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「循環型社会」に向けた産業転換の展望

2009年5月25日(月曜日)

はじめに

4月24日に発表した「オピニオン」の中で、私は消費社会の次に来たるべき社会として「循環型社会」を挙げ、その実現における課題と解決へのアプローチを示した。「循環型社会」は昨今の「グリーン・ニューディール政策」を始めとしたグローバルな環境への取り組みの延長上にある、再生可能エネルギーのみを用い、新規に投入する資源の量を自然の再生力の範囲に留めるというルールに基づく、持続可能な社会である。

我々は今、「環境の時代」の突入し、従来の消費社会から「循環型社会」への転換の只中に居ると言ってよい。これに伴い、世界の産業はどのように変化していかなければならないのだろうか。そしてこの転換期に我々はどのような取り組みを進めなければならないのか。以下、アーヴィング・フィッシャー(1867-1947)の説く「資本」の概念に基づき、従来の産業について分析し、「循環型社会」に向けた転換について展望してみたい。

フィッシャーの資本概念に基づく「富」のモデル

「富」というものの捉え方については様々であるが、フィッシャーは広義の資本を富と捉えた。彼はストックとフローを分けて捉え、人的なものを含めた製品やサービスを生み出す原資を始めとして、金額に換算され得ずとも、あらゆる蓄積されたものを全て資本として捉えた。

フィッシャーの資本概念は、現在も環境経済学等の分野で用いられているが、以下では資本を自然資本、人工資本、人的資本の3つから構成されるものとして考える。

まず、自然資本とは正に自然のことであり、再生可能なものと非再生可能なものに分類される。再生可能なものには森林、河川、生物生態系等が含まれる。これらは採取や汚染に対してある程度の再生力を有しているが、この再生力を超えた負荷をかけることは自然破壊と呼ばれる。また非再生可能なものには化石燃料や鉱物等の、自然が再生力を有していない資源が含まれ、この資本の量には採取による目減りの方向しかない。自然資本は自然自身の再生および人類による環境保全活動の一部(植林等)によって増加し、資源の採取や環境汚染によって減少する。

次に、人工資本とは人類が作り出したモノやサービスであり、有形のものと無形なものに分類される。このうち無形なものには情報(知的財産等を含む)やサービスが含まれる。また人工資本は公的なもの私的なものに分類することも可能である。公的なものには水道や電気、ガスといった公的インフラが含まれ、私的なものには各企業や各個人が所有する人工の資産が含まれる。人工資本は、工事や製造、サービス開発等によって増加し、解体や廃却、老朽化等によって減少する。

そして、人的資本とは労働力や知力といった、人的能力の総量である。人的資本は医療や教育によって増加し、疫病等によって減少する。また人的資本は、活用によって減少することはない。

「富」は人類の豊かさを測る一つの尺度である。従ってこのモデルにおいては、資本の量を増加させることが、人間が豊かな生活を送るための命題となる。

資本の視点から見た従来の産業

このモデルにおける資本の視点から従来の産業(第一次~第三次産業)を分析すると、以下のようになる。

第一次産業は自然資本を活用した産業である。このうち、農業、林業、漁業は、自然の再生力を利用したもので、それを超えない範囲の活用にあたっては、資源の活用と保全を繰り返すことで長期的には資本の量を減少させることはない。一方、鉱業(石油やガスの採掘を含む)が対象とする自然資本には再生力はなく、採掘によって資本は不可逆に減少するしかない。

第二次産業は、自然資本を人工資本(うち有形なもの)に変換する過程を通して富(資本)を増加させる産業であると言える。この過程は、第一次産業に連鎖し、自然破壊や非再生可能な資源の採掘を促し、自然資本の不可逆な減少を導く。

第三次産業は、人的資本から人工資本(うち無形なもの)を生み出す産業である。この過程においては、人的資本を減少させることなく、人工資本を増加させることが可能である。これが第三次産業単独で完結する場合は勿論あるが、ソフトウェアの開発が例えばデジタル機器のように、ハードウェアの開発や製造を誘発し、第二次産業、第一次産業に波及した結果、自然破壊や非再生可能な資源の採掘に繋がる場合も多分にある。

自然資本、人工資本、人的資本と3つの産業

【図1】自然資本、人工資本、人的資本と3つの産業

このような従来の産業を、「持続可能な社会」を理想として見つめてみると、以下の問題点が浮かび上がる。まず第一に、第一次産業の一部と第三次産業の一部を除く殆ど全ての産業が、自然破壊や非再生可能な資源の採掘を促す構造となっている。逆に言えば、自然資本の活用、その中でも特にそれを人工資本に変換する過程こそが、経済を支える大きな柱になっており、この過程に依存しているのが従来の経済であると言えるのかもしれない。そして第二に、植林等の自然資本の直接増強以外の環境保全費用を、どの資本の増加にも関連づけることができない。これは、環境保全費用の殆どが富の創出に寄与していないことを意味する。このモデルの資本をB/Sと見なし、これを原資としたP/Lを想定するならば、環境保全投資は外部費用、あるいはせいぜい税金の位置に置くことしかできない。これは従来の社会における環境に対する意識の趨勢を表しているようにも見える。

「循環型社会」に向けた産業の転換

それでは「循環型社会」への移行において、産業はどのように転換していかなければならないのだろうか。「循環型社会」においては、このモデルに「新規に投入する資源の量を自然の再生力の範囲に留める」という制約が加わることになる。

まず自然資本のうち、非再生可能な資源の採掘が認められなくなる。これは自然資本を人工資本(うち有形なもの)に変換するという第二次産業の屋台骨が崩れることを意味する。自然資本を活用する産業は農業、林業、漁業および再生可能な資源を用いる第二次産業のみになる。

このようにして、これまで人工資本を増加させてきた巨大なルートが絶たれると、人工資本は人工資本自身あるいは人的資本を原資として生み出す以外に手が無い。特に有形の人工資本の創出は、老朽化した製品の保守またはそのアップグレードによるものが中核を占めることになるだろう。これは製造業のサービス業色の強い業態への変容を意味する。またそれに伴い、情報・サービス業は、ハードウェアの開発や製造を伴わない、自己完結型のものにシフトしていくことになるだろう。

このように「循環型社会」においては、従来の産業において認められていた自然資本の不可逆な減少を食い止めることができる。また環境保全にかかる費用は人工資本の再生過程の原価にスムーズに乗せることが可能になり、環境保全活動は富の創出に寄与するものとして認知されるようになる。これら2点については、従来の産業が抱えていた問題が「循環型社会」への転換により解消されることとなる。

しかし、非再生可能な資源が保護されることにより、これ自身の富としての価値は失われ、また従来ここから生み出されてきた人工資本への変換ルートが絶たれるため、我々はこれらの富のロスを補う手段を新たに講じなければならない。

「循環型社会」への移行に伴う資本の減少

【図2】「循環型社会」への移行に伴う資本の減少

以上の考察から、富のロスを補うため、我々は「循環型社会」に向け、以下のような産業の転換を行わなければならないだろう。

  • 農業、林業、漁業における自然の再生力の制御性向上
  • 第二次産業における非再生可能資源から再生可能資源活用への転換
  • 高度リサイクル技術の開発とそれに基づく製造業のサービス業的業態への転換
  • 情報・サービス業における更なる開発力、提供力向上と自己完結型への転換

以上に併せて、情報・サービス業の拡大を担う人材力の強化も必要となる。

「循環型社会」への転換に当たっての富のロスを補う鍵となるのが、今般の経済危機の引き金となり、「環境の時代」の扉を開いた金融バブルの近親の関係にある、情報・サービス業であることは注目すべきである。これは我々が益々、形がなく価値が明確でないが、しかし価値の膨張性のあるものに経済的に身を委ね、ある種混沌とした、個人の分別が問われる社会へと移行していくことを意味する。しかし、「循環型社会」の思想が、これまで人工資本を生み出す大きな源であった自然資本を守ることに根差していることは、必然的に社会が広義の情報化社会へと益々移行せざるを得ないことを意味するのかもしれない。

「循環型社会」の実現に向けて

以上において、来たるべき「循環型社会」に向けた産業の転換について考察を行ってきたが、些か現実離れした議論のように思われるかもしれない。しかし、世代間平等の倫理の視点から見ると、産業革命以降、自然を制し、将来の世代の生存を脅かす自然資本の利用を続けてきたこれまでの産業の時代こそが、長い歴史から見ると特異な時代であったのかもしれない。つまり、現代の常識が歴史上の非常識である可能性も大いにあり得るということである。まず我々はこの点に疑いの目を向ける必要がある。

しかし、ここで翻って現実に目を向けてみると、喫緊の経済危機や失業問題を含め、「環境の時代」に課せられた課題は多く、「循環型社会」実現への道は平坦であるとは言えない。本稿において提唱した産業の転換についても、先進国と開発途上国との間で達成までの距離は大きく異なる。公的インフラや教育、医療が整備されていない国は、まずその整備に着手しなければならないし、日常の必需品が充足されていない国には、それらを提供しなければならない。要するに、第一次産業や第二次産業は、グローバルレベルではまだその役割を果たし終えていないのである。

このような現実を前に、我々が「循環型社会」へとソフトランディングしていくためには、環境問題を共時的な世代内格差と、通時的な進化論の2つの観点から捉え、取り組みを進めていく必要がある。まず我々は、国の発展レベルに応じた産業基盤の整備や産業の転換を進め、グローバル発展レベルの底上げを図っていかなければならない。そのグローバルな発展レベルの向上と共に、「循環型社会」への転換は、その適応領域を広げるような形で進めていくべきであろう。また「循環型社会」実現の中核である、新エネルギー技術や高度リサイクル技術の開発もまだまだこれからの課題であり、持続可能な社会を見据えた着実な取り組みが必要である。

【参考文献】

  • 諸富徹『環境』2003 岩波書店
  • パーサ・ダスグプタ『経済学』2008 岩波書店

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遠藤亘

遠藤 亘(えんどう わたる)
(株)富士通総研 内部統制事業部 シニアコンサルタント
【略歴】1995年 東京大学大学院工学系研究科修士課程修了、住友電気工業株式会社を経て、 2001年 (株)富士通総研入社。
コンプライアンスを中心としたコンサルティングに従事。