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思考停止の『ものづくり至上主義』から脱却せよ

2009年5月26日(火曜日)

2008年秋から急速に悪化した世界経済は今年3月以降、小康状態にある。米国の主要金融機関は一応「ストレステスト」に合格し、資本不足ではないことが判明した。株価は3月以降、急速に反転し、製造業でも在庫調整が終了し、下げ止まりが近いようだ。本当にこのまま本格回復に転じるのか、それとも再び下落するのか、確たることはわからないが、今回の世界経済危機からわれわれは何を学ぶべきか、考えてもよいタイミングではないか。

金融よりもひどい製造業

サブプライムローン問題が表面化し、米欧の金融機関が深刻な問題に直面していることが判明した当初、日本では、これは欧米銀行がリスクを無視して危険な金融証券を過剰なまでに買い込んだからで、日本の金融機関にとっては大きな問題にはならず、ましてや製造業には影響は無いと考えられていた。しかし昨年の秋以降、金融業よりも製造業の方が影響が大きいことが判明してきた。経済全体の動向を示すGDPよりも製造業の指標である鉱工業生産指数(IIP)の方が下落が顕著で、また先進国の中では製造業の比率が高い日本とドイツの低迷がひどい。真面目に『ものづくり』に勤しんできたのに、何故こんなことになるのか、今日本でもドイツでも議論が起こっている。

主要国のGDPに占める製造業の割合

【図1】主要国のGDPに占める製造業の割合

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サービス経済化は基本原則

GDP に占める製造業の割合を主要先進国についてグラフ化したものが【図1】である。コリーン・クラークが70年前に指摘したことだが、経済発展とともに、農業から製造業、そしてサービス産業へと産業構造が移転していく。【図1】で見る限り、これは現在でも殆どの国に該当している。このようなサービス経済化の理由ははっきりしている。供給サイドで見ると、製造業の生産性上昇率はサービス産業よりも恒常的に高く、より少ない人数で 必要な生産が可能になる。また需要サイドではモノは一巡してしまえば需要はそれ以上伸びないが、サービスでは繰り返し需要が発生する。製造業では国際貿易が進み、後発国に次第に市場を奪われる。しかし、これは経済発展の当然の帰結であり、サービス経済化を不健全と考える必要は無く、産業構造が変化するのを人為的にとどめるようなことはすべきではない。

ヨーロッパの工場:ドイツ

【図1】で注目すべきは、2000年以降、日本とドイツでサービス経済化に逆転する動きを示していることである。何故このような逆転現象が起きたのか。まずはドイツを見てみよう。

ドイツは1990年以降、東ドイツ統合の負担に加えて、労働市場の硬直化やユーロ圏発足時のマルクの割高レートなど様々な問題に直面し、かつての輝きを失っていた。しかしながら、規制改革や賃金の抑制、財政健全化などの努力を継続的に行った結果、2000年以降、ドイツの製造業は次第に競争力を増してきた。東ドイツや東欧の安くて良質な労働力が利用できる上、通貨統合の結果、域内では通貨問題や貿易摩擦の心配も無いため、ドイツの輸出は大いに拡大した。その結果、ヨーロッパ域内で分業関係が次第にはっきりしつつある。製造業はドイツに任せるが、金融は英国に、フランスは原子力や航空・宇宙、農業、バイオなど、イタリアはファッション、といった具合だ。こうしてドイツは中国をも凌いで世界最大の輸出国となっている。反面でドイツ以外のヨーロッパ諸国では製造業の比率は更に低下し、EU 全体としては、クラークの原則の通り、徐々にサービス化が進んでおり、EU全体では貿易収支が赤字となっているから、米国との間で不均衡問題は無い。

円安と賃金安が産業構造を歪めた

日本の事情は大いに異なる。日本の製造業の比率が高まったのは、2003年以降、自動車とデジタル家電の輸出が異常に伸びたからだが、その背景にあるのは異常な円安と賃金安である。日本の賃金は90年代後半から、生産性の上昇にもかかわらず、マイナスの成長が続き、しかもその間、円レートは2007年まで継続的に下落した。その結果、外国通貨で計算し直した日本の賃金は2000年と比較すると2007年時点でヨーロッパ諸国に対しては2/3、米国に対して2割減、アジア通貨に対しては半分と、異常な水準に落ち込んだ。この結果、輸出が中国や米国向けに急速に伸び、それが2002年以降の「戦後最長の景気回復」の要因となった。数年前、製造業の国内回帰が言われたが、それはこのような背景があったからである。

輸出に最大貢献したのは自動車である。日本のGDPに占める自動車の割合は3%(米国は0.7%)、ガラスやタイヤ、電子部品などの関連産業も含めると経済の1割は自動車産業という、異常に高い依存率になっている。自動車産業の成功は単に数字以上に日本人のメンタリティに影響を与えた。地方自治体の首長の間では、地方活性化の決め手は自動車関連の工場誘致とばかりに誘致競争を展開した。企業経営者もトヨタ生産方式を積極的に導入することに熱心だった。自動車産業にくっついていれば大丈夫、というような安易は発想が広まった。

アジアの工場にはなれない日本

将来を見ると、はっきりしていることが2つある。米国の過剰借金と過剰消費はこれ以上続かない、ということだ。米国市場に直接間接に依存した今までの企業戦略はもう終わりだ。昨年秋からの円高は、異常な円安の修正程度のことで、決して極端な円高ではないが、円安に慣れた企業には大いにダメージとなった。これからは先進国の1/10の所得水準にある中国やインドなど新興国が主戦場になる。欧米で売れたものがそのままこれらの国で売れるとはとても考えられない。全く違ったやり方で生産、販売することになろう。今までの長所が弱点に転じるかも知れない。製造業の比率も元の長期的傾向に戻って徐々に下落していくであろう。サービス産業をどうするのか、いよいよ待ったなしだ。

もう1つは、ドイツと違い日本の周辺国が、韓国、台湾、中国など悉く製造業で日本の競争相手になる、ということだ。分業関係をうまく構築し、日本は何をやるのか、やらないのかはっきりさせなくてはならない。ものづくりの現場はいやがうえにも周辺国に移動し、国内ではより知的かつ創造的な活動が求められる。

考え直そう、「ものづくり至上主義」と「現場主義」

日本の企業人が金科玉条のごとく信じて疑わなかった「ものづくり至上主義」「現場至上主義」も、もう一度考え直してみてはどうか。もちろん「ものづくり」も「現場」も大切なことを否定するつもりは無い。しかし、今回の世界経済危機の日本へのインパクトを見るにつけ、日本人特有の「巧みの技」や愚直にものづくりに勤しむだけで、日本の将来が開けるとも思えない。これらの考えに共通の欠点は「物でないモノ」すなわち、情報やソフトなどの価値を過小評価しがちなことだ。また「現場」だけでは、遠い将来や戦略レベルの問題を見失う。特に「理論」を軽視する危険が大きい。日本の経営者が金融工学や排出権取引に対して情緒的な反発をするのを聞いていると、そのように感じることが多い。制度や仕組み、標準といった分野で日本が弱いのも同じ理由だ。古い発想を捨てて新鮮な頭で考える時が来ている。

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根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など