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【シリーズ】世界金融危機・・・富士通総研のエコノミストはこう考える

1.明るい兆しの見え始めた米国経済

2009年1月5日(月曜日)

2008年末時点で米国には明るい指標はまったく見えない。エコノミストも悲観的な見方を強めている。しかし、このような悲観論は米国経済の適応力を過小評価しており、バランスを欠いている。あえて通説とは異なった視点から米国経済を検討してみることにする。

2008年9月以降加速的に悪化

米国経済は2007年秋から徐々に減速していたが、特に2008年9月15日のリーマン・ショック以降、急速に悪化している。ブルームバーグがまとめた民間エコノミストの平均的見通しは最新で2008年12月10日のものだが、それによると2008年第4四半期の成長率はマイナス4.3%と大幅な落ち込みになると見られている。国際機関の見通しは2009年平均ではマイナス0.5%からマイナス0.9%であるが、もっと大きなマイナスになる可能性がある。原因はサブプライムローンの焦げ付きに発する金融問題だが、住宅ローンから消費者ローン、自動車ローン、さらに大学生向けのローンまで貸し渋りや貸し剥しが広まっており、いまや経済全体の後退になっている。折り悪く米国は新政権への移行期間中であり、決定的な政策は2009年1月以降にならざるを得ない。それでもかつての日本よりは迅速に行動がとられている。2008年9月以降だけでも連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)の救済、AIGへの緊急融資、7,000億ドルの景気刺激策などが採られ、市場に一定の安心感を与えたのは事実だ。しかし景気後退の勢いを止めることにはならず、2008年末の時点では市場は新政権の経済政策を見守るまで大きく動きそうにはない。

金融機関は半減するも残った銀行は財務改善に動く

2009年以降の米国経済はどうなるのか。2009年後半から緩やかながら回復に転じる、という見方から2010年いっぱい景気は低迷するという悲観論までさまざまだ。国際機関の見方は概ね前者だが、金融関係者はより慎重な見方をしているようだ。それは問題の源泉が金融機関であり、その財務内容が悪化しているからだ。自分の問題の深刻さを知っているだけに、楽観的にはなれないのだろう。実際のところ米国銀行の住宅ローンがらみの損失額は公表されているものだけで、2008年11月半ば時点で4,000億ドルを超えており、さらに拡大する可能性がある。損失を出した金融機関はそれに見合う引き当てを行わざるを得ず、そうすれば自己資本を減額することになり、BISのルールである貸し出し残高の8%以上の自己資本を維持するためには、貸し出しを減らすしかない。こうして貸し渋りが起こる。しかし、資本調達は迅速に行われた。はじめは中国や産油国の国営、民間のファンドから、その後は米国政府による資本注入が行われ、主要銀行についてみると、2008年11月時点では、その額は損失額を上回っている。逆に資本調達に成功しなかった金融機関は経営破綻や買収により消滅してしまったため、現在存続しているシテイ・グループ、バンク・オブ・アメリカ、J.P.モルガンなどは概ね財務内容は良くなったといえよう。2008年11月以降、これらの株価は安定している。経営に失敗した企業に対しては速やかに市場からの退出を迫る米国資本主義のスピードの速さは目を見張るものがある。

下がり過ぎた住宅ローン組み込み証券の価格

金融機関の財務内容を悪化させているのがサブプライムローンをはじめ住宅ローンを組み込んだ証券(Mortgage Backed Securities=MBS)の価格下落だ。格付けの低いBBB証券の市場価格は本来の価値(将来的に得られるキャッシュ・フローの現在価値)の5%にまで下落しており、事実上買い手が付かない状態にある。このようなMBSを保有している金融機関は価格の下落分を評価損として計上し、それに見合った引当金を積まなければならない。ところがサブプライムローンの延滞率は上昇したとはいえ最近時点でせいぜい20%だ。残りの8割は予定通り返済されており、延滞したローンもすべてが焦げ付いて失われるわけではない。明らかにMBSの市場価格は下がり過ぎており、それをそのまま財務諸表に反映させれば資産の価値は本来の価値を大幅に下回ることになる。これがプロ・サイクリカリテイと呼ばれる時価会計のもつ問題点だ。

このため時価会計を停止させようという声が上がっている。議論の行く末ははっきりしないが、そのような変更がなされれば、金融機関の財務は大きく改善することになろう。会計ルールの変更がなくても、このようなMBSを保有し続けた場合、当面は引当金の積み増しをすることになるが、ローンが順調に返済されることがわかれば、その価格はいずれ上昇し、積み立てた引当金は利益となって戻ってくることになり、金融機関の財務は急速に改善することになる。これは実際に2004、5年あたりに日本の銀行で実際に起こったことであり、米国においても景気が回復に転じれば同様のことが起こるであろう。

FRBの資産増大は懸念材料ではない

金融面でもうひとつの懸念材料は連邦準備制度(FRB)が金融機関への貸し出しを増やしたり、金融機関の保有する債権を買い取ったりしたため資産規模が急速に増えて、9月末には前年同月比で1.7倍の1.5兆ドルに達し、年末にはGDPの2割に相当する3兆ドルになるということだ。これは大きな懸念材料と考える専門家がいるが、その根拠ははっきりしない。中央銀行が大量の貸出や信用度の低い証券を大量保有するということは、貸し倒れやデフォールトのリスクが大きくなり、その負担が財政に及ぶ、ということのようだが、逆に経済が回復すれば、大きな利益をもたらす可能性もある。また中央銀行の資産内容が悪化すればその国の通貨価値が下がる、という見方もあるが、日本銀行も最近CP(Commercial Paper)の買い取りを始めたように、今主要国の中央銀行はいずれも、金融システム維持のため米国同様の措置をとっているため、ドルだけが下落すると考える理由もない。中央銀行は民間銀行のように預金を集めているわけではないから、取り付け騒ぎになるというリスクはないし、必要ならいくらでもドル札を印刷すればよい。その結果インフレや次のバブルになる可能性はあるが、当面懸念すべきはデフレや株や土地価格の下落の行き過ぎで、このような懸念は当たらないのではないか。

【図1】米国家計のDS比率

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家計貯蓄率は改善し始めた

問題は金融機関だけではない。GDPの7割を占める家計消費が落ち込んでいる。米国の家計は借金をして消費に回している。住宅を抵当に入れているが、住宅価格が上昇している限り次々と借金が可能になる。その結果米国家計部門におけるデット・サービス比(毎月の借金返済額の可処分所得比:DS比率)はかつての10%から14%に上昇している。(【図1】参照)これを過去の水準にまで下げるとすると4、5年かかることになる。長期不況説の根拠のひとつはこの点にある。

だが2000年以降中国の巨大な貯蓄余剰が世界経済に組み込まれたことにより、過去の延長上で議論することは意味がなくなったと考えるべきだ。米国の消費者は中国という新たな貸し手を見い出した。もちろん中国も際限なく貸し続けることはないが、米国家計の負債が過去の水準にまで下がる必要はない。米国の貯蓄率は2000年の5%以降、傾向的に下がり、2007年には0.6%にまで下がった後、今次不況の中で少し回復し、2008年10月時点では2.4%である。これは確かに低い水準だが、わが国も3.7%と決して高くない。私見を言えば、長期的に持続可能な米国の貯蓄率は3%程度で、その水準に戻るのは大して時間はかからないであろう。

【図2】米国の住宅投資の動向

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住宅価格はいつ下げ止まる

もうひとつの論点は問題の核心である住宅価格がいつ下げ止まるかである。米国の住宅価格の指標として良く使われるのがケース・シラーの指数といわれるもので、大都市の住宅価格を反映しているため全国平均よりも高めに出る傾向がある。これによると2000年を100として2006年夏には206まで上がっており、その後今日まで下落し続けて、10月現在158くらいにまで下がっている。過去のトレンドや、住宅購入予定者の所得、最近の家賃などから見ると、ピーク時から3割下落した水準が適正との計算がOECDによってなされているが、仮にこれが正しいとすると、今のペースで住宅価格が下落する場合、2009年春には底打ちになるであろう。しかし4割下落とすれば、さらに半年遅れ、5割、すなわち半値になるまで下落すると想定すれば、2009年いっぱい住宅価格は下落し続け、景気の回復もそれだけ遅れることになる。このあたりはエコノミストの意見が分かれるところだが、カリフォルニアやフロリダ州では既に35から40%程度値下がりしており、今年前半には底打ちする可能性は低くないと見ている。

他方住宅の着工件数も2006年後半以降、急速に減少しており、そのことが米国の成長率を押し下げてきた。過去平均では150万戸から200万戸の水準で推移してきた新規着工数は11月時点では63万戸にまで落ち込んでいる。米国の人口が年間1%、つまり300万人ずつ増えていることを考えれば、遠からず需給は均衡に向かうはずだ。最新のOECDの報告によれば、住宅建設の調整は米国に関する限り、終わったとされている。(【図2】参照)

雇用は急速に減少

米国の経済指標の中でも雇用者数の動きは重要だ。既に2008年はじめから減っており、年後半以降加速している。減少が著しいのは建設や製造業で、問題となった金融は減少率は小さく、教育や健康関連では雇用は増えている。仮に自動車産業が破綻すればそのインパクトは計り知れない。目下のところ下げ止まりのきっかけは見えない。雇用の減少は勤労者所得の減少や雇用不安を通じて、さらなる消費低迷の原因となる。

このようなスパイラル的景気後退を阻止するため、オバマ時期大統領は300万人雇用創出プログラムを打ち出している。それに伴う経費は8,000億ドル、GDPの7%にもなる。どのようにして財源を確保するのか不明な点もあるが、これが実施されれば米国の雇用は過去1年で失われた雇用187万人を大幅に上回る水準になる。

原油の値下がりは強力な追い風

だが悪い話ばかりではない。先ずは原油や原材料の値下がりだ。米国の原油輸入額はGDPの2.3%になる。その原油の価格がピーク時のバレルあたり147ドルから40ドルを切るレベルまで下がっている。この動きはやや極端だが、仮に米国の原油の輸入価格が1年前の水準に戻るだけでGDP成長率は1.3%増える計算だ。それ以外の原材料価格も下がっているから、相当の効果が期待できる。国際商品市況が下落し、労働需給も緩んでおり、設備の稼働率も下がっているため、インフレ懸念はなくなった。その結果金融政策は景気浮揚と雇用拡大の1点に絞って展開できる。FRB は2008年12月17日に政策金利をゼロにした。これは景気拡大に全力を挙げるという政策意図の表れであり、市場には好ましい効果をもたらすであろう。

堅調な輸出

米国の輸出が意外に堅調で経常収支の赤字幅も縮小気味に推移している。これは原油価格の下落、ドルが2000年以降主要通貨に対して低下気味に推移してきたことに加えて、新興国向け輸出が堅調だったことによる。OECDはGDP の5%に近い経常赤字も2009年には3.9%に下がると見込んでいる。ただしこのような米国の赤字の縮小には疑問もないわけではない。米ドルが2008年9月以来、主要通貨に対して強くなっているし、米国にとっての輸出市場である新興国の経済が急速に冷えているからだ。

【図3】主要通貨の対ドルレートの動き

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ドルは強い

ドルが強くなっているのには理由がある。金融危機が深刻になるにつれて投資家はドルキャッシュへの選好を強めることになった。ヨーロッパや新興国、さらには原油や商品に投資されていた資金が一斉にドルに換金されることになったため、世界中でドルが不足することになった。このため2008年9月のリーマン・ショック以降、ドルは円を除く主要通貨に対して10から20%も値上がりした。(【図3】参照)よくドル暴落説を聞くが、これは全くナンセンスであり、世界の投資家にとって依然としてドルは最も信頼できる通貨であることが判明した。他方でもうひとつの機軸通貨といわれるユーロはヨーロッパ域内での不良債権問題などもあり、ドルに対しても下落気味だ。ポンドやスイス・フランも同様で、ドルに取って代わるほどの勢いはない。米ドルは世界主要国の外貨準備の3分の2を占めており、今後とも基軸通貨としての地位を失うことはない。

下げ止まった株価

もうひとつ最近の楽観材料は株価の下げ止まりだ。米国の株価は2007年半ばにピークをつけたあと、金融不安を反映して徐々に下落を始めていた。その後、2008年3月以降もどし減税の効果もあり、小康状態を保っていたが、2008年9月のリーマン・ショック以降再び急落した。それでも米国の株価は2008年始め以降、主要国の中で最も下落率が低く、2008年11月半ば以降は下げ止まっている。オバマ政権の経済政策への期待なのかも知れないが、とりあえず悪い材料は出尽くしたということであろう。株価が下げ止まることは市場関係者の心理には良い影響をもたらす。

米国は依然世界一の輸出国

しからば実体経済はどうか。リーマン・ショックの前までは住宅と金融部門では問題が多いものの、それ以外のセクターではバブルもなく、健全であるという見方が強かった。実際のところ2008年第3四半期までのところ、米国の非金融部門の利益は高い水準を維持している。IT をはじめとするハイテク分野では依然として高収益が続いているし、新興国向けの輸出も今までのところは順調である。米国の製造業は海外に移転して空洞化してしまったと言う専門家もいるが、米国は今でも中国と並び世界最大の輸出国であり、その大半は高度製造業製品である。ドルが割安になり、新興国の市場が開放されれば米国の製造業が復活することは十分あり得る話だ。IT の分野に限っていえば90年代後半のインターネット出現以降、米国の力は圧倒的だ。マイクロソフト、インテル、ヤフー、デル、 e-Bay、アマゾンなどから始まって、グーグル、フェースブック、セールスフォース・ドットコム、アップルなど、この10年情報技術のイノベーションは悉く米国発だ。日本や中国、インドは米国企業が築いたグローバルなバリューチェーンのうち利益率の低い部分を担っただけのことである。このような米国企業のイノベーション力、ビジネスモデルの構築力が消滅するとはとても考えられない。同様のことはライフサイエンスでも言える。この分野の特許件数の半分は米国人によるものだ。特にNIH(National Institute of Health)など国の機関による研究費は膨大で、米国における優位は拡大している。

環境と医療が牽引する米国経済

では米国が復活するシナリオとはどんなものであろうか。それは次の政権の政策によるところが大であるが、重点分野として考えられるのは、環境と医療である。オバマ政権は早い段階から京都議定書に参加することを公約しており、太陽光や風力などの再生可能エネルギーの開発を進めようとしている。すでにシリコン・バレーではIT ではなく、クリーン・テクに投資資金が集まっている。環境問題への取り組みは中東やラテン・アメリカなどからの輸入石油への依存度を減らすという米国の戦略的要請にも合致するから高い優先度を与えられるはずだ。半導体で起こったように、自動車もこれから電機自動車化が進むにつれて、モジュール化と水平分業が得意な米国企業の逆転勝ちになることは十分考えられる。他方で投資銀行は既に消滅し、自動車は急速な整理統合が避けられない。競争力をなくした分野からの撤退を迅速にやってのけるのは米国の強みだ。医療分野では国民皆保険が新政権の政策だが、そのためには医療コストを抜本的に引き下げることが必要だ。IT 技術はそのための鍵を提供することになるだろう。すでにグーグルやマイクロソフトなど、IT企業はその方向に動き出している。

今回の金融危機を純粋に金融的な問題に起因すると考えるべきではない。90年代半ばから始まった情報技術の成長浮揚効果が一巡し、技術や産業構造の面からみても景気後退が来てもおかしくない時期に来ていた。サブプライム問題はきっかけではあったが問題はもっと根の深いものである。次の成長局面で成長をリードするのは金融など従来型の産業ではない。そして新たなフロンテイアも中国やインドなど新興国に移っていくであろう。これから1~2年続く景気後退期は米国企業のみならず世界の企業にとって戦略の見直しの期間だ。それが終了した後、米国はどのような経済になっているだろうか。今後とも米国経済の動向をフォローしていきたい。

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根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など