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動き始めた包括的東アジア経済連携(2)

2009年8月25日(火曜日)

避けて通れないFTA

自由貿易協定(FTA)は経済連携の基礎となるもので、これを外しては地域的経済圏は成立しない。EUもNAFTA(北米自由貿易圏)も加盟国間の関税をゼロにしており、東アジアにおいてもFTAに従って関税が徐々に引き下げられ始めている。しかし、アジアのFTAは例外品目が多く、自由化の度合いが他のFTA よりも低いようだ。日本もコメを始め農産物の関税はなるべく除外しようとしてきたが、このようなやり方では豪州やニュージーランド(NZ)のように農産物の市場開放に強い期待をかける国との間でFTAが成立する可能性は少ない。今回の選挙で民主党が「米国とのFTAを締結する。」と打ち上げた途端、農業団体が反対の大合唱をあげたため、慌てた民主党が「交渉を促進する。」とトーンダウンさせてしまった。東アジアのFTA でも同様の反対が起こるであろう。しかしながら、どちらが政権を取ろうとも、将来的にはアジアとのFTAを避けることは出来ないのは明らかで、早晩、日本は決断しなくてはならない。

実は使われていないFTA

報告書の検討過程でアジア各国の間でFTAが締結されても、実際にはほとんど使われていない、ということが判明した。例えばタイから日本向け輸出でFTAによる関税率が適用されているのは22%、マレーシアからの場合には11%となっている。これではFTAの意味がない。何故そのような低い利用率なのかというと、(1)そもそもFTA があることを知らない、(2)事務手続きが煩瑣である、(3)関税引き下げ幅がわずかで金銭的メリットがない、などが理由のようだ。最初の理由に対しては政府もPR活動を積極的に開始しており、早晩、認知度は高まっていくであろう。しかし事務手続きについては、FTAの場合、当該商品がFTA 締結国で製造されたものであることを証明する書類を提示しなければならず(いわゆる原産地証明)、それが敬遠されているようだ。このようなこともあり、アジア域内で原産地規則の共通化を図って業者の負担を減らし、FTAを使い勝手の良いものにすることが当面政府間で行われる交渉となろう。

もうひとつの問題は、そもそも通常の関税率が低く、FTAによる関税引き下げが長期間にわたって徐々にしか行われない場合、FTA税率のメリットが乏しくなることである。言い換えれば、大胆な関税率引き下げの用意なしにFTAを交渉しても意味のある効果は得られないということであり、アジアのFTAが他の地域でのFTAと比べて質的に不十分であるという評価にもつながっている。

経済協力の効率化と透明化

経済協力はこの報告書の中でFTA と同等の重要性を持つ項目だ。発展の遅れた地域に対しては積極的に経済発展を助ける仕組みが必要だ。EUには昔から北ヨーロッパ先進国から遅れた南欧諸国に対する資金移転のメカニズムがあったが、東アジアにはそのような統一的仕組みがない。去る4月には日本の麻生総理が総額200億ドルの東アジア所得倍増計画を提唱した。すかさず中国も投資基金の設立を含むASEAN向けの8項目の協力プログラムを公表し、韓国も同じような発表をした。

日、中、韓国がお互いを意識して、アジア諸国向けの協力計画を打ち出すのは結構なことだが、実は構想の詳細はほとんど不明のままだ。これらが何の調整もなく進められれば、重複や不均衡が避けられない。今までほとんどの協力案件は二国間の交渉で決められ実施されてきたが、このような二国間協力の積み重ねだけでは歴史的なつながり、資源の有無などに左右され、東アジア全体として最適の経済援助になるか疑問だ。

また、援助の内容もインフラなど目立ったものや利権に結びついたものになりやすく、教育や職業訓練などの地道な活動や金にならない環境対策などは遅れがちになる。規格や標準なども提供国のものが持ち込まれ、アジアワイドで共通性が確保できなくなる。アジアがいくら高度成長を遂げたといっても経済協力に回せる資金には限界がある。紐付き援助では第三国からの安い物品の購入も出来なくなる。

報告書では、資金の効率的活用を確保するため東アジア全体としての開発戦略を議論する必要がある、としている。そのためには、どこでどのような協力案件が進んでいるか情報を提供し合うことが不可欠になる。各国から提供された個別プロジェクトの情報を一元的に整理し、東アジア全体としてのバランスを吟味し、最も効果的な経済協力の方法を全加盟国で検討すべきだ。

明らかになった制度的枠組みの必要性

東アジア全体の開発戦略を検討することは、CEPEA(東アジア包括経済連携, Comprehensive Economic Partnership in the East Asia)報告書の最後の章にある制度的枠組みの確立につながっていく。このような制度的枠組みについて検討して欲しいという要請は当初インドネシアから出されたものだ。筆者は永い間パリに本部のあるOECDで勤務したこともあり、ヨーロッパとの比較においてアジアがこのような制度的枠組みを持っていないことが、この地域にとって極めて大きな問題であると考えていた。この地域で経済連携が深まるにつれて、お互いに影響する度合いが高くなる。一例をあげれば、このたびの世界的金融危機を受けて、アジア各国の中でも保護主義的な動きをとるところが現れた。その結果、他のアジアの国が被害を被っている事例や、アジアから来た外国人労働者が半ば強制的に自国に返されているといった事例も出てきている。今後マクロ経済運営、貿易、環境など、あらゆる分野において相互の関係は高まる。とすれば当然、従来国内政策と考えられてきた事柄につても調整が必要になる。これがなければアジア全体としてまとまって世界に対して影響力を発揮できない。

4月のG20 ではCEPEA 地域から5カ国が参加した。世間ではG7の時代が終わりこれからはG20 だ、というようなことを言う人が多いが、それは実は皮相な意見だ。アジアの国々は出席こそしているが、共通の意見を持っていないから、大きな影響力を行使できないでいる。そうするためには事前に東アジアで政策調整が要るのだ。ASEAN10カ国の間では内政不干渉の原則があって、お互い国内政策には口出ししないことになっている。その結果、たとえばミャンマーの独裁政権に対してなんら意見を表明することが出来ず、国際的信用を失墜した。これに対してEU 加盟国は個別には決して大国とは言えないが、27カ国が事前に主張点を調整し、国際会議ではワンボイスで発言するから、存在感は衰えていない。アジアもこのような調整の仕組みが要る。

恒例になったAPEC 首脳会議も問題が多い。この会議は毎年1回、加盟国の持ち回りで開催し、討議内容も主催国が都合の良いものを取り上げている。プレス受けする格好の良い首脳声明を公表し、集まった大統領や首相に主催国の民族衣装を着せて写真を撮ってお仕舞いだ。そこで決まったことがその後どのように実施されたのかフォローも無いから、言い放しになる。翌年はまた次の主催国が別のテーマを取り上げる。これではAPECは形骸化するのみだ。議論を積み重ね、共通の目標に向かって前進するためには、首脳からのトップダウンのリーダーシップと事務局によるボトムアップの調査、分析の両輪が必要である。

始まった東アジア版OECDへの道

さらに将来を展望すれば、アジア諸国はこれから経済構造の変革が迫られることになる。米国への輸出に依存した成長はこれ以上継続不可能だ。地域内での需要を増やす必要がある。米国の所得の10分の1にも満たないアジア人が何故、米国人以上に貯蓄をするのか。年金や社会保障などのセーフティネットが無く、将来頼れるのは自分の貯蓄だけだからだ。これからアジアの国々では急速な高齢化が始まる。そうなる前に、最低限の社会保障制度を整備しなくてはならない。

各国に適切な助言が出来るような優れた経済、社会問題研究所が必要なのだ。先進国の場合、OECD がそのような役割を果たしている。実は東アジアにおいてもそのような萌芽はすでに出来ている。ASEAN 事務局はこのような政策調整の核となり得るし、ERIA(Economic Research Institute of Asia)は調査分析を通じた政策提言が可能だ。効率的な事務局と信頼度の高い調査分析機能が合体すれば、「東アジア版OECD」姿が見えてくる。これが完成すれば、アジアは本格的な経済連携に向けて前進することが出来る。

動き始めた包括的東アジア経済連携(1)

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根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役、2009年 取締役 エグゼクティブ・フェロー
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など