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【シリーズ】世界金融危機・・・富士通総研のエコノミストはこう考える

5.金融危機の産業への影響をどうみるか

2009年1月13日(火曜日)

同時に生じた2つのショック

米国発の金融危機が瞬く間に世界に広がり、既に下降気味で、不況の下地を作っていた実体経済へさらなるダメージを与えるという2つのショックがほぼ同時に生じた。こうして世界経済は、先が見えない濁流に飲み込まれた。

直近まで好調であったわが国の産業活動にさえも急ブレーキがかかった。他産業に与える影響が最も大きい自動車産業に生じたつるべ落とし的な生産減少で、自動車部品・付属産業は言うに及ばず、プラスチックや鉄鋼などの素材、さらに派遣業などの対事業所サービス、果てはリースや広告まで、次の生産見通しが立たない程の混乱だ。両輪の一方のIT産業も悲惨であり、鉱工業生産全体で見ても、対前期比10%を超える大幅な落ち込みが始まっている。こうした現象が世界各地で同時に発生し、産業界は茫然自失の状態である。

しかし我々は、こうした不幸をただ嘆くだけでなく、次の有効な新たな手を素早く打つ必要がある。そのために、今回の状況がなぜ生じたのか、何がこれまでに無かった新現象で、それは不可逆的変化か循環的変化か、それらは産業にどう影響するのか、今後有望な産業分野は何なのか、といったことについて冷静に検討する必要があるだろう。

金融危機はなぜ生じたか

今回の金融危機は、いくつかの複合的な要因が重なって生じた。

発端は、米国の住宅バブルだ。しかしバブルは、これまでも株やIT製品や土地など、対象を変えてほぼ10年に1度の割で繰り返してきた。100年に1度の現象の根本的理由とは納得できない。本質的なのは、米国の住宅バブルで、金融工学により複雑な金融商品が巧みに生み出され、正確な評価ができない格付け機関が高い評価を与え、2000年代に入り次第に整備された国境のない金融市場で、リスクが瞬く間に世界に分散されてしまったことだ。つまり、高リスクで複雑な商品が、リスクが見えやすい相対取引でのチェック無しに世界で市場取引され、リスクの実態が世界的に不透明になった。住宅バブルの崩壊とともに、金融商品の妥当な価格がわからなくなり、買い手もつかず、保有するとみられる金融機関間で信用に関する疑心暗鬼が蔓延し、始末のつけようがない混乱が世界に同時に広がった。

本来金融は実体経済を支援するためのものだ。しかし、米国での規制緩和のやりすぎと、金融工学の拡大とが相まって、4-5%程度の実体経済の年成長率を遥かに超える年率9%程度で金融資産が膨張し、カネがカネを生み、金融産業、特に投資銀行が実態産業を差し置いて富を生む主役となった。金融資産が実体経済の何倍も多くなるというおかしな乖離が生じ、金余りで運用先が無い中で、金融機関が国を超えて、ひたすら利益を求める行為にも監視が緩くなっていた。

もう1つの背景は、米国民の過剰消費体質だ。米国の家計は借金してまでも消費する。株や住宅の値上がりを担保にした借金依存型消費で、米国家計部門の借金残高は、可処分所得の1.4倍もある。こうした消費は住宅、自動車、高級品など多くの商品におよび、ローンで簡単にモノが買え、しかしそれが皮肉にも世界の市場を潤わせてきた。

金融危機を境に生じる5つの潮流

膨れ上がった欧米の住宅バブルがはじけ、金融危機が生じ、消費を脅かし、既にピークを超えていた実体経済にさらなる悪影響を及ぼしている。この過程で、これまでは見られなかった幾つかの動きが顕在化し、それが今後の実体経済や産業・企業のあり方に大きな影響を及ぼし始めている。幾つかの重要な動きとその影響を例示したい。

第1の動きは、金融産業の役割への疑問と、それに伴う金融規制緩和から強化への動きである。

第2は、米国民の消費力の縮小である。ここ1年間で米国の個人資産が約9兆ドルも消え去り、膨大な債務が残り、消費者が将来に不安を感じ出した。ローン審査の厳しさも増し、今後身の丈にあった節約生活、消費減退が始まることは確実だ。

第3は、各国で金融産業はまだしも、欧米、中国、台湾などで自動車産業や半導体産業に関しても保護主義の動きが強まる傾向が出て来ている。関連して、政府主導の膨大な市場刺激策がとられ、政府の関与の仕方が大きくなるという転換が見られる。

第4は、米国一極集中の弱まり、ドル威信の弱まりが続くと見られることである。

第5は、今後とも経済調整のスピードが、インターネット化、グローバル市場化・サプライチェーン化の進展で、一瞬のうちに、世界的に、激しくなることだ。

産業に与える影響はどのようなものか

上記の新たな5つの潮流で、産業はどのような影響を受けるのかを考えてみたい。

第1の金融のあり方、規制強化であるが、近年の、特に米英を牽引してきた投資銀行主導型金融産業の存続意義が崩れた。「製造業から(投資型)金融業へ」という「産業構造の高度化」では、一部の強欲な金融エリート以外の大多数の国民は決して幸せにはならない。後講釈を承知で言えば、実体経済の成長率から大きく乖離した高成長率の金融が国の成長を牽引するという金融立国論はもともと虚構だ。モノ造りなど実体経済の重要性が改めて見直され、実体経済に寄り添い支援し、リスクを見える形にして多くの人で分け合うという金融産業本来のあり方が目指される。金融に過度に依存しない産業社会の構築を目指し、誰かが規制しているだろうという他人任せでない確実な規制のあり方、過大なレバレッジの防ぎ方を求める動きが主流になる。

しかし、人間の欲望が無限なこともまた動かせない事実だ。こうした規制が強化された後でも、再び新たな姿をまとった投資業務が、違う顔の金融工学理論を引っさげて復活することもほぼ間違いない。同時に規制のあり方にも、国の関与による規制には非効率性が伴うので、市場の効率性の優位性を声高に訴える動きは必ず起こり、そのせめぎあいが続く。何事も一方向には進まないだろう。

第2の、米国の消費縮小により、米国への輸出が大きく減少し、各国の輸出型産業に大きな悪影響を与える。自動車およびその関連製品、大型デジタル家電はじめ高額電気製品とその関連製品が該当する。また高級品なども米国民の節約志向が強まり低迷する。ただし米国では低価格品嗜好が強まるので、中国地場産業は比較的影響を免れそうだ。さらに、市場が縮小し、少なくなった市場パイを争うことになり、企業の再編のうねりが高まる。自動車産業、素材などその連関産業はじめ多くの分野で再編は必至である。

しかし、米国民の過剰消費志向は、それほど簡単には直らないだろう。金を貸したい人と消費したい人が存在する限り、貸す方法をいかようにでも編み出すのが人間とも言える。当面過剰消費の度合いは減り、節約志向は高まるが、米国人の消費気質を短時間で完璧に直すことはできず、またダメージのない新たな移民も多く、米国の消費は徐々に復活する。

第3の保護主義の顕在化については、一時の保護は、自動車など破綻の影響の大きさを考えれば現実には致し方ない面もある。問題は、本来なら市場から退出すべき非効率企業が残り、競争力がある企業が弱体化し、環境分野など将来に不可欠の投資が困難になるといった悪影響が、自国民にも跳ね返ってくることだ。当該企業の高コスト構造の解消、将来の重要な技術への投資などに結びつくような方向で、なおかつ強い企業中心に再編が進むような方向で、かつ時間制限をつけて保護政策を打つ必要がある。

また保護主義とは異なるが、各国の内需指向型産業振興刺激策が活発になる。市場の縮小を避けるために、各国で大規模な財政支出が計画され、それを新たな競争力を持つ産業育成に結び付けられた国が、今後優位な立場に立つことになる。現在まで発表された各国の対策を見ると、環境分野、ヘルスケア分野、公共投資などが対象で、特に環境、ヘルスケア分野は今後政府支援により大きく進展しそうである。しかし深い景気の谷を救うための見境の無い財政投資は、新たな山の高いバブルの発生懸念を孕み、将来の崩壊をさらに財政投資で救うなど、国の借金体質が際限なく膨張する危険が残る。

第4の米国、ドルの弱体化に関しては、G20など世界の方向を決める新たな体制への依存度が高まる。また基軸通貨国が規律無くドルをばら撒いて世界経済が回るやり方が持続的でなくなる。現在一時的にはドル回帰がみられるが、ドル安不安は常に頭から離れなくなっている。現状では中国、ロシア、中東など米国とは価値観がかなり異なる国にもドルが蓄積されており、これがどう政治的にも使われるのかは、今後の政治や産業に与える影響も大きい。また既に中国や日本の米国債購入金額の大きさから、ドル危機に関して3国は一蓮托生であり、今後の日米中の政策のあり方は、この実態を前提に占う必要性が高まる。

第5に経済の調整が、とてつもなく速くグローバルに広くなったことである。ブロードバンドインターネットの活用や世界的なサプライチェーン構築により、情報が瞬く間に世界に広がり、消費者・市場の不安が即座に世界に伝わる。各種経済指標グラフの下ぶれの急角度さが、全く新たな市場調整のあり方を余すところ無く示している。速く広く変化に反射的に共鳴しないと、たちまち対応が手遅れになるという恐怖が企業にオーバーシュート的な過剰対応をとらせる危険もある。非正規社員のリストラなどの雇用調整はこうした過剰対応の一環という面もある。しかし今後もこのような雇用調整は続くと見られ、セーフテイネットを構築し、解雇者の教育を行いながら早い市場の回復を待つという流れにならざるを得ない。失敗すれば、反グローバリズム、反自由貿易の動きが強まり、保護主義の動きが各国民の中から出てくる危険があり、外需に頼らざるを得ない日本にとって大きな脅威となる。

どのような方向に向かうのか

今後の日本の対応を考える上では、金融危機対応、実体経済対応、社会変革対応と分けて考える必要がある。ここでは特に実体経済面に関して考える。消費が冷え込む中でも買ってもらえる、魅力的な新製品やサービスで需要を創り出す懸命の努力が企業に求められる。今年中に各国が競う大型の経済刺激策の恩恵で一時的な回復はあろうが、その後は息切れする恐れが強い。本格回復は2010年頃と見られ、そこに向かっての産業トレンドを知ることは重要である。以下で幾つかのトレンドを示してみたい。

●内需志向

当面米国市場に過度に頼れないため、輸出国は新興国市場を開拓するか内需型製品産業をより振興する必要がある。

中国では成長の低迷で雇用問題が生じる可能性が高く、食品加工などの内需産業育成のための外資導入等と共に雇用吸収力のある内需型産業としてのサービス業を振興することが重要となる。日本の内需型サービス産業が、中国のサービス産業振興で協力するチャンスである。流通、小売、物流など、日本のノウハウを活用できる分野は多い。

もっとも中国の個人消費は、年金などの将来不安があり、牽引力は非常に弱い。個人消費主導よりも財政支出に頼ることになる。今回示された景気刺激策でも、交通・送電インフラ、住宅などと共に、環境などがターゲットになっている。わが国企業がこの刺激策に貢献できる分野は、環境やエネルギー面など多くある。インドなどでも、交通インフラや環境対策など、まだまだ内需面でやるべきことは多くある。こうしたアジア各国の内需振興に対して、日本は積極的に貢献すべきである。

米国では、オバマ政権の下でIT投資をより活発化し、ブロードバンドアクセスの拡大、カルテの電子化、送電網の改善などの内需振興策が提案されている。

日本でも、人口減少による市場の縮小や、金融資産が特定高齢者へ集中しているのに高齢者さえも将来不安で消費しないなどで、長年期待は高いが内需はなかなか拡大しない。こうした高齢者に、消費を促進してもらえる商品開発が必要で、介護、ヘルスケア、ペットなどの開拓が課題となる。

また内需期待分野では農業や林業にも注目が集まる。今後の世界人口増加の中で、食糧の奪い合いは必至であり、食糧確保のためにも日本の農業の再建は待ったなしである。農業製品販売の国際展開と企業化というターゲットもある。また林業も、戦後植林したものがようやく製品化できる50年を超え始め、産業として、また環境問題の解決策としても林業を見直す必要がある。

●環境志向

環境志向産業への期待も高い。米国ではオバマ新政権が、再生可能なエネルギー開発に 10年間で1,500億ドル投資する。石油価格は現在反動的に下落し、逆オイルショックとも言える状況だが、いずれ石油枯渇を見据えて価格は上昇し、ポスト石油燃料・原料型製品、再生可能エネルギー開発が今後の重要ターゲットとなる。目ざとい米国のベンチャー資金も環境分野にシフトしている。

各国企業も太陽光発電事業に向けた太陽電池材料や電池製造装置など、様々な技術開発が進む。関連技術を持つ企業は、政策的に環境分野に財政出動させる国に経営資源を向けることになる。技術を持った企業をその国に誘引することになり、各国の政策競争が進展する。太陽電池だけでなく、電気自動車、地熱発電、原子力発電などの産業も今後の牽引産業と成り得る。電池などでは、製品規格の標準化を先導することが競争上不可欠で、そのためには自国での早い市場構築が必要だ。

大きな市場となる中国においても環境問題は待ったなしで、水問題、空気汚染問題など で日本企業が中国企業と協力するチャンスとなる。

●低価格・節約志向

米国はじめ、市民の消費が節約志向になっている。低価格製品は、突然消えてしまった先進国の従来型市場を穴埋めできる新たな新興国市場の中心的製品になる。低価格であり、かつ質が良い製品を開発する必要がある。

自動車においても、小型、低燃費車の需要は新興国を中心に、先進国でも拡大する。今後の自動車業界をリードするのは、こうした小型、低燃費車の開発に強みを発揮する企業だろう。ルータが交換機を、パソコンがメインフレームを凌駕したように、当初低機能で低価格品が最後には高機能で高額品を凌駕するという電気製品で見られた動きが、自動車など機械産業でも見られる可能性が強い。

●産業の再編・企業買収

上記動向とは別に産業の動向を検討する上で外せないのが産業再編の動きだ。金融危機不況を乗り越えたその先の産業界のプレーヤーは、現在とは一新されている可能性が高い。また特に円高が進み、金融機関の痛手が少ない日本企業の動きとして、国際的な企業買収も進行するだろう。産業再編では、各国の消費市場の縮小に伴う市場獲得競争が激化し、競争力のない弱小企業の淘汰が進む。特に自動車市場の急速な市場縮小に伴って、自動車に関連する自動車部品、鉄鋼など自動車素材、さらに電機産業としての半導体産業などで進む。また企業買収では、今後の自社国際展開において有効な海外企業を買収するチャンスである。既に医療、食品など、海外展開に遅れていた企業による大型買収が見られる。

結局わが国は、高齢者消費を促す内需振興と、特にアジアの環境・省エネ・生活基盤等インフラ開発中心の発展に寄り添って成長できる企業能力を構築することが重要になる。

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【調査・研究】


安部 忠彦(あべ ただひこ)
(株)富士通総研 経済研究所 研究主幹
【略歴】1978年 東京大学大学院理学系研究科地質学専攻修士課程修了、(株)三菱鉱業セメント、(株)長銀総合研究所を経て、1999年 (株)富士通総研入社、2006年より現職。
【著書】情報化と経済システムの転換(共著) (東洋経済 2001年)、新リーデイング産業が日本を変える(単著) (日本プラントメンテナンス協会 2000年) など