による迅速な意思決定を確保すべきである。その最大の理由は、これが法改正なしに設置できることにある。閣僚委員会はあくまで閣議の下部組織であり、そこでの決定自体は何ら法的拘束力を持たない。その人事は閣僚そのものであり、新たな任命は必要ない(*14)。委員会の事務局については、既存の内閣官房副長官補室を使えば良く、新たに法定する必要はない。これまでも案件に応じて関係閣僚会議が、閣議了解などに基づいて設置されてきたが、あれをより機動的かつ頻繁に、政治家中心で行うイメージである。従って、総理と内閣の判断により、すぐにでも始動できる、内閣の意思決定を直接的に強化する妙策なのである。

例えば、民主党は年金改革を重点政策の1つとして掲げ、国民からの期待も高い。「年金改革委員会」を立ち上げ、年金担当大臣を委員長、厚生労働大臣、財務大臣、総務大臣、IT担当大臣などを委員とし、「年金手帳」や年金制度の一元化、社会保険庁と国税庁の統合について、活発に議論を戦わせれば良い。そこで一定の結論が出れば、閣議決定を経て内閣の意思として関係各省に指示を出す。各大臣は委員会の構成員として既に内容を理解しているので、その執行においても支障がないはずである。小泉政権時代の経済財政諮問会議においても、限られた数の主要大臣の間で激論が戦わされ、官僚抜きでも政治家が意思決定できることが証明されている。それを様々な分野において繰り広げるのである。

その際の絶対条件は、閣僚が最優秀の人材であることである。日本国憲法54条によれば、民主党には組閣のために30日間の猶予があるわけだが、即座に政党の総力を挙げた最強の布陣の内閣を立ち上げるべきである。その意味では、器に適切な人を入れるためにも、与党と内閣の「一元化」は正しい。その際には、あくまで総理が人物本位で任命権を行使するのであり、派閥均衡人事や能力を無視した論功行賞があってはならない。既に党幹事長は入閣しないとの声が出ているが、小沢代表代行が入閣せず、党側から影響力を行使するようなことになれば、「一元化」は絵に描いた餅になる。そして、原則として衆議院の解散まで内閣改造を行うべきではない。これまでの自民党政権では、総理の在任期間は平均して2年、大臣の在任期間は1年であったが、4年間継続すれば各組織を掌握できるようになるはずである。

こうして100日間で目に見える成果を出し、総理以下閣僚が政権の運営に慣れて自信を持ち、国民からの支持が安定すれば、いよいよ制度改革に着手すれば良い。新たなビジョンを打ち出すために国家戦略局を設置し、各省の統治を確保するために大臣補佐官を任命する。この頃には、官僚の中にも新政権に忠誠を示す勢力が現れているだろうから、そういう官僚を適材適所で任用し、骨が抜かれていない法案を書かせるのである。もっとも、優秀な閣僚によって閣僚委員会が十分に機能していれば、それらも必要ないかもしれない。あくまで内閣、その構成員である閣僚こそが意思決定者であることを、改めて肝に銘じておくべきであろう。企業の取締役会議が機能しないからと言って、直属の「経営戦略部」を拡充したり、そこに「顧問会議」を付設したりすることでは、根本的な解決にならないのである。

民主党政権に対する国民の最大の懸念は、与党としての経験に乏しいことのようだが、未熟だから自民党政権以下になる危険性がある一方で、過去のしがらみに囚われないからこそ大胆な改革ができるとも言える。これまでのやり方を否定することは大切だが、否定すること自体が目的化することなく、本来の目的に立ち返り、それを実現する最も適切な手段を採用していくべきである。マスメディアでは、早くも国家戦略局の組織や人事に関心が集まっているようだが(*15)、民主党は今年6月に、議院内閣制の調査のために菅代表代行らをイギリスに派遣しており、その「報告書」の中では、閣僚委員会についても詳細に触れられている。内閣が責任を持って意思決定するためには様々な手段があるのであり、そのうち最も手間がかからず、かつ直接的な効果を期待できる手段から採用し、行動に移していくべきであろう。

注釈

(*1) 民主党の「政権運営構想(要約版)」(1998年2月18日)には、「イギリスのように政権党を内閣の中に統合し、内閣が責任をもって政府を運営できる構造にする」と記されている。

(*2) 『読売新聞』(2009年8月8日)

(*3) 『朝日新聞』(2009年8月8日)
「法改正には時間がかかる可能性があるため、政令に基づき内閣官房のもとに設置する。」

(*4) 8月30日夜の選挙速報番組において、鳩山由紀夫代表は、「局をつくる前に『国家戦略室』という形ですぐに稼動していく」と、新たな発言をした。この組織名称ならば法令上は問題ないが、国会議員が室長に就くことはできない。選挙直前の数日間に、筆者が指摘するような進言があったものと推測される。

(*5) 例えば、「副総理・国家戦略担当」として閣僚を置き、局長は事務局長的な役割として特別職の公務員を充てれば良いのではないか。

(*6) 内閣官房危機管理監、内閣官房副長官補などの特別職は、各省の指定ポストとなっている。これらに国会議員が就くためにも、国会法の改正が必要になる。

(*7) 例えば、1962年の第一次臨調の答申では、内閣補佐官制度が提案されたが、大蔵省の反対などにより実現されなかった。

(*8) 1993年に細川総理が政権を担った際に、信頼する田中秀征議員を補佐官として側に置こうとしたが、そのような官職は存在しないと石原内閣官房(事務)副長官に窘められ、「総理特別補佐」として空き部屋に常駐させたことは有名な話である。その後、総理補佐官が内閣法に規定されたのは1996年であった。

(*9) 『産経新聞』(2009年7月27日)によれば、民主党は、公務員への労働基本権の付与を求める労働組合の意向に配慮し、関連法案を一から作り直すため、「内閣人事局」の設置を更に先送りすると言う。

(*10) 例えば経済財政諮問会議を設置する際には、財務省は自らの権限を守るために「財政」という語句を外そうとした。

(*11) 「行政権は、内閣に属する」(日本国憲法65条)

(*12) イギリスのCabinet Committeeについては、Smith, Martin J., The Core Executive in Britainを参照のこと。

(*13) その意味では、閣僚委員会ではなく内閣委員会と呼ぶべきであるが、国会に内閣委員会があるため、このような名称にしたのではないか。

(*14) イギリスでは閣外大臣もその構成員に含まれ、委員会ごとの人選については総理が決めていると言うが、日本も同様にすれば良いだろう。

(*15) 『日本経済新聞』(2009年8月12日)では、小沢代表代行の内閣官房副長官時代の秘書官を務めた香川俊介財務省総括審議官が、国家戦略局の事務局トップに就任すると噂されている。また『読売新聞』(2009年8月27日)によれば、国家戦略局に「10人程度の国会議員」が入ると共に、「首相秘書官と兼務させる」としている。

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高橋 洋(たかはし ひろし)
【略歴】1993年 東京大学法学部卒、ソニー(株)入社、1999年 タフツ大学フレッチャー大学院修了、2000年 内閣官房IT担当室主幹、2007年 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、東京大学先端科学技術研究センター特任助教、2009年より東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、成城大学非常勤講師、(株)富士通総研経済研究所主任研究員
【著書】『イノベーションと政治学 情報通信革命〈日本の遅れ〉の政治過程』勁草書房 2009年