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Japan

洞爺湖サミット後の日本の地球環境対策のあり方

2008年8月28日(木曜日)

今夏も、猛暑日が続いたかと思えば、ゲリラ豪雨と呼ばれる局地的な集中豪雨が頻発するなど、地球温暖化による気候変動の影響を想起しやすい天候が続いている。今年は、気候変動対策の国際的な枠組みである京都議定書の約束期間(2012年まで)の開始年でもあり、温室効果ガスの削減目標達成に向けて、日本は一層の努力を強いられている。一方、国際的には、すでに2013年以降の「ポスト京都議定書」の枠組み交渉が始まっている。来年12月のデンマークでのCOP15(第15回国連気候変動枠組条約締約国会議)までに新たな枠組みの合意が目指されていることから、7月に洞爺湖で開催されたG8サミットでは、気候変動対策が主要議題の一つとなり、議長国日本のリーダーシップも期待された。

以下では、洞爺湖サミットの成果を振り返った上で、気候変動対策を巡る世界的な潮流を鑑みながら、今後の日本の課題と解決への道筋について述べてみたい。

洞爺湖サミットでわかったG8の限界

結局、洞爺湖サミットでは、気候変動対策に関する限り、具体的な成果は得られなかった。2050年までに世界全体で温室効果ガスの排出量を半減させるという長期目標のG8合意も、この数値目標が初めて提唱された昨年のサミットから大きな前進ではない。期待されていた2020年~30年頃の中期の数値目標は、設定できなかった。日本は、自国内の中期目標を提示できない時点で、リーダーシップを発揮できない状況であった。

G8での議論の限界が明らかになる一方で存在感を示したのが、洞爺湖サミットと併催された主要排出国会合(MEM)である。MEMを構成するのは、G8に中国・インドなど新興8カ国を加えた16カ国である。これらの国々の温室効果ガス排出量の合計は全世界の8割を占める。つまり、MEMでの合意は、対策の有効性を高めることになる。MEMは来年のイタリアのサミットでも併催される。今後、MEMでの議論が、国連での枠組み交渉に影響を及ぼすことは間違いない。

有効な国際枠組みを合意するには、全ての主要排出国が参加した上で、途上国への技術移転と革新的な技術開発・普及に関する具体策が不可欠である。今回のMEMでは、先進国と途上国間の役割分担を巡る利害が対立し、長期の数値目標すら合意できていない。来年12月のCOP15に向けた交渉が激化することとなるが、先行きは不透明性を増すばかりである。

足下で進む低炭素社会に向けた潮流の変化

国際交渉の行方が混沌とする中、気候変動関連ビジネスの市場は着実に拡大している。例えば、過去5年間で風力発電は容量ベースで約3倍、太陽電池は生産量ベースで約7倍と拡大している。また、環境技術ベンチャー投資額も5年間で5倍以上に増加し、50億ドル超の資金が投入されている。排出量取引に代表される炭素市場も、昨年の市場規模は640億ドルとなり、3年間で20倍近く急増した。

残念ながら、これらの成長市場における日本の存在感は希薄である。太陽電池は、日本が数年前まで世界の5割以上のシェアを誇る「得意分野」であったが、昨年は25%までシェアを落としている。また、最近では、企業に対するバリューチェーン全体のCO2管理の要請や、製品へのCO2排出量情報表示、投融資先の気候変動リスク評価などの考えも欧米発で、ビジネスにつながる動きとなっている。環境対策と企業競争力の両立を信奉して政策支援の充実を図った欧州や、ブッシュ政権の無関心を傍目に地域レベルの先行取組やベンチャー投資が牽引する米国と比べて、日本は、新たな産業やビジネス・アイディアを育てる土壌が不十分と言わざるを得ない。

国内戦略の着実な実施が不可欠

1997年の京都議定書の策定から10年以上が経ったが、結果として、日本が真剣に気候変動対策に取り組んできたとは言い難い。産業部門以外は、排出削減の成果が見られていない。排出量取引などの市場メカニズム導入の遅れは、国際的に炭素の市場化が進行する中で、日本企業の経験蓄積を妨げている。気候変動関連産業の育成に出遅れ、排出削減もままならない状況では、日本の国際社会での存在感が低下する一方である。

京都議定書の目標達成問題は深刻である。2006年度の温室効果ガス排出実績は1990年比6.2%の増加であり、90年比6%削減の目標から大きく乖離したままである。このままの状態で、削減不足分を途上国等からの炭素クレジットの調達で補うとすると、最近の単価で年間3,000億円以上の負担が追加的に発生する。炭素単価は上昇基調にあり、負担増のリスクは高い。

これらの課題解決を図るためには、我が国は、ハード対策とソフト対策の両面から国内戦略を着実に実施すべきである。ハード面は、気候変動ビジネスの強化であり、市場拡大の支援を大前提として、税制や補助金を有効に活用するとともに、新たな環境ビジネスの芽を育てるためにも、我が国の弱点ともなっているベンチャー投資環境の整備を早急に行うべきである。ソフト面では、オフィスや家庭部門の排出削減を進めるために、事業者・住民のCO2排出量を「見える化」した上で、人々が低炭素行動を起こすことで得をすることが実感できるインセンティブ設計が必要である。例えば、設定した目標以上に削減をした場合は、超過分を買い上げるなどの手法が考えられる。

CO2「見える化」のすすめ

まずは、家庭内のCO2排出量を「見える化」するために、海外で導入計画が進んでいるリアルタイムの計測器の全戸配布を提案したい。カナダのオンタリオ州では、2010年までに州内の全家庭450万世帯に計測器を配布する計画が進行中である。同州では、メーター配布に加えて、最大3倍の料金差が生じる時間帯別料金制度を導入することによって、使用削減インセンティブを与えている。昨年の実証事業では、参加者の3/4が使用量削減を実現した。同様のスキームを国内で実施することを検討する意義はあろう。

富士通総研が8月上旬に実施した個人向けインターネット・アンケートでは、家庭への測定器の導入について、「設置費用の補助があれば賛成」とする回答が全体の23%、自己負担が生じない条件では86%の回答者が賛意を示した。測定器導入によるエネルギー利用の負荷平準化は、エネルギー事業者の設備投資抑制にもつながる。政府保証による長期低利融資を行えば、個人の負担なしで、エネルギー事業者が設置費用を回収するスキームを設計することが可能である。エネルギー市場の完全自由化に至っていない日本は、エネルギー事業者が負荷平準化メリットを享受しやすいはずだ。

我が国の真価が問われる

去る7月29日に、政府は中長期戦略といえる「低炭素社会づくり行動計画」を閣議決定した。太陽光発電や省エネ機器等の普及支援策をはじめ、排出量取引の試行や商品への排出量表示も盛り込まれるなど、これまでより踏み込んだ内容である。また、大規模事業者への総量規制と排出量取引制度を組み合わせた東京都の環境確保条例のように、地域レベルでの先行取り組みも始まっている。

「ポスト京都議定書」を巡る国際交渉が進むなか、低炭素社会移行を目指す我が国の真価が問われている。気候変動ビジネスの育成と国民一人ひとりの低炭素行動を促す施策を早急に検討・実施することによって、我が国全体の「低炭素度」を底上げすることが、様々なビジネスや施策のアイディアを誘発し、国際的な提案力向上の近道となるだろう。

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【調査・研究】


生田 孝史(いくた たかふみ)
経済研究所主任研究員。
1990年 東北大学大学院修士課程修了(生物学)、同年 (株)長銀総合研究所入社、98年 米国デラウェア大学大学院修士過程修了(エネルギー・環境政策 学)、同年 (株)富士通総研入社。現在に至る。
研究領域は、環境・エネルギー政策、環境・CSR関連事業経営戦略など。