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Japan

見識に欠ける円安期待

2009年2月17日(火曜日)

2月16日に2008年第4四半期のGDPの速報が発表になった。年率換算でマイナス12.7%という、かつてない大幅な落ち込みとなった。この最大の要因は、それまで日本経済を牽引してきた輸出が13.9%の落ち込みとなったことである。これを受けて国内の経営者や一部のエコノミストから「政府が為替市場に介入して円安に誘導していくべきだ」という声が出ている。だが、これは現在わが国が置かれた状況を理解しない、見識を欠いた議論である。以下にその理由を説明しよう。

【図】実質実効為替レート

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円はそれほど高くない

第一に、円は2000年以降の長いスパンで見れば決して異常に高いわけではなく、昨年秋以来の円高は過去の平均的なレベルに戻った程度に過ぎない。【図】は日銀が毎月発表している実質実効為替レートの動きをグラフにしたものだ。円は2001年以降、長期的に下落を続けている。最近になってからの反騰は急であるが、水準としてそれほど高いわけではない。この数字は「実質」つまり物価変動を調整したものである。日本の場合、他の国より物価上昇率が低かった、というよりデフレ基調であったため、円の購買力は高まっていたわけである。本来であればそのような通貨の為替レートは上昇してしかるべきであるが、円は下落し続けたため、物価の安定の効果が重なって異常な円安が続いた。ほとんど上がらない賃金と円安との効果が重なって、わが国の輸出が異常な勢いで増えていった。これが戦後最長の景気回復の実態だ。外需依存の成長が続いたのはこのような長期にわたる円安によるところが大である。

なぜ円安がかくも長期に続いたのだろうか。ひとつは、政府、日銀による円安操作である。2001年以降、日本経済は不良債権処理に手間取り、日本経済全体が崩壊するのではないか、という懸念が世界的に広まった。それを回避するためには円安を通じた輸出の拡大しか道はなかった。このことは米国を始め、他の先進国でも止むを得ないものとして、黙認された。事実、日本政府は2004年3月までかなり大規模な為替介入を続け、それが日本経済の回復の糸口を作った。その後米国の金利が上昇するにつれて、内外の金利差が拡大し、国内の投資家が利ざやを稼ぐために、資金の海外流出が進むようになった。いわゆる「円キャリー」である。この結果、円が売られ、円安が続くことになった。2007年夏以降、サブプライムローン問題が顕在化して米国の金利が下がるにつれて、米国に流出していた資金が戻ってくるようになり、円高に転じることになった。「逆円キャリー」である。これが最近の円高の背景である。こうしてみると、政府の円安操作に活路を求めようとするのは内需主導の成長戦略に正面から反することになる。

米中の為替論議

第二はオバマ政権の下での米中経済関係だ。ガイトナー新財務長官は議会での証言で、「オバマ大統領は、中国が為替操作をしている、と考えている。」と語った。中国政府が為替市場に介入して人民元の急上昇を抑えているのは公然の事実であるが、中国政府は否定し、米中間で論争となっている。米国が中国の為替操作を非難しているときに、日本政府による円安操作を受け入れるということは、ダブル・スタンダードとなり、あり得ない。日本も中国同様、大幅な経常収支黒字国だ。このあたり、日本の経営者の国際的感覚はお粗末と言わざるを得ない。

保護主義とみなされる為替操作

国際感覚欠如ということであれば、為替管理も保護主義であるという認識を持つべきだ。筆者は通産省で長年日米通商問題に拘わってきた。米国は確かにさまざまな輸入制限やバイ・アメリカン政策などで保護主義的政策をとってきた。だが、それを非難すれば返ってくる答えははっきりしている。「日本やアジアの市場開放は十分でない、為替市場に介入し、人為的に輸出を促進している。米国の保護主義を非難するのであれば、日本も市場開放を進め、為替操作を止めるべきだ。」つまり、米国の保護主義を非難するのであれば、円安操作など期待してはならない。先日ローマで行われたG7財務相、中央銀行総裁会議で、日本の一部の人たちの期待に反して為替介入を是認するような意見が出なかった。初めからそのような議論は成立する地合にはないのである。

今、世界は文字通り世界経済危機の最中にいる。一国が為替レートを操作して輸出を拡大することでこの苦境を逃れようとすれば、「近隣窮乏化政策」のそしりを免れない。2002~3年で円安操作が許されたのは、あの時日本だけが低迷していたからだ。全世界が苦しんでいる現在、そのようなオプションはわが国にはない。

いつまでも続かない円高

だからといって円高がさらに進むとは筆者は考えていない。既に米国の金利はゼロに近いところまで下落し、内外金利差は事実上なくなった。したがって「逆円キャリー」も自ずと止まり、1ドル85円~95円くらいで落ち着くのではなかろうか。そしてさらに2~3年先を考えると、米国は景気回復が確実になった時点でインフレ対策に軸足を移すことになる。膨大な財政赤字を放置できないからだ。そうなれば米国金利は再び上昇し、円が流出し、円安に戻っていく可能性が十分あると見ている。わが国では昔から「ドル暴落説」や「ドル基軸通貨崩壊」といった考えがあるが、現在ドルは主要通貨の中では最も堅調だ。ユーロや、ポンド、スイス・フランの動きを見ればよくわかる。ドルに代わる通貨が近い将来出現するとも思えない。国際通貨体制はそれほどフラジャイルではない。

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根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など