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人口減少時代における社会保障制度の継続は自治体の手腕にかかっている

~いま社会保障制度に関連するサービスの周辺で起きていること~

2008年6月2日(月曜日)

1. はじめに

社会保障制度についての論議が活発になっている。社会保証制度に関連する医療~保健~福祉等の市民生活を支えるサービスの拡充は、少子・高齢化が進行する現代社会の命題である。一方で、少子・高齢社会の進行による人口減少時代の到来、核家族化等家族形態の変化は、サービスを支えてきた自治体の財政に大きな影響を与えている。今後も少子・高齢化の進行と、それに伴うサービスニーズの増加は予測されており、国ではその確実で継続的な提供策として、介護保険や障害者自立支援法の導入や医療制度改革、ワークライフバランスの推進等の各種対策の打ち出し、そしてそれらを官民協働によって実施する体制とその仕組みづくりを進めてきた。一方、自治体においては、その拡大する社会保障制度に関連するサービスニーズへの対応を行うと同時に、縮小する財政下での健全な自治体運営を求められている。

本稿でのキーワードは、サービスに求められているものの変化と、官民協働の拡大である。双方の動きとも2000年頃を境に顕著となっており、現在では更に変化が進んでいる状況にある。本稿では、弊社で受託している直近の案件等の例からその傾向を述べる。

2. サービスの変化

~量の確保から質の向上、更には効果測定による効率化の課題

「ここのサービスはなんだ。客に出す食事なら、もっとどうにかすべきだろう」と高齢の男性がスタッフに詰め寄っていた。これはホテルやレストランのクレームの話ではない。2000年の介護保険の導入後まもなく、某特別養護老人ホームを筆者が訪れた際に見かけた光景である。その施設はサービスでは非常に定評があり、当時も人気が高い施設であった。当時よく言われていた介護保険のキーワードは「措置からサービスへ」であったが、措置時代には「していただいて感謝」であった介護サービスが、自己負担を伴う利用方式では対価を支払う者の権利で認識されてきているのだな、と改めて実感したことを覚えている。

現在の医療・保健・福祉等の生活を支えるサービスは、利用者が一部自己負担しながら対価で獲得する仕組みが中心となりつつある。介護保険を例に挙げれば、導入直後は量の確保が第一の課題であったが、2005年の介護保険法等の一部を改正する法律では「サービスの質の向上・確保」が明記され、第三者評価や事業者自らのセルフチェック等が推進された。そして、現在は更に進んで「そのサービスが適切に提供され、効果があったのか」という効果測定による効率化、というフェーズに来ている。

これは介護の分野のみの話ではない。少子・高齢化の進行で社会保障の財源となる自治体の税収入の低下は明らかであり、それらを原資とする費用の適正化や見直し、更には現状以外での財源確保は行わざるを得ないという切実な状況と、限られた予算の中で適切な利用がなされているかという市民の意識の向上が今までの結果を検証せざるを得ない状況を生んでいる。昨年度、調査に携わった某自治体の場合、平成19年度の予算の中で保健福祉局が占める割合は約45%にもおよび、その9割を国民健康保険と老人保険事業がほぼ同程度の割合でシェアしている状況である。某自治体は比較的高齢化率も低く、財政状態も良好であり、他自治体は推して知るべし、である。

従って、効果的と考えられる施策に財源投入を図ることで一定程度の効率化を求めることになるが、サービスの効果というものは数値で把握することが難しく、非常に測定が困難な分野である。また、その前提となる質の評価についても、各自治体で第三者評価への取り組み自体も相当にバラつきが見られるだけでなく、それ以前の量の確保についての課題を持つ自治体も少なくはない。これは医療や保育、障害者福祉等他分野でも同様である。

3. 官民協働の拡大

~PFIからPPP、そしてPRE戦略へ

医療・保健・福祉等の社会保障制度に関するサービスの分野でも、容易に民間事業者の参入が進まないものがある。従来そうしたものについては、公共が自ら事業者として事業提供を行ってきたが、自治体の組織のスリム化・財政の状況等から、現在は極力民間事業者の活力を活用して実施する方向にある。

1999年の民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律の施行により、さまざまな国、自治体の公共事業がPFI(Private Finance Initiative:民間資金の活用による公共施設の整備・運営)で進められる等、歳出の合理化とサービス水準の向上の取り組みが行われている。その後も、2003年の地方自治法の一部を改正する法律に基づく指定管理者制度の導入、2006年の競争の導入による公共サービスの改革に関する法律に基づく市場化テストの導入等、PPP(Public-Private-Partnership:官民協働)の考え方による実施事業は増えている。現在、自治体で公共事業を検討する際には、必ずこうしたPPPによる事業の可能性を検討することが求められている。特に医療・保健・福祉のように、民間事業者による実施が当然となりつつある社会保障に関連するサービスの分野では、PPPの検討が必須事項となってきている。

一方、最近の公共をめぐる動きではPRE(Public Real Estate:公的不動産)による戦略という考え方が生まれてきている。通常、経営資源としてはヒト・モノ・カネ、最近ではそれに加えて情報があげられるが、不動産も経営資源のひとつとして有効活用することが求められる。従って、未利用・低利用の公的不動産の売却・運用促進・転用等の利活用を進め、財政の健全化を図ることが自治体経営のためにも必要であり、2007年に総務省から示された地方公共団体における行政改革の更なる推進のための指針でも、各自治体に未利用財産の売却促進や資産の有効活用等を内容とする資産・債務改革を求めている。

具体的な例では、サービスの拡充や新規提供を行うとき、多くの場合で施設等の整備やリニューアルが求められる。医療・保健・福祉等のサービスの事業化を行う際のPPP導入可能性調査等でも、その場所と施設のあり方の検討が求められる等、公的不動産の利活用による検討も必須となり、それらは最近では今まで以上に重要視されている。これは、サービスが提供されることによる直接的なサービス利用者に対する利益と、公的不動産の適切な利活用による自治体住民全てに対する利益、という2つの視点による検討を行うことでもあり、しばしばその利益が相反する可能性も持つ。例えば、福祉の居住系の事業を民間に行わせようと考える場合、事業実施部分を民間事業者に安く貸し付けることでサービス利用者の利用料を低減させることはサービス利用者にとって望ましいことだが、公的不動産の利活用という点での評価は低くなる。一方、福祉の居住系の事業部分を民間事業者に相応の価格で貸し付けることができた場合、利活用度合いは高くなるが、サービス利用者の利用料に転化される恐れがある。しかし、一定程度の床面積が確保できる場合、一部を福祉の居住系事業など公共事業の用途として活用し、残りを民間事業者の創意工夫に基づく事業を実施させることが可能である。この場合、たとえ自治体が目的とする福祉の居住系の事業部分の不動産の利活用度合いが低くても、民間事業者の自主事業に対して相応の価格で公的不動産を貸し付けて高度利用を図ることができれば、自治体にとって最も望ましい結果を得られることになる。

利活用できる公的不動産の個々の性能はあるが、このように自治体による施策の重要度のほか、当該施策実施によるマイナスと公的不動産の利活用によるプラス等の財政への影響度を図りながら、当該事業がどのような条件であれば成立するかを検討することが今まで以上に求められてきている。あわせて、1事業による複数目的の完遂という視点からも、各種施設の複合化等、1つのプロジェクトに対して自治体の複数の部・課の事業が係る横断的な事例は非常に増えてきている。

4. 社会保障制度の継続には自治体の強化が必要

言わば、サービスの部分で述べた質の向上・効果測定は一分野を深耕する作業であり、事業実施の部分は官民協働・庁内の横断的対応等の横展開のマネジメント業務である。以上を見ても、自治体が抱える課題は多岐に渡るだけでなく、複雑化している。自治体の社会保障制度に関連するサービスを考える場合、直接的に係る民間事業者・利用者のほか、ステークホルダーとして全市民、地域、学校、NPO等の組織、自治体内の企業等民間事業者等、これも多岐に渡る。日本の社会保障制度は待ったなしの状況であり、これから進む地方分権においても、今の自治体にはこれまで以上の複雑なプロジェクトに対する企画力・調整力・推進力等のマネジメント力を急速に強化することが必要である。

同時に、後期高齢者医療制度の迷走にも見られるように、市民へのわかりやすい課題の提示と適切な情報提供方法が問われている。市民全体での課題の共有とコンセンサスは、特に財政縮小下の自治体経営において必須であり、自治体のパブリシティのうまさ・手腕も今後は今まで以上に必要なものとなってくる。

結論としてまとめれば、人口減少時代において社会保障制度を継続するための課題は、中心となって解決を推進し、同時にマネジメントを行う自治体の手腕にかかっているのである。

関連サービス

【ヘルスケア】

【行政改革支援】


名取 直美 (なとり なおみ)
(株)富士通総研 公共コンサルティング事業部 シニアコンサルタント。
医療・保健・福祉分野の調査・研究、および事業計画~運営までのプロジェクトマネジメントの他、自治体へのPFIをはじめとするPPP導入アドバイスに従事。自治体のPFI推進検討委員会委員、日本PFI協会・シニアアドバイザーを務め、官民協働事業の推進に取り組む。