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Japan

流通業における標準化と企業戦略

2008年7月18日(金曜日)

1. はじめに

今、日本の流通業ではEDIメッセージの標準化作業が大々的に実施されている。業界トップクラスの小売業、卸売業、メーカー、また商材の面では加工食品から日用雑貨、アパレル、生鮮(食肉・水産・農産)、ドラッグと、消費財流通全体の取組みに及んでいる。流通BMS(Business Message Standards)と名付けられ、業界に広く利用されているEDI標準メッセージとしては、30数年来の刷新であり、流通業界全体で一つの標準を策定する取り組みとしては初めての試みである。

流通業界は、生産者と消費者の需要と供給のマッチング機能を担っている。そのため、消費者の多様なニーズに対応するために、多種多様な取り組みが複雑に絡み合っている。とりわけ日本の流通構造は、欧米と比較して多段階かつ多企業がひしめく業界構造である。流通段階の非効率性も指摘されるところであるが、反面、日本の消費者独特の多様なニーズに対応するきめ細かなサービスは世界的にも特筆すべきところであり、様々なニーズ充足機能は、相当の付加価値を提供していることも事実である。流通業界構造の国際比較、効率性比較については別の機会に述べるとして、ここでは、企業間取引の効率化を実現するために流通業界のもっとも大きなムーブメントとなっているEDIの標準化を取り上げ、標準化の国際動向とその背景、特徴から国際比較、また、標準化と企業戦略の関係、さらに日本の流通業が取るべき方向性を示したい。

2. 米国における標準化の動向

流通業界は、世界のどこをとっても古くは伝票フォーマットの標準化から始まって、EDIメッセージ、企業間業務プロセスなど多くの標準策定に取り組んできた。また、業界の構造変化、ビジネスプロセス変化のダイナミズムの大きい業界であることから、業務モデル、システムモデルが陳腐化するスピードも早く、改変もしばしば実施されてきた。こうした状況は世界的にも同様の状況にあり、その中でもっともダイナミックな動きを見せているのが米国である。

米国での標準の取り組みは、80年代にVICS(Voluntary Inter-Industry Commerce Standards)が主体となって策定したEDI標準がある。当時の米国では、日本をはじめとする輸入品が市場を席巻し、国内製造業が衰退の危機に直面していた。その代表的な業界が繊維産業であり、この状況を打破するために考え出されたのがQR(Quick Response)というコンセプトである。市場ニーズにクイックに対応することを目的として情報共有を行い、消費=生産を実現するこのビジネスモデルは、後にサプライチェーンマネジメントとして昇華していくこととなる。

こうした業界全体の取り組みと並行して発展し、その後に主流となってくるのが、小売企業の巨大化であり、バイイングパワーを背景とした小売中心のサプライチェーンシステム構築と、そのシステム仕様、ビジネスプロセスのデファクト化である。最も有名なのがウォルマート(Wal-Mart)のリテイルリンクだ。メーカーとウォルマートをつなぐこの仕組みは、売上データ(POS)をメーカーに開示して、ウォルマートの店頭欠品をなくす努力をメーカー側に促す仕組みである。これはさらに発展して、コラボレーション(協働)による最適化を図る取り組みが数多く実施されてきた。こちらではウォルマートとP&Gが取り組んだCPFR(Collaborative Planning Forecasting Replenishment)がもっとも有名である。こうした取り組みをベースとして標準的なビジネスモデルが形成されていった。

そして、強大なバイイングパワーによってウォルマートは一人勝ちの様相を呈するようになっていくのだが、これに対抗するために、ウォルマート以外の小売業が共同で標準化形成に動くという窮余の策を取り、これが結果として新たな業界全体の標準化を動かすこととなった。Kマートをはじめとする2位以下の小売業が団結し、業界標準を作り始めたのである。ウォルマートがいたからこそ団結できたといえるこの陣営は、WWRE(World Wide Retail Exchange)というマーケットプレイスを形成することになる。日本からもイオンやミレニアムリテイリングが参加し、グローバル組織として高い存在感を示すに至る。そして、その結末は、このウォルマートとそれ以外の陣営が、近年急速に接近して一つの標準を推進するようになるのである。一説には、独占禁止法への抵触やウォルマート方式の押し付けによる公正取引法への抵触を恐れた回避行動とも言われているが、いずれにせよ、米国における流通業の標準化の動きは一つにまとまり、さらに欧州とも協調行動を取るまでにまとまりを見せている。

3. 欧州における標準化の動向

欧州においても、巨大小売業の市場寡占化や標準化は米国と同様の状況となっている。各国には、巨大小売業が存在し、圧倒的な市場シェアの上に効率的なサプライチェーンを形成している。たとえば、ドイツではメトログループ、フランスではカルフールがあり、スウェーデンのICA(食品スーパーチェーン)に至っては国内流通業のシェアが37%に達する寡占市場となっている。取引ルールやEDI等には当然のごとく標準が採用されている。あえて違いを挙げるとすれば、まずEUの存在があり、さらに国連の流れとの同期といった位置付けが当初から強く存在していたことにある。EDI標準としては、国際標準規格であるUN/EDIFACT(United Nations Electronic Data Interchange for Administration, Commerce, and Transport)を採用しており、UN/EDIFACTに準拠した流通業界のフォーマット標準であるEANCOMが策定されている。欧州の巨大流通業はほとんどEANCOMを採用しており、EU圏内で共通で利用されている。

近年においては、米国と欧州の標準化活動は、小売業のグローバル展開に伴い、国際標準の構築の必要性の高まりという認識から接近している。米国の標準化組織と欧州の標準化組織は、Global Standard oneなど複数の意味を重ねてGS1と名付けられた世界で唯一の流通標準化組織として統合するに至っている。そこでは、世界ランキング上位の流通業が名を連ね、世界市場で競合する企業が一緒になって標準策定作業を進める体制となっている。

4. 標準化と企業戦略

グローバルに展開する彼ら巨大小売業が国際標準を必要とした背景として、国際標準の採用がグローバル戦略のキーファクターであることが挙げられる。世界各国に展開する巨大小売業が他国市場へ進出する際に、各国の商慣習や業界構造が参入障壁となることがある。自国で育て上げたビジネスモデル、取引モデルがそのまま使えないこともある。その際、中核に存在する情報システムが各国毎に異なる仕様を装備しなければならないとなると、グローバル展開による強みを享受しにくいこととなってしまう。そこで巨大流通企業が取った戦略が、標準の策定および採用であり、国際標準である。自らが積極的に策定した国際標準を世界市場に進出する際の戦略ツールの1つとして、グローバルスタンダードの名のもとに各国の商慣習や業界構造を平準化させ、進出のハードルを下げる取り組みをしているのである。

5. 日本の標準化戦略の方向性

日本における標準化の流れは、前述したように、過去の取り組みを統合し、1つの標準を作り出そうとしている。そして、この標準化は今後の流通業界の業界構造や企業戦略に大きな影響力を持っている。そこで、この標準化の流れに対し、流通業界の各社は標準化をどう推進し、取り組んでいくべきかについて考察していくこととする。

日本企業における標準化戦略は、2つの領域を分けて考える必要がある。1つ目が国内競合企業との競争戦略であり、もう1つがグローバル戦略である。

国内企業との競争環境下における標準化は、競合企業同士の垣根を越えた話し合いの中で、日本のビジネスモデルをベースとして、とことん標準としていくべきであろう。その際、気になるのが競争をどこで行うかという差別化戦略との整合である。そのポイントは、企業間の業務の良し悪しについて、消費者にとって付加価値を提供できているかどうかというものさしで測り、付加価値を提供できている領域を差別化領域、そうでない領域を標準化領域と捉えるべきである。差別化の例を挙げれば、価値ある商品開発力であったり、デリバリー・リードタイムであったり、要望にマッチした品揃えなどがある。これらを実現するためには、業務全体を個別仕様とするのではなく、標準というツールの使用を前提とした上でいかに実現するかといった、ツールの使い方の良し悪しで競争するべきである。これにより、単に消費者の要求に従っているのみならず、ローコストの実現も同時に実現でき、高いバリューを提供できるサプライチェーンとなる。

もう1つの領域であるグローバル戦略上ではどうしていくべきであろうか。この問題を考えるといつも悩んでしまうのが正直な心境である。グローバル環境下における世界の巨大流通企業は、高い市場シェアをベースとしたバイイングパワーを駆使し、作られた標準と自社固有のビジネスモデル、システムモデルを使い分けながら、シンプルなサプライチェーンを形成している。あまりにも異なる日本と世界の市場環境の差から、日本企業の取るべき戦略が現在の延長線上に見えてこないのが正直なところだ。

ただ、今回の日本における流通業界全体の標準化に対する取り組みは、かつての失敗を踏まえた取り組みであり、絶対の成功を目指す力強さを感じる。

また、冒頭に述べたように、日本の流通構造の複雑性は、単に非効率なだけではなく、消費者ニーズに高度に対応した結果とも言える。だからこそ、日本の消費者の高い感性が育まれてきたとも言えよう。このように、高感度な消費者に鍛えられた日本の流通業は、世界的にも消費者の高度化に対して高い競争力を持っていると思われる。そしてその競争力は、特に新興市場における消費者の購買力向上、ローコストから付加価値消費の拡大局面へ移行していく際に、その優位性が増していくと思われる。

ここに依拠すれば、日本企業の標準化は、世界の標準化と両睨みで進むものの、日本のビジネスモデルをベースとした日本独自モデルを標準化し、そのモデルを国際標準化組織に提案して、国際標準策定のテーブルにのせて議論すべきである。世界規模での競争は国際標準の上に構築されつつある。今後国際的な企業間の競争をしていくためには、当然のこととして日本のビジネスモデルをベースとした標準が国際標準として採用されている必要がある。

6. その先のグローバル競争へ

国際競争において、高い競争力を有する企業は、そのビジネスモデルが徹底的に鍛え上げられている企業であろう。そして、そのビジネスモデルは、やはり自国の市場で鍛え上げられた結果として存在している。米国の企業が強いのは、競争の激しい米国において勝ち抜いてきたからである。日本企業の強みは、日本の市場の持つ消費者の多様性に対する流通業のきめ細かなサービスであり、日本の市場によって鍛えられた多様なニーズ充足機能を強みとして国際競争に勝ち残っていくことが日本企業の国際競争戦略ではないだろうか。

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野村 昌弘 (のむら まさひろ)
株式会社富士通総研 流通サービスコンサルティング事業部 シニアマネジングコンサルタント
2001年より富士通総研にてコンサルティング活動に従事。 流通ビジネスを中心とした事業革新・ビジネスプロセス革新、企業統合・合併に伴うシステム統合計画立案、顧客関係戦略の立案・顧客マネジメントプロセス立案に従事。
近年は、経済産業省事業「流通システム標準化事業」を担当。