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排出権取引は日本にとって悪い制度ではない

2008年7月30日(水曜日)

排出権取引は世界の流れ

洞爺湖サミットで2050年までに世界全体として二酸化炭素の排出量を現在の半分の水準にするための具体的措置を検討することが合意された。詳細はこれからだが、最近の世界の大勢からして排出権取引は避けられない道だ。すでに取引を始めているヨーロッパに加えて米国でも州レベルでは実施されているほか、来年発足する新政権では誰が大統領になろうとも排出権取引を実施するといっている。豪州、カナダも同様の方向に動いている。わが国もこの10月から試験的ながら導入に踏み切ることになっている。

わが国は今まで一貫して排出権取引には反対であった。国内では二酸化炭素を大量に排出する電力と鉄鋼業界の反対が特に強い。その理由は当初の排出権の割り当てをどうするのか客観的、合理的な根拠が見出せない、ということのようである。日本はその経済活動を維持するのに必要な排出権を確保することが出来ず、不足分を高値で購入せざるを得ないという状況に追い込まれるという懸念があるようだ。だが排出権取引はいくつかの条件が満たされれば、わが国のようなエネルギー効率の良い国に有利に働くはずである。その理由は以下の通りである。

もともと排出権取引は市場原理を最大限に利用して最小のコストで所定の排出量削減を達成するための制度だ。自由な取引がなされれば、排出権の価格は当初の割り当てにかかわらず、世界中ある一定の共通価格が成立する。これは雨が降ったときに、どこにどれだけ水が溜まるかという問題に似ている。山に降ろうが平地に降ろうが、水は一番低いところから順番に溜まっていくのと同じだ。水位がどうなるかは全体の雨量によってのみ決まる。仮にわが国が当初の割り当て量ゼロでも金を払えば世界市場でほかの国の競争相手と同じ価格で排出権を確保することが出来る。そうなれば世界で最もエネルギー効率の高い日本企業は同じ排出量で最も大量の生産を行うことが出来るわけで、結果として最も低コストで生産することが出来る。逆に他国の生産者は自ら高コストな生産を行うよりも、その排出権を日本に売却して、それで得た金額で日本から購入するほうが利益が上がる。

鍵は世界共通価格が成立すること

実際の排出権取引がこのようにワークするかは、ひとえに市場が完全に機能し世界で排出権の価格が同一になるかどうかである。金や、原油、穀物といった商品ではこのような国際価格はすでに成立しているが、前提は政府の介入が無いことだ。排出権取引でも政府が国内業者に優先的に割り当てたり、外国事業者を差別しないことが大切である。

仮にこのような条件が成立すれば当初の割り当ては誰がその売上金を手にするかだけの問題になる。国連のような国際機関がオークションで販売し、売上金は発展途上国の環境対策に使う、というアイデアがある。各国の政府に何らかの方法で割り当てた場合、各国政府はその量に見合った資金を手にすることになろう。その使い方はそれぞれの政府の裁量に任されるが、国内事業者に有利になるような使い方であればWTO(世界貿易機関)の補助金、相殺関税ルールで対抗措置を打つことが可能だ。

当初の配分は各国の人口に比例按分すれば、すなわち、1人当たりの排出量を世界中同一にすれば中国やインドなどが圧倒的に有利になる。逆に現在の排出量実績で配分すれば先進国にとって好都合だ。この違いは一見相当大きいように見えるが、実はほとんど差が無いという研究結果が出ている。本年4月のIMF(国際通貨基金)の報告書では、このような両極端のケースを前提に排出権取引を通じて、二酸化炭素の排出量削減を行った場合の効果をマクロモデルを回して計算している。(右図) その結果は、先進国でGDP(国内総生産)の減少率の差が0.1~0.2%と、ほんの僅かである。さらに驚くべきことは、世界全体の影響も極めて小さいということである。これは、排出権取引が、排出ガスの削減を最も低コストで実現できるとともに、わが国のような省エネ先進国にとって有利な方向であることを証明している。

セクター別アプローチは部分最適

それでは日本が主張しているセクター別アプローチはどうなのか。筆者はOECD(経済協力開発機構)の鉄鋼委員会の議長を務めている関係上、欧米の鉄鋼企業の意見を聞く機会が多い。彼らも基本的には日本の鉄鋼業界と同じで、排出権取引には慎重だ。特に中国やインドなどの有力鉄鋼生産国が参加しないスキームでは、競争力格差を生じることになるので、全員参加が原則だ。セクター別アプローチならば出来もしないことをやらされる懸念は無いので、こちらには賛同者が多い。だが、鉄鋼産業は技術的にも成熟した産業だ。わが国の場合、これ以上の省エネはコスト効果が極めて悪くなる。今年のエネルギー白書によれば、1990年以降日本の鉄鋼のエネルギー原単位(*1)はほとんど改善していない。この間1.5兆円もの省エネ投資をしたにもかかわらずである。同じ金を他国の鉄鋼産業、あるいは他の分野で使えばはるかに大きなエネルギー節約が可能であったはずだ。このようにセクター別アプローチでは部分最適の解しか得られない。

今年の秋以降COP(*2)を初め地球温暖化に対処するための国際交渉がスタートする。排出権取引は世界の大勢になりつついあるだけでなく、わが国にとっても決して悪くない制度だ。勿論実際の運営ではいろいろ問題が出てくるであろう。本当に自由な取引を政府が認めるか、モニタリングはどうするのか、参画しない国はどうするのか、などなど。多くの技術的問題を克服する必要があるが、排出権取引の本来の機能を発揮するための条件を整備することは日本の国益に適うことではないかと考える次第である。

注釈

(*1)エネルギー原単位 : エネルギー効率を表す値。
単位量の製品や額を生産するのに必要な電力・熱(燃料)などエネルギー消費量の総量のことで、一般に、省エネルギーの進捗状況をみる指標として使用される。
例えば、10億kcalのエネルギーを使用して1億円のGDPを得た場合、エネルギー原単位は[10億kcal/1億円=10kcal/円(1円の価値を生み出すために10kcalのエネルギーを使用した)]となる。従って、この値が小さい程、生産効率の上昇を示し、省エネルギー化され、温暖化への寄与が小さいといえる。

(*2)COP : Conference Of the Partiesの略。締約国会議。
国連気候変動枠組条約(UNFCCC)に基づき、条約の具体的な履行について議論する国際会議として設置され、1995年以降、条約の最高機関として毎年開催されている。

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【調査・研究】


根津 利三郎

根津 利三郎(ねづ りさぶろう)
【略歴】
1948年 東京都生まれ、1970年 東京大学経済学部卒、通産省入省、1975年 ハーバードビジネススクール卒業(MBA) 国際企業課長、鉄鋼業務課長などを経て、1995年 OECD 科学技術産業局長、2001年(株)富士通総研 経済研究所 常務理事、2004年(株)富士通総研 専務取締役
【執筆活動】
通商白書(1984年)、日本の産業政策(1983年 日経新聞)、IT戦国時代(2002年 中央公論新社) など